学位論文要旨



No 114473
著者(漢字) 三浦,一郎
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,イチロウ
標題(和) 腸管Tリンパ腫の病理学的研究
標題(洋)
報告番号 114473
報告番号 甲14473
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1393号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 森,庸厚
 東京大学 講師 瀧,伸介
内容要旨 <目的>

 悪性リンパ腫は腫瘤を形成するリンパ球増殖性疾患の総称である。近年リンパ腫は免疫学、分子生物学研究の進歩に合わせて分類されるようになった。1994年に発表されたREAL分類では、例えばB細胞性リンパ腫は基本的にその分化段階に対応した亜型によって分類され、また、Virusの遺伝子の一部がリンパ球に組み込まれて発生するリンパ腫として知られているAdult T cell Lymphoma/Leukemia(ATLL)を単一の疾患概念として分類するなど、これまでの組織形態にこだわらない面を持つ。節外性リンパ腫のひとつである腸管のTリンパ腫について考えると、REAL分類ではグルテン感受性腸炎(Celiac disease)の患者から発生する腸管リンパ腫に対しIntestinal T-cell lymphoma(ITCL)という亜分類を充てている。しかし、本邦での腸管Tリンパ腫はその細胞型は多彩でITCLだけではまとめることができず、総括する必要がある。また、本邦でCeliac病に相当するような前リンパ腫病変が存在するのかについて検討が必要である。加えていままで本邦での肉眼型や予後の検討が充分でなかった。以上から、腸管Tリンパ腫の発生部位や臨床経過、肉眼分類、病理組織像、免疫組織化学的検索、分子生物学的検索、および予後等の多角的な視点からの検討により腸管Tリンパ腫の特徴を明らかにすることを試みた。

<対象と方法>

 対象症例は、免疫組織化学的にTリンパ腫と判断された腸管原発のリンパ腫20例である。これらの症例について、発生部位、渡辺の肉眼分類および病理組織学的所見等について検討した。また、免疫組織化学的な手法を用いて、白血球マーカーであるCD3、CD4、CD8、CD56、ならびにCD8陽性細胞やNK細胞等に認められる細胞障害性顆粒TIA-1、Granzyme B、Perforinの発現を検索した。炎症性腸疾患数例および正常腸管を対照例として検索した。さらに、リンパ腫の腫瘍細胞の単一性(Clonality)を検討するため、切片から腫瘍細胞のDNAを抽出し、PCR法を使用して、T細胞受容体(TCR)の遺伝子再構成について検索した。加えて、リンパ腫細胞のEBV感染の有無(EBER-1)をin situ hybridization法を使用して検索した。以上の免疫組織化学的検討とTCR遺伝子の再構成の検出、およびEBER-1の検索はいずれも腫瘍細胞のホルマリン固定パラフィン包埋切片を使用した。この結果をふまえて腫瘍細胞を1)Ordinary peripheral T cell type,2)CTL type,3)NK-like T cell type,4)NK typeの4種類に分類した。分類の基準は、1)Ordinary peripheral T cell typeは基本的にCD3、CD4、TCR遺伝子再構成が陽性でCD8、細胞障害性顆粒が陰性、2)CTL typeはCD3、CD8、TCR遺伝子再構成、細胞障害性顆粒が陽性でCD56が陰性、3)NK-like T cell typeはCD3、CD56、TCR遺伝子再構成陽性、4)NK typeはCD56陽性でCD3、TCR遺伝子再構成陰性とした。これらの症例の白血球マーカー、および細胞障害性顆粒の発現の有無と腸管Tリンパ腫の予後との関連を検討した。また、対照群として集められた腸管Bリンパ腫と腸管Tリンパ腫の間の予後の比較をおこなった。

<結果>A.発生部位および肉眼分類

 腸管リンパ腫の発生部位はTリンパ腫は小腸11例(十二指腸4例、空,回腸7例)、大腸9例(十二指腸合併例1例を含む)であった。Bリンパ腫は小腸18例(十二指腸1例、空回腸17例)、大腸5例(盲腸2例、結腸1例、直腸2例)であった。本邦の例は欧米の報告に比べ、大腸発生例が多かった。

 腸管Tリンパ腫の肉眼的形態を渡辺らの肉眼分類(板橋改変)によって分類したところ、20例中隆起型が2例、潰瘍型14例(うち周堤のあるもの7例、周堤のないもの7例)、び漫浸潤型3例、分類不能(びらん様)1例であった。隆起型は対照例のBリンパ腫に多く見られたようなドーム型ではなく小結節集簇の形をとっていた。一方、Bリンパ腫23例の肉眼像の内訳は隆起型11例、潰瘍型11例(周堤のあるもの7例、周堤のないもの4例)、び漫浸潤型1例であった。全体としてTリンパ腫には潰瘍型が多く、隆起性のものはほとんどなかった。また、Bリンパ腫には圧排性の増殖形態を示す境界明瞭な病変が多いのに対し、Tリンパ腫はび漫性の増殖を示す境界不明瞭なものが多かった。

B.腸管Tリンパ腫細胞のClonalityの決定

 TCR鎖の再構成バンドを認めたのは20例中12例で、TCR鎖では10例に認めた。そのうち両者の再構成を認めたものが8例、鎖のみが4例、鎖のみが2例あった。TCR再構成の検索には偽陽性が出ることがあるため、鎖のみ陽性の症例について再検討した結果、1例はNK-like Tリンパ腫、1例はCTLリンパ腫と判断した。TCR鎖について陽性例はPrimerの組み合わせの中ではJ2-D2で9例と最も多く、他にJ2-D1、V-J2に再構成を認めた。ただし、陰性のうち1例はDNAの採取の確認がとれない例があった。

C.免疫組織化学的方法による白血球マーカー表現型および細胞障害性顆粒の検索

 腫瘍細胞がCD3陽性の例は15例であった。そのうちCD56陽性例は3例あり、NK-like Tリンパ腫とした。CD3陽性CD56陰性リンパ腫12例のうち、CD8が確実に陽性の例が7例あり、CTLリンパ腫とした。また、CD8弱陽性例2例は、共に細胞障害性マーカーが陰性のためOrdinary peripheral T cellリンパ腫とした。CD3陰性5例のうち3例はCD56陽性TCR遺伝子再構成がなくNKリンパ腫とした。1例はTCR遺伝子再構成を認め、NK-like Tリンパ腫とした。残る1例はCD4陰性、CD8陰性、CD56陰性、Granzyme B陽性でTCR遺伝子の再構成を認め、さしあたりCTLリンパ腫と判断した。

 CD8が確実に陽性の例は20例中10例で、内訳は7例がCTLリンパ腫、2例がNK-like Tリンパ腫、1例がNKリンパ腫であった。CD56は20例中7例で陽性であった。このうちCD3陽性例3例と、CD3陰性であるがTCRの再構成のみられた1例をNK-like Tリンパ腫、残りの3例をNKリンパ腫とした。

 細胞障害性顆粒ではTIA-1は20例中14例に陽性、1例に弱陽性であった。Granzyme Bは15例で陽性であった。Perforinでは陽性1例と弱陽性が2例であった。これらのいずれか1つが陽性のものを細胞障害性顆粒陽性とした。その結果、細胞障害性顆粒陽性の症例は20例中16例と高率に認められた。この内訳はCTLリンパ腫9例、NK-like Tリンパ腫4例、NKリンパ腫3例となった。

 潰瘍性大腸炎、Crohn病症例では潰瘍部にCD8陽性リンパ球の浸潤が目立った。炎症性腸疾患におけるTIA-1陽性細胞、Granzyme B陽性細胞の分布はCD8陽性リンパ球の分布とほぼ同様であった。TIA-1陽性細胞数は増加していた。

D.In situ hybridization法によるEBER-1の検出

 EBER-1陽性のものは8例であった。NKリンパ腫3例は全例陽性、その他、NK-like Tリンパ腫2例、CTLリンパ腫2例、Ordinary peripheral Tリンパ腫1例であった。

E.腫瘍細胞の細胞性格の判定

 全20例のうち、Ordinary peripheral Tリンパ腫が4例、CTLリンパ腫が9例、NK-like Tリンパ腫が4例、NKリンパ腫が3例と判断した。

F.各種パラメーターと予後の相関の検索

 各種の白血球マーカーと予後との間に有意な相関のあるものはなかった。細胞障害性顆粒はTIA-1,Granzume Bは陽性例に、Perforinは陰性例に偏りがありすぎたため検討できなかった。腸管Tリンパ腫と腸管Bリンパ腫の間の予後には有意差が認めるれた。

<考察>

 本邦例の腸管Tリンパ腫は大腸発生例が多く、大腸発生例9例のうち3例が炎症性腸疾患の経過中に発生したものであった。また、今回検討した症例全体から見ると20例中3例が炎症性腸疾患に併発したものであり、炎症性腸疾患と腸管リンパ腫の頻度から考えると炎症性腸疾患と腸管Tリンパ腫発生の間になんらかの因果関係が示唆された。これを、欧米においてCeliac病という炎症性腸疾患に腸管Tリンパ腫が好発するという事実と対置して考えると、炎症性腸疾患が悪性リンパ腫発生の誘因であると考えられ、腸管Tリンパ腫に陽性例の多いとされる細胞障害性顆粒を有するT細胞の分布を検索した。その結果、潰瘍性大腸炎、クローン病おいては正常腸粘膜に比べてこれらのマーカーを有するT細胞が強く局在し、潰瘍性大腸炎に併発したTリンパ腫には全例に細胞障害性顆粒が発現していた。 このことから、炎症性腸疾患において病変部に局在する細胞障害性顆粒陽性細胞が被刺激下にある結果として腫瘍化するという可能性が推察された。

 NK-like T細胞とT細胞系統には属さないNK細胞を区別するためCD3に加えTCRおよびTCRの再構成様式を検索した。その結果、20例中14例にTCR、TCRのいずれかに再構成が確認され、T細胞性と決定した。さらに、T細胞性の中でCD56陰性のためPeripheral T細胞性リンパ腫とした10例のうち9例においてTIA-1もしくはGranzyme Bが陽性であり、CTLリンパ腫とした。CTLリンパ腫は節性Tリンパ腫の8%と少なく、これが多いことは腸管リンパ腫の特性と言える。この理由として、腸管粘膜にはCD8陽性リンパ球が多く、それらのリンパ球が腸管上皮内で抗原刺激を受けながら分化することと、前述した炎症性腸疾患との関係が考えられた。

 今回の検討ではTリンパ腫はBリンパ腫とくらべ、多くが潰瘍型であり、隆起性病変を示すものは少なかった。対象症例20例中16例、および潰瘍型を示した14例中12例が細胞障害性顆粒陽性であった。細胞障害性顆粒の機能は、標的細胞に壊死やApoptosisを来たすことである。特殊に分化したCTLやNK細胞等の腫瘍性病変がこれらの蛋白の放出により壊死やApoptosisを来たし、そのために隆起型が少なく、比較的小さな病変でもびらん性や潰瘍性の肉眼型を示すのではないかと推察された。

 20例中8例がEBER-1陽性であり、特にNKリンパ腫の3例全例とNK-like Tリンパ腫の4例のうち2例がEBER-1陽性であった。このことからEBV感染はCD56の発現に関連がある可能性が考えられる。この傾向は東アジアの鼻腔リンパ腫と共通していた。一方、欧米の小腸T細胞リンパ腫ではEBVの発現がなく、今回の検討結果と異なっていた。人種的、地域的差異、特にEBウイルス感染率と関連している可能性がある。

 腸管Tリンパ腫の予後と年齢、肉眼型、白血球表面マーカー等の間には有意に相関のある因子はなかった。予後について腸管Bリンパ腫と比較したところ、治療内容等の背景が異なるという条件付ではあるが有意に悪かった。また、TおよびBリンパ腫は共に臨床ステージによって予後に一定の傾向がなく、ステージと予後に相関のある節性リンパ腫とは異なっていた。この理由としてBリンパ腫の場合はStage IVの場合でも腫瘍が取りきれて長期生存が可能になるためと考えられた。一方、Tリンパ腫は根治手術後、短期間に再発し死亡する例を認めた。

 NKリンパ腫は3例で予後は平均9.7ヶ月であった。NKリンパ腫は薬剤耐性遺伝子等が証明されこれらの分子による治療抵抗性のため、予後が悪いとされているが全体的に治療抵抗性の例が多く、予後の大変悪い腸管Tリンパ腫の中では目立たなかった。

審査要旨

 本研究は本邦例の腸管のTリンパ腫において、その細胞学的な特徴や臨床病理像をとらえるために、20例の腸管Tリンパ腫について肉眼像や基礎疾患の検討、酵素抗体法を用いた免疫組織化学的検討、パラフィン切片から採取したDNAによるPCR法を用いたT細胞受容体遺伝子再構成の検討、EBER-1を用いたin situ hybridizationによるEBウイルスの関与生についての検討、予後についての検討を行い以下の結果を得た。

 1.腸管Tリンパ腫の肉眼像は対照症例の腸管Bリンパ腫に比べ、潰瘍性病変やび漫浸潤性病変を示すものが多く、隆起性病変を示す例は少なかった。また、Bリンパ腫は圧排性の増殖形態を示す境界明瞭な病変が多いのに対し、Tリンパ腫はび漫性の増殖を示す境界不明瞭なものが多く、腸管のTリンパ腫とBリンパ腫には肉眼像に差があることが示された。また、リンパ腫の発生が炎症性腸疾患に関連する可能性が示された。

 2.免疫組織化学的にはCD8陽性の例は20例中10例、CD56陽性の例は20例中7例、細胞障害性顆粒であるGranzyme Bは15例が陽性、TIA-1は14例が陽性であった。細胞障害性顆粒が陽性の症例は他の節性、節外性リンパ腫では少なく、細胞障害性顆粒陽性の症例が多いことは腸管Tリンパ腫の特徴であることが示された。

 3.PCR法を用いたT細胞受容体遺伝子再構成は鎖が陽性の症例は20例中12例、鎖が陽性の症例は20例中10例であった。これらの結果を併せ、腸管Tリンパ腫の細胞学的な特徴を検討した結果、Cytotoxic T-lymphocyte由来のリンパ腫、NK-like Tリンパ腫、NKリンパ腫の順に多く、本邦例の特徴としてNK関連のリンパ腫が多いことが示された。また、腸管Tリンパ腫のマーカーとしてCD8、CD56、Granzyme B、TIA-1が有用であることが示された。

 4.予後については腸管Tリンパ腫はBリンパ腫に比べ、有意に悪かった。Tリンパ腫は治療等の臨床的な条件が一定ではなかったが、化学療法、手術療法はいずれも無効な例が多く予後因子への関与は低いものと思われた。また、Tリンパ腫、Bリンパ腫ともにステージ毎の予後の差ははっきりしなかった。腸管リンパ腫の予後はステージには関与せず、Tリンパ腫の予後がBリンパ腫に比べ悪いことが示された。

 5.EBウイルスの感染はNKリンパ腫の3例中3例、NK-like Tリンパ腫の4例中2例、残りの13例中3例で認められ、EBウイルスの関与は主としてNK関連リンパ腫においてみられることが示された。

 以上、本論文は本邦における腸管Tリンパ腫の総合的な全体像を明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった腸管Tリンパ腫について細胞学的、遺伝学的、臨床病理学的特徴を明らかにした点で今後のTリンパ腫の研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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