アポリポ蛋白B-100(apolipoprotein B-100:apoB-100、Mr=512kDa)は内因性脂質輸送系リポ蛋白のうち、超低比重リポ蛋白very low density lipoprotein(VLDL,Sf20-400,d<1.006g/ml)ならびに低比重リポ蛋白low density lipoprotein(LDL,Sf0-20,d=1.006-1.063g/ml)の主要な構造蛋白である。apoB-100は肝細胞で合成され、Triglyceride(TG)やCholesterol(Cho)をともなってVLDLを形成し、循環血中に分泌される。分泌されたapoB-100を含むVLDLは、血管内皮に存在するLipoprotein lipase(LP)により含有するTGを水解され組織に脂肪酸を供給し、Cho含有率の高いLDLへ変化する。apoB-100を含むLDLは最終的にはapoB-100をLDL receptorのLigandとして組織に取り込まれ、Choを供給することになる。このように、apoB-100はVLDLおよびLDLの構造蛋白として内因性脂質輸送系を制御する重要なアポリポ蛋白であるが、犬では肝臓における合成ならびに分泌、血中における動態、ならびに末梢組織における脂質取り込みへの関与など内因性脂質輸送系における基本的な役割についても明らかでない。また、ヒトでは様々な内分泌疾患で内因性脂質代謝系の異常、すなわちapoB-100の産生過剰やapoB-100を介した脂質取り込みの変化が観察されており、高脂血症の発症機序ならびに病態の解析にはapoB-100に関する検討が必要であると考えられている。犬においても内分泌疾患に伴って高脂血症がしばしば認められるが、apoB-100との関連は不明である。 そこで、本研究では犬のapoB-100について、まず第1章では抗apoB-100モノクローナル抗体(MAb)を作成し、その抗体を用いてapoB-100の内因性脂質輸送系における機能について、次いで第2章では、double antibody sandwich enzyme linked immunosorbent assay(DAS-ELISA)により測定した血漿apoB-100濃度について、さらに第3章では甲状腺機能低下症を実験的に作成し、apoB-100代謝と血漿脂質濃度との関係について検討した。 1.内因性脂質輸送系における機能 犬におけるapoB-100の、内因性脂質輸送系における機能・役割を明らかにする目的で、apoB-100に対するモノクローナル抗体(MAb)を作成し、次いでこれを用いて、apoB-100蛋白の肝臓での合成・分泌ならびに血漿リポ蛋白中のapoB-100の分布、さらにapoB-100を介した肝臓および末梢組織への取り込みについて検討した。 apoB-100蛋白は肝細胞質中および肝細胞培養上清中に確認され、犬においても他種動物と同様apoB-100は肝臓で合成され、分泌されることが明らかとなった。またapoB-100は、血漿リポ蛋白中ではVLDLとLDLに含まれ、HDL1やHDL2に含まれないことから、犬においてもapoB-100はVLDLおよびLDLの構造蛋白で、VLDLとLDL分画中のapoB-100濃度の差はVLDLとLDLの代謝速度の差を反映しているものと推測された。いっぽう各組織のうち肝臓および副腎の細胞膜蛋白には、Ligandとして用いたVLDLおよびLDL中のapoB-100に対する結合活性が認められ、その分子量は118-205kDaであった。したがってapoB-100を介した脂質の取り込みが肝臓ならびに副腎で行われており、これらの臓器がapoB-100を介した重要な脂質取り込み臓器であると考えられた。また分子量から考えて、apoB-100との結合部位はLDL receptorであると推測された。 したがって、apoB-100は犬においても、肝臓で合成・分泌され、血中ではVLDLならびにLDLの構造蛋白として存在し、肝臓や副腎の細胞膜に結合して脂質を供給する内因性脂質輸送系の中心的アポリポ蛋白であることが明らかになった。 2.血漿中濃度 臨床的に健康な犬の空腹時血漿apoB-100濃度を、2種の抗犬apoB-100MAbを用いたDAS-ELISA法を用いて測定し、対照値を求めるとともに、高脂血症を呈する犬について血漿apoB-100濃度を測定し比較検討した。また脂質を経口投与し、血漿apoB-100濃度の変動を観察した。 健常犬の血漿apoB-100濃度に性差ならびに年齢差は認められず、ヒトと同様安定した内因性脂質輸送系を維持しているものと推測された。また空腹時血漿中のapoB-100濃度は、血漿中のTGやCho濃度と有意な相関を示さず、生理的あるいは臨床的に異常の認められない健常犬の血漿脂質濃度の変動は、apoB-100濃度の変動を伴うものではないと考えられた。いっぽう、血漿TG濃度が250mg/dl以上あるいはCho濃度が300mg/dl以上の高脂血症を呈する犬では、ほとんどの例で血漿apoB-100濃度の増加が認められた。いっぽう中性脂質の経口投与により、リポ蛋白分画ではVLDL、次いでLDLの分画比の増加が認められ、脂質摂取により血漿TG濃度の増加ならびにVLDLの分泌亢進およびVLDLから変換されたLDLの増加が引き起こされるものと推測された。また、血漿apoB-100濃度には有意な変化が認められないことから、これら分画比の増加は各リポ蛋白分画中のTG含量の増加によるものと推測された。 したがって、犬では生理的条件下では性差・年齢差ならびに脂質摂取などによる血漿apoB-100濃度の変動は認められず、脂質摂取に伴う血漿脂質濃度の変動はapoB-100を含むリポ蛋白の合成や分泌亢進によるものではないと考えられた。いっぽう、内分泌疾患に伴う高脂血症では血漿apoB-100濃度は増加を示し、その増加はapoB-100あるいはapoB-100を含むリポ蛋白代謝の異常によるものと推測された。 3.高脂血症とapoB-100代謝 apoB-100代謝と高脂血症との関連を検討するために、実験的に甲状腺機能低下症を作成し、血漿apoB-100濃度、各リポ蛋白分画中の脂質濃度、ならびに血漿脂質濃度を測定するとともに、肝細胞膜蛋白とapoB-100との結合活性を検討した。 甲状腺ホルモン合成阻害剤投与群(以下「投与群」とする)では血漿総サイロキシン(TT4)濃度の低下、ならびに甲状腺刺激ホルモン投与試験により明らかな甲状腺機能の低下とともに、血漿TG濃度に変動は認められなかったものの、主にHDL1中のCho濃度の増加による血漿Cho濃度の著しい増加が認められた。また同時に血漿apoB-100濃度の増加が認められ、この増加はLDL分画中のapoB-100濃度の増加によるものであった。さらに、肝細胞膜蛋白とapoB-100との結合活性には著しい低下が認められた。したがって、犬の甲状腺機能低下症では、肝あるいは末梢組織におけるapoB-100の取り込みが低下し、この結果apoB-100濃度の高いLDL分画が血漿中で停滞するため、血漿apoB-100濃度が増加することが明らかになった。また、HDL1中のCho濃度の増加は、犬ではHDLからLDLへのChoの逆移送系に関連する酵素活性が著しく低いことから、血漿中で停滞し、増加したLDL分画中のChoがHDL1分画へ移送される、二次的なものであると考えられた。また増加したLDL分画ならびにHDL1分画中に含まれるChoにより血漿のCho濃度が増加するものと考えられた。 したがって、犬の甲状腺機能低下症ではapoB-100の代謝異常とくにapoB-100を介した脂質の取り込みが低下することにより、血漿apoB-100濃度の増加、すなわち血漿apoB-100含有リポ蛋白であるLDL分画の増加によって、抗Cho血症を呈する高脂血症が発現すると考えられた。 以上のことから、犬のapoB-100は、肝臓で合成・分泌され、肝臓ならびに副腎への脂質の取り込みに関与する内因性脂質輸送系の基本となるアポリポ蛋白であることが明らかとなった。また高脂血症とくに内分泌疾患に伴う高脂血症では、apoB-100の代謝異常が深く関与していることが明らかとなり、高脂血症の発症機序ならびに病態を考える上では、apoB-100代謝を考慮する必要があるものと考えられた。 |