学位論文要旨



No 114459
著者(漢字) 山本,寿子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,トシコ
標題(和) ロイコトリエンB4 12-水酸基脱水素酵素 : cDNAクローニング、発現、組織分布
標題(洋)
報告番号 114459
報告番号 甲14459
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1379号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 講師 本田,善一郎
内容要旨 [緒言]

 ロイコトリエンB4(LTB4)は強い白血球活性化能(走化性、内皮細胞への接着、スーパーオキシドの産生、リソソーム酵素の放出)をもち、生体防御と炎症惹起に関与している生理活性脂質である。

 当初、LTB4は白血球で産生され、白血球で代謝されるものと考えられていたが、尋常性乾癬に羅患した皮膚や、糸球体腎炎の腎臓から高濃度のLTB4が検出されるなど、本物質は白血球以外の臓器でも産生されていることが報告された。実際、モルモットおよびヒトにおいてLTB4産生に関与するLTA4水解酵素(LTA4H)の臓器分布を調べた研究によると、肺、小腸、腎臓、肝臓などの実質臓器に強い活性とその酵素タンパク質の存在が明らかにされた。このことは炎症部位への白血球の遊走と活性化に臓器で産生されたLTB4が何らかの役割を果たしていることを示唆している。

 LTB4の不活性化経路に関してはヒトにおいて2つの経路が知られている。1つはLTB4の主な産生臓器と考えられている白血球における酸化系である。この経路では、LTB4の20位の炭素がチトクロムP450に属する酵素であるLTB420-hydroxylaseによって水酸化され、さらに別の酵素によりカルボキシル化され、次第に親水性の物質に変換されて生理活性を失う。

 実質臓器におけるLTB4の代謝は、Kaeverらによりヒト腎臓の培養細胞を、またKumlinらによりヒト気管支を用いて示された。いずれの研究においても、酸化系とは異なる物質への変換が報告されたが、代謝物の構造や、代謝を司る酵素の本態は不明であった。

 本研究室において、LTB4のブタ腎臓における代謝産物の構造を質量分析やNMRにより解析したところ、12-keto-LTB4および10,11,14,15-tetrahydro-12-keto-LTB4であることがわかり、酸化系とは異なる代謝経路が存在することが明らかになった。この反応系の初発酵素がLTB412-水酸基脱水素酵素(LTB412HD)であり、LTB4を基質として12-keto-LTB4を産生する。

 LTB412HDは、本研究室においてブタ腎臓より精製され、部分アミノ酸配列をもにcDNAが単離された。またヒトの本酵素のcDNAクローニングも行われ、腎臓と肝臓に高い発現が認められた。その後、ウサギの小腸の成熟過程で発現誘導されるAdRab-Fタンパク質や、ラットの肝臓において抗ガン剤であるdithiolethioneで誘導されるDIG-1タンパク質のクローニングが報告され、LTB412HDと高い一次構造上の相同性を示したことから、これらは同一の酵素であると考えられている。

[目的]

 モルモットはLTB4産生能が高く、LTA4Hの分布なども調べられでおり、アレルギー性炎症のモデル動物としてよく使われる動物である。以前、共同研究者らにより、モルモット腎臓のホモジネートにおいて10-100倍程度高い比活性をもつタンパク質の存在が確認されていたが、この酵素はタンパク化学的な精製が困難で、単一標品への精製を行うことができなかった。本研究においては、分子生物学的な手法を用いLTB412HDのモルモットオルソローグの単離を試み、リコンビナントタンパク質を用いて、その酵素学的性質の検討や、抗体を用いた免疫組織学的検討を行った。また、米国のグループで報告されたように、本酵素がプロスタグランジン(PG)の代謝にも関与している可能性を検討した。

[方法及び結果]

 モルモット肝臓から抽出したpolyA+RNAより逆転写酵素を用いてLTB412HDのcDNAを得た。これを鋳型にして、ブタ、ヒト、ウサギ酵素cDNAの相同性の高い塩基配列領域をもとに作成したプライマーを用いて、PCRを行った。増幅された750bpのDNA断片のシークエンスを行い、ブタのLTB412HDと高い相同性を示すことを確認した。これをプローブとしてモルモットの肝臓から作成したcDNAライブラリーをスクリーニングし、全長と思われるcDNAクローンを単離した。全長は2,188bpであり、タンパク翻訳領域(ORF)はブタ酵素と同じ長さの987bpで329個のアミノ酸をコードしていた。ブタ酵素との同一性はORFの塩基配列で80%、アミノ酸配列で78%であった。

 次に全長のcDNAをプローブとしてモルモット各臓器のLTB412HD mRNAの分布をノザンブロッティングにより調べた結果、小腸に強く発現しており、肝臓、腎臓、大腸にも発現が見られ、ヒトと異なる分布が示された。さらに、モルモット酵素をグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)融合タンパク質として大腸菌に発現させ、グルタチオンセファロースカラムにより精製して、酵素学的な解析を行った。LTB4に対するKm値は91M、Vmaxは1.7nmol/min/mg proteinであった。一方、15-keto-PGE2に対するKm値は35M、Vmaxは330nmol/min/mg proteinであり、精製酵素は15-keto-PGE2をより良い基質とする事も明らかとなった。リコンビナントの酵素でウサギを免疫することにより、本酵素に対するポリクローナル抗体を作成した。この抗体を抗原結合カラムで精製した後、免疫組織化学染色を行った結果、腎臓では集合管の上皮細胞と腎杯の移行上皮細胞に、小腸では絨毛(特に絨毛先端部)に、肺では肺胞全体と気管支軟骨細胞に発現を認めた。

[考察]

 本酵素は種間でのアミノ酸配列(塩基配列)の同一性が高いにも関わらず、基質と思われるLTB4に対する触媒活性がブタ酵素とかなり異なっていた。何らかの活性化の機序が存在する可能性があるが詳細は不明である。また本酵素は15-keto-PGE2をより良い基質とするdual functional enzymeであることも明らかとなった。

 本酵素の免疫組織学的な検討から、小腸の絨毛先端に高い発現が認められた。以前に、同じ部位にLTA4Hが発現していると報告されていることから、この部位においてLTB4が合成され、分解されていると考えられる。この知見から腸炎などの炎症時に速やかにLTB4が合成されて白血球が遊走されてくる一方で、同部位においてLTB4が分解されると考えられる。腎臓においてLTA4Hの強い活性が報告されているが、詳しい組織における局在は報告されていない。しかし集合管や腎杯の上皮細胞にLTB412HDの著しい局在化を認めることより、感染の起こりやすい腎盂、乳頭部でのLTB4の過剰発現による組織傷害を防ぐ役割などが、もしくは糸球体より尿中に排泄されたLTB4が集合管を通過する時に最終的に分解される可能性も考えられる。また、腎臓はPGを豊富肺では軟骨細胞や肺胞全体に発現が認められた。肺はPGの主な代謝組織であることが知られている。腎臓や肺での発現は、これらの組織でPGの不活性化に関与している可能性が考えられた。また、気管支軟骨細胞での発現はPGの骨代謝における役割と関連している可能性も示唆される。

 以上、本研究においてはモルモットのLTB412HDのcDNAクローニングを行い、リコンビナントタンパク質を用いた酵素学的検討を行った。また、抗体を作成し免疫組織化学的な検討を行った。モルモット本酵素のcDNAクローニング、発現、ポリクローナル抗体の作成と免疫組織化学的所見はいずれも新しい知見である。

審査要旨

 本研究は感染や炎症惹起に深く関わっていると考えられるロイコトリエンB4(LTB4)の実質臓器での不活性化経路の初発酵素であるLTB412-水酸基脱水素酵素(LTB412HDを、小動物でアレルギー性疾患や炎症のモデル動物として頻用されるモルモットより単離を試み、下記の結果を得ている。

 1.既知のブタ、ヒトのLTB412HDの塩基配列を元にしてモルモットの本酵素を肝臓のcDNAライブラリーからクローニングし、塩基配列と推測されるアミノ酸配列を決定した。このcDNAは329個のアミノ酸をコードする987bpのタンパク翻訳領域を含み、コードされるタンパク質はブタ酵素とアミノ酸同一性が78%であった。NAD+/NADP+結合に重要と思われるアミノ酸配列はモルモット、ブタ、ヒト、ウサギでよく保存されていた。

 2.モルモットLTB412HDをコードしているcDNAをGST融合タンパク質として大腸菌に発現させ精製し、酵素学的特性を検討した。LTB4を基質に用いた場合の反応生成物は12-keto-LTB4であった。Km値は91M,Vmaxは1.7nmol/min/mg proteinであった。ブタの酵素(Km=8M,Vmax=8nmol/min/mg potein)に比べKm値は高く,Vmaxは低かった。

 最近、本酵素がプロスタグランジン(PG)代謝物の15-keto-PGを基質にして13,14-dihydro-15-keto-PGを生成する15-keto-PG 13-還元酵素であることが報告されたことより、本活性の酵素学的検討も行った。15-keto-PGE2を基質に用いた場合の反応生成物が13,14-dihydro-15-keto-PGE2であることを二次元薄層クロマトグラフィー(二次元TLC)より確認した。Km値は35M、Vmaxは330nmol/min/mg proteinであった。LTB4より15-keto-PGE2を良い基質とすることが明らかとなった。

 3.ノザンブロットとウエスタンブロット分析より、本酵素は小腸、肝臓、腎臓、大腸、胃、脾臓に発現が見られた。

 4.免疫組織学的に本酵素の臓器内分布を検討したところ、腎臓で腎杯と集合管、肺で気管支軟骨細胞と肺胞と気管支平滑筋細胞、胃で粘膜細胞と筋層、小腸で絨毛と筋層に検出された。肝臓と脾臓では全体に発現がみられた。本酵素はこれらの臓器でPGとLTB4の代謝に関与しているものと考えられた。

 以上、本論文はモルモットよりLTB412-HDのcDNAクローニングを行い、リコンビナントタンパク質を用いた酵素学的検討を行った。また、抗体を作成し免疫組織化学的な検討を行なった。さらに本酵素はLTB4を基質とする場合は水酸基の酸化反応、15-keto-PGを基質にする場合は二重結合の還元反応を行うという二つの酵素活性を合わせ持つdual functional enzymeであることが明らかになった。

 酵素学的検討や組織(内)分布が本酵素の生理的意義や病的状態の解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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