学位論文要旨



No 114436
著者(漢字) 畑生,俊光
著者(英字)
著者(カナ) ハタブ,トシミツ
標題(和) イヌインターロイキン8遺伝子導入リーシュマニア原虫による宿主免疫修飾に関する研究
標題(洋) Modification of host-immunoreaction by Leishmania transfected with canine interleukin-8
報告番号 114436
報告番号 甲14436
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2044号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
内容要旨

 リーシュマニア症は、熱帯から温帯にかけて世界的に広く分布し、皮膚病変から致死的な内臓病変まで幅広い病態を示す原虫性疾患である。本症は、イヌ科動物および齧歯類を保虫宿主とする人獣共通感染症でもある。原虫感染症に対する組み換えワクチンの開発は、世界中で積極的に進められているにも関わらず、その開発は成功していない。これは、原虫感染症に対する獲得免疫が、生きた原虫の持続感染(プレミュニション)を必要とするためである。リーシュマニア原虫は、媒介昆虫体内では有鞭毛型虫体として、脊椎動物宿主マクロファージ(M)内では無鞭毛型虫体として生存・増殖する。同様な食細胞である好中球では貪食後速やかに殺虫される。リーシュマニア症の病変部位では、Mの浸潤と感染Mが多く観察されるが、好中球の浸潤はほとんど観察されない。そこで、リーシュマニア原虫感染において、M内で原虫の緩やかな増殖を許容し、一方で好中球によるリーシュマニア原虫の殺滅が促進できれば、リーシュマニア症に対する感染防御能を宿主に付与することが可能であると考えた。そこでこの仮説に従い、リーシュマニア症に対する遺伝子改変生ワクチンの開発を最終目的として、まず基盤技術となる外来遺伝子導入リーシュマニア原虫の作製を行い、遺伝子導入原虫前接種によるマウス皮膚リーシュマニア症発症予防の検討を行った。本症のコントロール戦略上、イヌリーシュマニア症の予防法の開発が重要と考えられるので本研究ではイヌのサイトカインであるIL-8を導入遺伝子として用いた。第一章では、イヌIL-8(cIL-8)遺伝子導入リーシュマニア原虫の作製について、第二章では、宿主体内の発育型である無鞭毛型虫体での遺伝子導入原虫によるcIL-8蛋白質産生の検討、第三章では、cIL-8遺伝子導入原虫前接種による皮膚型リーシュマニア症の発症予防について検討を行った。

 第一章:生物活性を有するcIL-8蛋白質を産生する遺伝子導入リーシュマニア原虫の作製を目的として、cIL-8遺伝子をリーシュマニア原虫に導入した。IL-8は、好中球を活性化し、遊走能を増進するサイトカインである。cIL-8cDNAを鋳型としてPCRを行い、得られた正向きおよび逆向きの増幅産物をツニカマイシン耐性遺伝子を含むリーシュマニア原虫用発現ベクターp6.5に組み込み、導入用コンストラクト(p6.5-cIL-8Sおよびp6.5-cIL-8R)を構築した。得られたコンストラクトをLeishmania amazonensis(MPRO/BR/72/M1845;LV78クローン株C1/12およびC1250)の後期対数増殖期の有鞭毛型虫体に電気的に導入した。また、コントロールとしてp6.5ベクターのみを導入した原虫を作成した。遺伝子導入原虫は、ツニカマイシン(TM)添加199培地で、段階的にTM濃度を上げることにより薬剤選抜を行った。コンストラクト導入の成否を検討する目的で、染色体外DNAを回収し、cIL-8に特異的なプライマーを用いてPCRを行った。また、蛋白産生を検討するため、ウエスタンブロットを行った。さらにcIL-8の生物活性を検討するため、イヌ末梢血多形核白血球(PMN)を用いた遊走能試験を行った。マウスではIL-8の存在は未確認であるが、IL-8受容体が既に報告され、またヒトおよびウサギIL-8がマウスPMNを活性化することが報告されている。そこで、cIL-8のマウスPMNに対する生物活性の検討も同時に行った。PCRの結果、目的の330bpのバンドが確認され、cIL-8の虫体への導入が確認された。ウエスタンブロットの結果、p6.5-cIL-8Sを導入したC1/12SおよびC1250Sでのみ目的の8.8kDのバンドを得、蛋白産生を確認した。さらに遺伝子導入原虫培養上清を用いた遊走能試験の結果、C1/12S培養上清に対するマウスおよびイヌPMNの遊走距離は、それぞれ69.8±26.2m、47.3±3.5mを示した。一方、C1/12培養上清に対するマウスおよびイヌPMNの遊走距離は、それぞれ21.4±1.8m、2.8±1.8mを示した。このことから、C1/12S培養上清は、有為に高いPMN遊走活性を有することが示された。以上の結果より、作製した遺伝子導入用コンストラクトp6.5-cIL-8SがL.amazonensisに導入され、PMN遊走活性を有するcIL-8を産生することが明らかにされた。また本研究の結果は、リーシュマニア原虫による、外来哺乳動物由来生理活性蛋白質の産生が可能であることを示した。

 第二章:cIL-8遺伝子導入原虫接種により、免疫を修飾することでリーシュマニア症発症の予防を目的とするので、作製した遺伝子導入原虫が、脊椎動物宿主体内での発育型である無鞭毛型虫体でcIL-8を産生することが必要条件となる。そこで、cIL-8遺伝子導入原虫の無鞭毛型虫体における生理活性を有するcIL-8の産生を検討する目的で、実験を行った。LV78強毒株由来の有鞭毛型虫体に第一章で作製したp6.5-cIL-8S(正向きのcIL-8組み込み)およびp6.5-cIL-8R(逆向きのcIL-8組み込み)を導入し、LV78SおよびLV78Rを作製した。遺伝子導入法及び薬剤選抜法は第一章に準じた。無鞭毛型虫体は、以下の2つの方法で得たものを実験に用いた。(1)遺伝子導入原虫の有鞭毛型虫体をJ774G8M細胞株へ感染させ、感染24時間後の感染Mから無鞭毛型虫体を回収した。(2)遺伝子導入原虫の有鞭毛型虫体を昆虫細胞用培地中で33℃で培養し、純培養無鞭毛型虫体を得た。遺伝子導入原虫の有鞭毛型虫体が無鞭毛型虫体に変態後も、遺伝子導入用コンストラクトを保持するかを検討するため、cIL-8に特異的なプライマーを用いPCRを行った。cIL-8蛋白産生を検討するため、純培養無鞭毛型虫体を用いてウエスタンブロットを行い、また生物活性を検討するため、マウスおよびイヌPMNを用いた遊走能試験を行った。PCRの結果、M細胞株から回収した遺伝子導入原虫の無鞭毛型虫体および純培養無鞭毛型虫体で、330bpのバンドを得、遺伝子導入用コンストラクトが無鞭毛型虫体内に保持されていることが確認された。ウエスタンブロットの結果、LV78Sの純培養無鞭毛型虫体でのみ、およそ8.8kDのバンドを得、cIL-8蛋白の産生が確認された。遊走能試験の結果、LV78S培養上清に対するマウスおよびイヌPMNの遊走距離は、それぞれ43.3±4.8m、73.5±2.3mを示した。一方、LV78培養上清に対するマウスおよびイヌPMNの遊走距離はそれぞれ15.3±1.9m、23.0±1.6mを示した。このことから、LV78S培養上清は、有為に高いPMN遊走活性を有することが示された。以上のことから、cIL-8遺伝子導入原虫は無鞭毛型虫体においてもPMN遊走活性を有するcIL-8蛋白質を産生することが示された。また、遺伝子導入原虫の接種により、生体内でもcIL-8蛋白質を産生する可能性が示唆された。

 第三章:遺伝子導入原虫のマウスに対する病原性およびマウスへの遺伝子導入原虫接種によるPMNの誘導を検討するため、BALB/cマウスに遺伝子導入原虫を接種した。また遺伝子導入原虫前接種マウスにおける獲得性免疫の有無を検討するため、LV78強毒株の再接種を行った。マウス尾根部皮内にLV78S有鞭毛型虫体1x107/マウスを接種し、接種部位の観察及び病変の観察と測定を行った。また遺伝子導入原虫接種部位は、感染後1、7、35日目に採取し、ホルマリン固定後、HE染色を行い、病理組織学的に検討した。その結果、LV78S接種群では、接種35日目まで肉眼的に病変は観察されなかった。病理組織学的検索では、LV78S接種群の感染1及び7日目の皮膚で、多数のPMN浸潤とPMNによる原虫の貪食像および少数の感染Mが観察された。接種35日目では、細胞浸潤は観察されなかった。つぎに、LV78S前接種マウスへLV78強毒株を接種し、接種部位の観察と病変の観察を行った。また、強毒株接種時の免疫応答について検討するため、血中IFN-、IL-4濃度およびリーシュマニア抗原特異的抗体価の測定を行った。LV78強毒株接種後、LV78S前接種マウスでは、病変形成が有為に抑制された。リーシュマニア抗原特異的1gGアイソタイプ抗体価について、LV78S前接種群では,IgG2a抗体力価は、LV78S接種群、対照群でそれぞれ47,500±7,500、8,200±1,800を示し、LV78S接種群は対照群に比べ有為に高い価を示した。また血中IFN-濃度は、LV78S前接種群で、LV78強毒株感染後2日目に96.68±28.49pg/ml、7日目に124.02±54.25pg/mlを示したが、IL-4は両群とも検出限界以下であった。以上の結果から、作成したcIL-8遺伝子導入原虫は、肉眼的に病変形成しないが、病理組織学的には、遺伝子導入原虫がMに感染後無鞭毛型虫体に変化し、cIL-8の産生によりPMNを誘導することが示された。また遺伝子導入リーシュマニア原虫は、LV78強毒株接種に対して、マウス皮膚リーシュマニア症発症遅延および病変を抑制し、本来リーシュマニア感染においてTh2型の免疫応答が誘導されるBALB/cマウスの免疫系をTh1型優位に誘導していることが示唆された。

 以上のことから、cIL-8蛋白質を産生するcIL-8遺伝子導入リーシュマニア原虫の作製とcIL-8遺伝子導入リーシュマニア原虫前接種によるマウス皮膚リーシュマニア症の発症抑制に成功したと考える。よって,リーシュマニア症に対するサイトカイン遺伝子導入生ワクチン開発に大きく貢献し得たと考える。

審査要旨

 リーシュマニア症は、皮膚病変から致死的な内臓病変まで幅広い病態を示す原虫性疾患であり、イヌやイヌ科動物および齧菌類を主な保虫宿主とする人獣共通感染症として重要である。原虫感染症に対する組み換えワクチンの開発は、世界中で積極的に進められているが、その開発は成功していない。これは、原虫感染症に対する獲得免疫が、生きた原虫の持続感染(プレミュニション)を必要とするためである。リーシュマニア原虫は、無鞭毛型原虫として脊椎動物宿主マクロファージ(M)内で生存・増殖するが、好中球には殺虫される。そこで、リーシュマニア原虫感染において、M内で原虫の緩やかな増殖を許容し、一方で好中球によるリーシュマニア原虫の殺滅が促進できれば、リーシュマニア症に対する感染防御能を宿主に付与できると考え、本論文ではリーシュマニア症に対する遺伝子改変生ワクチンの開発を最終目的として、まず基盤技術となる外来遺伝子導入リーシュマニア原虫の作製と遺伝子導入原虫前接種によるリーシュマニア症発症予防の検討を行った。

 まず、生物活性を有するイヌIL-8(cIL-8)産生遺伝子導入リーシュマニア原虫を作製した。cIL-8cDNAの正向きおよび逆向きのPCR増幅産物を発現ベクターp6.5に組み込み、構築したコンストラクト(p6.5-cIL-8Sおよびp6.5-cIL-8R)をLeishmania amazonensisの有鞭毛型原虫に導入した。得られた原虫について、遺伝子導入の確認とcIL-8蛋白の産生、生物活性について検討した。マウスのIL-8は未確認であるが、IL-8受容体が既に報告され、またヒトおよびウサギIL-8によるマウスPMNの活性化も報告されている。そこで、cIL-8のマウスPMNに対する生物活性の検討も行った。その結果、コンストラクトの導入が確認され、p6.5-cIL-8S導入原虫での蛋白産生およびP6.5-cIL-8S導入原虫培養上清で高いPMN遊走活性が確認された。以上の結果、生物活性を有するcIL-8蛋白質産生遺伝子導入原虫の作製に成功した。

 次に、脊椎動物宿主体内の発育型である無鞭毛型原虫での生物活性cIL-8産生を検討するため、cIL-8遺伝子導入原虫の無鞭毛型原虫を(1)遺伝子導入原虫有鞭毛型原虫のM細胞株への感染、(2)遺伝子導入原虫有鞭毛型原虫を昆虫細胞用培地中で33℃で培養により得、コンストラクトの保持、cIL-8蛋白産生および生物活性について検討した。その結果、遺伝子導入原虫の無鞭毛型原虫および純培養無鞭毛型原虫でコンストラクト保持が確認され、p6.5-cIL-8S導入原虫純培養無鞭毛型原虫でのcIL-8蛋白産生とp6.5-cIL-8S導入原虫培養上清で高いPMN遊走活性が示された。以上の結果、cIL-8遺伝子導入原虫の無鞭毛型原虫でも生物活性を有するcIL-8蛋白質の産生が示された。

 最後に、遺伝子導入原虫のマウスに対する病原性と生体内でのPMN誘導を検討するため、マウス尾根部皮内に遺伝子導入原虫を接種し、接種部位の観察及び病変の測定、病理組織学的解析を行った。その結果、cIL-8産生遺伝子導入原虫接種群は、接種後5週まで皮膚病変は観察されず、病理組織学的には、顕著なPMN浸潤と原虫貪食像および感染Mが観察された。次にcIL-8産生遺伝子導入原虫前接種による獲得性免疫について検討するため、リーシュマニア原虫強毒株を接種し、血中サイトカイン濃度およびリーシュマニア抗原特異的抗体価の測定を行った。cIL-8産生遺伝子導入原虫前接種マウスでは、強毒株接種後の皮膚病変形成の抑制が観察された。また、cIL-8産生遺伝子導入原虫接種群は、高いリーシュマニア抗原特異的IgG2a抗体価を示した。血中IFN-は、強毒株接種後のcIL-8遺伝子導入原虫前接種群で高濃度検出した。以上の結果、cIL-8産生遺伝子導入原虫は、肉眼的に病変形成しないが、生体内でcIL-8産生によりPMNを誘導すること、強毒株接種後の皮膚リーシュマニア症発症遅延および皮膚病変形成の抑制を示し、本来リーシュマニア感染においてTh2型の免疫応答が誘導されるBALB/cマウスの免疫系をTh1型優位に誘導することが示唆された。

 本論文は、生物活性を有するcIL-8を産生する遺伝子導入リーシュマニア原虫の作製に成功し、遺伝子導入原虫前接種による宿主免疫の修飾と、強毒株感染に対する宿主への防御免疫の付与を初めて示した。本論文により原虫感染症に対するワクチン開発の新しい方法として遺伝子改変原虫の可能性が明確にされた。リーシュマニア症に対する有効なワクチンの開発における本論文の役割は非常に大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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