学位論文要旨



No 114464
著者(漢字) 張,永克
著者(英字)
著者(カナ) チャン,ヨンケ
標題(和) 抗癌剤誘導のアポトーシスにおける細胞周期調節因子p21 Waf1/Cip1の切断とその役割
標題(洋) Caspase-Mediated Cleavage of Cell Cycle Regulator p21 Waf1/Cip1 Biological Significance in Chemotherapy-lnduced Apoptosis
報告番号 114464
報告番号 甲14464
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1384号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
内容要旨

 抗癌剤などDNA-damaging agents刺激により、細胞はp53蛋白の発現が誘導される。p53は細胞周期を阻害するp21Waf1/Cip1蛋白の発現を誘導し、この結果、細胞はG1 arrestの状態になり、DNA修復を行う。一方、p53はアポトーシスの感受性を高める因子としても良く知られているが、p21の発現はこうしたp53依存的なアポトーシスの誘導を阻害することが知られている。よって抗癌剤などのDNA-damaging agents刺激により細胞にアポトーシスが引き起こされる場合には、何らかの因子の作用によりp21依存的なアポトーシス阻害効果が失われている可能性が示唆される。しかし、この因子の同定は現在までなされていない。私は本研究において、caspases蛋白分解酵素がp21を分解することにより、p21依存的なG1 arrestとアポトーシス抑制効果を失わせ、細胞をG1 arrestの状態からアポトーシスの状態へと移行させていることを明らかにした。

I:ヒト癌細胞のアポトーシスにおけるp21の分解

 ヒト肺癌A549細胞にカンプトテシン(CPT)を処理すると、24時間後にはG1 arrestの状態に陥り、G1期の細胞の割合は61%となる。このときDAPIで核を染色すると大きな核が認められる。一方、48時間後には細胞はG1 arrestの状態からアポトーシスを起こした状態へと変化する(図1A)。実際にアポトーシスを起こしたsub-G1期の細胞の割合を検討すると49%となっており。このときDAPIで核を染色するとアポトーシス小体が認められ、アポトーシスを起こしていることが確認される。この際のp53及びp21の発現をWestern Blot法で確認すると、CPT処理24時間後にはp53の発現が上昇し、それにともなってp21の発現も上昇している(図1B)。ところが48時間後にはp21の発現量は減少し、それにともなって15kDaのp21の切断断片が認められた。つまりA549細胞は48時間後にはアポトーシスを起こしており、このアポトーシスの際に細胞周期を止めるp21の分解が起きていることが明らかとなった(図2A)。p21の切断は抗癌剤の種類を問わず、アポトーシスをおこした全ての癌細胞において確認された(図1C,D)。

図1.図2.
II:caspase-3-like proteasesによるp21の分解とその切断部位の同定

 A549細胞をCPTで48時間処理すると、図2Aにあるようにsub-G1の量が増加してアポトーシスが誘導される。このアポトーシスはcaspase阻害剤のZ-Asp-CH2-DCB添加により阻害された。この際のp21、p53の発現を図2BにあるようにWestern Bolt法で検討したところ、p53の発現量には変化が認められなかったが、p21の切断はZ-Asp-CH2-DCB添加により阻害されていた。よってp21はアポトーシスの際にcaspaseにより切断される可能性が示唆された。細胞レベルでのp21の分解を確認するために、in vitroで作製したp21とA549細胞の核抽出液とを混ぜて、30℃で2時間incubationした。その結果、確かにin vitroでもp21の切断が起き、15kDaの切断断片が生じること確認された。このp21の分解はcaspase-3(CPP32)-like proteasesの阻害剤であるテトラペプチドDEVD-CHO添加により抑制され、caspase-1(ICE)-like proteasesの阻害剤であるテトラペプチドYVAD-CHO添加では抑制されなかったことから、p21はcaspase-3(CPP32)-like proteasesにより分解されることが明らかとなった(図2C)。この結果は、p21をrecombinant caspase-3と混ぜることより、p21が分解されることからも確認された(図2D)。caspase-3はアスパラギン酸を認識して切断することから、p21のアスパラギン酸をアラニンに変換したDA mutantを作製して切断部位の同定を試みた。その結果、109番目または112番目のアスパラギン酸をアラニンに変換したDA mutant(D109A、D112A)では、caspase-3による分解が完全に抑制されたことから、p21は112番目のアスパラギン酸と113番目のロイシンとの間で切断され,C末の52アミノ酸残基がなくなることが明らかとなった(図2E)。(caspase-3はDXXD↓配列を主に認識することから、p21は112番目のアスパラギン酸と113番目のヒスチジンとの間で切断される可能性が示唆される。)

III:p21切断断片の生物活性:細胞周期とアポトーシスの調節

 wild-typeのp21(p21WT)とN末切断断片(p21C,aa:1-112)を作製し、human embryonic kidney293T細胞に遺伝子導入した(図3A)。p21WTを過剰発現させたものではG1期が73%となりG1 arrestが起きているが、p21Cはmockとほぼ同様に58%となっており、N末断片(p21C)はp21本来が持っている細胞周期を止める活性がないことを示している(図3B)。さらにそれら遺伝子導入した293T細胞にVP-16を処理したところ、アポトーシスを起こしたsub-G1期の細胞(apoptotic cell)はp21WTを入れたものでは24%となり、アポトーシスの阻害活性が認められるが、p21Cを遺伝子導入したものではmockと同様で、sub-G1期の細胞では42%となりアポトーシス阻害活性も認められない(図3C)。同時に図3DあるようにDEVDase(caspase-3活性)を検討しても、N末断片(p21C)にはwild-typeのp21(p21WT)にみられるようなcaspase-3の活性化阻害効果は認められなかった。

図3.
IV:p21切断に伴うp21不活化の分子機構:p21の切断断片(p21C)のCDK2、PCNAとの結合活性変化と細胞内局在変化

 FLAG-tagをつけたwild-typeのp21(p21WT)とN末断片(p21C)を作製し、human embryonic kidney 293T細胞に遺伝子導入した。Anti-FLAG抗体で免沈して、CDK2とPCNAに対する抗体を用いてWestern Blotを行なった。その結果(図4A)、p21の切断断片(p21C)は、CDK2との結合活性は保持していたが、PCNAとの結合活性は失っていた。またhuman embryonic kidney 293T細胞及びA549細胞にwild-type p21を遺伝子導入したところ、wild-typeのp21(p21WT)は核に局在していたが、p21のN末断片(p21C)は細胞質または細胞全体に分散していた(図4B)。またA549細胞にCPTを処理し、核をDAPIで染色したところ(図4C上)、その中で生き残った細胞の核は青く大きく染まっているが、アポトーシスを起こしている細胞の核は断片化している。この際の内在性p21の局在を免疫蛍光染色で検討すると、生き残った細胞中ではp21は核に局在しているが、アポトーシスを起こしている細胞中ではp21は核だけでなく細胞質全体に広がっていた。よって内在性のp21も切断されることによりその局在が核から細胞質へと変化する可能性が示唆された。これは、図4Dに示すように、p21のC末にはPCNAのbinding domainと核局在化シグナルNLSが存在するが、これがp21の切断とともに失われてしまうためである可能性が示唆される。よってp21はcaspasesによる切断に伴い、核への局在及びPCNAとの結合力を失い。そのため、p21の活性が失われている可能性が示唆された。

図4.
まとめと考察

 本研究により、抗癌剤によるアポトーシスの際に、細胞周期調節因子p21がcaspase-3-like proteasesにより切断されることを見い出した。またp21の切断部位を同定した。p21の切断により、p21の核への局在及びPCNAとの結合活性が失われ、CDK阻害剤としてのp21の活性が失われた。結局、caspasesはp21を切断し活性を失わせることにより、p21依存的なG1 arrestとアポトーシス抑制効果をうしなわせ、アポトーシスを促進していることが示唆された。既存の抗癌剤によるp21依存的な増殖抑制を伴った耐性機構も、caspaseを直接活性化するような薬剤との併用により、克服できる可能性が示唆された。

参考文献Zhang,Y.,et al.(1999)Oncogene,18,1131-8Zhang,Y.,et al.(1998)Oncogene,16,693-703
審査要旨

 本研究は抗癌剤などのDNA-damaging agentsの刺激により細胞にアポトーシスが引き起こされるとき、細胞周期を阻害するp21Waf1/Cip1蛋白の分解とアポトーシスへの感受性について解析を試みたもであり、下記の結果を得っている。

 1.ヒト肺癌A549細胞にカンプトテシン(CPT)を処理すると、24時間後にはG1 arrestの状態に陥り、G1期の細胞の割合は61%となる。一方、48時間後には細胞はG1 arrestの状態からアポトーシスを起こした状態へと変化する。この際のp53及びp21の発現をWestern Blot法で確認すると、p53の発現が上昇し、それにともなってp21の分解が起きていることが明らかとなった。p21の切断は抗癌剤の種類を問わず、アポトーシスをおこした全ての癌細胞において確認された。

 2.A549細胞をCPTでアポトーシスが誘導される。このアポトーシスはcaspase阻害剤のZ-Asp-CH2-DCB添加により阻害された。この際のp21、p53の発現をWestern Blot法で検討したところ、p53の発現量には変化が認められなかったが、p21の切断はZ-Asp-CH2-DCB添加により阻害されていた。よってp21はアポトーシスの際にcaspaseにより切断される可能性が示唆された。In vitroでもp21の切断が起き、15kDaの切断断片が生じること確認された。このp21の分解はcaspase-3(CPP32)-like proteasesの阻害剤であるテトラペプチドDEVD-CHO添加により抑制され、caspase-1(ICE)-like proteasesの阻害剤であるテトラペプチドYVAD-CHO添加では抑制されなかったことから、p21はcaspase-3(CPP32)-like proteasesにより分解されることが明らかとなった。この結果は、p21をrecombinant caspase-3と混ぜることより、p21が分解されることからも確認された。caspase-3はアスパラギン酸を認識して切断することから、p21のアスパラギン酸をアラニンに変換したDA mutantを作製して切断部位の同定を試みた。その結果、109番目または112番目のアスパラギン酸をアラニンに変換したDA mutant(D109A、D112A)では、caspase-3による分解が完全に抑制されたことから、p21は112番目のアスパラギン酸と113番目のロイシンとの間で切断され,C末の52アミノ酸残基がなくなることが明らかとなった。

 3.wild-typeのp21(p21WT)とN末切断断片(p21C,aa:1-112)を作製し、human embryonic kidney 293T細胞に遺伝子導入した。p21WTを過剰発現させたものではG1 arrestが起きているが、N末断片(p21C)はp21本来が持っている細胞周期を止める活性がないことを示している。さらにそれら遺伝子導入した293T細胞にVP-16を処理したところ、アポトーシスを起こしたsub-G1期の細胞(apoptotic cell)はp21WTを入れたものではアポトーシスの阻害活性が認められるが、p21Cを遺伝子導入したものではmockと同様で、アポトーシス阻害活性も認められなかった。同時にDEVDase(caspase-3活性)を検討しても、N末断片(p21C)にはwild-typeのp21(p21WT)にみられるようなcaspase-3の活性化阻害効果は認められなかった。

 4.FLAG-tagをつけたwild-typeのp21(p21WT)とN末断片(p21C)を作製し、human embryonic kidney 293T細胞に遺伝子導入した。Anti-FLAG抗体で免沈して、CDK2とPCNAに対する抗体を用いてWestern Blotを行なった。その結果、p21の切断断片(p21C)は、CDK2との結合活性は保持していたが、PCNAとの結合活性は失っていた。またhuman embryonic kidney 293T細胞及びA549細胞にwild-type p21を遺伝子導入したところ、wild-typeのp21(p21WT)は核に局在していたが、p21のN末断片(p21C)は細胞質または細胞全体に分散していた。またA549細胞にCPTを処理し、核をDAPIで染色したところ、その中で生き残った細胞の核は青く大きく染まっているが、アポトーシスを起こしている細胞の核は断片化している。この際の内在性p21の局在を免疫蛍光染色で検討すると、生き残った細胞中ではp21は核に局在しているが、アポトーシスを起こしている細胞中ではp21は核だけでなく細胞質全体に広がっていた。これは、p21のC末にはPCNAのbinding domainと核局在化シグナルNLSが存在するが、これがp21の切断とともに失われてしまうためである可能性が示唆される。よってp21はcaspasesによる切断に伴い、核への局在及びPCNAとの結合力を失い。そのため、p21の活性が失われていることが明らかにした。

 以上、本論文は、抗癌剤によって誘導されるアポトーシスの際に、細胞周期調節因子p21がcaspase-3-like proteasesにより切断されることを見い出した。またp21は切断されることにより、核への局在及びPCNAとの結合活性が失われ、CDK阻害剤としての機能も失われた。従って、caspasesはp21を切断し、p21依存的なG1 arrestとアポトーシス抑制効果を失わせることによりアポトーシスを促進しているものと考えられた。本研究は抗癌剤によるアポトーシス誘導機構の解明及び抗癌剤耐性の克服に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク