本研究は視覚による言語認識過程の最も基礎的な局面であると考えられる正字法的認識に伴う脳活動を明らかにするため、機能的磁気共鳴画像法施行しながら、健康成人に視覚的に漢字認知課題を課す系において、文字認識に特異的な脳活動の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.漢字と、対応するスクランブル漢字に対する反応を比較する課題、即ち漢字-スクランブル課題(K-SK課題)により、被験者全てに、左下後頭回に、強く反応する領域が見出された。2人の被験者については、両側の下後頭回が活性化していた。個々の被験者では、他に横後頭溝、上側頭溝の活性化が認められたが、全員に共通して活性化が見られた領域は、左下後頭回のみであった。さらにこれを確かめるため、グループ解析により、被験者全員のデータによって有意に反応する領域を求めると、唯一の有意な反応領域が左下部後頭回に一致して認められた。これらにより、左下後頭回が漢字認識に関与することが示された。 2.コントロールとしてブランクスクリーンを用いた実験、即ち漢字-ブランク課題(K-B課題)では、低次視覚野を含めはるかに広い領域で活性化が認められた。両側の下後頭回の他、両側の鳥距溝、紡錘状回、外側後頭回、舌状回の後半部が活性化した。K-SK課題で活性化されたvoxelは、ほとんどがK-B課題によっても活性化することが確かめられた。K-SK課題とK-B課題に共通して活性化するvoxelに着目すると、K-SK課題における反応は、K-B課題における反応の半分以下であった。より低次な視覚野に属する、K-B課題に反応するvoxelを見ると、これらのvoxelはK-SK課題に於いてはほとんど変化が見られなかった。これらにより、スクランブル漢字によるコントロールは、低次の視覚刺激の適切なコントロールとして機能していることが確かめられた。 3.活性化領域の左右差は、K-B課題では、認められなかったが、K-SK課題では、左半球の活性化領域は、右半球の活性化領域より有意に広かった(p<0.03)。グループ解析に於いては、右半球には有意な活性化領域は認められず、左半球のみに活性化が認められた。これによって、正字法的認識特異的な下後頭回の活性化は、強く左優位であることが示された。 以上、本論文は機能的磁気共鳴画像法を用い、健康なヒト成人において文字認識に特異的な活性化領域を検討することによって、左下後頭回が漢字の正字法的な処理に関与していることを明らかにした。本研究は、これまで比較的注目されてこなかった漢字認識と視覚的な認識の関係について新しい知見を示すことにより、言語認知および視覚認知に関する研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |