学位論文要旨



No 114477
著者(漢字) 高澤,豊
著者(英字)
著者(カナ) タカザワ,ユタカ
標題(和) 消火管間質腫瘍の臨床病理学的研究
標題(洋)
報告番号 114477
報告番号 甲14477
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1397号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 助教授 小田,秀明
 東京大学 講師 川邊,隆夫
内容要旨 【緒言】

 広義の消化管間質腫瘍は,粘膜上皮以外の消化管壁から発生する非上皮系腫瘍と定義することができる.これらの腫瘍は平滑筋系腫瘍であると長い間考えられてきたが,超微形態的検索および免疫組織化学的検索によって,大部分は平滑筋系への明らかな分化を示さない腫瘍であることが分かってきた.すなわち,消化管の非上皮系腫瘍の中には,平滑筋系や神経系への分化の明らかなもののの他に,特定の組織への分化傾向を完全に欠いていたり不完全な分化傾向を示す群が存在することが明らかになり,これら一群の腫瘍は,狭義の消化管間質腫瘍(gastrointestinal stromal tumour,uncommitted type:GIST)という一般的名称で呼ばれるようになってきた.しかし,GISTが単一の疾患であるかどうかという点を含めて,その組織発生,分化の方向,名称,および悪性度の評価の基準などについて現在でも多くの議論が存在する.

 本研究の目的は,ヒト消化管に発生する非上皮系腫瘍の光顕像の特徴と免疫組織化学的性格を明らかにすることによって,これらの問題を検討することである.

【対象と方法】

 対象は東京大学医学部附属病院で1970年から1997年に外科的に切除された,消化管に発生した非上皮系腫瘍106症例である.

 組織学的診断はヘマトキリリン・エオジン(HE)染色標本,特殊染色,および以下に示す各種抗体を用いた免疫組織化学的検索の結果を用いて行った.典型的な平滑筋腫のHE像を示し,免疫組織化学的に筋系マーカーであるDesmin,MSA,SMAの発現が認られる症例を平滑筋腫(LM)と診断した.平滑筋系の腫瘍のうち,核分裂像が高倍率10視野あたり10個以上である症例を平滑筋肉腫(LMS)と診断した.HE像において,Schwann細胞の典型的な増生像を示し,S-100タンパク発現の陽性症例を神経鞘腫(SWN)と診断した.GISTの診断は除外診断的に行った.すなわち,LM・LMおよびSWNと診断された症例以外で,血管系腫瘍,線維性組織球性腫瘍など他の軟部系腫瘍が否定された症例をGISTと診断した.

 10%ホルマリン固定した後,パラフィン包埋された検体に対してHE染色,鍍銀染色,Elastica van Giesson染色,Diastase digested periodic acid Schiff染色,Masson trichrom染色,およびストレプトアビジン-ビオチン法を用いて,c-kit,CD34,Vimentin(VIM),Desmin,Muscle specific actin(MSA),Smooth muscle actin( SMA),S-100タンパク(S-100),Neuron specific enolase(NSE),Glial fibrillary acidic protein(GFAP),Neurofilament(NF),Cytokeratin 7,Epithelial membrane antigen(EMA),p53,ret,bcl-2,Ki-67の各抗体の免疫染色を行った.

 高倍率10視野あたりの核分裂像数を核分裂係数として算定した.腫瘍細胞数1000個当たりの抗Ki-67抗体陽性細胞数を標識率として算定した.

 有意差検定には,2群間ではMann-WhitneyのU検定またはWilcoxonの符号付準位和検定を用いた.計測値の相関についてはSpearmanの順位相関係数を用いた.危険率p<0.05を有意差ありと判断した.

【結果】

 組織学的診断は,GIST73例,LM25例,LMS4例,SWN4例であった.類上皮様配列が50%以上の面積で見られるGISTが11例あり,epithelioid GISTと診断した.

 診断時の年齢の平均は,GISTが約58歳,LM・LMSが約43歳,SWNが約66歳であった.GISTとLM・LMSの間に有意差があった(p<0.01).最多の発生臓器は,GISTが胃54例(74.0%),LM・LMSが食道14例(48.2%)であった.SWNは胃2例(50%),結腸2例(50%)であった.腫瘍の主座として最も多かったのは,GIST,LM・LMS,およびSWNはそれぞれ,固有筋層30例(41.1%),粘膜下層13例(44.8%),固有筋層4例(100%)であった.腫瘍最大径は,GISTは平均6.3±4.6cm,LM・LMSは平均4.3±3.6cm,SWNは平均2.8±2.2cmであり,GISTとLM・LMSの間に有意差があった(p=0.03).局所浸潤,転移,あるいは局所再発を生じた症例(転移群)は,GIST,LM,LMS,SWNそれぞれ,9例(12.3%),0例(0%),4例(100%),0例(0%)であった.

 組織像は,GISTは多彩であり,錯走構造,束状構造,花むしろ状配列,核の柵状配列,大小の胞巣状構造,シート状配列,およびそれらの混合した構造を示し,個々の細胞は,紡錘形細胞,類円形細胞,印環細胞,顆粒状細胞,多核細胞などから構成されていた.鍍銀染色では,繊細な好銀線維が1個から数個の腫瘍細胞を取り囲んでいた.LMは,長紡錘形細胞が錯走する細胞束を形成しており,個々の細胞は,細線維状で比較的強い好酸性を示す細胞質を有していた.LMSは,LMと比較すると,細胞密度が高く,核/細胞質比が大きかった.LM・LMSいずれも鍍銀染色では太いしっかりした好銀線維が個々の腫瘍細胞を区画していた.SWNは,Schwann細胞が密在し,束を形成しながら直走,蛇行,渦巻き状,あるいは不規則に交錯しつつ走行する部分が主体をなしていた.鍍銀染色では,好銀線維は少量であった.

 免疫組織化学的検索の結果は,GISTではCD34,VIM,c-kit,bcl-2の陽性率が高く,それぞれ96%,85%,84%,67%であった.また,Desmin,SMA,MSA,S-100,NSEの陽性率は1〜7%であった.NF,GFAP,Cytokeratin7,EMA,p53,retは全例で陰性であった.LM・LMSでは,l筋系マーカー以外はVimentin,CD34がそれぞれ28%,14%であった.他の抗体は全例で陰性であった.SWNでは,S-100,VIM,bcl-2の陽性率が高く,それぞれ100%,100%,75%であった.他の抗体は全例で陰性であった.

 GISTのうち,Desmin,SMA,MSAのいずれかひとつでも陽性なものをA群,S-100,NSEのいずれかひとつでも陽性なものをB群,Desmin,SMA,MSA,S-100,NSEの全てが陰性のものを非A非B群と定めた.A群は10例,B群は6例,非A非B群は57例であった.c-kit,CD34,VIM,bcl-2の陽性率に各群間で,有意差は認められなかった.

 ヒトの食道,胃,小腸,結腸,直腸の粘膜下神経叢および筋層内神経叢周囲の細い紡錘形細胞にc-kit,CD34,bcl-2の発現が認められた.

 GISTの転移群9例と,非転移群64例の間には,発生年齢,男女比,発生臓器,最大腫瘍径,および免疫組織化学的な性格の点で有意な差はなかった.しかし,epithelioid GISTが,転移群は3例(33.3%),非転移群は8例(12.5%)あり,転移群で有意に多かった(p=0.017).核分裂係数の平均は,転移群で6.0±8.2[個/10HPF],非転移群で0.9±2.9[個/10HPF]で,転移群に高い傾向があった(p=0.13).同様に,Ki-67標識率の平均は,転移群で21.2±21.2,非転移群で7.0±12.9となり,転移群に高い傾向があった(p=0.09).

【考察】

 消化管の非上皮系腫瘍の中には,臨床的並び病理学的特徴の一部がオーバーラップするものの,LM・LMSおよびSWNとは異なる疾患群すなわちGISTが存在することが示された.結果の項で示したように,免疫組織化学的検索がなくとも,LM・LMSおよびSWNは,HE染色像および鍍銀像の特徴的な所見から診断可能であり,鍍銀染色像の特徴を考慮すると多様なHE像を示すGISTの診断も可能であることが示された.

 GISTに高率に発現していたのはCD34,VIM,c-kit,bcl-2である.CD34やVIMは,LM・LMSおよびSWNでも発現することがあるのに対し,c-kitは感度の点でCD34やVIMに比べて劣るものの,GISTに特異的かつ高頻度に発現しており,GISTの免疫組織化学的マーカーとしてCD34およびVIM以上に有用であると考えられる.

 免疫組織化学的な検索から僅かな分化傾向をとらえてGISTの亜分類を行うことは可能であったが,c-kit,CD34,VIM,bcl-2の発現についてはGISTは全体として比較的均一な群であることが示された.

 正常腸管壁の粘膜下層神経節および筋層内神経節の周囲のc-kit,CD34,bcl-2陽性の紡錘形細胞はカハールの介在細胞である可能性があり,GISTがこれらの細胞への分化を示している可能性が考えられる.

 本研究では,悪性度を局所浸潤能および多臓器への転移能の観点から評価した.転移群と非転移群の両群を分けるに足る,核分裂係数およびKi-67標識率の有意なカットオフ値は存在しなかったが,転移群ではそれらの値が高い傾向を認めた.今後さらに症例を蓄積することによって,悪性度評価の基準が明確になる可能性がある.また,epitheliod GISTが転移群に有意に多かったことから,HE像の観察およびその所見の重要性が指摘できるが,現時点では,GISTは全体的には潜在的に転移能を有するもの,或いは潜在的に悪性のものとして対処することが臨床上必要なことであると考えられる.

 GISTではp53,retの発現はなく,これらの遺伝子の変異がGISTの腫瘍化に関与している可能性は少ないと考えられる.

【まとめ】

 1)GISTは臨床像,組織像,免疫組織化学的性格の点で,LMおよびLMSやSWNと異なる一つの疾患単位を形成している.

 2)HE標本と鍍銀染色標本を丹念に観察することによって,大部分の症例で,免疫組織化学的検索なしに,GISTと推測することが可能である.

 3)GISTは多様な光顕像を示す一方で,免疫組織化学的にはc-kit,CD34,VIM,bcl-2の発現の点で比較的均一な性質を有する疾患群である.c-kitの発現はGISTに特異的であり,VIM,CD34に加えて,c-kitの検索がGIST診断に有用である.

 4)c-kit,CD34,bcl-2が発現している正常消化管の粘膜下および筋層内神経叢周囲の紡錘形細胞がカハールの介在細胞である可能性があり,GISTがカハールの介在細胞への分化を示している可能性がある.

 5)GISTの悪性度を転移能の点からみると,客観性かつ再現性をもって,細胞分裂やKi-67標識率などの組織学的な基準を設定するのは現在のところ困難であるが,悪性度と細胞分裂数やKi-67標識率にはある程度相関があり,臨床的にはこれらの情報が重要である.

審査要旨

 本研究は,ヒト消化管間質腫瘍(GIST)が単一の疾患であるかどうか,GISTの組織発生,GISTの分化の方向,およびGISTの悪性度の評価の基準を明らかにするため,東京大学医学部附属病院で1970年から1997年に外科的に切除された,消化管に発生した非上皮系腫瘍106症例を用いて,組織像の観察および免疫組織化学的検索を行ったものであり,下記の結果を得ている.

 1.臨床的特徴として,診断時の年齢はGISTが約58歳,平滑筋腫・平滑筋肉腫(LM・LMS)が約43歳,神経鞘腫(SWN)が約66歳で,GISTがLM・LMSと比較して有意に高かった(p<0.01).発生臓器は,GISTが胃54例(74.0%),LM・LMSが食道14例(48.2%)であった.SWNは胃2例(50%),結腸2例(50%)であった.また,GIST,LM・LMS,およびSWNはそれぞれ,固有筋層30例(41.1%),粘膜下層13例(44.8%),固有筋層4例(100%)に主座をもっていた.腫瘍最大径は,GISTは平均6.3±4.6cm,LM・LMSは平均4.3±3.6cm,SWNは平均2.8±2.2cmであり,GISTはLM・LMSと比較して有意に大きかった(p=0.03).組織像の特徴としては,HE像ではGISTは多彩であり,LM・LMSおよびSWNは変化に乏しく,特徴的な像を呈していた.免疫組織学的特徴としては,GISTではCD34,VIM,c-kit,bcl-2の陽性率が高く,それぞれ96%,85%,84%,67%であった.また,Desmin,SMA,MSA,S-100,NSEの陽性率はそれぞれ1〜7%であった.NF,GFAP,Cytokeratin7,EMA,p53,retは全例で陰性であった.LM・LMSでは,筋系マーカー以外はVimentin,CD34がそれぞれ28%,14%であった.他の抗体は全例で陰性であった.SWNでは,S-100,VIM,bcl-2の陽性率が高く,それぞれ100%,100%,75%であった.他の抗体は全例で陰性であった.このように,臨床病理学的性質の一部はオーバーラップするものの,GISTはLMおよびLMSやSWNと異なる一つの疾患単位を形成していることが示された.

 2.鍍銀像では,GISTは繊細な好銀線維が1個から数個の腫瘍細胞を取り囲んでいるのに対して,LM・LMSは太いしっかりした好銀線維が個々の腫瘍細胞を区画しており,SWNは,好銀線維が少量であった.HE標本と鍍銀染色標本を丹念に観察することによって,大部分の症例で,免疫組織化学的検索なしに,GISTの診断が可能であることが示された.

 3.GISTのうち,Desmin,SMA,MSAのいずれかひとつでも陽性なものをA群,S-100,NSEのいずれかひとつでも陽性なものをB群,Desmin,SMA,MSA,S-100,NSEの全てが陰性のものを非A非B群と定めると,c-kit,CD34,VIM,bcl-2の陽性率に各群間で,有意差は認められなかった.すなわち,GISTは多様な光顕像を示す一方で,免疫組織化学的にはc-kit,CD34,VIM,bcl-2の発現の点で比較的均一な性質を有する疾患群であることが示された.また,c-kitの発現はGISTに特異的であり,VIM,CD34に加えて,c-kitの検索がGIST診断に有用であることが示された.

 4.ヒトの食道,胃,小腸,結腸,直腸の粘膜下および筋層内神経叢周囲の紡錘形細胞の一部にc-kit,CD34,bcl-2が発現していた.これらの紡錘形細胞はカハールの介在細胞である可能性があり,GISTがカハールの介在細胞への分化を示している可能性が考えられる.

 5.GISTの悪性度を転移能の点から検討したところ,転移群と非転移群の両群を分けるに足る,核分裂係数およびKi-67標識率の有意なカットオフ値は存在しなかったが,転移群ではそれらの値が高い傾向を認めた.今後さらに症例を蓄積することによって,悪性度評価の基準が明確になる可能性がある.また,epithelioid GISTが,転移群は3例(33.3%),非転移群は8例(12.5%)あり,転移群で有意に多かった(P=0.017).したがって,HE像の観察の重要性が指摘できるが,現時点では,GISTは潜在的に転移能を有するもの,或いは潜在的に悪性のものとして考えることが臨床上重要なことであると考えられる.

 以上,本論文は,100例を越える症例を用いて主に免疫組織化学的手法を用いて,消化管非上皮系腫瘍の臨床病理学的特徴を明らかにした.本研究は,GISTの組織発生の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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