学位論文要旨



No 114458
著者(漢字) 星野,光伸
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,ミツノブ
標題(和) ロイコトリエンD4受容体を介した細胞内情報伝達機構
標題(洋)
報告番号 114458
報告番号 甲14458
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1378号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
内容要旨 「序論」

 ロイコトリエンD4(Leukotriene D4;LTD4)は、炎症や気管支喘息等のアレルギー性疾患に深く関与していると推定される分子量497の生理活性脂質である。LTD4の持つ生理活性は多様であり、細胞膜上LTD4受容体は3量体型GTP結合タンパク質と共役した7回膜貫通型タンパク質であると推定されているにもかかわらず、細胞膜上LTD4受容体は未だにタンパク質精製やcDNAクローニングに至っておらず、受容体を介した細胞内情報伝達機構の詳細な解析も行われていない。

 以上の点を踏まえて、本研究では単球・マクロファージとしての性格を有しているヒト白血病細胞株THP-1細胞を材料にして、細胞膜上LTD4受容体を介した細胞内情報伝達機構の解析を行ったので、ここに報告する。

「結果」

 *THP-1細胞の細胞膜画分に於けるLTD4の結合活性を測定した。解離定数(Kd)は1.8nM、結合サイトの最大数(Bmax)は31fmol/mg proteinであった。又、THP-1細胞にLTD4を加えたところ、濃度依存的に一過的で素早い細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が観察された。100nMのLTD4で刺激した場合、細胞内カルシウムイオン濃度は定常状態に比べて約250nM上昇した。LTD4は濃度依存的に、フォルスコリンで誘導したcAMPの蓄積を阻害した。カルシウムレスポンスやcAMPの濃度減少については、細胞を予めLTD4受容体の特異的アンタゴニストで前処理することによっていずれも消失した。これらの実験結果から、THP-1細胞に於いてLTD4受容体が機能しており、カルシウムレスポンスやcAMP系へのシグナルは細胞膜上LTD4受容体を介するものであることが明らかになった。

 *THP-1細胞を100nM LTD4で刺激すると、時間依存的にMAPキナーゼ(Erk2)が活性化されていることが観察された。MAPキナーゼ活性化のLTD4のEC50値は約0.1nMであり、1nM以上の濃度では飽和していることが判明した。この活性化もLTD4受容体の特異的アンタゴニストの前処理によって完全に阻害された。以上の実験結果から、LTD4によって引き起こされるMAPキナーゼの活性化はLTD4受容体を介するものであることが明らかになった。

 *LTD4によって引き起こされるMAPキナーゼの活性化に与える種々の阻害剤の効果を検討した。THP-1細胞を百日咳毒素(pertussis toxin;PTX)で終夜培養すると、LTD4によるMAPキナーゼの活性化は僅かに阻害された。細胞内カルシウムイオンのキレーターであるBAPTA/AMで前処理すると、LTD4によるMAPキナーゼの活性化は約半分程度にまで阻害された。プロテインキナーゼC(PKC)の阻害剤であるGF109203Xやスタウロスポリンで前処理したところ、LTD4によるMAPキナーゼの活性化は大部分阻害された。又、THP-1細胞をホルボールエステルである12-O-tetradecanoyl-phorbol-13-acetate(TPA)で終夜培養し、細胞内のPKCをダウンレギュレーションさせると、LTD4によるMAPキナーゼの活性化は完全に阻害された。これらの実験結果から、LTD4受容体を介したMAPキナーゼの活性化はPKCの活性に依存した経路によって引き起こされることが明らかになった。

 *LTD4によるMAPキナーゼの活性化にはどの種類のPKCが関与しているのかを検討した。THP-1細胞に於いて定常状態ではほとんど全てのPKCとPKCが細胞質画分に存在していたが、100nM LTD4刺激後5〜10分で細胞質に存在したPKCとPKCが細胞質画分から細胞膜画分へと移行していることが明らかになった。

 *LTD4によるMAPキナーゼの活性化にRaf-1が関与しているか否かについて検討を加えた。THP-1細胞をLTD4で刺激後、細胞ライセートを抗Raf-1抗体で免疫沈降し、それらに対して外来性の基質タンパク質を加えてin vitro kinase assayを行ったところ、定常状態に比して約2倍の活性化能(燐酸化能)を有していることが明らかになった。細胞をTPAで終夜培養してから同様のアッセイを行ったところ、Raf-1の免疫沈降物は基質を燐酸化することは出来なかった。以上の実験結果から、LTD4によるMAPキナーゼの活性化には、PKCによるRaf-1の活性化が重要な役割を担っていることが明らかになった。

 *最後に、THP-1細胞に於いてLTD4が走化現象を引き起こすことを確認した。その極大濃度は30nMであった。細胞を予めPTXで前処理しておくと、この走化現象は完全に阻害された。これらの実験結果から、LTD4による細胞の走化現象はPTX感受性の機構に依存して起こることが明らかになった。

「結論」

 THP-1細胞は機能的なLTD4受容体を発現し、それはPTX感受性(Gi様3量体GTP結合タンパク質)とPTX非感受性(Gq様3量体GTP結合タンパク質)の両方に共役していることが本研究により明らかになった。LTD4はGq様分子からPKC、Raf-1を介してMAPキナーゼ(Erk2)の活性化を引き起こし、一方走化現象はGi様分子によって引き起こされることが示された。これを模式図に表すと下図のように表される。本研究の実験結果から、炎症時に於けるLTD4の多様多彩な生理作用の一部を説明出来るものと考えられる。THP-1細胞はLTD4による細胞内情報伝達機構の解析に有用であるのみならず、細胞膜上LTD4受容体の精製やcDNAクローニングにも有用であると考えられる。

図表
審査要旨

 本研究は、炎症や気管支喘息などのアレルギー性疾患に深く関与しているものと考えられている生理活性脂質である「ロイコトリエンD4」(LTD4)に関する研究である。具体的には、単球・マクロファージ系細胞としての性格を持つヒト白血病細胞株THP-1細胞を材料に用いて、細胞膜上受容体に発現しているロイコトリエンD4受容体を介する細胞内情報伝達機構を解析し、下記の結果を得ている。

 (1) THP-1細胞にLTD4刺激を加えると、一過的で素早い細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が観察された。また、LTD4は濃度依存的に、フォルスコリンで誘導したcAMPの蓄積を阻害した。これらの反応はいずれもLTD4受容体の特異的拮抗剤であるONO-1078で細胞を前処理することによって完全に消失した。従って、THP-1細胞に於いてLTD4受容体が機能的に発現していることが示された。

 (2) THP-1細胞にLTD4刺激を加えると、時間依存的にMAPキナーゼ(Erk2)が活性化された。又、LTD4によるMAPキナーゼ活性化反応は、細胞をONO-1078で前処理することによって完全に消失した。従って、LTD4は細胞膜上のLTD4受容体を介してMAPキナーゼの活性化を引き起こすことが示された。

 (3) 上記のMAPキナーゼ活性化反応に至る情報伝達経路を解析した。この活性化は、細胞を百日咳毒素で前処理させても僅かな阻害しか受けなかったが、カルシウムイオンのキレーターであるBAPTA/AMで前処理させると半分程度にまで活性化が阻害された。又、細胞をGF109203X等のProtein kinase C(PKC)の阻害剤で処理すると、この活性化は大部分が阻害された。細胞をホルボールエステル(TPA)で一晩培養して細胞内のPKCを枯渇化させてしまうと、LTD4によるMAPキナーゼの活性化は完全に消失した。以上の実験結果を合わせて考えると、LTD4受容体を介したMAPキナーゼの活性化は、PKCの活性に依存した経路によって引き起こされていることが強く示唆された。

 (4) LTD4受容体を介したMAPキナーゼの活性化には、どの種類のPKCの活性化が関与しているかを解析した。定常状態のTHP-1細胞には、ほとんどすべてのPKCとPKCが細胞質画分に存在していたが、LTD4刺激で細胞質画分に存在していたPKCとPKCが細胞のリン脂質膜画分へ移行していることがウエスタンブロッティングの結果により示された。

 (5) THP-1細胞をLTD4で刺激すると、Raf-1が活性化されることがin vitro kinase assayの結果により示された。又、細胞をホルボールエステル(TPA)で一晩培養して細胞内のPKCを枯渇化させてしまうと、LTD4によるRaf-1の活性化が抑えられたことから、LTD4受容体を介したMAPキナーゼの活性化には、PKCによるRaf-1の活性化が重要な役割を果たしていることが強く示唆された。

 (6) THP-1細胞に於いて、LTD4が走化現象を引き起こすことが示された。細胞を百日咳毒素で前処理しておくと、LTD4が引き起こす走化現象は完全に消失した。従って、LTD4が引き起こすTHP-1細胞の走化現象は百日咳毒素感受性の機構に依存して起こることが示唆された。

 以上、本論文はヒト白血病細胞株THP-1細胞に於いて、細胞膜上のLTD4受容体を介する細胞内情報伝達機構に関して詳細な解析を行い、情報伝達経路中に介在するさまざまな分子の関与を明らかにした。本研究は、炎症、アレルギー条件下で単球・マクロファージ系細胞がLTD4刺激によって引き起こすさまざまな生理現象の一部を説明出来得るものであり、LTD4が引き起こす多彩な病態に関する研究に重要な貢献をなし得るものと考えられ、博士(医学)の学位に値するものと考えられる。

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