胎盤は母体と胎仔の双方に作用する種々のホルモンを妊娠時期に応じて分泌し母体の内分泌環境成立に関与し、遺伝的に異なる胎仔の成長に呼応して母体免疫機能の制御を行い、さらに、酸素、栄養、老廃物の交換等を行い代謝に関与するなど、多岐にわたる機能を果たしている。齧歯類の場合、胎盤の機能を担っている栄養膜細胞の中でも主に栄養膜巨細胞と海綿状栄養膜細胞は内分泌細胞として機能している。 本研究では、妊娠後期特異的にラット胎盤で発現する新規分子を探索・クローニングし、得られた遺伝子の時期及び組織特異的な発現を調べるとともに、これら分子の生物活性について解析したもので、要約すると以下のようになる。 第1章では、妊娠後期特異的な新規遺伝子Prolactin-Like Protein D(PLP-D)の全cDNAのクローニングが行われた。PLP-Dは一次構造がプロラクチンと相同性を有する分泌型の新規胎盤因子で、胎盤プロラクチンファミリーに属することを明かにした。PLP-Dは妊娠14日目から分娩にかけてその発現が増加する妊娠後期特異的なタンパクであること、胎盤の栄養膜巨細胞と海綿状栄養膜細胞の両細胞でのみ発現することを明かにした。また、ラット胎盤絨毛性ガン細胞であるRcho-1細胞においても、巨核細胞(栄養膜巨細胞様)に分化することでPLP-Dの発現が誘導されることが分かった。 第2章では、新規遺伝子PLP-Hに関する研究が行われた。PLP-HはPLP-Dと非常に相同性が高い(ヌクレオチドで81%)。PLP-Hも、PLP-Dと同様、妊娠後期に胎盤の栄養膜巨細胞と海綿状栄養膜細胞の両細胞でのみ発現した。PLP-D,PLP-Hのどちらもプロラクチンに相同性がある(システイン残基の位置など)ので、プロラクチン依存性のTリンパ球細胞であるNb2細胞を用いてプロラクチン様活性があるかを組み換えタンパク質を作製して調べた。Nb2増殖アッセイにおいて、標品のプロラクチン(oPRL)、及び胎盤性ラクトジェン-I(PL-I)には増殖活性が存在したのに対し、PLP-D,PLP-Hには増殖活性がなかった。また、oPRLやPL-Iの刺激でプロラクチンレセプターの下流にあるJAK2-Stat5シグナル伝達系の活性化が見られるのに対し、PLP-D,PLP-Hでは活性化が見られなかった。以上の結果より、PLP-D,PLP-Hはプロラクチンのレセプターを介したシグナル伝達には関与していないことが確認された。胎盤プロラクチンファミリーは遺伝子の重複や点変異によりPRLから派生したと考えると、レセプターもそれに伴い変異し新たな機能を獲得したと考えることができ、新たなレセプターの存在が考えられる。 第3章では、胎盤PRLファミリーに属さない新たな分子を発見し、全cDNAをクローニングした。この分子は、PLP-D,やPLP-Hとは異なり、海綿状栄養膜細胞に特異的に発現していたことから、Spongiotrophoblast Specific Protein(SSP)と命名された。SSPはPLP-D,PLP-Hと同様に妊娠14日目から分娩にかけてその発現が増加した。組み換えタンパク質を作製し家兎を免疫して、SSPに対する抗血清を作製しWestern blot解析を行った結果、分子量的19kDaのタンパクとして検出された。また、妊娠12日、20日の胎盤の切片を用いて免疫組織化学染色を試みたところ、妊娠20日の海綿状栄養膜細胞にのみ発現が観察され、Northern blot解析の結果と一致した。また、SSPはN末にシグナル様配列を持つこと、タンパク全体では親水性アミノ酸が多いことなどから分泌タンパクである可能性が考えられた。そこで、SSPが分泌タンパク質であることを確認するために、胎盤junctional zoneの組織培養上清と、SSP遺伝子をトランスフェクションしたCOS7細胞の培養上清の解析を行い、分泌されていることを確認した。さらに、シグナル配列かを決定するため、分泌SSPのアミノ酸配列を決定し、SSPはN末端より17番目のアミノ酸で切断されて細胞外に分泌されていることを確認した。 以上、本論文は胎盤プロラクチンファミリーに属する新規分子PLP-D,PLP-H、および妊娠後期に特異的に発現するSSPについて、遺伝子クローニングと発現解析および生物活性を解析したもので、応用動物学における生殖生物学領域に貢献しているところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |