学位論文要旨



No 114461
著者(漢字) 熊谷,啓之
著者(英字)
著者(カナ) クマガイ,ヒロユキ
標題(和) ヒトCdc7キナーゼの活性制御因子H37の単離と機能解析
標題(洋) Isolation and Characterization of H37,a Regulatory Subunit for Human Cdc7 Kinase
報告番号 114461
報告番号 甲14461
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1381号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 助教授 井上,純一郎
 東京大学 助教授 中村,義一
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
内容要旨 (1)背景および本研究の開始に至る経緯

 出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)においてCdc7キナーゼは,染色体DNA複製を制御しており,S期全般にわたって複製起点の活性化に必要である。そのキナーゼ活性は活性制御サブユニットであるDbf4に依存している。Cdc7のキナーゼ活性は,DBF4遺伝子の転写産物の発現が最大となるG1/S移行期にピークを迎える。

 我々のグループは以前Cdc7の相同遺伝子をヒトを含む様々な生物から単離し,真核生物の染色体DNA複製開始の機構は進化上保存されていて,このファミリーのキナーゼによって制御されることを示唆した。そして,ヒトCdc7をCOS細胞の中で大量発現させると弱い活性しか見られず,また昆虫細胞の中で大量発現させても全く活性がみられないことから,哺乳動物細胞中には,ヒトCdc7の活性制御サブユニットが少量含まれていることが強く示唆された。そこで私は,ヒトCdc7キナーゼ相同遺伝子産物(以下,ヒトCdc7)の活性制御サブユニットをこのキナーゼとの相互作用分子を検索するスクリーニングにより単離し,その機能を解析するに至った。

(2)ヒトCdc7と結合する蛋白質,H37のクローニング

 まず,huCdc7を餌にした酵母two-hybridスクリーニングにより,3x105個のHeLa cDNAライブラリーのなかから,真に相互作用を示す5つのクローンを得た。すると,そのうち3つは全く同一の蛋白をコードしており,私はこれをH37と命名した。さらに,真陽性クローンを哺乳動物用発現ベクターにうつしかえ,COS細胞中でin vivoでのヒトCdc7との相互作用を免疫沈降法を用いて調べると,H37は残りのクローンにコードされる蛋白と比較して,より強い結合を示した。その際,抗ヒトCdc7抗体で共沈してきたH37のバンドが上方にシフトしており,しかもこの免疫沈降物を脱リン酸化処理してみるとゲル上での移動度がもとに戻ったことから,H37がヒトCdc7キナーゼを活性化している可能性が強く示唆された。

(3)H37は,ヒトCdc7キナーゼの活性制御サブユニットである

 そこで,ヒトCdc7キナーゼのよい基質として知られているヒトMCM2蛋白のN端部分(MCM2N)を用いたキナーゼアッセイにより,H37のヒトCdc7キナーゼ活性化能を調べた。するとH37はヒトCdc7のキナーゼ活性を発揮させ,その結果MCM2N以外にヒトCdc7自身およびH37もリン酸化を受けることがわかった。これは,出芽酵母のCdc7-Dbf4キナーゼ複合体を用いたキナーゼアッセイの際に見られる両サブユニットのリン酸化と相同な関係にあることをうかがわせた。

(4)H37の構造:2つの保存されたモチーフの存在

 次に,H37の塩基配列を解析し,出芽酵母Dbf4および,分裂酵母のDbf4ホモログ(him1+)と比較することにより,進化上保存されている2つのモチーフ,H37モチーフNとH37モチーフCの存在を明らかにした。そのうちH37モチーフCはDbf4のC端の部分と有意な相同性を示した。また,出芽酵母Dbf4のC端がCdc7との相互作用に必須であるのと同様,この部分はヒトCdc7との相互作用に必須であった。

 以上すべての結果は,H37が出芽酵母のDbf4に相当するものである可能性を示唆した。そして,出芽酵母におけるCdc7-Dbf4複合体の役割を考慮すると,H37は細胞増殖,特に細胞周期のS期の制御に深く関与していることがうかがわれた。まずその傍証を得るため,組織発現パターンおよび,細胞周期での発現パターンを解析した。

(5)ヒト組織および癌細胞系統でのH37の発現

 ヒトでの組織発現パターンの解析により,H37転写産物の発現は各組織での細胞の増殖状態を如実に反映していることがわかった。H37mRNAは脳,腎臓というpostmitoticな組織以外では,ほとんどの組織で発現しており,特に,細胞増殖の激しい睾丸や胸腺などで高く発現されていた。また,酵母のCdc7キナーゼは減数分裂過程においても必須の役割を果たしていることが示されており,睾丸でのH37の高発現が,ヒトCdc7-H37キナーゼ複合体のヒトの減数分裂過程における役割を反映していることも考えられる。

 さらに,ヒト由来の腫瘍の細胞系統では一般に著しく高い発現がみられた。

(6)H37の発現は増殖刺激で誘導され,また,通常の細胞周期ではG1後期に誘導される

 ヒト正常繊維芽細胞を血清飢餓によりG0期に同調させ,血清刺激で細胞周期に入っていく過程を追っていくと,H37mRNAの量はG0期に極めて低く,細胞がS期に進行していくにつれ増加してくることがわかった。

 また通常の細胞周期における転写産物量の変動を,elutriationで細胞を大きさにより分画して調べてみると,H37mRNAはG1期で低く,G1後期に顕著に増加し,S期の間中ずっと高レベルを維持していて,複製が終了するあたりで低下することがわかった。また,S期におけるH37転写産物のレベルの上昇は,細胞をNocodazole処理によるG2/M停止から解除してH37mRNAの変動を追跡していった場合でも同様に見られ,elutriationの実験結果をさらに確実にするものとなった。

 以上の発現パターンは,ヒトにおいて,ヒトCdc7-H37複合体が出芽酵母におけるCdc7-Dbf4複合体と同様にDNA複製を制御している可能性を強く示唆した。

(7)H37はヒトにおいてS期への進行に必須である

 そこで私は,抗体のマイクロインジェクションの実験により,H37がG1/S期移行に必須であることを次のように示した。ヒト正常繊維芽細胞を血清飢餓によりG0期に同調させてから血清刺激し,細胞がS期に入る以前に抗H37抗体をマイクロインジェクションすると,S期への移行が阻害される。またこの阻害効果が,H37の全く別の部分に対する2種類の抗体のマイクロインジェクションでみられ,さらに抗体を作成する際に用いたH37抗原を抗体と共に注射すると中和されることから,この効果はH37を介して特異的に起こっていることが示された。

(8)まとめ

 以上の結果から私は次のように結論した。

 1 H37はヒトCdc7キナーゼと結合してそのキナーゼ活性を活性化する。

 2 H37はDbf4,あるいはその分裂酵母ホモログのアミノ酸配列と相同性のある2つの領域,H37モチーフNおよびH37モチーフCを有し,H37モチーフCはヒトCdc7との相互作用に必須である。

 3 H37の転写産物の組織発現レベルは,各組織での細胞増殖の状態を強く反映しており,特に睾丸および胸腺で高発現されている。

 4 H37遺伝子の転写はG0期から増殖刺激した際にS期進行に先立って誘導され,また通常の細胞周期ではS期直前に誘導されS期を通じて高いレベルで発現される。

 5 H37は染色体DNA複製に必須である。

 以上すべての証拠は,H37はヒトCdc7キナーゼの活性を制御するサイクリン様分子であること,及び真核生物の染色体DNA複製がヒトCdc7-H37キナーゼ複合体により制御されていることを示す。また,H37はヒトにおけるDbf4の機能的相同遺伝子であることが示唆された。

審査要旨

 本研究はヒトにおける染色体DNA複製開始の制御機構を明らかにする目的でヒトCdc7キナーゼの活性制御サブユニットを単離し,その機能解析を行ったものであり,下記の結果を得ている。

 1)酵母two-hybrid systemを用いてHeLa cDNAライブラリーのなかからヒトCdc7キナーゼと相互作用を示す蛋白をスクリーニングした結果,クローンH37が得られた。また,COS7細胞の中でヒトCdc7とH37蛋白を過剰量共発現させ,細胞抽出液を免疫沈降-Westernブロッティングにかけることにより,両蛋白が哺乳動物細胞内で相互作用し得ることが示された。さらに,HeLa細胞の核抽出液をもちいて,免疫沈降-Westernブロッティングを行うことにより,endogenousのヒトCdc7とH37も複合体を形成していることが確認された。

 2)ヒトCdc7の基質の一つ,ヒトMCM2蛋白のN端部分を用いたキナーゼアッセイにより,H37はヒトCdc7キナーゼを活性化することが示された。またその際,ヒトCdc7,及びH37もリン酸化を受けることも示された。

 3)H37のアミノ酸配列解析を行い,出芽酵母Dbf4および,分裂酵母のDbf4ホモログ(him1+)と比較した結果,進化上保存されている2つのモチーフ,H37モチーフNおよびH37モチーフCの存在が明らかにされた。また,H37モチーフCはヒトCdc7との相互作用及び活性化に必須であるが,H37モチーフNはいずれの機能にも必須ではないことが示された。

 4)ヒトでの組織発現パターンのNorthern解析により,H37転写産物の発現と各組織での細胞増殖の状態との間に強い相関が見られることが示された。また,H37mRNAは癌細胞系統で一般に発現が高いことも明らかにされた。

 5)ヒト正常繊維牙細胞を血清飢餓から解除し,転写産物量をNorthern blottingにて追跡していくことにより,H37mRNAは細胞がG0期から細胞周期に戻る際に誘導されてくることが示された。また,通常の細胞周期における転写産物量の変動をelutriationにて細胞をサイズで分画して調べることにより,H37mRNAはG1期初期で少なく,G1期後期に急激に誘導されてきて,S期を通じて高レベルを維持し,G2期で減少することが明らかになった。さらに,S期における転写レベルの上昇は,細胞をNocodazole処理によるG2/M停止から解除して追跡していくことによっても確認された。

 6)ヒト正常繊維牙細胞を血清飢餓から解除した後,S期に入る以前に抗H37抗体をマイクロインジェクションし,DNA合成の有無を核のBrdU取り込みで判定する実験により,H37はヒト染色体DNA複製に必須であることが示された。

 本論文はヒトCdc7キナーゼのpositive regulator,H37遺伝子をクローニングし,その遺伝子構造,発現,Cdc7キナーゼとの相互作用,ならびに細胞増殖における役割をin vivoの解析から明らかにしたものであり,高等真核生物の染色体DNA複製開始機構の解明に多大な貢献をなすと考えられる。研究のオリジナリティー,プライオリティーともにきわめて優れた業績で,その重要性からも学位の授与に充分値するものと判断される。

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