本研究は、炎症や気管支喘息などのアレルギー性疾患に深く関与しているものと考えられている生理活性脂質である「ロイコトリエンD4」(LTD4)に関する研究である。具体的には、単球・マクロファージ系細胞としての性格を持つヒト白血病細胞株THP-1細胞を材料に用いて、細胞膜上受容体に発現しているロイコトリエンD4受容体を介する細胞内情報伝達機構を解析し、下記の結果を得ている。 (1) THP-1細胞にLTD4刺激を加えると、一過的で素早い細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が観察された。また、LTD4は濃度依存的に、フォルスコリンで誘導したcAMPの蓄積を阻害した。これらの反応はいずれもLTD4受容体の特異的拮抗剤であるONO-1078で細胞を前処理することによって完全に消失した。従って、THP-1細胞に於いてLTD4受容体が機能的に発現していることが示された。 (2) THP-1細胞にLTD4刺激を加えると、時間依存的にMAPキナーゼ(Erk2)が活性化された。又、LTD4によるMAPキナーゼ活性化反応は、細胞をONO-1078で前処理することによって完全に消失した。従って、LTD4は細胞膜上のLTD4受容体を介してMAPキナーゼの活性化を引き起こすことが示された。 (3) 上記のMAPキナーゼ活性化反応に至る情報伝達経路を解析した。この活性化は、細胞を百日咳毒素で前処理させても僅かな阻害しか受けなかったが、カルシウムイオンのキレーターであるBAPTA/AMで前処理させると半分程度にまで活性化が阻害された。又、細胞をGF109203X等のProtein kinase C(PKC)の阻害剤で処理すると、この活性化は大部分が阻害された。細胞をホルボールエステル(TPA)で一晩培養して細胞内のPKCを枯渇化させてしまうと、LTD4によるMAPキナーゼの活性化は完全に消失した。以上の実験結果を合わせて考えると、LTD4受容体を介したMAPキナーゼの活性化は、PKCの活性に依存した経路によって引き起こされていることが強く示唆された。 (4) LTD4受容体を介したMAPキナーゼの活性化には、どの種類のPKCの活性化が関与しているかを解析した。定常状態のTHP-1細胞には、ほとんどすべてのPKCとPKCが細胞質画分に存在していたが、LTD4刺激で細胞質画分に存在していたPKCとPKCが細胞のリン脂質膜画分へ移行していることがウエスタンブロッティングの結果により示された。 (5) THP-1細胞をLTD4で刺激すると、Raf-1が活性化されることがin vitro kinase assayの結果により示された。又、細胞をホルボールエステル(TPA)で一晩培養して細胞内のPKCを枯渇化させてしまうと、LTD4によるRaf-1の活性化が抑えられたことから、LTD4受容体を介したMAPキナーゼの活性化には、PKCによるRaf-1の活性化が重要な役割を果たしていることが強く示唆された。 (6) THP-1細胞に於いて、LTD4が走化現象を引き起こすことが示された。細胞を百日咳毒素で前処理しておくと、LTD4が引き起こす走化現象は完全に消失した。従って、LTD4が引き起こすTHP-1細胞の走化現象は百日咳毒素感受性の機構に依存して起こることが示唆された。 以上、本論文はヒト白血病細胞株THP-1細胞に於いて、細胞膜上のLTD4受容体を介する細胞内情報伝達機構に関して詳細な解析を行い、情報伝達経路中に介在するさまざまな分子の関与を明らかにした。本研究は、炎症、アレルギー条件下で単球・マクロファージ系細胞がLTD4刺激によって引き起こすさまざまな生理現象の一部を説明出来得るものであり、LTD4が引き起こす多彩な病態に関する研究に重要な貢献をなし得るものと考えられ、博士(医学)の学位に値するものと考えられる。 |