脳腱黄色腫症(CTX)は、常染色体劣性遺伝をする先天性脂質代謝異常症で、原因遺伝子はコレステロール側鎖切断過程に関与するステロール27位水酸化酵素遺伝子(CYP27)である。日本でのCTXの患者数は世界で報告された1/3を占めると考えられている。日本人CTX患者のCYP27遺伝子異常の解析及び迅速かつ確実な遺伝子診断法の確立を目的として本研究を行なった。11家系のCTX患者として14人のCYP27遺伝子解析を行なったところ、下記の8種類の変異を見い出した(6種類のミスセンス変異と2種類の複合ヘテロ接合型変異)。1.Arg362His(CGT362Arg to CAT362His);2.Arg362Ser(CGT362Arg to AGT362Ser);3.Gly112Gly(GGG112Gly to GGT112Gly);4.Arg372Gln(CGG372Arg to CAG372Gln);5.Arg441Trp(CGG441Arg to TGG441Trp);6.Arg441Gln(CGG441Arg to CAG441Gln);7.Arg372GlnとArg441Glnの複合ヘテロ接合型変異;8.Arg372GlnとGly112Glyの複合ヘテロ接合型変異であった。これらの8種類の変異は3つのパターンに分けられる。(1)alternative pre-mRNAスプライシングを起こす変異;(2)通常のミスセンス変異;(3)複合ヘテロ接合型変異である。 (1)のパターンには3つの変異がある。i.Arg362His;ii.Arg362Ser;iii.Gly112Glyである。その中の2つは同じコドンに起こり、exon 6-intron6スプライス部位の配列が変わる変異で、前者はexon 6の3’末端の塩基がGからAになるArg362His変異(CGT362Arg to CAT362His;exon 6-intron 6スプライス部位の-1位)であり、後者はexon 6の3’末端から-2位の塩基CがAになるArg362Ser変異(CGT362Arg to AGT362Ser;exon 6-intron 6スプライス部位の-2位)であった。それらの二種類の変異は、両方ともCYP27遺伝子のalternative pre-mRNAスプライシングを起こしたが、スプライシングのパターンは異なっていた。Arg362Hisは2種類の異常なスプライシング産物を生じた。1.exon 6-intron 6スプライス部位でのスプライシングに影響してexon 6がスキップしたもの;2.exon 6にあるcryptic 5’スプライス部位を活性化して、exon 6の3’末端88bpが欠損したもの。GからAになる変異を含む正常にスプライシングされた全長のmRNAも存在したが、発現量は正常の54.1%であることが分かった。一方、Arg362Ser変異でおこったalternative pre-mRNAスプライシングの産物はexon6の3’末端である88bpが欠損したものしか確認できなかった。それらのCYP27遺伝子のalternative pre-mRNAスプライシングは、COS-1細胞にminigene constructを形質導入する実験で実際に起こることが確認された。 alternative pre-mRNAスプライシングを生じるもう一つの変異はGly112Gly(GGG112Gly to GGT112Gly)であった。このGからTへの変異は、exon 2の3’末端の上流13bpにあり、アミノ酸の置換とexon 2-intron 2のスプライス部位の構造変化は起こらないが、2種類の異常なpre-mRNAスプライシング産物を生じることが判明した。1.exon2-intron2スプライス部位での正常なスプライシングに影響して、exon2がスキップしたもの;2.変異周辺にあるcryptic 5’スプライス部位を活性化して、exon2の3’末端の上流13bpが欠損したもの。GからTになる変異を含む正常にスプライシングされた全長のmRNAも存在したが、発現量は正常の11.1%しかなかった。この変異のCYP27遺伝子のpre-mRNAスプライシングへの影響については、COS-1細胞にminigene constructを形質導入する実験で確認した。 (2)のパターンにも3つの変異がある。i.Arg372Gln(CGG372Arg to CAG372Gln);ii.Arg441Trp(CGG441Arg to TGG441Trp);iii.Arg441Gln(CGG441Arg to CAG441Gln)である。それらの変異はステロール27位水酸化酵素のアドレノドキシン結合ドメイン(362Arg)かヘム結合ドメイン(443Cys)の周辺に存在していた。そこでこの変異がステロール27位水酸化酵素活性を抑制するかどうか、変異を持つ全長cDNAsをCOS-1細胞に形質導入し、発現したタンパク質の酵素活性を測定したところ、活性が抑制されていることが確認された。また、これらの知見を応用してRFLPによる変異の迅速かつ確実な遺伝子診断法を確立し、他のCTX家系でこれらの変異の検出できた。 (3)の複合ヘテロ接合型変異のパターンには2種類の変異がある。i.Arg372GlnとArg441Gln;ii.Arg372GlnとGly112Glyである。共にこれまでに確立したRFLPの遺伝子診断法により発見され、塩基配列を決定することで確認された変異である。これらはCYP27遺伝子の新しい変異である。 このように解析した全てのケースについて変異型と臨床症状など表現型との関係について調べたが、関連性は見かっていない。 本研究において8種類のCYP27遺伝子変異を見い出したが、これは日本で報告された変異の80%(8/10=80%)を占める。また、RFLPによる変異の迅速かつ確実なCTXの遺伝子診断法を確立した。この方法は、CTXの遺伝学的カウンセリング、遺伝子診断、出生前検査などに役立つと考えられる。exon領域にある3つの変異がalternative pre-mRNAスプライシングを起こしたとの知見はCTXの遺伝子異常についてこれまで知られていなかった新しい機構の発見である。この知見はCYP27遺伝子に限らず他の遺伝子におけるmRNAのスプライシング機構の解明にも役立つものと考えられる。また、Gly112Glyの症例のようにアミノ酸の置換を伴わない変異であっても、pre-mRNAスプライシングに影響を与えることによって発症する例があることも判明し、このタイプの変異の重要性が示唆された。本研究でのCYP27遺伝子の変異の解析結果は、胆汁酸合成に限らず、コレステロールの恒常性、動脈硬化にも関与するステロール27位水酸化酵素の機能を解明するためにも役に立つと考えられる。 |