学位論文要旨



No 114460
著者(漢字) 赤川,栄二
著者(英字)
著者(カナ) アカガワ,エイジ
標題(和) ヒトIL-3およびGM-CSFレセプター両鎖遺伝子プロモーター領域の機能解析
標題(洋) Functional analysis of the promoters for human IL-3 and GM-CSF receptor subunits genes in hematopoietic cells
報告番号 114460
報告番号 甲14460
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1380号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 中畑,龍俊
 東京大学 助教授 井上,純一郎
 東京大学 助教授 和泉,孝志
 東京大学 助教授 中田,隆夫
内容要旨

 多能性幹細胞は多段にわたる分化と増殖を繰り返し種々の血液細胞に分化を遂げ、その過程と恒常性の維持はサイトカインネットワークにより厳密に制御されている。サイトカインは特異的レセプターとの結合を介して、細胞内のシグナル伝達経路を活性化し細胞応答を誘導する。サイトカインレセプターは比較的近年に同定されたレセプターファミリーで構造的にはそれまで既知であったチロシンキナーゼ型あるいはホルモン型レセプターと異なるユニークな特徴をもつ。私の所属する研究グループではインターロイキン3(Interleukin 3:IL-3)、顆粒球マクロファージコロニー誘導因子(Granulocyte macrophage colony inducing factor:GM-CSF)のシグナル伝達について詳細に研究を進めている。GM-CSFの命名で明らかなように多くのサイトカインは細胞系列特異的な分化誘導活性から生物活性が同定され、サイトカインはそれぞれの固有のシグナル伝達経路により特定の系列の細胞分化を誘導することが予測された。しかし我々のグループの研究により、ヒトGM-CSFレセプターを恒常的にすべての系列の細胞に発現させたトランスジェニックマウスマウスの骨髄細胞を半固形培地上で培養すると、hGM-CSFの刺激により赤血球系細胞を含む検討したすべての系列のコロニーが形成されることが明らかになった。さらにはエリスロポエチンレセプターノックアウトマウスでは同じサイトカインレセプターに属するプロラクチンレセプターを発現させるとプロラクチン刺激により赤血球造血が回復することが示された。これらの結果はサイトカインは個々の系列の細胞の分化誘導因子として作用するのではなく、レセプターが発現されているかぎり系列にかかわらず細胞増殖を誘導し、各々の細胞の分化の運命は内因性に規定されていることが予測された。従って見掛け上のサイトカインの分化誘導因子としての活性は、レセプターの発現の有無により獲得された細胞の応答性によって規定されていることが示唆された。そこで私はサイトカインによる血液幹細胞から種々の成熟血液細胞に至る分化増殖にとって、レセプターの発現調節が最も重要な制御点の一つであると考え、IL-3、GM-CSFレセプターをモデル系として研究を開始した。

結果と考察

 機能的で高親和性のヒトIL-3、GM-CSF、IL-5レセプター(R)は各々に特異的な鎖と共有する鎖から構成されている。鎖はシグナル伝達に、鎖はリガンドとの結合サブユニットとしての役割を果たしている。従って細胞のこれらのサイトカインに対する応答性は鎖の発現によって規定されている。そこで本研究では両鎖遺伝子のプロモーター領域に焦点をあて、転写活性化の機構を明らかとすることを目的とした。はじめに本研究に使用する細胞の選択のため種々の培養細胞でのIL-3R、GM-CSFRの遺伝子発現パターンをRT-PCRを用いてmRNAレベルで検討した。両者ともTF-1とEoL3細胞で発現し、JurkatとHeLaでは発現していないこと、U937細胞ではhGMRのみ発現していることが明らかになったので以後の実験ではこれらの細胞をプロモーターの解析に用いた。続いて各々のプロモーター領域の構造解析を行った。Primer extension法および5’-RACE法により、hIL-3R遺伝子の転写開始点が翻訳開始点より278bpから256bp上流領域付近に複数存在することが明らかになった。単離した両レセプター鎖遺伝子プロモーター領域をhIL-3Rは約1.4kb、hGMRでは約3kbまで遺伝子配列を決定し、それらの遺伝子構造を比較した。その結果、hIL-3Rには-35の位置に典型的なTATA boxが存在するのに対して、hGMRでは該当する配列はないこと、反対にCCAAT motifがhGMRにはnucleotide(nt)-94と-63に確認できるのに対しhIL-3Rでは存在しないこと、Alu配列と80%以上の相同性を持つ領域が両者に確認されたが、hGMRではnt-1970から-1744にかけて逆方向に1回だけコードしているのに対し、hIL-3Rではnt-457から-1377にわたり逆方向に3回連続してコードしていること、またhIL-3Rプロモーターのnt-375から-356の領域がhGMRのnt-48から-29の領域と75%の相同性の高い領域が存在すること、さらにhGMRのみの特徴としてTG-richの不規則な配列が約1kb以上にわたって存在していることなどが明らかになった。既知の転写因子の結合配列はhIL-3RではSp1(-101,-61)、AP-2(-134)、AP-4(-145)、PU.1(-182,-310,-375)、GATA(-213)、hGMRではPU.1(-48,-5)、C/EBP(-1783)、GATA-1(-3034,-2325,-1790,1658)、NF-kB(-1652,-1471)などが見いだされた(図1)。

図.1

 次にこれらのプロモーターの転写活性化領域を同定するため、両遺伝子のC末端側からの段階的欠失変異体を作成し、luciferaseをレポーター遺伝子として用いた一過性発現系で転写活性化能を検討した。結果、hIL-3R遺伝子はTF-1細胞でnt-124から-76およびnt-363から-331の領域で強いluciferase活性化能が認められた(図2)。しかしU937細胞ではnt-124から-76領域はluciferase活性が観察されず、細胞種特異性が示された。これらの領域に結合する転写因子の存在を明らかにするためGel shift assayおよびCompetition analysisを行ったところ、hIL-3R遺伝子のnt-363から-331および-106から-92の領域に蛋白質の結合が確認された。-106から-92の領域はその配列の特徴がSp1の結合配列に類似しており、Western blottingによりTF-1にSp1蛋白質が発現していることが確認された。この領域をプローブに用いたGel shift assayでは2つのバンドの結合が観察されるが、このうち移動度の小さいバンドのみがSp1抗体によりSupershiftされ、さらにSouth-Western analysisにおいてもこの領域のフラグメントとSp1蛋白質との結合が確認された。移動度の大きいバンドについては現在同定作業中であるが未知の蛋白質である可能性が高い。またnt-363から-331の領域に加えnt-393から-384の領域でも蛋白質の結合が観察されたが、いづれも配列上、新規の転写因子が関与していることが示唆された。一方、hGMR遺伝子では-53から-11の領域のみに強いLuciferase活性可能が認められた。この領域に含まれるPU.1結合配列の役割をGel shift assayおよびSupershift assayで検討するとU937、TF-1細胞で移動度のことなるバンドが観察され、これらはいづれも抗PU.1抗体でSupershiftが観察された。先に同定されたhIL-3R遺伝子の転写活性化能をもつ領域にはhGMRとの相同領域が存在し、この領域はPU.1結合配列含んでいる。この領域について検討を加えたところ、Competition analysisでPU.1配列の置換変異体を競合させてもプローブとの結合阻害が認められることから、hIL-3Rの転写活性化にPU.1は関与しないことが示唆された。

図.2

 以上の結果からhIL-3Rの遺伝子発現にはSp1および新規の転写因子が、またhGMRではPU.1がプロモーター活性化に重要な役割を果たし、その結果両者は独立した転写調節を受けていることが示唆された。現在、hIL-3Rに結合する新規の転写因子の同定を試み、さらに機能解析を予定している。今後マウスを用いた個体におけるプロモーター機能解析、臍帯血、骨髄細胞などの生体サンプルを用いて同様の研究を続け個体発生、血液細胞の発生におけるレセプター発現調節機構を明らかにすることにより、血球細胞分化増殖機構の解明に重要な知見をもたらすことが期待される。

審査要旨

 本研究はヒトIL-3およびGM-CSFの特異的生理活性は各レセプター鎖(hIL-3R,hGMR)の発現パターンに反映するとの考えから、鎖遺伝子の転写レベルでの発現調節機構に着目し、それに関与する転写因子の同定を目的としたものであり、以下の結果を得ている。

 1.両遺伝子の細胞特異性をRT-PCRを用いてmRNAレベルで解析した結果、両者ともTF-1とEoL3に対して発現し、JurkatとHeLaに発現していないことや、また、hGMRが発現し、hIL-3Rは発現していないことがU937で認められた。以上の結果はこれらの鎖遺伝子が細胞種特異的な発現調節を受けること、hIL-3RとhGMRでは異なる機構によって発現が調節されていることが示された。

 2.単離したhGMR遺伝子プロモーター領域を約3kbまで遺伝子配列を決定し、そのうち-2449から-10までの範囲で様々なdeletion mutantを作成し、TF-1においてLuciferse assayによる転写活性化領域を同定したところ、-53から-11のPU.1結合配列を含む領域が転写活性の促進に、その上流約1kbにおよぶTG-rich配列が抑制に関係することが示唆された。また、-53から-11の領域はTF-1とU937に対し細胞特異的に転写活性を促進することも示された。

 3.Western blottingによってTF-1にPU.1が存在することを確認した後、PU.1結合配列が含まれる領域のDNA断片を用い、Gel shift assayを行ったところ、この領域に特異的に結合する核蛋白が結合することが示された。またSupershift assayによって、この核蛋白がPU.1であることを示したが、このPU.1は並行して行われたU937でのそれと異なるサイズであることも示された。

 4.IL-3R遺伝子のプロモーター領域を同定するため、Primer extension法および5’-RACEによって転写開始点を決定した。結果、翻訳開始点から256bpから269bp上流にかけて転写開始点が複数存在することが示され、両実験において一致した点として翻訳開始点から267bp上流のTを転写開始点の+1と定めた。

 5.hIL-3R遺伝子プロモーター領域を約1.4kbまで遺伝子配列を決定し、その領域を-49までの範囲で様々なdeletion mutantを作成し、hGMRと同様、TF-1においてLuciferse assayによる転写活性化領域を同定したところ、-363から-331および-124から-76の領域が転写活性の促進に関係することが示唆された。またその他に、-330から-273の領域がプロモーター活性を抑制することや、hGMRとは対照的にhIL-3Rプロモーター領域に含まれる全てのPU.1結合配列はプロモーター活性の促進に関与しないことなども示された。しかしながら、この領域における転写活性に細胞特異性は認められなかった。

 6.-124から-76の領域に結合する転写因子の存在を明らかにするため、Gel shift assayおよびCompetition analysisを行ったところ、-106から-92の領域内に2種類の核蛋白が特異的に結合することが示された。さらにSupershift assayにおいて、その中の1種類がSp1であることが示された。また-363から-331の領域においても同様の実験を行ったところ、複数の核蛋白群がこの領域への結合に関与することが示された。また、この領域の塩基配列は現在までデーターベースなどで該当する転写因子が存在しないため、新規の転写因子が関与していることが示唆された。

 以上、本研究はhIL-3RおよびhGMRのプロモーター領域の解析により、両者の遺伝子発現がそれぞれ独立した転写因子によって調節を受けていることを明らかにした。本研究は各鎖の発現パターンがIL-3およびGM-CSFの特異的生理活性に反映すると考えられる。またサイトカインに対する細胞の応答性の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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