学位論文要旨



No 114450
著者(漢字) 宮本,重規
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,シゲキ
標題(和) 心筋における細胞内Ca2+濃度と収縮張力の関係に関する研究
標題(洋)
報告番号 114450
報告番号 甲14450
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2058号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 唐木,英明
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 助教授 桑原,正貴
 東京大学 助教授 尾崎,博
内容要旨

 心臓は全身に血液を送り出すポンプとしての働きを担っており、その機能は心臓を構成している一つ一つの心筋細胞の収縮・弛緩により成立している。この心筋細胞の収縮・弛緩は細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)の増減によって制御される。ラットでは心筋の[Ca2+]iの増加には細胞内Ca2+貯蔵部位である筋小胞体(SR)からのCa2+放出(Ca2+-induced Ca2+ release;CICR)の占める割合が高く、収縮もまたCICRに依存していることが示されている。しかし、[Ca2+]iの増加に対するCICRの関与の程度には種差が大きいことも報告されており、動物種差をふまえた統一的な見解には至っていない。また、心筋収縮においては、[Ca2+]i上昇以降の反応段階が各種の因子によって修飾を受け、収縮蛋白質のCa2+感受性が変化する。例えば、受容体刺激によるCa2+感受性の減少が報告されているが、充分な検討がなされているとは言えない。

<目的>

 本研究は、[Ca2+]i上昇に対するCICRの占める割合の低い動物種であるモルモットの右心室乳頭筋において、単収縮はCICRとCa2+流入のどちらに強く依存しているのか、そして、受容体刺激による収縮蛋白質Ca2+感受性減少がどの程度収縮張力の制御に関与するのかを明らかとすることを目的とした。

<方法>

 蛍光Ca2+指示薬であるfura-PE3を負荷したモルモット右心室乳頭筋において、単収縮における[Ca2+]iの大きさと等尺性収縮張力の関係、そしてCICRの指標として[Ca2+]iの上昇速度に注目してその等尺性収縮張力との関係を検討した。また、イソプロテレノールによる収縮蛋白質のCa2+感受性に関する実験においては、fura-PE3を負荷したラット右心室乳頭筋標本とモルモット右心室乳頭筋標本を用いた。加えて、モルモットについては脱膜化標本を作成することにより、[Ca2+]iと収縮の関係も検討した。

<結果と考察>1. モルモット心筋における[Ca2+]iと単収縮の関係

 外液Ca2+濃度([Ca2+]o)の増加によって[Ca2+]i、収縮張力の両者は増加した。刺激頻度の増加によっても両者は増加するものの、[Ca2+]iの上昇は比較的小さなものであった。同様の傾向は強心配糖体であるウワバインや電位依存性Ca2+チャネル活性化薬であるBay K8644の投与時にも観察された。一方、[Ca2+]oや刺激頻度の増加、ウワバイン、Bay K8644の投与のいずれの場合も、[Ca2+]iの上昇速度は収縮張力の増加に比例した上昇を示した。

 ライアノジンは筋小胞体を機能的に除去し、CICRを抑制する薬物である。ライアノジンにより[Ca2+]iはおよそ30%抑制された。ラットにおいては、ライアノジンにより[Ca2+]iが60-90%抑制されることが知られており、モルモットでは[Ca2+]iの上昇に占めるCICRの割合がラットより低いことが示唆された。さらに、刺激頻度の増加、ウワバイン、Bay K8644の投与による[Ca2+]iの上昇速度の増加はライアノジンの投与によってほぼ完全に抑制された。以上の結果から、[Ca2+]iの上昇速度はCICRによるCa2+放出を反映していることが示唆された。

 [Ca2+]iと収縮張力、[Ca2+]iの上昇速度と収縮張力は、両者とも高い相関を示したが、後者のほうがより高い相関を示した。一方、ライアノジン存在下では、いずれの場合も相関関係の著しい減弱が見られた。以上の結果より、ラットに比べてモルモットでは[Ca2+]iの上昇に占めるCICRの関与は小さいにも関わらず、単収縮の大きさがCICRを介した[Ca2+]i上昇に依存していることが示唆された。一方、ライアノジン存在下においては、[Ca2+]i、上昇速度とも収縮とよい相関を示さなかったが、これは、細胞外から流入したCa2+は収縮蛋白質近傍だけでなく細胞内の様々な部位に不均一に拡散するために、少なくともその上昇中は収縮蛋白質とそのCa2+が平衡状態に達していないことを示唆している。このことは、Bay K8644投与時の[Ca2+]iはライアノジンに非感受性の持続相を形成したが、この[Ca2+]iの持続相の間に収縮張力は減少し始めることからも支持される。

2. 受容体刺激の影響

 モルモット右心室乳頭筋において、受容体作動薬であるイソプロテレノールは、収縮張力、[Ca2+]i、[Ca2+]iの上昇速度を顕著に増加させた。この時、[Ca2+]iと収縮張力の増加は2相性の変化を示した。1相目はライアノジンにより消失したことからCICRに依存し、ライアノジンに影響を受けなかった2相目は外液からのCa2+流入を介するものと考えられた。イソプロテレノールによる[Ca2+]iの上昇速度の顕著な上昇と1相目の出現はCICRの増強を示唆し、2相目はイソプロテレノールによって増強されたCa2+流入を反映しているものと考えられた。

 単収縮の弛緩相における[Ca2+]i-収縮張力の関係に対して、イソプロテレノールは影響を及ぼさなかった。すなわち、これまで報告されてきたようなCa2+感受性の減少は観察されなかった。強縮後の弛緩相を用いて定常状態での[Ca2+]iと収縮の関係も検討したが、Ca2+感受性の減少は見られなかった。これまでイソプロテレノールによるCa2+感受性の減少が報告されているラットについても乳頭筋を用いて検討したが、やはりCa2+感受性の減少は観察されなかった。しかし、これまで報告された実験の多くは、室温(22-24℃)で行われているので、30℃から24℃に実験温度を下げ、Ca2+感受性の温度依存性を検討した。その結果、24℃においては、イソプロテレノールによるCa2+感受性の減少はラット乳頭筋では観察されたが、モルモット乳頭筋では観察されなかった。一方、モルモット乳頭筋においてアデニル酸シクラーゼの活性化薬であるフォルスコリンの作用を検討したが、イソプロテレノールと同様に24℃、30℃のいずれの温度においてもCa2+感受性の減少は観察されなかった。以上の結果からイソプロテレノールのCa2+感受性減少作用には温度依存性および種差があることが示唆された。

 次に脱膜化したモルモット乳頭筋、または肉柱標本を作成し、Ca2+感受性に対するcAMP依存性蛋白質リン酸化酵素(protein kinase A:PK-A)活性化の影響を検討した。黄色ブドウ球菌-toxinによる脱膜化標本では、細胞内のすべての機能性蛋白質が保持されている。この標本にPK-Aを活性化するcAMPを投与すると、SRのCa2+取り込みは増強されたが、Ca2+感受性の減少は見られなかった。一方、サポニンによる脱膜化標本では、過剰量のPK-AのcAMPとの同時投与によりCa2+感受性が減少することが確認された。

<結論>

 本研究の結果から、モルモット右心室乳頭筋においては、fura-PE3で測定した[Ca2+]iの上昇速度はCICRを反映すること、また、[Ca2+]i上昇に占めるCICRの割合はおよそ30%と比較的低いにも関わらず、CICRは電気刺激による単収縮の大きさの重要な決定因子であることが明らかとなった。このように、[Ca2+]i増加機構ごとに収縮張力発生の有効性が異なるのは、細胞内での[Ca2+]iの局在が一因であると考えられた。

 また、モルモット心筋細胞において、PK-Aを介した収縮蛋白質のCa2+感受性減少の機構は存在するものの、生理的な条件下における受容体刺激ではその作用は表面化しないことが示唆され、ラット右心室乳頭筋では、イソプロテレノールによるCa2+感受性の減少は、24℃では見られたものの30℃では見られなかったことから、受容体刺激による収縮蛋白質のCa2+感受性減少作用には種差ならびに温度依存性があることが、本研究により初めて示唆された。今後、薬物のCa2+感受性変化に対する影響に関しては、種差や温度依存性を配慮した検討が重要と思われる。

審査要旨

 心筋細胞の収縮・弛緩は細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)の増減によって制御される。心筋の[Ca2+]iの増加において、細胞内Ca2+貯蔵部位である筋小胞体(SR)からのCa2+放出(Ca2+-induced Ca2+ release;CICR)が重要な役割を果たすことが示されているが、[Ca2+]iの増加に対するCICRの関与には動物種差があることも報告されており、統一的な見解には至っていない。また、受容体刺激は収縮蛋白質のCa2+感受性を減少させることが報告されているが、充分には検討されていない。本研究は、モルモットの右心室乳頭筋において、単収縮はCICRとCa2+流入のどちらに強く依存しているのか、そして、受容体刺激による収縮蛋白質Ca2+感受性減少がどの程度収縮張力の制御に関与するのかを明らかとすることを目的として行われた。

1.モルモット心筋における[Ca2+]iと単収縮の関係

 外液Ca2+濃度の増加によって[Ca2+]i、収縮の両者は増加した。刺激頻度の増加によっても両者は増加するものの、[Ca2+]iの上昇は比較的小さなものであった。同様の傾向は強心配糖体であるウワバインや電位依存性Ca2+チャネル活性化薬であるBay K8644の投与時にも観察された。一方、[Ca2+]iの上昇速度は収縮の増加に比例した上昇を示した。

 CICRを抑制する薬物であるライアノジンにより、[Ca2+]iはおよそ30%抑制された。ラットにおいては、ライアノジンにより[Ca2+]iが60-90%抑制されることが知られており、モルモットでは[Ca2+]iの上昇に占めるCICRの割合がラットより低いことが示唆された。さらに、[Ca2+]iの上昇速度の増加はライアノジンの投与によってほぼ完全に抑制された。

 [Ca2+]iと収縮張力、[Ca2+]iの上昇速度と収縮張力は、両者とも高い相関を示したが、後者のほうがより高い相関を示した。一方、ライアノジン存在下では、いずれの場合も相関開係の著しい減弱が見られた。

2.受容体刺激の影響

 モルモットにおいて、単収縮の弛緩相における[Ca2+]i-収縮の関係に対して、受容体作動薬であるイソプロテレノールは影響を及ぼさなかった。さらに、強縮後の弛緩相を用いて定常状態での[Ca2+]iと収縮の関係も検討した。ラット心室筋においては、24℃ではCa2+感受性の減少が観察されたものの、30℃では観察されなかった。モルモット心室筋では、24℃、30℃のいずれの温度においても、イソプロテレノール、アデニル酸シクラーゼ活性化薬のフォルスコリン、の両薬物によってCa2+感受性は変わらなかった。

 モルモット乳頭筋の-toxinによる脱膜化標本において、cAMP依存性蛋白質リン酸化解素(protein kinase A:PK-A)を活性化するcAMPの投与は、SRのCa2+取り込みを増強したが、収縮のCa2+感受性には影響を及ぼさなかった。一方、サポニンによる脱膜化標本では、過剰量のPK-AのcAMPとの同時投与により、Ca2+感受性は減少した。

 モルモット右心室乳頭筋において、イソプロテレノールは、単収縮と[Ca2+]iを増加させ、[Ca2+]iと収縮張力は2相性の変化を示した。1相目はライアノジンにより消失したことからCICRに依存し、ライアノジンに影響を受けなかった2相目はCa2+流入を介するものと考えられた。

 以上の成績から、モルモット右心室乳頭筋においては、[Ca2+]iの上昇速度はCICRを反映すること、また、[Ca2+]i上昇に占めるCICRの割合は低いにも関わらず、CICRは単収縮の大きさの重要な決定因子であることが明らかとなった。このように、[Ca2+]i増加機構ごとに収縮発生の有効性が異なるのは、細胞内での[Ca2+]iの局在が一因であると考えられた。さらに、受客体刺激による収縮蛋白質のCa2+感受性の減少には種差があり、加えて、温度依存性にその作用が減弱することから、生理的な条件下では受容体刺激によるCa2+感受性の減少は発現しておらず、細胞内Ca2+動態の修飾が、受容体刺激の主な作用であることが明らかとなった。これらの知見は学術上の重要性はいうに及ばず、心臓作動性の医薬品の開発にとっても有用な知見と考えられる。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の論文として価値あるものと認めた。

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