学位論文要旨



No 114433
著者(漢字) 岩槻,健
著者(英字)
著者(カナ) イワツキ,ケン
標題(和) 新規胎盤妊娠後期特異的因子(PLP-D,PLP-H,SSP)のクローニング及び機能解析
標題(洋)
報告番号 114433
報告番号 甲14433
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2041号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 助教授 今川,和彦
内容要旨 はじめに

 胎盤は、遺伝的に異なる胎仔の成長に呼応してガス、栄養、老廃物の交換等を分娩に至るまで調節している。また、胎盤は妊娠環境を成立させるために、母体と胎仔の双方に作用する種々のホルモン/サイトカイン等を妊娠時期に応じて分泌している。齧歯類の場合、胎盤の機能を担っている栄養膜細胞(trophoblast cell)の中でも主に栄養膜巨細胞(trophoblast giant cell:TGC)と海綿状栄養膜細胞(spongiotrophoblast cell)が内分泌細胞として機能している。これらの細胞が妊娠環境の維持に必須の働きをしていることは、遺伝子ターゲッティング法による栄養膜細胞の欠失・変異が胎生致死を招くことより明らかである。

 妊娠初期から下垂体によって制御されていた黄体のプロジェステロン分泌機能は、妊娠中期から後期にかけて胎盤の制御下に移行することが下垂体除去等の研究より分かっている。また、この時期は胎仔が急速に成長し造血系、神経系、内分泌系が確立する時期でもある。同時期の胎盤からは胎盤プロラクチンファミリーを始め様々な生理活性物質が時期・細胞特異的に生合成・分泌されており、これらが胎仔の分化あるいは成長を誘導するシグナルとして作用していると考えられる。

 本研究では、Differential Display法を用いて妊娠後期特異的にラット胎盤で発現する新規分子を探索・クローニングし、得られた遺伝子の時期及び組織特異的な発現を調べるとともに、これら分子の生物活性の測定を行った。

第一章Molecular Cloning and Characterization of a New Member of the Rat Placental Prolactin(PRL)Family,PRL-Like Protein D(PLP-D)

 Differential Display法により妊娠後期特異的な遺伝子断片を検出し、全cDNAのクローニングを行った。その結果、同cDNAは一次構造がプロラクチンと相同性を有する分泌型の新規胎盤因子をコードする事が判明し、胎盤プロラクチンファミリーに属することよりProlactin-Like Protein D(PLP-D)と命名した。Northern blot解析により、PLP-Dは妊娠14日目から分娩にかけてその発現が増加する妊娠後期特異的なタンパクであることを確認した。また、in situ hybridization法により、PLP-Dは胎盤の栄養膜巨細胞と海綿状栄養膜細胞の両細胞でのみ発現することを示した。ラット胎盤絨毛性ガン細胞であるRcho-1細胞においても、巨核細胞(栄養膜巨細胞様)に分化することでPLP-Dの発現が誘導されることが分かった。PLP-Dは胎盤プロラクチンファミリーの中ではPLP-Cと相同性が最も高く(80%)、遺伝子配列に基づいた分子系統樹からは他のプロラクチン様活性のある分子群とは進化上離れていると推測される。以上、第一章では新規プロラクチン様タンパクDを発見・クローニングし、その発現様式を解析した。

第二章Molecular Cloning,Heterologous Expression and Characterization of a New Member of the Rat Placental Prolactin(PRL)Family,PRL-Like Protein H(PLP-H)

 妊娠後期特異的な分子として、PLP-Dと非常に相同性が高い(ヌクレオチドで81%)PLP-Hの全cDNAをクローニングした。PLP-Hの発現はPLP-Dと同様、妊娠後期に胎盤の栄養膜巨細胞と海綿状栄養膜細胞の両細胞でのみ発現することが分かった。

 新規胎盤後期特異的因子PLP-D,PLP-Hは分泌型のタンパクと確認されており、これらが機能するためには多くのホルモンやサイトカインと同様、レセプターを介したシグナル伝達機構が存在すると考えられる。PLP-D,PLP-Hのどちらもプロラクチンに相同性がある(システイン残基の位置など)ので、プロラクチン依存性のTリンパ球細胞であるNb2細胞を用いてプロラクチン様活性があるかを調べた。まず、PLP-D,PLP-H及び当研究室でクローニングしたプロラクチン活性のあるPL-I(placental lactogen-I)をCOS7細胞で発現させ、その培養上清よりそれぞれのタンパクを精製した。Nb2増殖アッセイにおいて、標品のoPRL及び今回作製したPL-Iには増殖活性が存在したのに対しPLP-D,PLP-Hには増殖活性がなかった。また、oPRLやPL-Iの刺激でプロラクチンレセプターの下流にあるJAK2-Stat5シグナル伝達系の活性化が見られるのに対し、PLP-D,PLP-Hでは活性化が見られなかった。以上の結果より、PLP-D,PLP-Hはプロラクチンのレセプターを介したシグナル伝達には関与していないことが確認された。

第三章Spongiotrophoblast Specific Protein(SSP)is a novel secretory protein from the rat placenta

 胎盤PRLファミリーに属さない新たな分子を発見し、全cDNAをクローニングした。In situ hybridizationの結果より同分子はPLP-D,PLP-Hとは異なり、発現が海綿状栄養膜細胞特異的であった。よってSpongiotrophoblast Specific Protein(SSP)と命名した。Northern blot解析の結果、SSPはPLP-D,PLP-Hと同様に妊娠14日目から分娩にかけてその発現が増加した。データベースを検索した結果、SSPはマウスのcDNA4311と約81%の相同性をもち、他のタンパクとは相同性が低いことが分かった。また、SSPはN末にシグナル様配列を持つこと、タンパク全体では親水性アミノ酸が多いことなどから分泌タンパクと推測した。

 次にウサギを用いてSSPに対する抗血清を作製した。同抗体を用いたWestern blot解析によりSSPは胎盤junctional zone画分特異的に、約19kDaのタンパクとして検出された。また、妊娠12日、20日の胎盤の切片を用いて免疫組織化学染色を試みたところ、妊娠20日の海綿状栄養膜細胞にのみ発現が観察され、Northern blot解析の結果と一致した。次に、SSPが海綿状栄養膜細胞外に分泌されることを確認するために1)妊娠16日目の胎盤junctional zoneを組織培養した上清、2)SSP遺伝子をトランスフェクションしたCOS7細胞の培養上清の解析を行った。どちらも培養上清中にSSPが含まれていたので、N末端のどこまでがシグナル配列かを決定するため、COS7培養上清よりSSPを精製し、アミノ酸シークエンスを行った。その結果、SSPはN末端より17番目のアミノ酸で切断されて細胞外に分泌されていることを確認した。

考察

 PLP-D,PLP-Hは、胎盤プロラクチンファミリーに属する分泌タンパクと考えられるが、プロラクチンレセプターを介するシグナル伝達には関与しない。胎盤プロラクチンファミリー内で比較すると、PLP-D,PLP-Hにはラクトジェンとして機能する分子では存在しないN末端の二つのシステイン残基が存在する。また、プロラクチン活性に必要なアミノ酸が保存されていないという特徴も合わせ持つ。胎盤プロラクチンファミリーは遺伝子の重複や点変異によりPRLから派生したと考えると、レセプターもそれに伴い変異し新たな機能を獲得したと考えることができる。

 SSPは妊娠後期に特異的に発現し分泌されること、SSPの産生細胞である海綿状栄養膜細胞の欠失は胎生致死につながることなどから、SSPが妊娠維持のために重要な働きをしていると考えられる。

 以上、妊娠後期に発現している胎盤栄養膜細胞特異的な3つの新規タンパクについてクローニングに成功した。これらの分子解析によりいずれも分泌タンパクとして機能していることが明らかになった。

審査要旨

 胎盤は母体と胎仔の双方に作用する種々のホルモンを妊娠時期に応じて分泌し母体の内分泌環境成立に関与し、遺伝的に異なる胎仔の成長に呼応して母体免疫機能の制御を行い、さらに、酸素、栄養、老廃物の交換等を行い代謝に関与するなど、多岐にわたる機能を果たしている。齧歯類の場合、胎盤の機能を担っている栄養膜細胞の中でも主に栄養膜巨細胞と海綿状栄養膜細胞は内分泌細胞として機能している。

 本研究では、妊娠後期特異的にラット胎盤で発現する新規分子を探索・クローニングし、得られた遺伝子の時期及び組織特異的な発現を調べるとともに、これら分子の生物活性について解析したもので、要約すると以下のようになる。

 第1章では、妊娠後期特異的な新規遺伝子Prolactin-Like Protein D(PLP-D)の全cDNAのクローニングが行われた。PLP-Dは一次構造がプロラクチンと相同性を有する分泌型の新規胎盤因子で、胎盤プロラクチンファミリーに属することを明かにした。PLP-Dは妊娠14日目から分娩にかけてその発現が増加する妊娠後期特異的なタンパクであること、胎盤の栄養膜巨細胞と海綿状栄養膜細胞の両細胞でのみ発現することを明かにした。また、ラット胎盤絨毛性ガン細胞であるRcho-1細胞においても、巨核細胞(栄養膜巨細胞様)に分化することでPLP-Dの発現が誘導されることが分かった。

 第2章では、新規遺伝子PLP-Hに関する研究が行われた。PLP-HはPLP-Dと非常に相同性が高い(ヌクレオチドで81%)。PLP-Hも、PLP-Dと同様、妊娠後期に胎盤の栄養膜巨細胞と海綿状栄養膜細胞の両細胞でのみ発現した。PLP-D,PLP-Hのどちらもプロラクチンに相同性がある(システイン残基の位置など)ので、プロラクチン依存性のTリンパ球細胞であるNb2細胞を用いてプロラクチン様活性があるかを組み換えタンパク質を作製して調べた。Nb2増殖アッセイにおいて、標品のプロラクチン(oPRL)、及び胎盤性ラクトジェン-I(PL-I)には増殖活性が存在したのに対し、PLP-D,PLP-Hには増殖活性がなかった。また、oPRLやPL-Iの刺激でプロラクチンレセプターの下流にあるJAK2-Stat5シグナル伝達系の活性化が見られるのに対し、PLP-D,PLP-Hでは活性化が見られなかった。以上の結果より、PLP-D,PLP-Hはプロラクチンのレセプターを介したシグナル伝達には関与していないことが確認された。胎盤プロラクチンファミリーは遺伝子の重複や点変異によりPRLから派生したと考えると、レセプターもそれに伴い変異し新たな機能を獲得したと考えることができ、新たなレセプターの存在が考えられる。

 第3章では、胎盤PRLファミリーに属さない新たな分子を発見し、全cDNAをクローニングした。この分子は、PLP-D,やPLP-Hとは異なり、海綿状栄養膜細胞に特異的に発現していたことから、Spongiotrophoblast Specific Protein(SSP)と命名された。SSPはPLP-D,PLP-Hと同様に妊娠14日目から分娩にかけてその発現が増加した。組み換えタンパク質を作製し家兎を免疫して、SSPに対する抗血清を作製しWestern blot解析を行った結果、分子量的19kDaのタンパクとして検出された。また、妊娠12日、20日の胎盤の切片を用いて免疫組織化学染色を試みたところ、妊娠20日の海綿状栄養膜細胞にのみ発現が観察され、Northern blot解析の結果と一致した。また、SSPはN末にシグナル様配列を持つこと、タンパク全体では親水性アミノ酸が多いことなどから分泌タンパクである可能性が考えられた。そこで、SSPが分泌タンパク質であることを確認するために、胎盤junctional zoneの組織培養上清と、SSP遺伝子をトランスフェクションしたCOS7細胞の培養上清の解析を行い、分泌されていることを確認した。さらに、シグナル配列かを決定するため、分泌SSPのアミノ酸配列を決定し、SSPはN末端より17番目のアミノ酸で切断されて細胞外に分泌されていることを確認した。

 以上、本論文は胎盤プロラクチンファミリーに属する新規分子PLP-D,PLP-H、および妊娠後期に特異的に発現するSSPについて、遺伝子クローニングと発現解析および生物活性を解析したもので、応用動物学における生殖生物学領域に貢献しているところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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