内容要旨 | | マウス副腎皮質の皮膜下細胞過形成(subcapsular cell hyperplasia;SCH)は加齢マウスでは稀ではないが,本病変に関する詳細な検討はなされておらず,その病理発生も不明である。どころで,IQI/Jicマウスでは若齢時からSCHが観察され,病巣にマスト細胞の浸潤を伴うことから,SCHの病理発生にマスト細胞が関与していることが考えられる。 本論文の第1章では,SCHの発生頻度,病変の程度およびマスト細胞の関与に関し,マウス系統差の有無を明らかにするため,7種の近交系マウス(13〜15カ月齢)について検索した。SCHの発生頻度は雌雄のBALB/c,C3H/He,DBA/2J,IQI/Jic,雌のA/J,C57BL/6で高率に認められたが,WHT/Htでは検索した21匹中1匹のみに認められた。SCHの発生頻度および病変の程度には著しい系統差がみられた。A/J,BALB/c,C57BL/6,DBA/2JおよびIQI/JicマウスではSCH病変部にマスト細胞の浸潤が観察され,マスト細胞とSCHとの関連性が認められたが,C3H/Heマウスではマスト細胞とSCHの関連性は認められなかった。副腎でのマスト細胞密度はIQI/Jicマウスが他の系統より著しく高かった。これらの結果から,SCHの病理発生におけるマスト細胞の役割を解明するにはIQI/Jicマウスが最も有用であると考えられた。 第2章では,SCHの病理発生におけるマスト細胞の関与をより明確にするため,IQI/JicマウスについてSCH発生推移を経時的に検索し,SCH病変の程度と浸潤マスト細胞密度との間の相関について検索した。さらに,浸潤マスト細胞の組織化学的特性を検索した。3,6,9,12および15カ月齢の雌雄IQI/Jicマウスについて,SCHの発生頻度と病変の程度を検索したところ,3カ月齢で雌雄ともすでに約20%の個体でSCHが認められた。雌では6カ月齢以降ほぼ全例にSCHの発生が認められた。雄では発生頻度が9カ月齢まで徐々に増加し,以後75〜88%の値を維持した。SCH病巣は雌雄とも加齢とともに拡大したが,雌の方が雄よりも重篤な傾向が認められた。マスト細胞の浸潤はSCH病巣に認められ,定量的計測の成績から,SCH病変の程度とマスト細胞密度との間に密接な相関のあることが明らかになった。組織細胞化学的に検索したところ,浸潤マスト細胞は結合組織型であった。以上の成績から,IQI/Jicマウスでは他の系統に比べて若齢からSCHが発生し,その病理発生にマスト細胞が重要な役割を担っていることが示唆された。 第3章では,IQI/Jic雌マウス副腎を病理学的に観察した。SCHは巣状に出現し,球状帯に始まり束状帯,網状帯へと楔状に進展し,膠原線維増生を伴いながら拡大・融合した。皮質内分泌細胞はSCH病巣によって置換された。SCH病巣内の増殖細胞は大小不同であり,不定形核と電子密度の高い脂肪滴および比較的小型で暗調なマトリックスと層板状のクリステを有するミトコンドリアを含んでいた。同細胞は時に基底膜を伴い,細胞膜にデスモゾームが認められた。病巣ではマスト細胞浸潤が顕著であったが,炎症細胞の浸潤は認められなかった。 第4章では,SCH病巣に浸潤しているマスト細胞のサイトカインやマスト細胞固有のProteaseについて,それらのmRNAおよび蛋白の表現を検索した結果,浸潤マスト細胞はStem cell factor(SCF),Nerve growth factor(NGF),Tumor necrosis factor-alpha(TNF-)およびmMCP-2(chymase),mMCP-7(tryptase)を産生していることが明らかとなった。 以上の結果から,マウス副腎皮膜下細胞過形成(SCH)はマウス系統により発生月齢がかなり異なり,いずれの系統でも雌の方が顕著で,多くの系統で病巣にマスト細胞浸潤を伴うことが明らかになった。SCH病巣内の増殖細胞は電子密度の高い小脂肪滴を有し,内分泌細胞固有のミトコンドリアを含むものもあり,また,基底膜を伴い,デスモゾームを有することから,主として"undifferentiated reserved adrenocortical cells"に由来するものと考えられた。SCHは顕著なマスト細胞の浸潤を必ず伴っていることから,SCH増殖細胞がマスト細胞を誘導するようなサイトカインを産生しているものと推測された。一方,浸潤したマスト細胞はSCFやNGFを産生してautocrineにより自己の生育・分化を行いながら,TNF-やマスト細胞固有のProtease等の増殖因子を放出してSCHを促進している可能性が考えられた。 本研究によって,マウス副腎皮質に観察されるSCHの構成細胞の由来が明らかにされ,また,SCHの進展に該部に浸潤しているマスト細胞が重要な役割を果たしていることが初めて示唆された。 |
審査要旨 | | 加齢マウスの副腎皮質に認められる皮膜下細胞過形成(subcapsular cell hyperplasia;SCH)に関してはこれまでに詳細な検討はなされておらず,病理発生も不明である。申請者はこの点を明らかにする目的で,若齢時からSCHが観察され,病巣にマスト細胞の浸潤を伴うIQI/Jicマウスに注目し,詳細な検索を行った。論文は下記の4章からなっている。 第1章では,7種の近交系マウス(13〜15カ月齢)についてSCHの発生頻度を比較・検討したところ,雌雄のBALB/c,C3H/He,DBA/2J,IQI/Jic,雌のA/J,C57BL/6で高率にみられたが,雌雄のWHT/Htおよび雄のC57BL/6では稀で,著しい系統差が認められた。また,C3H/He以外の系統ではマスト細胞の浸潤とSCHの発生との間に関連性が認められた。SCHの発生頻度や浸潤マスト細胞密度などから、SCHの病理発生におけるマスト細胞の役割を解明するにはIQI/Jicマウスが最も有用であると考えられた。 第2章では,SCHの病理発生におけるマスト細胞の関与をより明確にするため,3,6,9,12および15カ月齢の雌雄IQI/Jicマウスについて,SCHの発生頻度と病変の程度を経時的に検索したところ,3カ月齢で雌雄ともすでに約20%の個体でSCHが認められた。雌では6カ月齢以降ほぼ全例にSCHの発生が認められた。雄では発生頻度が9カ月齢まで徐々に増加し,以後75〜88%の値を維持した。SCH病巣は雌雄とも加齢とともに拡大したが,雌の方が雄よりも重篤な傾向が認められた。また,SCH病変の程度と浸潤マスト細胞密度との間に密接な相関が認められ,浸潤マスト細胞は組織細胞化学的に結合組織型であった。以上の成績から,SCHの病理発生にマスト細胞が重要な役割を担っていることが示唆された。 第3章では,IQI/Jic雌マウスの副腎を病理学的に観察した。SCHは巣状に出現し,膠原線維増生を伴いながら拡大・融合した。SCH病巣ではマスト細胞浸潤が顕著であったが,炎症細胞の浸潤は全く認められなかった。電顕的にSCH病巣内の増殖細胞は不定形核と電子密度の高い小脂肪滴を有し,内分泌細胞固有のミトコンドリアを含み,また,基底膜を伴い,デスモゾームを有することから,主として"undifferentiated reserved adrenocortical cells"に由来することが示された。 第4章では,SCH病巣に浸潤しているマスト細胞由来のサイトカインおよびマスト細胞固有のProteaseについて,それらのmRNAおよび蛋白の発現を検索した。その結果,浸潤マスト細胞はStem cell factorやNerve growth factorを産生してautocrineにより自己の生育・分化を行いながら,Tumor necrosis factor-やマスト細胞固有のProtease等の増殖因子を放出してSCHを促進している可能性が示された。 本研究によって,これまで不明であったマウス副腎皮質に観察されるSCHの構成細胞の由来が明らかにされ,また,SCHの病理発生と進展に該部に浸潤しているマスト細胞が重要な役割を果たしていることが初めて示された。この成果はマウスの加齢性病変の解明に資するところ大である。したがって,審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |