学位論文要旨



No 114485
著者(漢字) 吉田,健一
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ケンイチ
標題(和) 新規カドヘリンファミリー遺伝子BH-プロトカドヘリンの単離とその性状解析
標題(洋)
報告番号 114485
報告番号 甲14485
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1405号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 助教授 井上,純一郎
 東京大学 助教授 服部,正平
 東京大学 助教授 古市,貞一
 東京大学 助教授 渡辺,俊樹
内容要旨 [序文]

 カドヘリンスーパーファミリーはカルシウム依存性のホモフィリックな細胞接着を担う膜タンパク質で構成され、その分子構造はN末側の大きな細胞外領域とC末側の比較的小さな細胞内領域からなり、両ドメインは膜貫通領域によって連結されている。ファミリーを構成するメンバーは大きく古典的カドヘリンとそれ以外のカドヘリン様タンパク質に分類される。古典的カドヘリンは5つのカドヘリンリピートから構成される細胞外領域とカテニン結合配列を含む細胞内領域を持つ事を特徴とする。

 最近、無脊椎動物を含む様々な生物種から古典的カドヘリンより進化上、古い分子種と考えられる一群のカドヘリン様タンパク質が見出されプロトカドヘリン(Pcdh)と名付けられた。Pcdhは6個以上のカドヘリンリピートを持ち、細胞内領域にカテニン結合配列を持たない事を特徴とする。例えばDrosophilaのFatは34個、Dachsousは27個のカドヘリンリピートを持ち、それぞれ癌抑制遺伝子、形態形成関連遺伝子である事が知られている。一方、哺乳類ではPcdh1-3が知られており細胞外領域は6ないし7個のカドヘリンリピートを持つ。Pcdh1-3は発現が脳に限局している以外詳しい機能はほとんど知られておらず、細胞内結合タンパク質の同定を含めてさらなる研究が必要である。

 我々は、ヒト胃癌細胞MKN28において顕著な発現を示す膜タンパク質のcDNAを分離する方法の開発過程で、脳および心臓で高い発現を示す新規プロトカドヘリン様遺伝子BH-プロトカドヘリン(BH-Pcdh)のヒトcDNAを得た。本研究では、ヒトおよびマウスBH-Pcdhのクローニングの詳細およびアイソフォームの1つとプロテインフォスファターゼ1alpha(PP1)との結合、シナプス機能へ関与している可能性について示す。

[結果と考察]

 膜タンパク質と予想されるcDNAを分離する手法の開発過程においてヒト胃癌細胞MKN28cDNAライブラリーよりクローニングされた6-33cDNA(インサートサイズ2.5-kb)は5’端側が未知配列、3’端側がHsp90の一部より成るキメラcDNAであった。未知配列部分をプローブとしてMKN28cDNAライブラリーをスクリーニングした結果、3種類の全長cDNAを得た。それらは4648、4454および4714bpで、それぞれ1069、1072および1200アミノ酸(aa)から成るタンパク質であった。N末側よりシグナルペプチド(28aa)、7個のカドヘリンリピートより成る細胞外領域(EC1-7)、膜貫通領域(24aa)および細胞内領域から構成されるカドヘリンスーパーファミリーに属する膜タンパク質で、プロトカドヘリン1(Pcdh1)に対して46-49%と最も高い相同性を示した。ノーザンブロットより脳・心臓において高い発現が見られることからBH-プロトカドヘリン(BH-Pcdh)と名付けた。3種類のBH-Pcdhは細胞内領域末端の違いによるアイソフォームで、細胞内領域はそれぞれ168、171および346aaであり、BH-Pcdh-a、bおよびcと名付けた。BH-Pcdh EC2は165aaと、一般的なカドヘリンリピート(110aa前後)と比べて長く、その中央領域50aaは既知の配列に全く相同性を示さない。また、BH-Pcdh-cはEC2-3においてカルシウム結合モチーフを含む47aaの欠失を認める。EC2は他のPcdhでも比較的変化に富んでおり、この領域がPcdhの細胞接着能に何らかの影響を与えている可能性がある。BH-Pcdhのクローニングとほぼ同時期にXenopus NF-protocadherin(NFPC)が外胚葉分化必須の因子として報告された。NFPCはBH-Pcdh-aに対して85%の相同性を示しオーソロガスな遺伝子と考えられる。

 ノーザンブロットよりBH-Pcdhの発現は脳と心臓で強く、胃、甲状腺、脊椎をはじめ、気管、腎、膵、胎盤、骨格筋、リンパ節、副腎においても低いながら発現している。Pcdh1-3では脳においてのみ発現が報告されており、心臓での発現は認められていない。BH-Pcdh mRNAは正常組織では9.0-kbであるのに対して、ヒト胃癌細胞MKN28、KATO-IIIあるいはHeLaでは4.5-kbであった。一方、ヒト肺癌細胞A549では9.0-および4.5-kbの発現が確認された。ヒト神経芽細胞腫SK-N-MCでの発現はなく、ヒト胃癌細胞でもMKN45では発現が認められなかった。胃癌細胞株における発現異常がE-cadherinでよく調べられており、BH-Pcdh同様に株による発現の有無が報告されている。それらはRNAスプライシング異常、プロモーター領域のCpGメチレーションが原因と言われている。サザンブロットよりMKN28とHeLaでBH-Pcdhのゲノム異常は認められなかった。また、ヒト脳polyA+RNAを使ったRT-PCRより、MKN28由来BH-Pcdh-a cDNAと9.0-kb mRNAはcoding region内で一致していた。

 マウスBH-Pcdhのクローニングを行い発生における各アイソフォームの発現変化を調べる目的でヒトBH-Pcdh cDNAを用いたデータベース検索を行い、EC4-5領域で約90%の相同性を示すマウスEST(expressed sequence tag)を確認した。マウス心臓cDNAライブラリーを作製し全長cDNA(5520-bp)のクローニングを行った結果、ヒトBH-Pcdh-aに相当する1069aaのタンパク質をコードしており97%の相同性を示した。5’端非翻訳領域はマウスで1004-bpとヒトの1010-bpとほぼ同じ長さだった。細胞内領域末端はヒトとマウス共に11aaで1aaのみ違いが見られた。マウス心臓を用いたノーザンブロットより、BH-Pcdh-a特異的プローブでは5.5-kb、細胞内領域全体をカバーするプローブでは5.5-および6.5-kbのmRNAを検出した。RT-PCRによりマウスBH-Pcdh-bおよびcの細胞内領域末端のアミノ酸配列を決定したところ、BH-Pcdh-bはヒトの14aaに対しマウスでは2aaしかなく、BH-Pcdh-cではヒトに対して100%の相同性を示すもの以外に8aaの挿入断片を持つ2つのアイソフォームが得られた。8aa挿入断片の位置および配列はPcdh1のアイソフォームと酷似していた。さらにマウスの4つのアイソフォームの発生における発現の変化を調べる目的で、心臓(1週齢、5週齢以降)および脳(18日齢胎児、1週齢および5週齢以降)についてRT-PCRを行った。Pcdh1は脳で発生とともに発現の増強が認められているが、心臓および脳においてBH-Pcdhの発現は持続的に強く発生による変化は認められなかった。しかしBH-Pcdh-bは胎生から新生期の脳においてのみ発現の増強が認められた。

 ヒトBH-Pcdhの染色体上における位置をradiation hybrid mapping法で決定した。PCR解析より4p15へマッピングされ、この領域を含んだ4pではHNSCC(head and neck squamous cell carcinoma)と原発性膀胱癌でヘテロ接合性の消失が報告されている。一方、マウスBH-Pcdhはfluorescence in situ hybridization法により5C3-D領域にマッピングされた。ヒト4p15とマウス5C3-Dはシンテニーのある領域と報告されている。BH-PcdhはPcdh1-3が染色体上でクラスターを形成している領域(ヒトで5q、マウスでは18q)にマッピングされなかった。ゲノムサザンブロットよりBH-Pcdhは酵母では検出されなかったものの、脊椎動物に広くsingle copy geneとして存在していた。

 BH-Pcdhの機能解析を行うため、ヒトBH-Pcdh cDNAをマウス繊維芽細胞(L cell)ヘリポフェクション法で導入し、ヒトEF1プロモーターで強制発現させた。安定発現株をBH-Pcdh-a(4株)、b(1株)、c(2株)それぞれについて得、細胞形態の観察を行った。BH-Pcdh-a発現株は棍棒用の形態を示し相互に接着しながら増殖した。BH-Pcdh-b発現株は膨張した形態を示し、BH-Pcdh-c発現株は親株同様に繊維芽細胞様の形態を示すものの著しく伸長していた。これら発現細胞において、BH-Pcdh-aおよび-cの細胞内領域末端由来ペプチド(17aa)を基に作製した抗血清により約140および160kDaのタンパク質を確認した。

 Yeast two-hybrid systemによりBH-Pcdh細胞内領域と結合しているタンパク質の分離を行った。酵母内でBH-Pcdh-aあるいは-cの細胞内領域をGAL4DNA結合領域との融合タンパク質として発現させ、同時にHeLaあるいはヒト脳cDNAライブラリーをGAL4転写活性化領域との融合タンパク質として発現させた。マーカーとしてHis3およびLacZを持つ酵母HF7c株1.8×106個のスクリーニングをそれぞれ行った結果、BH-Pcdh-cの細胞内領域を用いた場合のみ11個の陽性クローンが回収された。それらはHeLaからはTip60(tat interactive protein:60kDa)、drp(density-regulated protein)が2クローン、ヒト脳からはPP1(protein phosphatase1alpha)、PP12(PP1のアイソフォーム)が2クローン、Tip60、MAGI-1(membrane-associated guanylate kinase related protein;PDZドメイン2/5以降)、rat MUPP1(multi-PDZ-domain protein;PDZドメイン12/13以降)のヒトホモログ、新規G-protein様タンパク質および新規遺伝子であった。新規G-protein様タンパク質は514aaから成り、G-proteinの新しいメンバーと報告されているGP-1に約50%の相同性を示した。

 PP1にはいくつかの調整サブユニットが知られており、それらは自身の持つ(R/K)(V/I)xFモチーフでPP1のC末端と結合する事が知られている。実際、BH-Pcdh-cの細胞内領域にもPP1結合モチーフが保存されている。BH-Pcdh-cの細胞内領域についてPP1結合モチーフあるなしのGST融合タンパクを作製しMKN28内在性のPP1に対してpull-down assayを行った結果、両タンパク質がPP1結合モチーフ依存的に結合する事を証明した。また、BH-Pcdh-c発現細胞およびMKN28可溶化上清を用いた免疫沈降からBH-Pcdh-cとPP1がin vivoでも結合している可能性が示唆された。グリコーゲンフォスフォリラーゼを用いたprotein phosphatase assayの結果、PP1の酵素活性はBH-Pcdh-c細胞内領域によって有意に阻害され、ミエリン塩基性タンパク質を用いた場合では顕著な酵素活性の阻害は認められなかった。PP1の調整サブユニットとしてカドヘリン様タンパク質の報告はなく、またPcdh1のアイソフォームもBH-Pcdh-cとほぼ同位置にPP1結合モチーフを保持していた。PP1は脳でシナプス可塑性に関与する分子と位置ずけられており、実際、in situ hybridizationおよび免疫染色によりBH-Pcdh-cの局在がマウス大脳皮質の神経細胞に確認された。以上より、BH-Pcdh-cは細胞内領域においてPP1をはじめとしたシグナル伝達に関与するタンパク質と結合している可能性が高く、単なる細胞接着以上の機能を生体内で果たしていると予想され、特にシナプス機能に関与している可能性が高い。

[結語]

 ヒト胃癌細胞MKN28において顕著な発現を示す膜タンパク質を効率良く分離する手法の解析過程において、脳および心臓で高い発現を示しPcdh1に対して高い相同性を示す新規プロトカドヘリン様遺伝子BH-PcdhのヒトcDNAを得た。ヒトおよびマウスBH-Pcdhはアミノ酸レベルで97%の相同性を示し、ほぼ同時期にクローニングされた外胚葉分化必須の因子と報告されているXenopus NFPCのオーソロガスな遺伝子と考えられる。BH-Pcdh細胞内領域末端においてヒトでは3つ、マウスでは4つのアイソフォームを同定し、染色体上の位置はそれぞれ4p15および5C3-D領域であった。BH-Pcdh-aおよび-cに対する抗体から、分子量はそれぞれ約140および160kDaであり、またin situ hybridizationおよび免疫染色からBH-Pcdh-cは大脳皮質の神経細胞に特異的に局在していた。Yeast two-hybrid systemより得られたBH-Pcdh-c細胞内領域結合候補の内、pull-down assayにおいてPP1とBH-Pcdh-cはPP1結合モチーフ依存的に結合した。免疫沈降よりin vivoにおいても両タンパク質は結合している可能性が高い。また、PP1の酵素活性はBH-Pcdh-c細胞内領域によって抑制された。以上よりBH-Pcdh-cがPP1を介して積極的にシグナル伝達に関与している可能性があり、特にシナプス機能への関与が強く示唆される。今後さらにG-protein様タンパク質やPDZドメインを含む候補分子の解析を行うことによりBH-Pcdhを始めとしたPcdhのさらなる機能の解明が可能と思われる。

審査要旨

 本研究は哺乳動物中枢神経系において重要な役割を演じていると考えられているプロトカドヘリン(Pcdh)の機能を明らかにするため、新規Pcdh様遺伝子としてBH-PcdhのヒトおよびマウスcDNAの単離を行い、細胞内領域における結合タンパク質の同定を含めた機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ヒト胃癌細胞MKN28において顕著な発現を示す膜タンパク質を単離する過程において脳および心臓で強い発現を示し、Pcdh1に対して46-49%の相同性を示す新規Pcdh様遺伝子BH-PcdhのヒトcDNAを得た。ヒトおよびマウスBH-Pcdhは相互に97%の相同性を示し、細胞内領域末端においてヒトでは3つ(a、bおよびc)、マウスでは4つのアイソフォームを保持している事が示された。

 2.発生における各アイソフォームの発現変化を調べる目的でマウス心臓(1および5週齢)および脳(18日齢胎児、1および5週齢)についてRT-PCRを行ったところ、BH-Pcdh-aおよび-cで発現は持続的に強く発生による変化は認められなかったが、BH-Pcdh-bでは胎生から新生期の脳においてのみ発現が増強している事が示された。

 3.ヒトおよびマウスBH-Pcdh遺伝子はそれぞれ4p15および5C3-D領域にマッピングされ、相互にシンテニーのある領域である事が示された。またゲノムサザンブロットよりBH-Pcdhは酵母では検出されなかったが、脊椎動物に広くsingle copy geneとして存在している事が示された。

 4.マウスL細胞へ各アイソフォームを強制発現させたところ、それぞれ特徴的な形態を示しBH-Pcdh-a発現細胞はカルシウム依存的な細胞凝集塊を形成する事が示された。BH-Pcdh-aおよび-cに対する抗体と発現細胞を用いたWestern blotの結果、分子量はそれぞれ約140および160kDaである事が示された。

 5.BH-Pcdh-c細胞内領域結合タンパク質同定のためyeast two-hybrid screeningを行ったところ、ヒト脳cDNAライブラリーからプロテインフォスファターゼ1alpha(PP1)、新規G-protein様タンパク質およびPDZドメインを含むタンパク質などが得られた。Pull-down assayにおいてPP1とBH-Pcdh-c細胞内領域はBH-Pcdh-cのPP1結合モチーフ依存的に結合し、またBH-Pcdh-c発現細胞およびMKN28細胞を用いた免疫沈降より両タンパク質は結合している可能性が高いと考えられた。

 6.グリコーゲンフォスフォリラーゼに対するPP1の脱リン酸化活性はBH-Pcdh-c細胞内領域によって抑制(IC50=〜10nM)されたが、ミエリン塩基性タンパク質に対しては有意に抑制されなかった。

 7.In situ hybridizationおよび免疫染色よりBH-Pcdh-c mRNAはマウス大脳皮質の神経細胞に局在しており、PP1と共にシナプス可塑性に関与している可能性が示唆された。

 以上、本論文は新規Pcdh様遺伝子BH-Pcdhのアイソフォームの一つがその細胞内領域においてPP1と結合し、大脳皮質神経細胞に局在している事を明らかとした。本研究はこれまで未知に等しかった、哺乳動物Pcdhの機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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