学位論文要旨



No 114479
著者(漢字) 久恒,智博
著者(英字)
著者(カナ) ヒサツネ,チヒロ
標題(和) N-Methyl-D-Aspartate(NMDA)受容体相互作用蛋白質の同定
標題(洋) Identification of the N-Methyl-D-Aspartate(NMDA)Receptor Associated Molecules
報告番号 114479
報告番号 甲14479
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1399号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 助教授 千田,和弘
 東京大学 助教授 高崎,誠一
内容要旨 第1章CalmodulinによるN-Methyl-D-Aspartate(NMDA)受容体の活性制御

 グルタミン酸受容体の一つ、N-Methyl-D-Aspartate(NMDA)受容体は、神経可塑性および脳の発達において重要な役割を果たしていると考えられている。NMDA受容体は2つのサブユニットNR1(NR1 in mouse)とNR2A-2D(NR1-NR4 in mouse)から構成され、どのサブユニットもCOOH末端に大きな細胞質内ドメインをもつ。このことからこれらの細胞質ドメインを介した下流へのシグナル伝達や、NMDA受容体の活性制御が行われることが予想された。そこで、Yeast two-hybrid systemを用い、NR1のCOOH末端をプローブにしてマウス脳ライブラリーのスクリーニングを行った。その結果、NR1のCOOH末端にCalmodulin(CaM)が結合することを明らかにした。次に、NR1がCaMに結合する部位の決定を行った。いままでに報告された多くのCaM結合タンパク質のCaM結合領域は、両親媒性の-helix構造をとることが報告されている。NR1にそのような構造をとる領域があるか検索した結果、CaMの結合部位と思われる領域(Lys875-Thr900)を見い出した。実際、その領域を含む合成ペプチド(Lys873-Thr902)はCaMにCa++依存的に結合することが分かった。次に、Single channel recording法により、CaMがNMDA channel活性に及ぼす影響を調べた。その結果、CaMがNMDA channelのOpen channel probabilityを約50%減少させることを明らかにした。NMDA channelは活性化しCa++を流入した後に、不活性化することが知られている。以上の結果は、この不活性化が、流入したCa++により活性化されたCaMがNR1に相互作用して起こされていることを示唆する。しかしながら、長期増強が起こるときには、NMDA channelはpotentiationすることが知られている。つまり、長期増強が起こるためには、CaMによるNMDA channelの不活性化が阻止されねばならない。NR1のCaM結合領域内にPKCによりリン酸化される4つのセリン残基があることに着目し、このセリン残基のリン酸化がCaMとの相互作用に必要な、両親媒性-helix構造を壊すと推測した。実際、PKCによるCaM結合領域内のセリンのリン酸化がNR1とCaMとの相互作用を妨げることが、リン酸化合成ペプチドとCaMの相互作用をみる実験により明らかになった。また、このPKCの活性化は、代謝型のグルタミン酸受容体の一つ、mGluR1によって起こされることを明らかにした。

 長期増強には、NMDA受容体と共に、代謝型のグルタミン酸受容体の活性化が必要なことが知られている。上記のデータは、NMDA channelのCa++による不活性化の分子機構、また長期増強時におけるNMDA channelのpotentiationの分子機構の一端を明らかにしたと考えられる。

第2章リン酸化依存的なNMDA受容体2サブユニットとPhosphatidylinositol 3-kinaseの相互作用。

 NMDA受容体はNMDAR1とNMDAR1-4から構成されるが、このうち、NMDAR1とNMDAR2サブユニットはチロシンリン酸化されることが知られている。現在までにNMDAR1のチロシンリン酸化は、NMDAチャンネル活性に寄与することが知られているが、NMDAR2のチロシンリン酸化の意義は明らかにされていない。NMDAR2のチロシンリン酸化は記憶のモデルとされる長期増強で上昇することから、その意義を明らかにすることはシナプス可塑性のメカニズムの解明につながる重要な問題であると思われる。多くの細胞内のシグナル伝達はリン酸化チロシンとSrc homology 2(SH2)domainを持った蛋白質との相互作用により伝達される。そこで、NMDAR2のチロシンリン酸基がSH2 domainを持った蛋白質と相互作用しシグナルを伝達していることを想定し、NMDAR2のチロシンリン酸化依存的に結合する分子の検索を行うことにした。まず、GSTとNMDAR2のCOOH末端細胞質内領域との融合蛋白質を構築し、その融合蛋白質を試験管内でSrc kinaseによりリン酸化した。リン酸化した融合蛋白質またはリン酸化していない融合蛋白質を脳抽出液に加え、共沈してくる蛋白質をさまざまなSH2 domainをもつ蛋白質に対する抗体で検出した。その結果、Phosphatidylinositol 3-kinase(PI3-kinase)の制御サブユニット、p85が、NMDAR2のチロシンリン酸化依存的にNMDAR2に結合することが明らかになった。また、このNMDAR2のチロシンリン酸化には、培養細胞系において、非受容体型のチロシンキナーゼ、Fyn kinaseが深く関与していることを明らかにした。また実際に、Fynノックアウトマウスでは、NMDAR2のチロシンリン酸化は著明に減少しており、p85のNMDAR2への相互作用もまた大きく減少していた。さらに、虚血時のNMDAR2のチロシンリン酸化の上昇に伴い、NMDAR2とp85の相互作用が増加することを明らかにし、生体内においても刺激依存的にNMDAR2とp85の相互作用が起こることを明らかにした。Fynノックアウトマウスでは記憶のモデルとされる長期増強が欠損していること、長期増強時にNMDAR2のリン酸化が上昇すること、またp85がNMDAR2のチロシンリン酸化の上昇に伴いNMDAR2へ相互作用することを考えると、NMDAR2に相互作用したp85が長期増強に関与している可能性が示唆される。

審査要旨

 本研究は、脳の発達過程および神経可塑性に重要な役割を果たしていると考えられている、N-Methyl-D-Aspartate(NMDA)型グルタミン酸受容体の制御機構を明らかにするために、NMDA受容体に直接相互作用する蛋白質の同定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1、Yeast two-hybridスクリーニング法を用いてNMDA受容体のNR1サブユニットのCOOH末端に相互作用する分子としてCalmodulin(CaM)を同定した。CaMは、カルシウム依存的にNR1のCOOH末端のC1領域に結合し、NMDA ChannelのOpen Channel Probabilityを約50%減少させることを明らかにした。さらに、CaMとNR1の相互作用は、代謝型グルタミン酸受容体活性化によるProtein kinase C(PKC)を介したNR1のリン酸化により妨げられることを示した。

 2、NMDAR2サブユニットのチロシンリン酸基が、Src homology2(SH2)domainを有する分子と相互作用しシグナルを送ることを想定し、NMDAR2のチロシンリン酸化依存的に結合する分子のスクリーニングを行った。NMDAR2のCOOH末端とGSTとの融合蛋白質を試験管内でSrc kinaseによりリン酸化したものをBaitとして脳抽出液から相互作用する分子を共沈したところ、PI3-kinaseの制御サブユニットのp85が相互作用することを明らかにした。また、NMDAR2のチロシンリン酸化に、Fyn kinaseが関わっていることを培養細胞系において明らかにし、実際、FynノックアウトマウスにおけるNMDAR2のチロシンリン酸化が著明に減少しており、p85の相互作用が減少していることを示した。さらに、虚血時のNMDAR2のチロシンリン酸化の上昇に伴い、NMDAR2とp85の相互作用が増加することを示した。

 以上、本論文はNMDA受容体に相互作用する分子としてCaMとPI3-kinasseを同定した。CaMがNR1に直接相互作用することでNMDAチャネルを不活性化することを示したことは、NMDAチャネルの活性制御機構の一端を明らかにしたと考えられる。また本論文は、チャネルであるNMDA受容体が、NMDAR2のリン酸化チロシンを介してPI3-kinaseにシグナルを伝えることを示唆し、チャネルのリン酸化チロシンの新しい意義を明らかにしたといえる。本論文は、中枢神経系におけるNMDA受容体の活性制御、役割の解明に重要な貢献を為すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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