機能的磁気共鳴画像法(fMRI)は優れた空間分解能を持ち、脳の機能マッピングに大きく貢献してきたが、一方時間分解能は数秒程度しかなく、ほとんど無視されてきた。しかし最近、MR信号のインパルス応答の性質が理解され、fMRIの時間分解能が積極的に利用されるようになった。すなわち、タスクの個々のイベントを時間的に分離するこという実験デザインが用いられ、特定のイベントに関連する一過性のMR信号を純粋に抽出できるようになった(事象関連機能的MRI、英語ではevent-related fMRI)。これにより、従来の実験デザインでは検出が困難だった一過性の脳活動を直接解析することが可能となり、ヒトでの認知機能マッピングの精度が大幅に向上した。この方法を用いてヒト前頭前野の機能構築の解明を目指した。 前頭前野の損傷患者の行動学的知見などから,ヒト前頭前野の最も重要な機能として,作業記憶と、構えのシフトや反応抑制のような抑制的機能の二つが挙げられている。これらの機能の前頭前野での正確な局在や,これらの機能がどのようなメカニズムによってどのように発現するのか,といった比較的ミクロな問題にたいしては,脳損傷患者の知見だけでは不十分であり,脳機能画像法による詳細な解析が必須である。しかし、従来PETのような、時間分解能が乏しい画像法が主流だったため,上記二つの機能のうち,持続的活動をしめす作業記憶については有効な解析がなされているが,構えのシフトや反応抑制のような一過性の反応を示す機能については、ほとんど手付かずである。 そこで、fMRIが持つ時間分解能を利用し,前述の事象関連機能的MRIという方法を、構えのシフトや反応抑制を必要とする課題として有名なWisconsin Card Sorting Test(S.Konishi et al.,Nature Neuroscience 1-1,80-84,1998)(Section 1)、およびGo/No-Go Task(S.Konishi et al.,European Journal of Neuroscience 10-3,1209-1213,1998)(Section 2)に適用した。 Section 1 Wisconsin Card Sorting Testは、認知的構えをシフトする能力を要求する試験で、前頭葉障害を検出する神経心理学試験のなかで最も一般的に用いられている。この試験での障害は、特定の事柄に固執してしまい、変化に対する柔軟な対応が困難であることを意味し、ヒトおよびサルで、前頭前野の外側の損傷によって特徴的に引き起こされることが知られている。しかしながら、この試験が前頭葉のどのような機能を要求するものなのか、また、前頭葉内での正確な機能局在はどうなのか、といった基本的な問題が未解決のままである。そこで、機能局在の同定を正確に行うため、すぐれた空間分解能を持つ機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた。ただし、このカード試験の本質的な要素であるシフトが引き起こす神経活動は一過性であるはずであり、この神経活動に由来するMR信号も一過性であるはずである。したがって、fMRIの時間分解能を同時に使い、シフトを反映するMR信号を純粋にとりだすことにより(事象関連機能的MRI)、シフトの前頭前野内での正確な機能局在、およびその領域における反応特性を調べた。 Wisconsin Card Sorting Testで被験者は、一試行ごとに1枚の対象カードを4枚の参照カードのいずれかに対して、色・形・数のいずれかの基準("次元"呼よばれる)に照らして分類する。しかし、この次元がときどき予告なしに変えられるので、被験者は試行錯誤により新しい次元を見出し、その新しい次元に注意を向けてカードを分類しなければならない。これが認知的構えのシフトと呼ばれる機能である。したがって、このカード試験を遂行中の被験者の脳で観測されるMR信号は2種類からなっている。一つは、カードの分類を反映する持続的信号で、もう一つはシフトに由来する一過性信号である。そこで、シフトの開始後の各タイムポイントで観測されるMR信号から、シフト前に観測されるMR信号を引くことにより、シフトに由来する一過性信号を純粋に取り出した。ただし、一過性のMR信号は特異な性質を持つことが知られている。すなわち、短い一過性の神経活動の開始から、5ないし9秒たってから、MR信号が観測される。したがって、シフトの開始後5ないし9秒後のタイムポイントで、MR信号が観測される領域を探した。 このようにして観測される一過性のMR信号が本当にシフトに関係があるかを示すために、3つの条件を用意した。まず、もともとのWisconsin Card Sorting Testと同様、3つの基準(色・形・数)のうちいずれかの次元が使われうる条件(3D条件)、この3つのうち2つの次元が交互に使われる条件(2D条件)、3つのうち1つの次元しか使われず、したがってシフトが要求されないコントロールの条件(1D条件)の3条件である。使われうる基準はrun(一度に連続して画像取得できる単位)ごとにバランスし、被験者には撮影の直前に知らされた。この3条件を撮影ごとに順番に繰り返し、それぞれ別々に解析した。 その結果、両側の下前頭溝の後部(BA45/44)に、一過性にMR信号が検出される領域が存在した(3D条件)。この信号は、シフトの開始から5ないし9秒後に検出され、7秒後でピークをとった。さらに、2D条件でも、3D条件より小さいものの、同様な一過性のMR信号が観測され、また、1D条件ではMR信号が観測されなかった。すなわち、この一過性の反応は、色、形、数のうちの使われる次元の数が増えるとMR信号も増加した。これらの結果は、両側の下前頭溝後部が認知的構えをシフトする機能に関わっていることを示唆する。 Section 2 Go/No-go Taskは、我々がもともと持つ反応傾向を抑制する、すなわち、反応するという運動的構えをシフトさせることを要求する試験で、前頭葉障害を検出する神経心理学試験のなかでも有名なものの一つである。サルでは前頭前野の外側の損傷によって引き起こされることが知られている。しかしながら、前頭葉内での正確な機能局在は不明である。そこで、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)の空間分解能を用いた。ただし、Wisconsin Card Sorting Testと同様に、この試験の本質的な要素である反応抑制が引き起こす神経活動は一過性であるはずであり、この神経活動に由来するMR信号も一過性であるはずである。したがって、事象関連機能的MRIを使い、反応抑制を反映するMR信号を純粋にとりだすことにより、前頭前野内での正確な機能局在を調べた。 Go/No-go Taskは,2種類の異なる試行からなっている。一つは,緑の正方形が被験者に提示され,右手または左手に持っているボタンをすばやく押すgo試行で,もうひとつは,赤い正方形が提示されボタンを押してはならないno-go試行である。被験者はgo試行ですばやくボタンを押して反応することが要求されるので、no-go試行ではこの要求によって高められた反応傾向を抑制しなければならない。別の見方をすれば、反応するという運動的構えをシフトさせる、ともいえる。そこで、Wisconsin Card Sorting Testのときと同様に、この反応抑制(またはシフト)の開始後の各タイムポイントで観測されるMR信号から、開始前に観測されるMR信号を引くことにより、反応抑制(またはシフト)に由来する一過性信号を純粋に取り出した。前述のとおり、一過性のMR信号は、短い一過性の神経活動の開始から、5ないし9秒たってから観測される。したがって、go試行のデータとno-go試行のデータを別々に解析し、no-go試行の開始後5ないし9秒後のタイムポイントでMR信号が観測され、go試行では観測されない領域を探した。 その結果、右側の下前頭溝の後部(BA45/44)に、no-go試行の時にだけ、刺激の提示から5秒後でピークをとる一過性のMR信号が検出される領域が存在し、このMR信号の大きさはgo試行の時に比べ有意の大きかった。ただし、このMR信号は、同じ部位の左側には観測されず、したがって、右脳優位な性質を示した。さらに、この一過性のMR信号は、被験者の使う手の左右によらないということも分かった。これらの結果は、この下前頭溝後部の一過性反応が反応抑制(またはシフト)を反映したものであることを示唆する。 以上の事象関連機能的MRIの実験結果から、右側下前頭溝後部が、認知的構えのシフトおよび反応抑制(または運動的構えのシフト)において、共通の役割を担っていることが示唆される。 |