学位論文要旨



No 114435
著者(漢字) 加藤,理恵
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,リエ
標題(和) Babesia microtiならびにBabesia rodhaini感染マウスにおけるインターロイキン12動態に関する研究
標題(洋) Studies on interleukin 12 kinetics in mice infected with Babesia microti and Babesia rodhaini
報告番号 114435
報告番号 甲14435
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2043号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 助教授 稲葉,睦
 帯広畜産大学 教授 齋藤,篤志
内容要旨

 赤血球内寄生原虫であるバベシア原虫は広く世界的に認められる原虫で、その感染により宿主は著しい溶血性貧血や黄疸を呈する。バベシア症は家畜や伴侶動物など様々な動物で報告され、その被害も大きく、畜産学上、獣医学上さらには人医学領域においても解決の急がれる重要な原虫疾患の一つである。Babesia microtiおよびBabesia rodhainiは齧歯類に感染する主要なバベシア原虫で、形態的にもきわめて良く似ているが、様々な相違点が認められている。このうちもっとも明らかな相違はその感染経過で、B.microtiに感染したマウスは一過性の虫血症(parasitemia)を示すのみで耐過するのに対し、B.rodhainiに感染した場合には急性の経過で斃死する。この違いは感染初期に活性化する脾臓内L3T4陽性T細胞のsubsets、すなわちB.microti感染では細胞性免疫を制御するhelper T cell type 1(Th1)が、B.rodhaini感染では液性免疫を制御するhelper T cell type2(Th2)が活性化することに関連し、Th1細胞への分化がバベシア原虫の感染を耐過させると示唆されている。このTh1あるいはTh2への分化・誘導にはまずマクロファージなどの抗原提示細胞による抗原の認識とインターロイキン(IL)-12を中心としたサイトカインによる制御が重要で、とくに感染初期においてマクロファージから産生されるIL-12がTh1への分化を誘導すると考えられている。

 そこで本研究では、宿主の免疫防御機構の差異を、とくにIL-12動態の観点から検討し、両原虫感染における感染経過の相違を明らかにすることを目的にまず第1章では、両原虫感染マウスにおける抗原提示細胞数の変動について検討した。ついで、第2章では、両原虫感染マウスにおけるIL-12の変動を初感染、ならびにB.microti感染を耐過したマウスに対するB.rodhaini感染について検討した。さらに第3章では両原虫感染赤血球のIL-12産生誘導能について比較検討した。

1.抗原提示細胞数の変動

 それぞれの両原虫感染マウスの脾臓細胞中の主要組織適合抗原(MHC)class IIを発現した抗原提示細胞数について検討し、さらに脾臓内CD4陽性T細胞を培養し、その培養上清中のIL-4ならびにインターフェロン(IFN)-濃度を測定した。その結果、B.microti感染マウスとB.rodhaini感染マウスとの間には抗原提示細胞数に差を認めることはできなかった。また、培養上清中のIL-4ならびにIFN-濃度からB.microti感染ではTh1細胞が、B.rodhaini感染ではTh2細胞が分化・誘導されていることが蛋白レベルでも明らかとなった。

 したがって、B.microti感染ではTh1細胞が、B.rodhaini感染ではTh2細胞が分化・誘導されるものの、この分化・誘導の起こる以前にMHC class II発現率の変化あるいはMHC class II発現抗原提示細胞の増殖は認められないことが明らかとなり、Th1細胞への分化・誘導は情報伝達がより迅速な液性因子であるIL-12などのサイトカインによる制御が関連していると考えられた。

2.IL-12の動態

 両原虫の初感染ならびにB.microti感染を耐過したマウスに対してB.rodhainiを感染させた際のIL-12を中心としたサイトカインの変動について比較検討した。まず両原虫感染マウスより脾臓細胞を回収し、IL-12、IL-10、IL-4およびIFN-それぞれのmRNA発現をRT-PCR法により経時的に比較検討した。その結果、IL-12mRNAの発現時期のみが両原虫感染で異なり、マウス脾臓細胞におけるIL-12mRNAの発現はB.microti感染マウスが、B.rodhaini感染マウスに比較し、早期に認められることが明らかになった。また、血清中のサイトカイン濃度では、脾臓細胞中のmRNAの発現と同様IL-12濃度のみがB.microti感染マウスでB.rodhaini感染マウスに比較して、有意な高値を示すことが認められた。さらに、B.microti感染マウスにおけるIL-12濃度の増加は感染3時間後の感染早期に認められ、この感染早期に認められるIL-12の産生増加がTh1への分化・誘導に関与すると考えられた。一方、B.microti感染を耐過したマウスにB.rodhainiを感染させた場合、感染マウスは虫血症を示すことなく、また斃死することもなく耐過した。感染初期の脾臓内CD4陽性T細胞のsubsetsはB.rodhaini初感染時のTh2細胞とは異なり、感染3日後にはTh1細胞に分化していた。また、血清中IL-12濃度は感染6時間後から24時間後まで有意な高値を示した。

 したがって、急性で致死的な感染経過を呈するB.rodhaini感染はB.microti感染を耐過したマウスに対しては致死的なものではなく、その主な免疫防御機構はIL-12産生増加にともなう脾臓内Th1細胞の分化・誘導に基づくことが明らかになった。

3.感染赤血球のIL-12産生誘導能

 B.microtiおよびB.rodhaini感染マウスの感染経過の相違は感染早期のIL-12産生誘導ならびにそれにともなったTh1細胞の分化・誘導に基づくことが明らかとなったので両原虫感染赤血球のIL-12産生誘導能について比較検討した。すなわち、インタクトなマウスから採取し、調整した脾臓マクロファージを用いて両原虫感染血球のIL-12産生誘導能について測定したところ、マクロファージとの共培養でいづれの原虫感染赤血球もマクロファージのIL-12産生を誘導し、培養上清中のIL-12濃度が増加した。ついで、感染赤血球を短期培養し、その培養上清あるいは虫体が含まれると考えられる沈渣をマクロファージと共培養したところ、IL-12の産生は培養上清と共培養した場合にのみ認められた。また、培養上清中のIL-12産生誘導活性は熱処理で失活しなかった。ついで、培養上清を熱処理し、その可溶性分画をゲル濾過クロマトグラフィーで4分画に分離し、各分画のIL-12産生誘導活性を検討した。B.microti感染赤血球由来の培養上清では分画3および分画4でIL-12産生誘導活性が認められるのに対し、B.rodhaini感染赤血球由来培養上清では分画4のみがIL-12産生誘導活性を示した。

 したがって、感染赤血球の培養上清に認められる熱耐性のIL-12産生誘導活性はB.microtiとB.rodhaini感染とでは異なったものに由来しており、この相違がB.microti感染で早期に認められるIL-12産生の増加に深く関連していると考えられた。

 以上のことからマウスにおいて、慢性で耐過するB.microti感染と急性で斃死するB.rodhaini感染に認められる感染経過の違いは、感染血球の培養上清に認められる熱耐性のIL-12産生誘導因子の違いに基づくIL-12産生の相違、ならびにIL-12により引き起こされる細胞性免疫を制御するTh1への分化・誘導の相違に基づくものであることが明らかとなった。

審査要旨

 マウスバベシア症の主な原因種であるB.microtiならびにB.rodhainiは、それぞれ宿主に耐過と斃死という異なった感染経過をもたらす。この違いは、B.microti感染では細胞性免疫を制御するhelper T cell type 1(Th1)が、B.rodhaini感染では液性免疫を制御するhelper T cell type 2(Th2)が活性化することに関連していると報告されている。このTh1/Th2への分化・誘導にはまずマクロファージなどの抗原提示細胞による抗原の認識とマクロファージ由来インターロイキン(IL)12を中心としたサイトカインによる制御が重要であると考えられている。しかしながら、バベシア感染におけるTh1/Th2分化への誘導機構は未だ明らかにされていない。本論文は、両原虫感染における感染経過の相違を感染初期に認められる防御免疫機横の相違についてIL-12動態の観点から明らかにしたもので、3章から構成されている。

 第1章では、両原虫感染マウス脾臓細胞中の主要組織適合抗原(MHC)class II発現抗原提示細胞数について検討し、さらに脾臓内CD4陽性T(helper T)細胞の分化をTh2から産生されるIL-4ならびにTh1から産生されるIFN-を指標に検討した。

 両原虫感染マウスとも抗原提示細胞数は感染後増加する傾向が認められたが、抗原提示細胞数に両原虫感染で差は認められなかった。また、B.microti感染ではTh1が、B.rodhaini感染ではTh2が分化・誘導されていることが蛋白レベルで明らかとなった。したがって、この分化・誘導に抗原提示細胞の増殖は重要ではないと考えられた。

 第2章では、両原虫の初感染ならびにB.microti感染を耐過したマウスに対してB.rodhainiを感染させた際のIL-12を中心としたサイトカインの変動について比較検討した。まず両原虫感染マウス脾臓細胞における、IL-12、IL-10、IL-4およびIFN- mRNA発現をRT-PCR法により比較検討した。IL-12mRNAの発現時期のみが両原虫感染で異なり、B.microti感染マウスが、B.rodhaini感染マウスに比較し、早期に認められることが明らかとなった。また、血清中のサイトカイン濃度も同様にIL-12濃度のみが両原虫感染マウスで異なっており、B.microti感染マウスでは感染3時間から48時間後まで有意な増加を示したのに対し、B.rodhaini感染マウスではIL-12濃度の変動は認められなかった。B.microti感染を耐過した後B.rodhainiを感染させるときわめて軽度な寄生赤血球率を示すのみで感染耐過するが、この際の感染初期の脾臓内CD4陽性T細胞は、Th1に分化・誘導されていることが明らかとなった。また、血清IL-12濃度はB.microti感染マウスで認められるIL-12濃度の変動に類似し、感染6時間から24時間後まで有意な高値を示した。したがって、両原虫感染マウスにおける感染経過の違いは、IL-12産生増加にともなうhelper T細胞のTh1への分化・誘導に基づくことが明らかになった。

 第3章では、両原虫感染血球による脾臓マクロファージからのIL-12産生誘導活性について比較検討した。いづれの原虫感染血球もマクロファージからのIL-12産生を誘導した。ついで短期培養した感染血球の培養上清あるいは虫体を含む沈渣をマクロファージと共培養したところ、培養上清と共培養した場合にのみIL-12の産生が認められた。また、培養上清中のIL-12産生誘導活性は熱処理で失活しなかった。そこで、熱処理した培養上清の可溶性分画をゲル濾過し、4分画に分け、各分画のIL-12産生誘導活性を検討した。B.microti感染血球から得られた可溶性分画は分画3および4でIL-12産生誘導活性が認められたのに対し、B.rodhainiの可溶性分画は分画4のみがIL-12産生誘導活性を示した。したがって、感染血球あるいは虫体から産生・分泌されるIL-12産生誘導活性はB.microtiとB.rodhaini感染とでは異なったものに由来しており、この相違がB.microti感染で早期に認められるIL-12産生に深く関連していると考えられた。

 以上のように、本論文は、慢性で耐過するB.microti感染マウスと急性で斃死するB.rodhaini感染マウスに認められる経過の違いは、感染血球の培養上清に認められる熱耐性のIL-12産生誘導因子の違いに基づくことを明らかにし、さらにこの因子によるIL-12産生の相違、ならびにIL-12により引き起こされるTh1への分化・誘導によるものであることを明らかとしたもので、動物科学ならびに獣医学の学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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