多くの抗がん剤は、がん細胞にDNA損傷を誘導し、アポトーシスを起こさせることがその作用機序と考えられている。しかし実際のがん細胞は、抗がん剤の誘導するアポトーシスに耐性を示していることが多く、このことががんの化学療法の問題点の一つとなっている。一般に白血病細胞は抗がん剤によりアポトーシスを起こしやすく抗がん剤が効きやすいが、固形がん細胞は抗がん剤によるアポトーシスに抵抗性で、臨床においても抗がん剤が効きにくい傾向があることが知られている。このことから、固形がんにおけるアポトーシスのシグナル伝達経路を明らかにすることが、より効果的ながん化学療法の開発に寄与するものと考えられる。本研究では、卵巣がん細胞を用いて、抗がん剤によるアポトーシスシグナル伝達に関する研究を行い、以下の結果を得た。 1.ヒト卵巣がん由来細胞株OVCAR-3がシスプラチンなどの抗がん剤を処理することによりアポトーシスを起こすことを見いだした。一方、他の卵巣がん細胞、OVCAR-8は、アポトーシスを起こしにくいことが分かった。 2.シスプラチン処理によりアポトーシスを誘導したOVCAR-3細胞の細胞質分画は、ヒト白血病細胞U937で先に報告されていたのと同様にアクチンを切断する活性を持つことが示された。また、アポトーシスに耐性を示すOVCAR-8細胞の細胞質分画は、そのような活性を示さなかった。 3.シスプラチン処理したOVCAR-3細胞の抽出液からcasapase-3を免疫吸収すると、アクチン切断活性が抑制されたことから、この活性は主にcaspase-3に依るものであることがわかった。また、caspase阻害剤Z-EVDを処理することによりアポトーシスが抑制されることから、OVCAR-3細胞のアポトーシスはcaspase依存的であることが示された。 4.ヒト白血病U937細胞のアポトーシスの過程においてcaspaseの活性に先立ちJNK/SAPKの活性化が起こることが報告されていたが、本研究ではASK1シグナル伝達経路の卵巣がん細胞のアポトーシスにおける関与を検討した。その結果、ASK1や、その下流に存在するSEK1、MKK3、JNK、p38の活性化がアポトーシスの進行に先立って起こることが示された。 5.caspase阻害剤存在下、シスプラチンによるOVCAR-3細胞のアポトーシスは抑制されるが、ASK1 pathway kinasesの活性化は抑制されなかった。逆に、ASK1のドミナントネガティブ変異体を一過的に細胞に導入することにより、シスプラチンの誘導するアポトーシスが抑制され、同時にcaspaseの活性化も阻害された。また、下流のSEK1、JNKの活性化も抑制された。このことからASK1シグナル伝達経路がcaspaseの上流で抗がん剤によるアポトーシスに関与することが示された。 以上のように本論文では卵巣がん細胞の抗がん剤によるアポトーシスにASK1シグナル伝達経路が関与すること、また、この細胞死はcaspase依存的であり、アクチン切断活性を伴うことが示された。以上の結果は、これまであまり研究の進んでいなかった卵巣がん細胞のアポトーシスシグナル伝達の解明に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |