学位論文要旨



No 114474
著者(漢字) 後藤,明輝
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,アキテル
標題(和) 甲状腺腫瘍における細胞周期制御蛋白の発現に関する免疫組織化学的研究
標題(洋)
報告番号 114474
報告番号 甲14474
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1394号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 助教授 市村,恵一
 東京大学 助教授 渡辺,俊樹
 東京大学 助教授 三村,芳和
内容要旨 (目的)

 甲状腺癌は一般に予後良好な癌とされているが、一部に予後不良な症例があり、そのような性格を有する症例の特徴を明らかにすべく、予後因子につき、臨床的ないし病理組織学的立場からの解析が行われてきた。臨床的には、甲状腺癌では、症例の年齢、転移の有無、腫瘍の広がり、腫瘍の大きさ(腫瘍径)などが、予後を規定する因子であることが明らかになっている。病理組織学的見地よりは、Sakamotoらは濾胞上皮由来の乳頭癌、濾胞癌および未分化癌を、組織構築の観点で、高分化癌、低分化癌、および未分化癌に分類し、この分化度分類が予後と相関することを報告している。他方、近年、癌抑制遺伝子p53およびRBは細胞周期の制御と密接な関わりを持つことが明らかとなりつつある。

 p53による細胞周期の制御については、p53により転写活性化を受けるp21の果たす役割が注目されている。また、様々な癌において、細胞周期の進行に関わる因子として重要な役割を担う各種のサイクリンの異常ないし過剰発現が報告されている。甲状腺腫瘍においてはp53およびp21に関する検討は報告されているが、サイクリン、あるいは癌抑制遺伝子とサイクリンの関連についての検討は未だなされていない。本研究では以上の様な研究の進展状況を踏まえ、過去14年間に得られた甲状腺手術症例を対象として、Sakamotoらの考えに従い、甲状腺癌を病理組織学的分化度により高分化癌、低分化癌、未分化癌と3型に分類した場合、その分類が細胞周期に関連する細胞生物学的マーカーと相関しているか否かを検討し、甲状腺癌の分化度分類の有用性、なかでも高分化癌と未分化癌の中間的存在としての低分化癌の位置付けを明らかにすることを目的とした。

(材料)

 1980年より1994年にかけて東京大学医学部付属病院外科及び耳鼻咽喉科において外科的に切除された甲状腺腫瘍手術材料205例を対象とした。

(方法)1.年齢、性、肉眼所見および転移について

 各症例の手術時年齢(以下年齢)、性別及び腫瘍最大径を検索した。さらに悪性腫瘍についてはリンパ節転移の有無および腺内転移の有無についての検索を行った。

2.病理組織学的検討

 各症例についてHE染色標本を検鏡し、「甲状腺癌取扱い規約(第5版)」に沿って組織分類を行った。乳頭癌および濾胞癌については、さらに坂本らの提唱する分化度による分類を行った。

3.免疫組織化学的検討a)免疫組織化学的染色(以下、免疫染色)

 ホルマリン固定パラフィン包埋標本を脱パラフィンし、その後、抗原性を賦活化させるために、マイクロウェーブ照射を行なった。1次抗体は、マウス抗p53モノクローナル抗体、マウス抗p21waf1モノクローナル抗体、マウス抗Cyclin D1モノクローナル抗体、マウス抗Cyclin Aモノクローナル抗体,マウス抗Cyclin B1モノクローナル抗体、マウス抗Ki67核抗原モノクローナル抗体を用いた。1次抗体を反応させた後、LSAB法により発色を行なった。

b)免疫染色結果の判定

 免疫染色結果は、染色強度と陽性細胞率により3段階で判定した:染色強度が強陽性かつ陽性細胞率が80%を超える場合、および染色強度が強陽性あるいは陽性細胞率が80%を超える場合(++)、染色強度が弱陽性かつ陽性細胞率が80%以下の場合(+)、全く染色性を認めない場合(-)。さらに、Ki67とCyclin Aについては、labelling indexを求めた。

4.データ解析

 組織型分類および組織学的分化度分類の各群について、症例数、平均年齢およびその標準偏差、男女比、平均腫瘍径およびその標準偏差を算出した。癌についてはリンパ節転移および腺内転移の陽性症例頻度の百分率を求めた。次に、各群別の細胞周期に関する免疫染色結果を求めた。細胞周期関連因子の免疫染色結果と組織型ないし組織学的分化度分類、年齢、性別、腫瘍径、転移との関連及び各種の細胞周期関連因子の染色結果の相互の関連の有無を調べる目的で、カイ2乗検定、対応の無いt検定、Sceffe’s F法及びピアソンの相関係数の検定を行った。P<0.05の場合、統計学的に有意差があるものとした。

(結果)1.病理組織学的分類と年齢、性、肉眼所見および転移について

 本研究で用いた症例は205例であり、手術時年齢は10才から88才、平均年齢は46.9歳であった。性別は男性54例、女性151例であった。組織学的には、乳頭癌124例、濾胞癌18例、未分化癌2例、髄様癌4例、濾胞腺腫32例、腺腫様結節25例であった。濾胞上皮由来腫瘍の分化度分類の結果、高分化癌123例、低分化癌19例、未分化癌2例であった。低分化癌は高分化癌よりも年齢が高く、男性の比率が増加する傾向が認められた。また、低分化癌は高分化癌よりも腫瘍径の増大する傾向が認められた。癌の分化度とリンパ節転移および腺内転移の頻度との間に関連は認められなかった。

2.細胞周期に関連する因子と病理組織学的分類

 p53は、低分化癌において高分化癌よりも統計学的に有意に過剰発現率が高かった。癌の分化度とp21およびサイクリンD1陽性率の間に関連性は認められなかった。サイクリンD1は、高分化癌において濾胞腺腫よりも統計学的に有意に陽性率が高かった。サイクリンBは、低分化癌において高分化癌よりも陽性率が高率である傾向がみられた。サイクリンAのlabelling indexについては未分化癌は濾胞腺腫、高分化癌、及び低分化癌よりも統計学的に有意に高値であった。Ki67のlabelling indexは未分化癌は高分化癌及び低分化癌よりも、統計学的に有意に高値であった。

3.細胞周期に関連する因子と年齢、肉眼所見および転移

 細胞周期に関連する因子の免疫組織化学の結果と年齢、腫瘍径およびリンパ節ないし腺内転移の間に関連は認められなかった。

4.細胞周期に関連する各因子間の関連

 高分化癌におけるサイクリンD1発現症例中、p21発現症例は46.1%を占めていたのに対し、低分化癌では14.2%であった。

(考察)

 本研究で用いた症例のうち、悪性腫瘍症例の年齢および男女比、また悪性腫瘍の病理組織型別の割合は、甲状腺悪性腫瘍登録統計(甲状腺外科検討委員会)にみられる、1977年より1995年にかけての日本における甲状腺悪性腫瘍の発生傾向と同様の傾向を示していた。濾胞上皮由来腫瘍の分化度分類における高分化癌と低分化癌の症例数の比率は、本研究では、Sakamotoらの報告とほぼ同様の傾向を示した。

 甲状腺腫瘍における異常p53蛋白の発現症例頻度は、高分化癌で2〜11%、低分化癌で16〜40%、未分化癌で52〜63%との報告があり、癌については組織学的分化度が低下するに伴って、いずれの報告でも、異常p53蛋白を発現する症例の頻度の増加が認められている。本研究における各病理組織型別の異常p53蛋白の発現症例頻度は、これらの報告とほぼ同様であった。本研究において検索した異常p53発現症例においては、癌抑制に関わるp53蛋白の機能が失われているものと考えられ、このことは低分化癌ないし未分化癌の生物学的態度と関連を有しているものと考えられる。

 高分化癌に比べ、低分化癌ではサイクリンD1発現症例中のp21発現症例頻度が少ない傾向があった。そのことから、低分化癌ではp21によるサイクリンD1の制御機構が機能しておらず、そのため、細胞周期のG1よりS期への進行の停止が起こらず、結果として低分化癌の悪性度を高めている可能性があると考えられた。

 サイクリンAのlabelling indexについては、未分化癌は高分化癌、及び低分化癌よりも統計学的に有意に高値であったことから、甲状腺癌の組織学的分化度とサイクリンA発現の関連が示唆された。本研究における低分化癌のサイクリンB発現症例頻度は高分化癌のそれよりも高く、甲状腺癌の生物学的態度とサイクリンB発現の関連が示唆された。

 未分化癌では高分化癌および低分化癌よりもKi67labelling indexが高く、甲状腺癌では細胞増殖能が予後と相関する可能性が大きいと考えられた。

 本研究において、異常p53蛋白の発現、サイクリンBの発現、およびサイクリンA、Ki67の高発現が甲状腺癌の組織学的分化度と深く関連している可能性が免疫組織化学的に示された。このことは甲状腺癌の病理組織学的分化度分類の妥当性を細胞周期制御機構の異常という観点から支持する結果である。

審査要旨

 本研究は、甲状腺癌の組織学的分化度について、従来までの臨床及び病理組織学的検索に加えて、分子生物学的、ないし細胞生物学的見地からの検討を行う目的で、腫瘍の組織学的分化度と細胞生物学的な悪性度との関連の有無を、特に細胞周期制御に関する蛋白の発現に注目し、免疫組織化学的手法を用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.本研究で用いた症例は205例であり、手術時年齢は10才から88才、平均年齢は46.9歳であった。性別は男性54例、女性151例であった。組織学的には、乳頭癌124例、濾胞癌18例、未分化癌2例、髄様癌4例、濾胞腺腫32例、腺腫様結節25例であった。濾胞上皮由来腫瘍の分化度分類の結果、高分化癌123例、低分化癌19例、未分化癌2例であった。低分化癌は高分化癌よりも年齢および男性の比率が高かった。また、低分化癌は高分化癌よりも腫瘍径が増大する傾向が認められた。

 癌の分化度とリンパ節転移および腺内転移の頻度との間に関連は認められなかった

 2.p53は、高分化癌で11.5%、低分化癌で36.8%、未分化癌で100%、髄様癌で50%)、濾胞腺腫で3.0%)、腺腫様甲状腺腫で0%の症例が陽性であり、低分化癌において高分化癌よりも統計学的に有意に過剰発現率が高かった。

 3.p21は、高分化癌で35.2%、低分化癌で26.3%、未分化癌で0%、髄様癌で50%、濾胞腺腫で12.1%、腺腫様甲状腺腫で16%の症例が陽性であった。

 4.サイクリンD1は、高分化癌で32.0%、低分化癌で36.8%、未分化癌で0%、髄様癌で50%、濾胞腺腫で3.0%、腺腫様甲状腺腫で4%の症例が陽性であり、サイクリンD1は、高分化癌において濾胞腺腫よりも統計学的に有意に陽性症例率が高かった。癌の分化度とサイクリンD1陽性率の間に関連性は認められなかった。また、高分化癌におけるサイクリンD1発現症例中、p21発現症例は46.1%を占めていたのに対し、低分化癌では14.2%であった。

 5.サイクリンBは、低分化癌において高分化癌よりも陽性症例率が高率であった。未分化癌のサイクリンA labelling index及びKi67labelling indexは高分化癌、及び低分化癌よりも統計学的に有意に高値であった。

 以上、本論文は、異常p53蛋白の発現、サイクリンBの発現、およびサイクリンA、Ki67の高発現が甲状腺癌の組織学的分化度と深く関連していることを免疫組織化学的に明らかにした。本研究は、これまで報告の認められていない甲状腺癌における各種のサイクリンの発現について、貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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