これまで、多くの報告を通じて、腸内細菌叢が宿主に対する影響が指摘されている。特にBacteroidesは哺乳類の消化管の中で最優勢を占めていることから、その重要性が示唆されてきた。しかし、これらの嫌気性菌群の同定方法の煩雑さや、その不確定さからその生態学的研究は、なかなか進展が見られない。 一方、細菌分類学の分野では、細菌の系統進化に16SrRNAを用いる方法が提案され、一般細菌が整理されつつあり現在も精力的に細菌群の再編成が行われている。このような中で、Bacteroidaceaeもその分類学的位置が大きく変化したグループの一つである。従来は、グラム陰性、偏性嫌気性桿菌群の一部と扱われてきたが、多くのグラム陰性桿菌とは異なり、cytophagaや、flavobacterらとともに、cytophaga-flavobacter-bacteroides(CFB)groupを形成し、このCFBグループ中で、bacteroides subgroupとして、位置付けられるべきであると提案された。その結果、従来のgenus Prevotella、Bacteroides、Porphyromonasは、それぞれPrevotella、Bacteroides、Porphyromonasの各クラスターに含まれることとなった。 分類体系が再編成されるとともに、各菌種ごとの16SrRNAの塩基配列データも蓄積され、この塩基配列データをもとに、各菌種や、属、さらに高次の分類段階を、プローブや、プライマーを用いて同定する試みが行われてきた。とくにbacteroides subgroupに関連したものでは、CFB group特異的プローブ、bacteroides subgroup特異的プローブ、Bacteroides fragilis特異的プライマー、Bacteroides thetaiotaomicron特異的プライマーとプローブ、Bacteroides vulgatus特異的プライマーとプローブなどが報告されている。しかし、Bacteroides subgroupを体系的に同定するような方法はこれまで提案されてこなかった。そこで、本研究ではまず、クラスター特異的プローブを用いてクラスターを同定した後、菌種特異的プローブで種を同定するという2段階同定法を試みた。 第1章ではPrevotella、Bacteroides、Porphyromonasの各クラスターに特異的なプローブを作製した。しかし、Bacteroides clusterに属するすべての菌種に共通のプローブとなりうるような配列は存在しないために、B.vulgatus以外のBacteroides clusterの特異的なプローブBacとB.vulgatusに特異的なプローブbacvulを作製した。Prevotella clusterにはPreプローブ、PorphyromonasクラスターにはPorプローブをそれぞれ作製した。いずれのプローブもターゲットとするそれぞれのクラスターに属する菌種とハイブリダイズした。しかし、PreプローブはBacteroides clusterとPrevotella clusterの両方にハイブリダズしたが、BacプローブはBacteroides clusterのみを特異的に認識したことから、BacプローブとPreプローブを組み合わせて用いることによって、Bacteroides clusterとPrevotella clusterを区別することができると考えられた。 一方、PorプローブはPorphyromonasクラスター以外に、Bacteroides splanchnicusとRikenella microfususとハイブリダイズした。これらの菌株はその分類学的位置付けはいまだ確定されておらず、今回の結果から、B.splanchnicusとR.microfususはPorphyromonas clusterに近い関係にあるが、これらの菌種の分類学的位置付けには、さらなる研究が必要であると思われる。 また、生物・生化学的性状試験によりBacteroides、Prevotella、Porphyromonasの各クラスターに属すると同定された分離株を用いて、今回作製したプローブの特異性を評価したところ、ほぼすべての菌株において生物・生化学的性状試験とプローブによる同定結果は一致した。 第2章では、第2のステップとして、bacteroides subgroupに属する各菌種に対して、菌種特異的プローブの作製を試みた。それぞれのクラスター内で作製した各菌種特異的プローブは、それぞれの基準株と標準株との極めて高い特異性が明らかとなったが、分離株による結果では、bacvulプローブとporginプローブでは、生物・生化学的性状検査による結果とプローブによる同定の結果がすべて一致したが、その他のプローブでは生物・生化学性状により同定した分離株とハイブリダイズしない株が多数見られた。これは、bacvulプローブがターゲットとした部位は、比較的よく保存されている領域を選んでデザインを行ったことにあり、Porphyromonas gingivalisに関しては、BANA testというP.gingivalisに対して菌種特異性が高い同定法が存在していることによると考えられた。一方で、菌種特異的プローブが、ほとんどの分離株とハイブリダイズしなかった原因を明らかにするため、数株の分離株の16S rRNAのシークエンシングを行い、これら分離株の系統分析を行ったところ、その分布はBacteroides cluster内で既知の菌種間に散在しており、どの菌種とも一致しない菌株がみられた。 第3章ではBacteroides cluster内の各菌種特異的プライマーを作製した。B.ovatus種特異的プライマーは、Bacteroides cluster内の他の菌種に対して非特異バンドが生じたが、その他の各菌種特異的プライマーはそれぞれターゲットとした基準株を識別することができ、分離株もプローブによる同定の結果とほぼ一致した。プライマーを用いた検出ではPCR法を用いるために検出限界を大幅に引き下げることができるため、Bacteroides clusterに属する菌群の生態を解明する上にもこのプライマーセットの意義は大きいと考えられる。従って、B.ovatus種特異的プライマーの開発が今後の急務である。 第4章では著者らは、マウスの盲腸内容物から新菌種と思われるBacteroides種を分離し第1章、第2章で作製したプローブを用いて同定を試みた。その結果、これらの菌株は、Bacteroides clusterに属することが明らかとなったが、菌種特異的プローブとは、いずれのプローブともハイブリダイスしなかった。これらのことから、これらの菌株は、Bacteroides clusterに属する新菌種ではないかと考えられたので、その他の性状を詳しく検索した。 これらの菌株はマウスの腸管内に最優勢に分布し、胆汁酸により発育が増強され、エスクリンを加水分解し、G6PDHと6PGDHの酵素活性があり、グラム陰性、嫌気性桿菌であった。また、これらの分離株は全て生物・生化学的性状を判定する際の基礎培地であるPYF brorhのpHを低下させるために、糖分解性状を基本とした性状で同定することは不可能であった。さらに、16S rRNAの塩基配列の系統解析を行ったところ、Bacteroides clusterに属し、既知種とは異なるブランチを形成していることが明らかとなった。DNA-DNAハイブリダイゼーションを既知のBacteroides clusterに属する菌種と行ったところ、すべて45%以下となったので、これらの菌株が新菌種であることが確認された。 以上のことにより、クラスター特異的、菌種特異的な2段階のプローブを用いることによって、Bacteroides subgroupに属するPrevotella cluster、Bacteroides cluster、Porphyromonas clusterに属するそれぞれの菌種に対する同定を、迅速かつ正確に行える方法を確立できた。さらに新菌種発見に際してこれらのプローブセットが有用であると考える。 一方で、これらのプローブセットを分離株に応用したところ、既知のプローブとハイブリダイズしない菌株が多数みられた。これらの菌株の16S rRNAの塩基配列を詳しく解析したところ、Bacteroides cluster内の既知の菌種間に散在していることが明らかとなった。このようにヒトの消化管内から高頻度に分離され、しかも高い菌数を維持していると考えられる菌群が、クラスター内でこのように多様性に富んでいるという事実から、Bacteroides clusterの中でそれぞれの菌株が連続的に変化しているのではないかと予想された。今後さらに多くの菌株を検索することによって、その分類学的位置付けを明らかにしていくことが重要な今後の検討課題であると考える。 また、迅速に結果を得ることができること、検出限界が低いことなどから、今後PCR法を用いたプライマーによる同定は、ますます必要になってゆくと考えられ、特に重要であると考えられるBacteroides cluster内のB.ovatus種特異的プライマーを除いた各菌種特異的プライマーセットも作製することができた。これらのプライマーセットにより、腸内菌の同定を培養することなく直接糞便材料から行うことや、同定の機械化に向け、応用範囲が広がると考える。 |