学位論文要旨



No 114440
著者(漢字) 大迫,麗子
著者(英字)
著者(カナ) オオサコ,レイコ
標題(和) 前精子発生期におけるマウス雄性生殖細胞(Gonocyte)の増殖再開始機構の研究
標題(洋)
報告番号 114440
報告番号 甲14440
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2048号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,良博
 日本大学 教授 西田,隆雄
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
 国立感染症研究所実験動物開発室 主任研究官 小倉,淳郎
内容要旨

 本研究の主役であるGonocyteは、性分化後から精子発生開始の端境期にあたる前精子発生期の精巣に存在する「精祖細胞(spermatogonia)の前駆細胞」として定義されている。Gonocyteの特徴は、(1)増殖の一時的な停止、(2)増殖の再開、および精細管の基底膜への移動・定着を行い精子発生の開始へと至ることである。卵巣の発達と比較して最も異なる点は、(1)である。雄の生殖細胞は、その発達過程で、雌の生殖細胞のように早く減数分裂を開始せず、体が成熟した時期に減数分裂を始め精子発生を行う。この卵形成(oogenesis)と精子形成の時間的なずれをもたらす調節因子の実体とその生物学的意義は、未だ明らかにされていない。

第I章背景:

 出生初期、雄性生殖細胞(Gonocyte)は増殖を再開し、精細管基底膜への定着を始める。これら2つの現象は、精子発生の基盤として重要であるにもかかわらず、そのメカニズムついてはほとんど知られていない。Gonocyteの増殖再開と基底膜への定着の相互の関わりをBrdU(5-bromodeoxyuridine)標識法と電子顕微鏡を用いて調べた。

 方法:C57BL/6Jマウスの胎仔(Day13.5post coitum(dpc)-18.5dpc)と新生仔(Day0.5post partum(dpp)-8.5dpp)の皮下にBrdU(0.005mg/g body weight)を投与した。投与2時間後、BrdU標識Gonocytを免疫組織化学的に確認し、顕微鏡下で計数し、解析した。さらに、電子顕微鏡によって形態観察を行った。

結果:

 移動中のGonocyteは17.5dpcから観察され、18.5dpcからは基底膜に完全に定着したGonocyteが認められた。BrdU標識Gonocyteは1.5dpp(13.2%)から確認され、2.5dppで急激に増加した。その後も日齢にともなって徐々に増加した。上述のように定着-BrdU非標識Gonocyteは18.5dpc(1.4%)から認められ、定着-BrdU標識Gonocyteは1.5dpp(7.8%)から観察されるようになった。一方、未定着-BrdU標識Gonocyteは1.5dpp(5.2%)から確認された。

考察:

 Gonocyteは、胎生後期に、増殖再開より早く移動・定着を始める。また、出生後、2現象はランダムに生じる。これらの結果から、Gonocyteの増殖再開は定着と一致せず、移動および増殖再開はそれぞれ独自のメカニズムによって生じることが示唆された.

第II章背景:

 前精子形成期のC57BL/6Jマウスの雄性生殖細胞は、16.5dpcで増殖を完全に停止し、精細管の基底膜への移動を開始する。出生後、再びGonocyteは増殖を再開させ精子発生へと至る。しかし、これらの分化に関する情報は極めて少ない。マウス精巣の分化にともなうGonocyteとSertoli細胞における複合糖質の変化を、22種類のレクチンを用いて光学顕微鏡によって観察した。

 方法:C57BL/6Jマウスの精巣(16.5dpc〜6.5dpp)を採取し、レクチン組織化学(ABC法)を行った。

結果:

 sWGA,VVA,およびLEAは、前精子発生期のGonocyteとSertoli細胞に特異的な結合パターンを示した。sWGAの陽性反応は、16.5dpcのGonocyteの細胞質と細胞膜に認められた。この反応性は徐々に減少し、出生後の1.5dppで完全に消失した。しかし、4.5dppで再びGonocyteと一部のSertoli細胞に陽性反応が観察されるようになった。VVAは0.5dppからGonocyteの細胞膜に弱陽性反応を示し、この反応性は6.5dppまで続いた。LEAは16.5dpcからGonocyteの細胞膜および細胞質、Sertoli細胞の細胞膜に陽性反応を示し、この反応性は6.5dppまで続いた。

考察:

 sWGA,VVA,およびLEAはGonocyteのマーカーとして有用であり、特にsWGAとVVAは、前精子発生期のGonocyteの分化に関与することが示唆された。

第III章背景:

 Gonocyteの増殖再開は、ある種の因子に誘導されることが示唆されているが、未だその実体は解明されていない。我々は、新たに確立した新生仔精巣の器官培養系を用い、Gonocyteの増殖再開誘導因子の解析を試みた。

方法:

 16.5dpcと0.5dppの精巣器官培養系を確立し以下の実験を行った。(1)血清添加培地群(10%ウシ胎仔血清(FBS)・新生子ウシ血清(CS)、血清代替培地群(10〜20%成体精巣抽出液,10%の1.5dpp,2.5dppおよび3.5dpp精巣抽出液、および10%成体卵巣抽出液)で1〜3日間培養後、BrdUを投与しGonocyteの増殖率を調べ,in vivoと比較した。(2)高い増殖率を示したCSと成体精巣抽出液を選び、熱処理・Charcol-Dextran処理・ProteaseK処理、またCSのみを限外濾過によるタンパク濃縮処理を行ったものを培養系に添加し1〜3日間培養後,BrdUを投与し増殖率を調べた。(3)CSと成体精巣抽出液をあらかじめ抗Testosteroneポリクローナル抗体,抗Eestradiol-17ポリクローナル抗体,および抗Progesteronポリクローナル抗体によって中和させ、1〜3日間培養後,BrdUを投与し効果を調べた。(4)CS,Charcol-Dextran処理したCSおよび精巣抽出液に含まれるTestosterone濃度をRIA(radioimmunoassay)によって測定した。(5)既知のステロイド(Testosterone Propionate,Estradiol-17,およびProgesterone)を1ng/ml〜1000ng/ml添加し、1〜3日間培養後,BrdUを投与し増殖率を調べた。また、コントロール試験として、更にこの条件下に既知のステロイドに対する中和抗体を用いた。

結果:

 (1)培養後1日目で,0.5dppの精巣器官培養系の10%CS添加,20%成体精巣抽出液、2.5dppおよび3.5dpp精巣抽出液各添加群において,GonocyteのBrdU標識が観察された(それぞれ、33.3%,20.8%,18.5%,および7.3%)。0.5dppの他の条件下では、培養後2日目からGonocyteの増殖が再開した。一方、16.5dpcの精巣器官培養系ではいずれの条件下でも、3日間BrdU標識Gonocyteは全く認められなかった。(2)培養後1日目に、Charcol-Dextran処理が著しくGonocyteの増殖を抑制した。次にCSのみを限外濾過によるタンパクの濃縮処理(10Kおよび1K)を行ったところ、培養後1日目に、10K以上、1K以上、1K以上+Charcol-Dextran処理した1K以下の添加群がGonocyteの増殖性を著しく抑制した。これらの結果かsteroid様の因子がGonocyteの増殖に関与することが推測された。(3)CSと成体精巣抽出液を市販の抗Testosteroneポリクローナル抗体(3.1%,4.6%)、抗Estradiol-17ポリクローナル抗体(3.6%,13.4%),および抗Progesterone(16.3%,12.2%)ポリクローナル抗体とそれぞれ中和させたものを培地添加剤として培養したところ、抗Testosteroneポリクローナル抗体添加群が最もGonocyteの増殖率を抑制した(3) Testosterone濃度は、CS中では211pg/ml、Charcol-Dextran処理したCSは146pg/ml、および成体精巣抽出液は6574pg/mlであった。(4)Testosterone propionate,Estradiol-17,Progesteronをそれぞれ1ng/mlの濃度で添加したところBrdU標識Gonocyteは、28.3%,12.8%,および0.5%であった。

考察:

 Gonocyteの増殖再開の誘導は、培養1日目が外因性の刺激に感受性が高く、培養後2日目以降は精巣内のみの因子で増殖することが明らかになった。また、in vitroでTestosteroneが最もGonocyteの増殖誘導に効果を発揮する因子のひとつとして深く関与することが示された。

 生殖細胞系譜には、分化段階によって様々な制御メカニズムが用意されているようである。今回の我々の実験からも、0.5dppと同条件で16.5dpcの精巣器官培養を3日間行ったところGonocyteは、全く増殖しなかった。Gonocyteは培養後1日目以降はDMEMのみでも増殖することや、生化学的処理を施しても影響を受けるのは培養後1日目のみで、2日目以降は、どのような条件下で培養してもほとんどの場合、Gonocyteは自律的に増殖する。このことから精巣内で作られる因子によって増殖し、そのまま精子発生を続けることが考えられる。したがって、生殖細胞は、時計を持って自律的に分化する傾向があるかもしれない。また、培養後1日目は、Gonocyte増殖制御メカニズムの解除と次の制御メカニズムへ移行する時期である可能性が高い。その手助け役となっているのがTestosteroneであろう。

審査要旨

 Gonocyteは、前精子発生期における「精祖細胞の前駆細胞」として定義されている。その特徴は、増殖の一時的な停止および再開、精細管の基底膜への移動・定着である。このような動態のメカニズムは、精子発生の基盤として重要であるにもかかわらず、不明である。そこで、Gonocyteの増殖再開と基底膜への定着の相互関係を明らかにするために、13.5dpcから6.5dppのC57BL6/Jマウスの精巣をBrdU免疫組織化学と電子顕微鏡による形態観察を行った。移動中のGonocyteは17.5dpcから観察され、18.5dpcから基底膜に完全に定着した。BrdU標識Gonocyteは1.5dppから確認された。定着と増殖の関係を定量化したところ、Gonocyteは胎生後期に増殖再開より2日先んじて定着を始め、生後、2現象はランダムに生じる。これらの結果から、Gonocyteの増殖再開時期は、定着と異なりそれぞれ独自のメカニズムによって生じることが示唆された。

 さらに、Gonocyteの分化にともなう複合糖質の変化をレクチン組織化学によって観察したところ、sWGA,VVA、およびLEAは、Gonocyteに特異的な結合パターンを示した。sWGAの陽性反応は、16.5dpcのGonocyteの細胞質と細胞膜に認められるが、1.5dppで完全に消失し、4.5dppで再び陽性反応が観察される。VVAは0.5dppからGonocyteの細胞膜に弱陽性反応を示した。LEAは16.5dpcから6.5dppまで、Gonocyteの細胞膜および細胞質に陽性反応を示した。したがって、LEAはGonocyteのマーカーとして有効であり、sWGAとVVAは、Gonocyteの分化に深く関与することが示唆された。

 Gonocyteの増殖再開誘導因子の解析を行うために、0.5dppの精巣器官培養系を確立後、様々な条件で3日間培養を行いBrdU Assayを行った。(1)FBS、CS、成体精巣、1.5dpp〜3.5dpp精巣、および成体卵巣抽出液(2)熱、Charcol-Dextran、ProteaseK、限外濾過(10Kおよび1K)によって処理したCSと成体精巣抽出液(3)CS、2.5dpp精巣および成体精巣抽出液を抗Testosteroneポリクローナル抗体、抗Eestradiol-17ポリクローナル抗体、および抗Progesteronポリクローナル抗体による中和(4)Testosterone Propionate,Estradiol-17、およびProgesterone(5)IGF-I,IGF-II,bFGF,GF,NGF,TGF-およびTGF-1、およびGonocyteの増殖を誘導したものは、CS内に中和抗体として反応後添加(6)16.5dpcの精巣培養系において0.5dppと同条件で試みた。その結果、(1)培養後1日目で10%CS、20%成体精巣抽出液、2.5dppおよび3.5dpp精巣抽出液の条件下でGonocyteのBrdU標識が観察された。(2)培養後1日目に、Charcol-Dextran、10Kおよび1K以下の処理がGonocyteの増殖性を著しく抑制した。(3)抗Testosteroneポリクローナル抗体がGonocyteの増殖率を抑制した(4)Testosterone propionateが、Gonocyteの増殖を誘導し、ついでEstradiol-17も誘導可能であった。(5)16.5dpcの精巣器官培養系では如何なる条件下においても、Gonocyteの増殖再開は誘導されなかった。したがって、Gonocyteの増殖再開誘導因子は、脂溶性因子であり、その実体はTestosteroneである可能性が高い。

 生殖細胞は分化段階によって異なる制御メカニズムを備えている。本実験から、16.5dpcの精巣器官培養系では如何なる条件下においても、Gonocyteの増殖は誘導出来なかったが、培養2日目以降のGonocyteは精巣内で作られる因子により自律的に増殖を行い、精子発生に至る。また、増殖停止期である胎生後期のGonocyteは、時計を待って自律的に抑制しているか、あるいは母体由来の抑制因子の関与が考察出来る。ところが、生後、抑制メカニズムが外部からの刺激により解除され、Gonocyteの増殖再開が生じる。そのメカニズムは、Leydig細胞により合成されたTestosteroneが直接Gonocyteのandrogen receptorに結合するのか、あるいはSertoli細胞を介してEstradiol-17に変換後、特異タンパクの発現、またはIGF-IおよびIGF-IIがGonocyteの増殖再開の誘導を行う可能性が本研究により明らかにされた。よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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