マウスバベシア症の主な原因種であるB.microtiならびにB.rodhainiは、それぞれ宿主に耐過と斃死という異なった感染経過をもたらす。この違いは、B.microti感染では細胞性免疫を制御するhelper T cell type 1(Th1)が、B.rodhaini感染では液性免疫を制御するhelper T cell type 2(Th2)が活性化することに関連していると報告されている。このTh1/Th2への分化・誘導にはまずマクロファージなどの抗原提示細胞による抗原の認識とマクロファージ由来インターロイキン(IL)12を中心としたサイトカインによる制御が重要であると考えられている。しかしながら、バベシア感染におけるTh1/Th2分化への誘導機構は未だ明らかにされていない。本論文は、両原虫感染における感染経過の相違を感染初期に認められる防御免疫機横の相違についてIL-12動態の観点から明らかにしたもので、3章から構成されている。 第1章では、両原虫感染マウス脾臓細胞中の主要組織適合抗原(MHC)class II発現抗原提示細胞数について検討し、さらに脾臓内CD4陽性T(helper T)細胞の分化をTh2から産生されるIL-4ならびにTh1から産生されるIFN-を指標に検討した。 両原虫感染マウスとも抗原提示細胞数は感染後増加する傾向が認められたが、抗原提示細胞数に両原虫感染で差は認められなかった。また、B.microti感染ではTh1が、B.rodhaini感染ではTh2が分化・誘導されていることが蛋白レベルで明らかとなった。したがって、この分化・誘導に抗原提示細胞の増殖は重要ではないと考えられた。 第2章では、両原虫の初感染ならびにB.microti感染を耐過したマウスに対してB.rodhainiを感染させた際のIL-12を中心としたサイトカインの変動について比較検討した。まず両原虫感染マウス脾臓細胞における、IL-12、IL-10、IL-4およびIFN- mRNA発現をRT-PCR法により比較検討した。IL-12mRNAの発現時期のみが両原虫感染で異なり、B.microti感染マウスが、B.rodhaini感染マウスに比較し、早期に認められることが明らかとなった。また、血清中のサイトカイン濃度も同様にIL-12濃度のみが両原虫感染マウスで異なっており、B.microti感染マウスでは感染3時間から48時間後まで有意な増加を示したのに対し、B.rodhaini感染マウスではIL-12濃度の変動は認められなかった。B.microti感染を耐過した後B.rodhainiを感染させるときわめて軽度な寄生赤血球率を示すのみで感染耐過するが、この際の感染初期の脾臓内CD4陽性T細胞は、Th1に分化・誘導されていることが明らかとなった。また、血清IL-12濃度はB.microti感染マウスで認められるIL-12濃度の変動に類似し、感染6時間から24時間後まで有意な高値を示した。したがって、両原虫感染マウスにおける感染経過の違いは、IL-12産生増加にともなうhelper T細胞のTh1への分化・誘導に基づくことが明らかになった。 第3章では、両原虫感染血球による脾臓マクロファージからのIL-12産生誘導活性について比較検討した。いづれの原虫感染血球もマクロファージからのIL-12産生を誘導した。ついで短期培養した感染血球の培養上清あるいは虫体を含む沈渣をマクロファージと共培養したところ、培養上清と共培養した場合にのみIL-12の産生が認められた。また、培養上清中のIL-12産生誘導活性は熱処理で失活しなかった。そこで、熱処理した培養上清の可溶性分画をゲル濾過し、4分画に分け、各分画のIL-12産生誘導活性を検討した。B.microti感染血球から得られた可溶性分画は分画3および4でIL-12産生誘導活性が認められたのに対し、B.rodhainiの可溶性分画は分画4のみがIL-12産生誘導活性を示した。したがって、感染血球あるいは虫体から産生・分泌されるIL-12産生誘導活性はB.microtiとB.rodhaini感染とでは異なったものに由来しており、この相違がB.microti感染で早期に認められるIL-12産生に深く関連していると考えられた。 以上のように、本論文は、慢性で耐過するB.microti感染マウスと急性で斃死するB.rodhaini感染マウスに認められる経過の違いは、感染血球の培養上清に認められる熱耐性のIL-12産生誘導因子の違いに基づくことを明らかにし、さらにこの因子によるIL-12産生の相違、ならびにIL-12により引き起こされるTh1への分化・誘導によるものであることを明らかとしたもので、動物科学ならびに獣医学の学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |