本研究は抗癌剤などのDNA-damaging agentsの刺激により細胞にアポトーシスが引き起こされるとき、細胞周期を阻害するp21Waf1/Cip1蛋白の分解とアポトーシスへの感受性について解析を試みたもであり、下記の結果を得っている。 1.ヒト肺癌A549細胞にカンプトテシン(CPT)を処理すると、24時間後にはG1 arrestの状態に陥り、G1期の細胞の割合は61%となる。一方、48時間後には細胞はG1 arrestの状態からアポトーシスを起こした状態へと変化する。この際のp53及びp21の発現をWestern Blot法で確認すると、p53の発現が上昇し、それにともなってp21の分解が起きていることが明らかとなった。p21の切断は抗癌剤の種類を問わず、アポトーシスをおこした全ての癌細胞において確認された。 2.A549細胞をCPTでアポトーシスが誘導される。このアポトーシスはcaspase阻害剤のZ-Asp-CH2-DCB添加により阻害された。この際のp21、p53の発現をWestern Blot法で検討したところ、p53の発現量には変化が認められなかったが、p21の切断はZ-Asp-CH2-DCB添加により阻害されていた。よってp21はアポトーシスの際にcaspaseにより切断される可能性が示唆された。In vitroでもp21の切断が起き、15kDaの切断断片が生じること確認された。このp21の分解はcaspase-3(CPP32)-like proteasesの阻害剤であるテトラペプチドDEVD-CHO添加により抑制され、caspase-1(ICE)-like proteasesの阻害剤であるテトラペプチドYVAD-CHO添加では抑制されなかったことから、p21はcaspase-3(CPP32)-like proteasesにより分解されることが明らかとなった。この結果は、p21をrecombinant caspase-3と混ぜることより、p21が分解されることからも確認された。caspase-3はアスパラギン酸を認識して切断することから、p21のアスパラギン酸をアラニンに変換したDA mutantを作製して切断部位の同定を試みた。その結果、109番目または112番目のアスパラギン酸をアラニンに変換したDA mutant(D109A、D112A)では、caspase-3による分解が完全に抑制されたことから、p21は112番目のアスパラギン酸と113番目のロイシンとの間で切断され,C末の52アミノ酸残基がなくなることが明らかとなった。 3.wild-typeのp21(p21WT)とN末切断断片(p21C,aa:1-112)を作製し、human embryonic kidney 293T細胞に遺伝子導入した。p21WTを過剰発現させたものではG1 arrestが起きているが、N末断片(p21C)はp21本来が持っている細胞周期を止める活性がないことを示している。さらにそれら遺伝子導入した293T細胞にVP-16を処理したところ、アポトーシスを起こしたsub-G1期の細胞(apoptotic cell)はp21WTを入れたものではアポトーシスの阻害活性が認められるが、p21Cを遺伝子導入したものではmockと同様で、アポトーシス阻害活性も認められなかった。同時にDEVDase(caspase-3活性)を検討しても、N末断片(p21C)にはwild-typeのp21(p21WT)にみられるようなcaspase-3の活性化阻害効果は認められなかった。 4.FLAG-tagをつけたwild-typeのp21(p21WT)とN末断片(p21C)を作製し、human embryonic kidney 293T細胞に遺伝子導入した。Anti-FLAG抗体で免沈して、CDK2とPCNAに対する抗体を用いてWestern Blotを行なった。その結果、p21の切断断片(p21C)は、CDK2との結合活性は保持していたが、PCNAとの結合活性は失っていた。またhuman embryonic kidney 293T細胞及びA549細胞にwild-type p21を遺伝子導入したところ、wild-typeのp21(p21WT)は核に局在していたが、p21のN末断片(p21C)は細胞質または細胞全体に分散していた。またA549細胞にCPTを処理し、核をDAPIで染色したところ、その中で生き残った細胞の核は青く大きく染まっているが、アポトーシスを起こしている細胞の核は断片化している。この際の内在性p21の局在を免疫蛍光染色で検討すると、生き残った細胞中ではp21は核に局在しているが、アポトーシスを起こしている細胞中ではp21は核だけでなく細胞質全体に広がっていた。これは、p21のC末にはPCNAのbinding domainと核局在化シグナルNLSが存在するが、これがp21の切断とともに失われてしまうためである可能性が示唆される。よってp21はcaspasesによる切断に伴い、核への局在及びPCNAとの結合力を失い。そのため、p21の活性が失われていることが明らかにした。 以上、本論文は、抗癌剤によって誘導されるアポトーシスの際に、細胞周期調節因子p21がcaspase-3-like proteasesにより切断されることを見い出した。またp21は切断されることにより、核への局在及びPCNAとの結合活性が失われ、CDK阻害剤としての機能も失われた。従って、caspasesはp21を切断し、p21依存的なG1 arrestとアポトーシス抑制効果を失わせることによりアポトーシスを促進しているものと考えられた。本研究は抗癌剤によるアポトーシス誘導機構の解明及び抗癌剤耐性の克服に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |