本研究は、甲状腺癌の組織学的分化度について、従来までの臨床及び病理組織学的検索に加えて、分子生物学的、ないし細胞生物学的見地からの検討を行う目的で、腫瘍の組織学的分化度と細胞生物学的な悪性度との関連の有無を、特に細胞周期制御に関する蛋白の発現に注目し、免疫組織化学的手法を用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.本研究で用いた症例は205例であり、手術時年齢は10才から88才、平均年齢は46.9歳であった。性別は男性54例、女性151例であった。組織学的には、乳頭癌124例、濾胞癌18例、未分化癌2例、髄様癌4例、濾胞腺腫32例、腺腫様結節25例であった。濾胞上皮由来腫瘍の分化度分類の結果、高分化癌123例、低分化癌19例、未分化癌2例であった。低分化癌は高分化癌よりも年齢および男性の比率が高かった。また、低分化癌は高分化癌よりも腫瘍径が増大する傾向が認められた。 癌の分化度とリンパ節転移および腺内転移の頻度との間に関連は認められなかった 2.p53は、高分化癌で11.5%、低分化癌で36.8%、未分化癌で100%、髄様癌で50%)、濾胞腺腫で3.0%)、腺腫様甲状腺腫で0%の症例が陽性であり、低分化癌において高分化癌よりも統計学的に有意に過剰発現率が高かった。 3.p21は、高分化癌で35.2%、低分化癌で26.3%、未分化癌で0%、髄様癌で50%、濾胞腺腫で12.1%、腺腫様甲状腺腫で16%の症例が陽性であった。 4.サイクリンD1は、高分化癌で32.0%、低分化癌で36.8%、未分化癌で0%、髄様癌で50%、濾胞腺腫で3.0%、腺腫様甲状腺腫で4%の症例が陽性であり、サイクリンD1は、高分化癌において濾胞腺腫よりも統計学的に有意に陽性症例率が高かった。癌の分化度とサイクリンD1陽性率の間に関連性は認められなかった。また、高分化癌におけるサイクリンD1発現症例中、p21発現症例は46.1%を占めていたのに対し、低分化癌では14.2%であった。 5.サイクリンBは、低分化癌において高分化癌よりも陽性症例率が高率であった。未分化癌のサイクリンA labelling index及びKi67labelling indexは高分化癌、及び低分化癌よりも統計学的に有意に高値であった。 以上、本論文は、異常p53蛋白の発現、サイクリンBの発現、およびサイクリンA、Ki67の高発現が甲状腺癌の組織学的分化度と深く関連していることを免疫組織化学的に明らかにした。本研究は、これまで報告の認められていない甲状腺癌における各種のサイクリンの発現について、貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |