学位論文要旨



No 114475
著者(漢字) 原,啓
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ケイ
標題(和) 肺線維症に合併した肺癌についての病理学的研究
標題(洋)
報告番号 114475
報告番号 甲14475
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1395号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 渡辺,俊樹
 東京大学 助教授 丸,義朗
 東京大学 講師 中島,淳
内容要旨 (目的)

 1.特発性間質性肺炎idiopathic interstitial pneumonia(以下IIPと略す)に肺癌の合併が多いことが知られているが,IIP患者の多くは高齢で重喫煙者であり,これらの因子は同時に肺癌の危険因子でもある。従って,IIPは肺癌の危険因子の集積した集団でもあることから,IIP自体にどれくれらい肺癌への危険性があるのかは実際には不明確である。本研究では,年齢,性別,喫煙の因子を調整し,IIPにおける肺癌合併の危険性を検討した。

 2.上記の因子調整後もIIPに肺癌合併が多いと仮定した場合,IIPという病像を構成する要因のうち何が発癌と関連するかを検討するため,IIPと病理形態的に類似する膠原病性肺線維症collagen vascular disease related pulmonary fibrosis(以下CVD-Fと略す)における肺癌発生について比較検討した。また,線維化の程度,蜂窩肺の直径等の線維化肺にみられる形態的要素と肺癌合併の関連も検討した。

 3.肺癌は多彩な組織型を有する癌で,各組織型により,その病因,組織発生が異なるとされている。IIPに合併する肺癌の組織型に,一定の傾向があれば,病態についての方向性を示してくれることになる。まず,一般の肺癌とIIP,CVD-F合併肺癌で組織型の比較を行い,さらに年齢,喫煙等の組織型に影響を与える因子を調整して肺線維症に合併する肺癌の組織型の検討を行った。

 4.予備的調査では肺線維症(IIP及びCVD-F)に合併する肺癌には小細胞癌が多い傾向があるとの結果を得たことから,小細胞癌の母細胞としての意義のあるとされる神経内分泌細胞neuroendocrine cell(以下NECと略す)に注目し,線維化肺におけるNECの変動を調べ,肺の線維化と神経内分泌細胞数あるいは小細胞癌の発生との関連について検討した。

(材料と方法)

 1977年から1996年の20年間の東京大学病理学教室での成人の連続剖検例4193例を対象とした。

1.肺線維症合併肺癌の疫学的検討(1)肺線維症(IIP,CVD-F)と肺癌

 a)IIP38例,CVD-F32例,非線維化肺4123例における肺癌合併率を検討した。b)肺癌411例,非肺癌2844例について,年齢,性別,喫煙指数(一日の喫煙本数x年数),線維化肺の有無の因子について多変量解析を行い,各因子別に肺癌のオッズ比を算出し検討した。c)線維化別(IIP,CVD-F,非線維化肺)に,喫煙の有無での肺癌合併率の変化を検討し,喫煙と線維化の肺癌発生に対する相互の影響を検討した。d)c)で推測された喫煙と線維化の肺癌発生に対する関係を確認するため,多変量解析を行い,年齢,性別を調整したオッズ比を算出し,95%信頼区間で検定を行った。

(2)肺線維症(IIP,CVD-F)における肺癌関連因子

 a)IIP,CVD-Fの肺癌合併例と非合併例について,線維化の程度,蜂窩肺の直径,肺気腫合併の有無等の形態的指標を含む諸項目で比較し,肺癌発生と関連する項目を検討した。b)IIP,CVD-Fを肺線維症として一括し,年齢,性別,喫煙,線維化の程度,肺気腫の合併という因子で多変量解析を行い,各因子別に肺癌の調整オッズ比を検討した。

(3)肺線維症(IIP,CVD-F)合併肺癌の組織型

 a)IIP合併肺癌は15例,CVD-F合併肺癌は6例,非線維化肺癌は449例であり,各群別の組織型の頻度を検討した。b)小細胞肺癌82例,非小細胞肺癌319例について,年齢,性別,喫煙,線維化肺の有無等の因子について多変量解析を行い,小細胞癌との関連のオッズ比を算出し検討した。

2.肺線維症および肺癌におけるNECの検討

 肺線維症42例(IIP26例,CVD-F16例)の下葉の線維化部と上葉の非線維化部の標本について,対照30例(正常肺10例,肺気腫7例,小細胞肺癌6例,非小細胞肺癌7例)の下葉の標本について,抗chromogranin A(以下CgAと略す)抗体を用い,sABC法にて免疫組織化学的染色を行った。画像解析装置によって細気管支上皮の基底部の長さを測定し,細気管支上皮の1cmあたりのCgA陽性細胞数を算出し,NECの定量を行った。

 (1)肺線維症と正常肺のNEC数(CgA陽性細胞数/細気管支1cm)の比較を行った。

 (2)非線維化肺において肺癌の有無でNEC数を比較,さらに線維化肺でも肺癌の有無でNEC数を比較した。また,肺癌は小細胞癌,非小細胞癌に分けて検討した。

(結果)1.肺線維症合併肺癌についての疫学的検討(1)肺線維症(IIP,CVD-F)と肺癌

 a)肺癌の合併率はIIP40%,CVD-Fでは19%であり,ともに非線維化肺での11%に比べ肺癌発生頻度は高かった。b)年齢,性別,喫煙指数を調整後の肺癌のオッズ比は,非線維化肺を1とするとIIPで2.8(95%信頼区間:1.4〜5.7),CVD-Fでは1.9(0.7〜5.3)であった。ともに1を超え,特にIIPでは95%信頼区間の下限も1を超え,有意な独立した危険因子と考えられた。c)喫煙,線維化別の検討では非線維化肺例で,喫煙により,6から17%と肺癌合併率が約10%上昇した。CVD-Fでは喫煙により,12から25へ約10%上昇し,喫煙とCVD-Fは肺癌発生に対し相加的に危険性の増加が窺われた。一方,IIPでは喫煙により肺癌合併率が0から46%へ著しく増加した。この結果から,IIPは喫煙の発癌作用を増強しているとの解釈も可能である様に思われた。d)多変量解析による検定ではIIP,CVD-Fともに,例数が少ないこともあって,肺癌のオッズ比の95%信頼区間が,広く,線維化と喫煙の肺癌発生に対する相互の影響は評価できなかった。

(2)肺線維症(IIP,CVD-F)における肺癌関連因子

 a)IIP及びCVD-Fともに肺気腫の合併が肺癌合併例でやや多い傾向があったが,線維化肺の程度,肺線維症の罹病期間,蜂窩肺の直径のいずれの因子も肺癌合併,非合併の2群間に大きな差を認めなかった。b)多変量解析による調整オッズ比は喫煙で4.6倍の上昇があり,肺気腫でも1.8倍の上昇があったが,いずれも有意なものではなかった。線維化の程度は肺癌の合併とは関連がなかった。

(3)肺線維症(IIP,CVD-F)合併肺癌の組織型

 a)IIP及びCVD-F合併肺癌のそれぞれ54%,60%は小細胞癌であり,非線維化肺における小細胞癌の頻度19%より高く,IIPでは有意差があった。b)年齢,性別,喫煙,肺気腫の有無で調整後の小細胞癌のオッズ比は,非線維化肺を1とするとIIPで4.7(95%信頼区間:1.3〜17),CVD-Fで7.1(0.8〜65)であり,ともに1を超え,特にIIPでは有意に独立した関連因子と考えられた。

2肺線維症および肺癌におけるNECの検討

 (1)細気管支1cmあたりのNEC数はIIPで4.8,CVD-Fで7.6であり,正常肺の1.3より,ともに有意に増加していた。一方,肺線維症でも非線維化部では正常肺と変化なかった。

 (2)非線維化肺では肺癌例で,NEC数は4.5(小細胞癌6.7,非小細胞癌2.6)で肺癌のない正常肺の1.4より多い傾向があり,肺癌のなかでは小細胞癌で多い傾向にあった。線維化肺でも同様に肺癌例でNEC数が多い傾向があり,IIPでは肺癌例6.4,肺癌のない例では3.8,CVD-Fでは,それぞれ17.8,7.0であった。肺線維症に合併する小細胞癌では4.4,非小細胞癌では12.4と非小細胞癌に多い傾向があり,非線維化肺と逆の結果であった。

(結論)

 1.今回,初めて多変量解析により,IIPが年齢,性別,喫煙指数を調整後も肺癌の危険因子であることが確認された。また,IIP合併肺癌例は全て喫煙者であること,IIPでは喫煙の肺発癌の作用が増強していることも窺われることから,従来から指摘されているようにIIPの肺癌発生における喫煙の重要性が示唆された。

 2.IIPを線維化と気腫化という二つの指標で位置づけると,気腫化の指標が大きいほど,肺癌合併が多い傾向にあった。従来からのIIP非定型例や"気腫型"のIIPで肺癌合併が多いという報告と一致する結果であった。

 3.IIP定型例に合併した肺癌は,一般の肺癌に比べ小細胞癌が多かった。IIPの診断を定型例より広げると,小細胞癌の比率は低下した。IIPと小細胞癌の関連は,年齢,性別,喫煙等で調整後も認められた。

 4.IIPでは下葉の線維化部に孤立性のNECの増加が今回,初めて確認された。上葉の線維化の乏しい部では認められず,線維化の局所に限定された変化であった。また,肺癌の背景肺では肺線維症,非線維化肺でともにNECの増加する傾向が認められた。

 5.CVD-FでもIIPと同様に肺癌発生の多い傾向,合併する肺癌も小細胞癌,肺多発癌の多い傾向があり,上葉発生の癌が少ない傾向であった。線維化部では孤立性のNECが増加していた。

 6.IIPとCVD-Fには肺癌発生に関して,多くの共通点があることから,肺線維症という病態が,肺発癌に対し一定の環境を提供していることが考えられた。

審査要旨

 本研究は肺線維症に合併した肺癌について,4193例の剖検例を使い,特発性間質性肺炎(IIP),膠原病性肺線維症(CVD-F)について厳格な診断基準を設けることで得られた,臨床病理学的データを多変量解析等にて統計学的解析を行い,下記の結果を得ている。また,肺の線維化,肺癌と多彩な生理活性物質を分泌する肺の神経内分泌細胞(NEC)の関連に注目し,肺線維症,肺癌におけるNECの定量化を試みたものであり,下記の結果を得ている。

1.肺線維症合併肺癌の疫学的検討

 (1)多変量解析にて年齢,性別,喫煙の因子を調整した後も,IIPは非線維化肺に比べ2.4倍,CVD-Fは1.7倍の肺癌の危険性が示された。

 (2)線維化別に,喫煙の有無での肺癌合併率の変化を検討し,喫煙とCVD-Fは相加的,喫煙とIIPは相乗的に肺癌の危険性を増加させることが窺われた。

 (3)肺線維症(IIP,CVD-F)について,諸因子を多変量解析により調整後,喫煙で4.6倍,肺気腫の合併で1.8倍の肺癌の危険性が示された。

 (4)IIP及びCVD-F合併肺癌の過半数が小細胞癌であり,年齢,性別,喫煙,肺気腫合併という小細胞癌と関連する因子を調整後も,非線維化肺に比べIIPで4.7倍,CVD-Fで7.1倍,小細胞癌と関連があることが示された。

2.肺線維症および肺癌におけるNECの検討

 (1)抗chromogranin A抗体(CgA)を用い,免疫組織化学的染色を行い,画像解析装置によって細気管支上皮の基底部の長さを測定し,細気管支上皮の1cmあたりのCgA陽性細胞数を算出するというNECの定量法により,IIP,CVD-Fの線維化部では,正常肺より,有意にNECが増加していたが,非線維化部では正常肺と変化のないことが示された。

 (2)非線維化肺の肺癌の背景肺では,NECが正常肺より増加している傾向があり,特に小細胞癌で,その傾向が強かった。肺線維症でも同様に肺癌例でNECが増加する傾向が示された。

 以上,本論文では肺線維症合併肺癌において線維化が喫煙から独立した危険因子であること,線維化と小細胞癌が密接な関連があることを統計学的に明らかにし,また,肺癌の背景肺及び,肺線維症の線維化局所においてNECの増加を示し,NECが肺線維症における肺癌の発生に重要な役割を果たしている可能性を示した。今後の肺癌,ならびに肺線維症についての研究の発展に重要な貢献をなすことが予測され,学位の授与に値するものと認める。

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