学位論文要旨



No 114451
著者(漢字) 務薹,英樹
著者(英字) Mutai,Hideki
著者(カナ) ムタイ,ヒデキ
標題(和) 中枢神経系における新規遺伝子PAL31の発現に関する研究
標題(洋)
報告番号 114451
報告番号 甲14451
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2059号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
 東京大学 助教授 西原,真杉
内容要旨 緒言

 胎仔期の哺乳類中枢神経系(CNS)の特徴として、全ての細胞の増殖が盛んであることが挙げられる。一方、成熟個体(adult)では、増殖性神経前駆細胞は、脳室下層(SVZ)などの極めて一部に限られる。胎仔CNSでの細胞増殖活性を誘導・維持する機構に興味が持たれた。筆者は、ラットCNSの発生段階で、胎仔外の組織から分泌される因子が神経発生に関わる可能性を探り、また胎仔脳内で主に発現する遺伝子の探索をおこなった。その結果、胎盤性プロラクチン様ホルモン(PL)が神経発生に関与する可能性を得、また細胞増殖に関連すると示唆される新規遺伝子PAL31のクローニングに成功した。

第一章:Prolactin Receptor mRNA Expression in Fetal Rat Brain

 CNSは脳血液関門によって、血中高分子の脳内への輸送を調節している。胎仔期には脳血液関門は未発達であり、内分泌物質が脳へ直接作用することが可能である。哺乳類では、妊娠中、胎仔の正常な発育と母体の恒常性を保つため、胎盤は多様な物質を分泌する内分泌器官として発達する。下垂体性ホルモンプロラクチン(PRL)及びPLは受容体(PRL-R)を共有し、母性行動の誘起、性行動や摂食行動の調節に関わることが報告され、CNSに影響をあたえている。本研究では、胎生12日(E12)の脳において二種類のPRL-Rs mRNAが発現していることを発見した。この時期は母体PRL、胎仔下垂体性PRLがどちらも発現しておらず、PRL-Rは生理的にはPL受容体として機能していると考えられた。short form PRL-RmRNAは胎仔脳の成長に伴い発現量が増大していた。また、各受容体は肝臓、心臓、腸管、前肢において発現開始時期が異なり、臓器特異的なPRL-Rの発現調節が予想された。以上、PLが胎仔へ移行し、母体と共に、胎仔のCNSをはじめとする各組織の発達に影響を及ぼす可能性が得られた。

第二章:Molecular Cloning of PAL31(Proliferation Related Acidic Leucine Rich Protein with Molecular Size of 31 Kilo-Dalton)from Fetal Rat Brain

 特に胎仔発生時に重要な遺伝子を同定する目的で、ラットE12とadultの脳における遺伝子発現の変化を、Differential Display法を用いて検索した。E12で高度に発現する1,225塩基の新規遺伝子のクローニングに成功した。この遺伝子は全長272アミノ酸残基、分子量31,064の蛋白質をコードしていた。全残基中の64残基がglutamate(23.53%)、44残基がaspartate(16.18%)、31残基がleucine(11.40%)であり、さらにleucineはN末側145残基に遍在していた。この蛋白は酸性アミノ酸とleucine残基を豊富に含み、予想pIは3.87と酸性であった。後に述べるように、本遺伝子が増殖に関連していることが示唆されたため、この遺伝子をラットproliferation related acidic leucine rich protein with moleculear size of 31 kDa(rPAL31)と名付けた。予想配列のN末側には蛋白質間の相互作用が予想されるleucine rich repeats(LRRs)、C末側に酸性アミノ酸領域(Acidic Region)、予想核移行シグナル(NLS)、LRRsとAcidic Region間にEAPDSDG/VEVD(EA…VD)の繰り返し配列が認められ、また予想リン酸化部位も豊富に存在した。複数のExpression Sequence Tags(ESTs)より、マウスPAL31(mPAL31)の存在が予測され、アミノ酸配列が98.9%一致する同遺伝子がクローニングされた。mPAL31は複数のエクソンをもち、48kb以上のゲノム上にコードされると予想された。

 PAL31には複数の相同遺伝子が報告されている。上記の配列の特徴は蛋白質間、動物間で非常によく保存されていた。これらはPAL31ファミリーを形成すると考えられ、詳細な解析の結果、さらに3種類に分類できた。すなわちAcidic Regionが最長(92残基)、EA…VDが二回存在するPAL31サブファミリー、Acidic Regionが中間(86残基)、EA…VDが単独のSSP29サブファミリー、Acidic Regionが最短(82-83残基)、EA…VDが単独のLANPサブファミリーである。PAL31/SSP29サブファミリーは互いの相同性がより高い。ラット、ヒトでも未知の遺伝子の存在が予想された。

 rPAL31 mRNAは全長約1.5kbであり、胎仔期に高発現がみられ、adultでは著明に減少していた。蛋白質発現量もE12脳で高く、その後減少し、adultでは検出限界以下であった。またadultでは、rPAL31mRNAは調べられた全ての臓器(脳、肺、心臓、脾臓、肝臓、小腸、腎臓、精巣、卵巣、副腎)で発現し、脾臓、精巣、卵巣など増殖細胞が多く含まれる組織で発現量が高かった。以上、PAL31のクローニングに成功し、この遺伝子が高度に種間で保存された遺伝子群の一つであることが明らかになった。

 ゲル濾過によって、PAL31の多量体形成の可能性を検索した。単量体で36kDaの組換えPAL31は、92kDaの画分に溶出され、PAL31がin vitroにおいて三量体構造を取ることが示された。PAL31が分子内にLRRsを持つことと考え合わせると、PAL31は自己、あるいは他の蛋白質との複合体として細胞内に存在すると予想された。

第三章:PAL31 Expession in the Brain〜Immunohistochemical Study

 胎仔期の神経管構成細胞は増殖が盛んであるが、その数は発達に伴い減少し、adultではSVZなどにごく少数存在する。免疫組織学的解析により、PAL31の組織分布と細胞内局在を調べた。E12においてはPAL31はCNS全体で発現が見られた。PAL31は細胞核も含めた細胞体全体で存在していた。PAL31陽性部位は、細胞増殖マーカーproliferating cell nuclear antigen(PCNA)、神経前駆細胞マーカーnestinとも発現部位が重複した。E12において、PAL31陽性細胞には神経前駆細胞も含まれ、またそれらは増殖性であった。生後5日(P5)においては、PAL31陽性細胞は脳室周囲に限局し、またadultではSVZでごく少数の細胞がPAL31を発現していた。増殖性細胞も、P5においては脳室周囲等、adultではSVZで少数存在していた。すなわち、CNSの発達に従ってPAL31陽性細胞、PCNA陽性細胞はどちらもその数が減少し、脳内分布が限局し、両者の存在部位は一致していた。さらに免疫蛍光染色により、PAL31陽性細胞はE12においてPCNAと二重陽性であり、adult SVZにおいても、PAL31・PCNA二重陽性の細胞が観察された。

 神経栄養因子(NGF)によって増殖を停止し、神経様に分化するPC12細胞を用い、細胞内のPAL31発現量変化を調べた。7日間のNGF刺激により、PAL31mRNA、また単一細胞中PAL31発現量が顕著に減少した。これにより、PAL31発現が細胞増殖と関連していることが示唆された。また、PAL31は核蛋白であることが判明し、分子内NLSをその移行シグナルとして実際に用いていることが示唆された。また、細胞質にもPAL31が観察され、核内移行が調節性であると考えられた。各細胞の細胞質でほぼ同程度にPAL31が染色される一方、核内シグナル強度にはばらつきがみられた。細胞質中でもPAL31は小器官様構造に集積しており、PAL31の、分子や小器官との相互作用とその調節がPAL31の機能に重要と考えられた。

結論

 第一章では、妊娠特異的組織の胎盤から分泌されるPLが、神経発生に影響を及ぼす可能性を得た。第二章では、胎仔脳で高度に発現する新規遺伝子PAL31を同定した。第三章では、免疫組織化学解析により、PAL31は調節性核蛋白であり、PAL31が細胞増殖に関連していることが示唆された。哺乳類の胎仔期CNSの、構成細胞の高い増殖活性という特徴は、胎盤性因子の発達中CNSへの関与や、脳内PAL31遺伝子の発現調節により誘導・維持されている可能性がある。

審査要旨

 哺乳類の発達の特徴として、胎盤により発生が支えられていることと、中枢神経系が発達していることがあげられる。母体から胎盤をとおして養分を得ることができるので、中枢神経系を含む様々な組織の発達に十分な時間をかけることができる。例えば、大型哺乳類では約1年間という長い妊娠期間がその時間にあてられる。この間、妊娠で中心的役割を果たす胎盤は、様々な因子を分泌して母親の神経系に影響を与えている。このことは長い発生期間のなかで、胎仔の神経系の発達に胎盤が影響を与える可能性を示唆している。中枢神経系の神経細胞は、成熟後は哺乳類に限らず殆どの種では、増殖せず、脳室下層などの極めて限られた部位に存在する細胞のみ増殖活性が見られる。

 本論文では、胎仔期の中枢神経系の発達の分子機構を明かにすることを目的に、胎仔脳における胎盤性ラクトジェン受容体の探索と、胎仔の神経系の増殖と関連して発現する新規分子PAL31に関するもので、3章より構成されている。要約すると以下の通りになる。

 第1章では胎盤性ラクトジェンが作用している可能性を考え、その受容体を探索した。下垂体性ホルモンプロラクチン(PRL)及び胎盤性ラクトシェン(PL)は受容体(PRL-R)を共有している。本研究では、胎生12日(E12)の脳において二種類のPRL-RsのmRNAが発現していることを発見した。この時期は胎盤性ラクトジェンが盛んに分泌されている時期に一致していた。

 第2章では、ラットの胎仔脳で発現する1,225塩基の新規分子(PAL31)の遺伝子をクローニングした。この遺伝子は全長272アミノ酸残基、分子量31,064の蛋白質をコードしていた。また、アミノ酸配列が98.9%一致するマウスPAL31遺伝子もクローニングされた。この蛋白は酸性アミノ酸とロイシン残基を豊富に含み酸性(pI=3.87)であった。予想配列のN末側には蛋白質間の相互作用が予想されるロイシンの繰返し配列(LRRs)、C末側に酸性アミノ酸領域(Acidic Region)、核移行シグナル、EAPDSDG/VEVD(EA…VD)の繰り返しが認められた。PAL31には複数の相同遺伝子が存在し、上記の配列の特徴は蛋白質間、動物間でよく保存されていた。これらを解析した結果、さらに3種類に分類できた。すなわちAcidic Regionが最長(92残基)、EA…VDが二回存在するPAL31サブファミリー、Acidic Regionが中間(86残基)、EA…VDが単独のSSP29サブファミリー、Acidic Regionが最短(82-83残基)、EA…VDが単独のLANPサブファミリーである。PAL31/SSP29サブファミリーは互いの相同性がより高い。

 第3章ではPAL31の細胞内分布と発現細胞について解析した。PAL31蛋白質発現量は胎仔ラット脳で高く、成熟ラットでは検出限界以下であった。免疫組織学的解析により、PAL31の組織分布と細胞内局在を調べた。E12においてはPAL31はCNS全体で発現が見られた。PAL31陽性部位は、細胞増殖マーカーPCNA、神経前駆細胞マーカーとも発現部位が重複した。さらに免疫蛍光染色により、E12神経管はPAL31・PCNA二重陽性であることが確認され、成熟ラットにおいては、脳室下層でPAL31・PCNA二重陽性の細胞が観察された。神経栄養因子(NGF)によって神経様に分化するPC12細胞においては、PAL31発現量がNGF刺激により有意に減少し、PAL31発現が細胞増殖と関連していることが示唆された。また、PAL31は核内に存在するが核内シグナル強度は細胞により異なっていることが明かになった。PAL31は細胞質にも見られたことから、細胞内で移行が調節されていると考えられた。

 以上、本論文では、胎仔脳にPRL受容体の存在を証明し胎盤由来の因子が作用していることを示し、また、神経増殖が見られる時期に発現する新規分子PAL31の遺伝子クローニング、および、脳内、細胞内局在を明かにしたもので、獣医学の基礎領域に貢献しているところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54710