"マイルカ科鯨類の持つ生物学的多様性から進化の道筋の一端を探る"ことが本論文のテーマである。マイルカ科は未知の部分の多い鯨類の中でも最大の科で17属33種からなるが、単系統である。これらにいついかなる事が起こり、現在のような多様性を身につけたのであろうか?この進化過程を探ることは非常に興味深い。この疑問の一端を解決すべく、伝統的な頭蓋の計測と近年主流のDNA解析を同時に行い、両者の比較から進化過程の説明を試みた。 第1章 まずハナゴンドウを用いてマイルカ科の頭蓋の特徴を論じ、頭蓋諸骨諸点の解剖学用語を決定した。頭蓋における特徴は、1)鼻孔の左方変移、2)テレスコーピング、3)鼓室-岩様骨の頭蓋からの分離、4)メロン窩、5)鼓室に続く含気洞を容れる頭蓋底の凹窩、6)細い頬骨、7)垂直鼻道と咽喉頭部の特異な形状、殊に咽頭切痕と底後頭翼、8)眼窩下孔の複数化、9)同形歯、10)直線状の下顎骨、11)下顎骨窩、の存在などが挙げられた。 次にマイルカ科12属17種の頭蓋標本約500個体を用いて、各種の特徴を明確にした。頭蓋において種間の差異が大きく出る部位は、1)吻、2)歯、3)頭頂隆起、4)メロン窩、5)側頭窩、6)側頭骨前頭頬骨突起、7)前眼窩突起、の形状であった。 これらの結果から、頭蓋の"かたち"を変化させている要因として、多くが摂餌に関連したものであると考察された。 第2章 マイルカ科の進化を論じるためには、各種間の遺伝的関係を明確にしないと、頭蓋の差異が遺伝的関係によるものなのか、環境への適応によるものなのか判断できない。そこでミトコンドリアDNAの解析により、遺伝的関係の枝=系統樹を作成した。その結果、マイルカ科は5グループに分類された。第1グループにはシワハイルカ、第2グループにはマイルカ、ハシナガイルカ、スジイルカ、マダライルカ、バンドウイルカ、サラワクイルカ、第3グループにはセミイルカ、シロハラセミイルカ、カマイルカ、ハラジロカマイルカ、第4グループにはカズハゴンドウ、ハナゴンドウ、コビレゴンドウ、オキゴンドウ、第5グループにはシャチが区分された。ダンダラカマイルカとハナジロカマイルカが解析方法によって、他と遺伝的に離れて位置した以外は、各グループの構成種は一定で、各グループ内の鯨種同士が遺伝的にごく近縁であり、他のグループとは明確に距離をもっていることが示された。 第3章 "かたち"と遺伝的関係を比較するため、3Dデジタイザーを用いて各種頭蓋の質的形態の差異を客観化し、重心、角度、固有ベクトル、等をSuper imposing法および主成分分析を用いて検討した。結果としてマイルカ科は5グループに分かれた。第1グループ(マイルカ、ハシナガイルカ、シワハイルカ)は吻が長く、メロンが小さく、小魚を食する。小さなメロンは聴覚の近視を意味し、吻近くの小魚を正確に"聴く"ための適応結果と考察された。第2グループ(スジイルカ、マダライルカ、バンドウイルカ、サラワクイルカ、カズハゴンドウ、セミイルカ、シロハラセミイルカ)は中程度の吻とメロンをもち、多様な餌を食する。このグループは変化に富んだ環境に生活し、それに柔軟に対応できる中間的な形質をもつと考察された。第3グループ(カマイルカ、ハラジロカマイルカ、ダンダラカマイルカ)は短い吻と中程度のメロンをもち、比較的深く潜水し、多様な餌を食する。このグループは比較的深水域での摂餌のため、聴覚の遠視に傾いた傾向にあると考えられた。第4グループ(ハナゴンドウ、コビレゴンドウ)は短めの吻と大きなメロンを持ち、深海域のイカを食する。大きなメロンは深海域を広く聴くための遠視的な適応と考察された。第5グループ(シャチ、オキゴンドウ)は短めな吻と、大きめなメロンを待ち、鯨類をも含めた大きな餌を食する。短い吻と大きな歯は咀嚼力の強化への適応であると考えられた。 第4章 第2、3章の結果すなわち遺伝的関係と形態の分類を比較検討した。その結果、遺伝的に近縁な同一グループの各鯨種が、食性に関する"かたち"から見ると異なったグループに属したり、逆に遺伝的には距離があるにも関わらず、食性の"かたち"では同一グループに分けられる結果となった。このことから、前者は摂餌といった環境に対する分化、あるいは放散を良く示していて、後者は摂餌環境の類似に対する収斂あるいは並行進化を示していると説明できた。 本研究ではマイルカ科の進化過程を、ミトコンドリアDNAによる遺伝的関係と、摂餌方式に関わる吻及びメロンの形態の差異から説明することを試み、両者の比較により進化過程の一部を説明できるとの結論に達した。進化を考察する一つの切り口として両者の比較は有用な手段であるといえよう。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の論文として価値あるものと認めた。 |