アポトーシスは核や細胞質の断片化、ゲノムDNAの分解、アポトーシス小体の形成を伴う細胞死であり、多細胞生物の発生過程および免疫系や神経系などの高次機能系の構築と機能維持に必須の生理的現象である。アポトーシスの制御異常は過小又は過剰の細胞死を本来起こるべきではない時期に起こすことになり、様々な疾患の誘因や増悪因子となったりする。特に中枢神経系における神経細胞死の異常は、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病や種々の運動ニューロン病などの神経変性性疾患や脳血管障害においてもみられる共通の病態である。神経細胞死に起因する様々な神経機能障害の機構解明をするために神経細胞死過程における遺伝子発現動態の解析を行った。ヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞を用いてアポトーシス過程の誘導後時間経過を追って、細胞死の過程で特異的に発現する遺伝子を自動シーケンサーや蛍光イメージアナライザーを用いた蛍光ディファレンシャルディスプレイ法により同定した。 神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞はレチノイン酸によって成熟ニューロン様の細胞に分化し、様々なニューロンとしての形質を発現することが知られており、種々の研究に神経細胞のモデルとして利用されてきたものである。近年、コルヒチンがこの細胞にアポトーシスを誘導することが報告された。コルヒチンは微小管重合を阻害する薬剤であるが、実験動物に脳アトロフィーや神経細胞脱落や神経線維変性を惹起する神経毒としても用いられてきたものである。またコルヒチンはSH-SY5Y細胞のような培養細胞株のみならず、小脳顆粒細胞にもアポトーシスを引き起こすことが報告されている。 SH-SY5Y細胞にコルヒチンを処理し、アポトーシスがおこることを細胞形態、DAPI染色によるアポトーシス小体の検出およびゲノムDNAのヌクレオソーム単位での断片化により確認できたので、以降の解析に神経細胞死のモデルとして利用した。レチノイン酸で分化誘導したSH-SY5Y細胞にコルヒチンを添加し、0、6、12、24、48時間後にそれぞれRNAを回収し、DNAシークエンサーによるFDD(Fluorescent Differential Display)解析を行った。試したプライマー対はアンカー4種と任意プライマー80種による合計320通りである。これにより約24000本のcDNAバンドが視覚化された。今この細胞が15000種類のmRNAを発現しており、FDDによるサンプリングが完全に確率的なものであると仮定すると、これにより80%のメッセージがスキャンされたことになる。 このスクリーニングによって合計263種類の発現パターンに変動の見られたcDNAバンドが検出された。これらより全転写産物の約1%に発現量の変動が見られることが分かった。これらをさらに発現が、1)早期または後期に誘導されるもの、2)一過的に誘導されるもの、3)一過的に発現が抑制されるもの、4)早期からあるいは後期になって抑制されるもの、に分類してある。上記の発現に変化を示したバンドは、再現性を確認したうえで順次クローン化した。これまでに18種のバンドがクローン化され,半定量的RT-PCRあるいはノーザンハイブリダイゼーションによって発現変動が確認された。その内訳は、誘導のかかるもの7種類、抑制されるもの8種類、一過性変化を示すもの3種類である。ホモロジーサーチの結果、7種は6つの既知遺伝子(-tubulin,MCP-1,aldolase C,calpactin light chain,KIAA058,mitochondria DNA)に由来するものであり、6種はデータベース中のEST(expressed sequence tag)にヒットした。残り5種は既知の何物ともホモロジーを示さなかったことより、FDD解析は新規遺伝子を発見する上で有効なものであると思われた。 上記のcDNAのうち、発現誘導が顕著であり、アルツハイマー病のアミロイド蛋白(A)によるアポトーシス系、オカダ酸で誘導したアポトーシス系でも発現が誘導された新規の分子種をまず解析した。RACEとライブラリーのスクリーニングによってほぼ全長のcDNAを単離し、その構造を明らかにした。その結果、このcDNAは1470bpよりなるORFを持つことが分かった。翻訳産物は分子量52kDaで、3つのRNA結合モチーフを持つElav-typeのRNA結合蛋白質であることが分かった。これをNAPOR(Neuroblastoma Apoptosis-related RNA-binding protein)と命名した。NAPORはCUG結合蛋白質(CUG-BP)とも高い相同性を示す。CUG-BPはトリプレットリピート病である筋緊張性ジストロフィーの原因遺伝子myotonin転写物のCUGリピートに結合する蛋白であり、その発症への関与が示唆されている。また高等生物以外にもNAPORとホモロジーを示す蛋白質が見いだされるが、なかでもショウジョウバエのbrunoは腹部および生殖細胞系列の形成を支配する蛋白で翻訳を制御する機能を持つ。 COS-7やNIH3T3細胞を用いて過剰発現させたNAPORは主に核に局在している蛋白質であることが示唆された。またFISH(fluorescence in situ hybridization)によりNAPORは第10染色体のp15-13にマップされた。NAPORのRNAの分布を調べると、脳、心臓、筋、卵巣および末梢血におもに9kbおよび6kbのRNAが検出された。また脳内では脳皮質、海馬や扁桃体などアルツハイマー病で冒される部分にその発現が高かった。 プログラム細胞死が重要な役割を果たしている発生におけるNAPORの役割を検討するため、NAPORのマウスのホモログであるmNaporをクローン化した。染色体マッピングをおこなった結果、mNaporはヒトNAPORの領域に相当するマウスの第2染色体A2-A3に存在することが判明した。マウスの発生段階におけるノーザンハイブリダイゼーションの結果、mNaporは発生段階において発現が強くなることがわかった。RT-PCRによるRNA発現解析ではmNaporには発現が脳に限局された2つのisoformが存在することがわかった。 in situ hybridizationによって発現様式をより詳細に検討したところ中枢神経系、特に大脳皮質、脊髄や嗅球に発現が強いことがわかった。mNaporの空間的、時間的発現パターンはプログラム神経細胞死が生じている領域及び時期と一致していた。このことからNAPOR/mNaporが中枢神経系の発生やそこで生じているプログラム細胞死に関わっている可能性が示唆された。このようにRNA結合蛋白質とアポトーシスとの関連を示す知見が最近報告されつつある。例えば、TIA-1は細胞障害性Tリンパの顆粒中に存在し、標的細胞にDNAの断片化を惹起することによって、CTL-依存性のアポトーシスを誘発する。またTIARはFasによるアポトーシスへの関与が示されている。以上のことからNAPOR/mNaporが神経細胞におけるアポトーシスに関与する可能性が考えられる。 |