学位論文要旨



No 114463
著者(漢字) 原,俊子
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,トシコ
標題(和) アフリカツメガエル(Xenopus laevis)胚を用いたヒトp53蛋白質の核輸送の解析
標題(洋) Analysis of Nuclear Transport of Human p53Protein Using Xenopus laevis Embryos
報告番号 114463
報告番号 甲14463
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1383号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 勝木,元也
 東京大学 客員教授 横田,崇
内容要旨

 癌抑制遺伝子p53の変異はヒトの癌で50%以上もの頻度で見いだされている。p53蛋白質の本来の機能が遺伝子変異などによって阻害されることが癌化の大きな要因と考えられ、p53の機能を解明することは、ヒトの発癌機構を解明するうえで非常に重要である。

 野生型p53蛋白質はカルボキシル末端に存在する核移行シグナル(NLS)配列の働きにより核に輸送される。NLS配列に突然変異が導入されたp53変異体は、活性化rasによる細胞のトランスフォーメーション活性を抑制する作用が完全に失われることが報告されている。また、正常なNLS配列を保持しているにもかかわらず野生型p53蛋白質が核移行能を消失している症例がいくつかの早期癌の細胞で認められ、p53蛋白質の癌抑制遺伝子としての機能には、核に局在することが必須であると考えられている。本来、野生型p53蛋白質は核内で転写因子として作用し、細胞増殖の制御に関与する様々な標的遺伝子の転写を活性化させることが知られている。この転写因子として機能しているp53蛋白質は、多量体形成領域(オリゴマー形成ドメイン)を介し、4量体を形成して特定のDNA配列に結合している。オリゴマー形成ドメインの変異体は、p53蛋白質の標的遺伝子である細胞周期の制御に関る遺伝子の発現を誘導することができないために、G1期停止作用およびアポトーシス誘導作用を失い、細胞増殖抑制作用を持たないことが報告されている。また、これまでにヒトの癌で見つけられたp53変異のほとんどはp53蛋白質の中央のDNA結合領域に集中しているが、これらの変異型p53蛋白質は、ヘテロ接合性の細胞において野生型p53蛋白質の細胞増殖抑制作用を阻害する、いわゆるドミナントネガティブ効果をもつことが知られている。その原因として、変異型p53蛋白質が野生型p53蛋白質とオリゴマー形成ドメインを介してヘテロオリゴマーを形成することにより、野生型p53蛋白質のDNA結合能を阻害するためであることが強く示唆されている。

 このようにオリゴマー形成はp53蛋白質の転写因子としての働きに必須であることが示されている。しかし、核移行の過程でどのようにp53蛋白質のオリゴマー形成が起こるのかについては明らかにされていない。そこで我々はp53蛋白質の核輸送、とりわけ核輸送の経路におけるオリゴマー形成の機序に着目し、本論文中で、核移行の際にp53蛋白質がオリゴマーを形成していることが必要であるのか、あるいはモノマーとして存在しているのかを明らかにするために、蛋白質の輸送について解析の進んでいる、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵の系を用いて解析することを試みた。

 本研究では、NLSをもつ変異体と持たない変異体の2種類のヒトp53変異体を作成し、まずそれらを用いた免疫沈降アッセイ系を確立し、ついでその後の一連の解析に利用した。NLSを持つp53変異体N1とNLS欠失型変異体は、ともにオリゴマー形成ドメインを保持しているが、サイズの違いに加え、2種の異なるの抗p53モノクローナル抗体に対する認識部位の有無により、免疫的に識別が可能である。この性質を利用し、in vitro翻訳系で生成された産物を用いて免疫沈降アッセイを行い、これらのp53変異体がオリゴマーを形成するか否かについて検討した。その結果、in vitroにおいてとN1がヘテロオリゴマーを形成することが観察され、p53蛋白質のオリゴマー形成をin vitroで簡便に検出できる免疫沈降アッセイ系を確立することができた。

 次に、これら2種類のヒトp53変異体のmRNAをin vitroで合成させ、2細胞期のXenopusの卵に注入してその発現を調べた。mRNA注入後すぐに蛋白質の合成が開始され、ヒトp53蛋白質はXenopusの卵において高効率で安定に発現していることが観察された。一方で、ヒトp53蛋白質はXenopusの発生に影響を与えなかったことから、我々の用いた系においては、ヒトp53の発現によって生じる細胞増殖抑制などの生物学的要因の影響を考慮することなく核輸送の現象について観察することができると考えられた。そこで、mRNAが注入されてから約7時間後、細胞内で核と細胞質が明確に区画化されるstage10に至った段階で、これらのp53変異体の細胞内局在をwhole-mount immunostaining法によって調べた。その結果、NLS欠失型p53変異体は細胞質に存在し、一方NLSを持つ変異体N1は核に局在していた。このことから、ヒトp53はXenopusの卵においてもNLS依存的な細胞内分布を示すことが明らかとなり、p53蛋白質の輸送の基本的な経路ではヒトとXenopusで類似の機構が働いていることが示された。

 さらに、NLSを欠くp53蛋白質が細胞質においてもオリゴマーを形成する能力を保持しているか検討する目的で、抗体によって識別が可能な2種類のNLS欠失型p53変異体のmRNAをXenopusの卵に注入し、その発現産物を用いて上述のin vitro免疫沈降アッセイと同様の実験を行った。なお、これらの変異体が細胞質に局在することをwhole-mount immunostaining法によって確かめている。その結果、細胞質局在性p53蛋白質のオリゴマー複合体が検出され、in vivoでNLS変異体はオリゴマーを形成する能力を失っておらず、また、p53蛋白質は核内のみならず、細胞質においてもオリゴマーを形成しうることが示された。

 そこで、Xenopusの卵においてオリゴマー形成が細胞質で起こるならば、本来細胞質局在性を示すが、NLSを持っているN1の共存下では、N1に結合し、核内に共移入されることが考えられた。しかし、実際の生体内では、p53蛋白質は細胞質で合成された後、非常に速い速度で核に輸送されることが報告されていること等から、p53蛋白質はオリゴマー形成以前にモノマーとして核に移行する可能性が高いと考えられた。即ち、N1の共発現下においても、は細胞質にとどまることが推測された。この仮説に基づき、実際にとN1のmRNAをXenopusの卵に共に注入して、の細胞内局在の変化を調べた。その結果、予想されたとおり、N1を共発現させてもの細胞内局在性に変化は見られず、核への共移入は起こらなかった。またこの時、N1の核移行も阻害されず、とN1は互いの細胞内局在性に影響を与えないことが示された。

 これらの観察結果から、p53蛋白質の核輸送にオリゴマーの形成はあらかじめ必要とされず、モノマーとして核内に運ばれることが示され、核でDNAに結合している4量体p53蛋白質は、核内で形成されたものであることが明かとなった。得られた結果は、オリゴマー形成の分子機構を明らかにしたばかりでなく、NLS欠失型の変異体は、ヘテロ接合型の細胞においても野生型と共に核に移行することができないために、核内で野生型の機能を阻害できないことから、ドミナントネガティブ効果を持たないことを示唆している。そこで、NLS欠失型変異体のドミナントネガティブ効果についてヒトSaos-2細胞を用いたCATアッセイにより検討を試みた。野性型p53により転写活性化されることが知られているクレアチンキナーゼのプロモーター配列を挿入したCATレポータープラスミドをNLS欠失型変異体および野性型p53発現プラスミドとともに細胞に導入したところ、NLS欠失型の変異体は野性型による転写活性化作用を阻害せず、NLS欠失型変異体はドミナントネガティブ効果を持たないことが示され、Xenopusを用いた実験から導かれた作業仮説が支持された。

 癌の発症および進展に関与するp53遺伝子の機能の喪失について、Rb遺伝子等の他の癌抑制遺伝子と同様に、いわゆる’two-hit’説が広く受け入れられていたが、相同染色体上の少なくとも一方では野性型が保持されている例が多くの癌で見つけられ、双方のp53遺伝子の不活化は必ずしも必要でないことが示唆されるようになってきた。p53遺伝子変異による細胞癌化の発生機序はその変異体の特性や遺伝的背景等により多様であると考えられる。NLS欠失型変異では、本研究によりヘテロ接合性の細胞においてそれ自身は核に移行せず、またドミナントネガティブ効果を持たないことが示されたことから、片アレルのp53遺伝子をノックアウトしたマウス(p53+/-)に見られる様な、量依存的な効果にもとづく癌化の過程をたどることが推測される。また、早期癌の細胞でみつけられた野生型p53の核移行能消失現象の解析にこのようなNLS欠失型の変異体を利用することも可能であると考えられ、その発癌機構の解明に手掛かりが与えられることを期待している。

審査要旨

 癌抑制遺伝子p53はヒトの癌で最も高頻度に変異が見いださてれおり、多くのヒト癌の発症の過程において重要な役割を担っていると考えられる。p53蛋白質は核内で四量体を形成して転写因子として働くことが知られているが、本研究はこれまで明らかにされていない、核輸送の過程におけるp53蛋白質オリゴマー形成の機序について、蛋白質輸送についてよく調べられているアフリカツメガエル(Xenopus laevis)の系を用いて解析することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.p53蛋白質の多量体形成が核内あるいは核外でおこるのかを調べるために核移行シグナル(NLS)配列を欠く変異体と正常なNLSを持つヒトp53変異体を作成した。これら2種類のp53変異体のmRNAをそれぞれXenopus embryoに注入し、whole-mount immunostaining法で細胞内局在を調べたところ、NLS依存的に細胞内に分布することが示された。このことから、p53蛋白質の核輸送の基本的な経路ではヒトとXenopusで類似の機構が作用していることが示された。

 2.p53蛋白質の多量体形成を観察する免疫沈降アッセイ系を確立し、in vitroでp53変異体のヘテロ多量体形成を検出した。さらに、Xenopus embryo内で発現させた細胞質局在性のNLS配列を欠くp53変異体蛋白質を用いてin vitroと同様の免疫沈降アッセイを行った結果、オリゴマー複合体が検出され、p53蛋白質は細胞質においても多量体を形成する能力を保持していることが示された。

 3.これまでの知見から、p53蛋白質はモノマーとして核に輸送される可能性が高いと考えられることから、NLS配列を欠くp53変異体をNLSを持つp53変異体とXenopus embryo内で共発現させても、核に共移入されないことが予想された。実際に2種類の変異体を共発現させたところ、NLS配列を欠くp53変異体の核への移入は認められず、p53蛋白質は核移行の際にモノマーとして存在していることが示された。

 4.上述の結果より、NLS変異体は、野生型p53存在下でも核内に移行しないと考えられることから、野性型の転写活性化能を阻害するドミナントネガティブ効果を持たないことが推察された。この点を、ヒト培養細胞系において、野性型p53の結合配列をCATの上流に挿入したプラスミドを用いたCATアッセイにより検討した。in vitro産物を用いたgel-shift法により、NLS変異体はDNA結合活性を保持していることが示されたが、CATアッセイにおいて転写活性化能は持たなかったことから、NLS変異体が核内に存在しないことが示された。続いてNLS変異体を野生型と共に培養細胞に導入してCATアッセイを行ったところ、NLS変異体は野生型p53によるCATの発現を抑制しなかった。したがって、NLS変異体はドミナントネガティブ効果を持たないことが示され、Xenopusを用いた実験から導かれた仮説が証明された。NLS変異に伴う発癌機構、また、いくつかのp53変異による癌の研究にNLS変異体を応用する可能性が示された。

 以上、本論文は、Xenopus embryoの系を用いた核輸送の過程におけるp53蛋白質のオリゴマー形成の解析から、p53蛋白質の核移行にはオリゴマー形成はあらかじめ必要とされず、モノマーとして輸送されることを明らかにした。また、Xenopusの系において使用したNLS変異体の特性について、ヒト培養細胞を用いての検討により、ドミナントネガティブ効果を持たないことを示した。本研究はp53の転写因子としての機能に必須であると考えられている四量体形成の機序を明らかにしたばかりでなく、NLS変異体がドミナントネガティブ効果を持たないことを示し、NLS変異による癌発症の機序およびNLS変異体の癌研究への応用について新しい知見を与えたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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