本研究は脳・神経系の機能や発生における分子機構を系統的に明らかにするため、4,5’,8-trimethypsoralen(TMP)変異法によって得られた運動に異常を示すゼブラフィッシュ変異体j12から、変異遺伝子をクローニングするための方法論確立を目指したものであり、下記の結果を得ている。 [1]変異源TMPが欠失変異を引き起こす可能性に着目し、Polymerase chain reaction(PCR)を用いたゲノムサブトラクション法 Representational difference analysis(RDA)により欠失部位由来のDNA断片を単離することを試みた。マウスembryonic stem(ES)cellのゲノムDNAを用いたコントロール実験により、RDAが全ゲノム中から一カ所の配列の相違を検出するのに十分な1.5×107の濃縮を達成できることを示した。 [2]野生型ゲノムをTester、j12変異体ゲノムをDriverとし、4種類の制限酵素を用いてGenetically directed RDA(GDRDA)を行ったところ、8つのGDRDA産物が単離され、そのうち6つの産物はサザンブロット解析によりrestriction fragment length polymorphism(RFLP)を認識するRFLPマーカーであることが判明した。GDRDAは変異部位の連鎖領域に存在する制限酵素部位の多型に由来する断片を選択的に増幅することから、得られたGDRDA産物はj12変異部位近傍の遺伝的マーカーであることが期待された。 [3]2種類のPCR法、allele-specific PCRとspecific amplified fragment length polymorphism(specific AFLP)を用いた組み換え体解析を行い、j12locusとRFLPマーカーとの遺伝的距離を測定した。5つのRFLPマーカーについて689半数体ゲノムの遺伝子型を決定しj12領域の連鎖地図を構築したところ、変異部位両側0.15cMの近傍にRFLPマーカーが存在することが明らかとなった。ゼブラフィッシュでは、物理的距離と遺伝的距離の割合は平均600kb/cMであるため、約180kbのゲノム領域内にj12遺伝子を同定した。これら2つのj12近傍RFLPマーカーをプローブとしてゼブラフィッシュbacterial artificial clone(BAC)libraryをスクリーニングした結果、6BACクローンが得られた。 以上、本論文はGDRDAを用いることによって、迅速に全ゲノム中から連鎖マーカーを単離し変異部位を同定できるより効率的な手法を確立した。GDRDA法は、ゼブラフィッシュにおける変異遺伝子クローニングの問題点を克服し、TMP変異法だけでなくN-ethyl-N-nitrosourea(ENU)変異法においても十分に有用であり、TMP変異法による変異体から欠失部位由来の断片を直接単離できる可能性もある。以上、本研究で開発された変異遺伝子クローニング法は、ゼブラフィッシュにおいて系統的に脳・神経系の機能に必須な遺伝子を単離し、分子機構を解明していく上で重要な貢献を果たすことが期待されるものであり、本論文は学位の授与に値するものと認められる。 |