学位論文要旨



No 114486
著者(漢字) 張,本寧
著者(英字)
著者(カナ) チャン,ベンニン
標題(和) 自己免疫性脳脊髓炎の免疫調節におけるNK細胞の役割
標題(洋) Regulation of Experimental Autoimmune Encephalomyelitis by Natural Killer(NK)Cells
報告番号 114486
報告番号 甲14486
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1406号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 森,庸厚
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 助教授 北村,聖
内容要旨

 実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)はTh1細胞を介する自己免疫病の代表的な動物モデルである。EAEは自然回復する自己免疫病であり、回復および再発防止機構としてこれまでT細胞とB細胞を介したイディオタイプ・ネットワークやサイトカイン・ネットワークの役割が部分的に証明されてきた。我々は今回、自己免疫病においてこれまでほとんど焦点の当てられていなかったNK細胞が、EAEを抑制的に制御することを証明した(J.Exp.Med.186:10,1997)。

方法:

 雌C57BL/6J(B6)マウスにおいてミエリン・オリゴデンドロサイト・グリコプロテイン(MOG)の35-55残基に相当する合成ペプチドを用い、Ben-Nunらの方法(Eur.J.Immunol.25:1951-1959,1995)によってEAEを誘導した。B6バックグランドの遺伝子ノックアウトマウスが利用できる点、NK細胞とNK-T細胞を容易に同定できる点にこの系の大きなメリットがある。感作EAEは、C57BL/6J(B6)マウスおよびB6 backgroundを持つ遺伝子改変マウス(2-microglobulin-/-)に、ミエリン・オリゴデンドロサイト糖蛋白(MOG)の35-55残基に相当する合成ペプチドを用いて誘導した。NK1.1細胞の除去には抗NK1.1 mAb(PK136)のin vivo投与を行った。対照群にはisotypeの一致した対照抗体(M-11)を投与した。MOG35-55を免疫した10-11日目のB6マウスのリンパ節細胞から、MOG35-55の存在下で培養し、7-10日毎にB6マウスspleen細胞を抗原提示細胞として同ペプチドで刺激を繰り返すことによってMOG35-55特異的T細胞株を樹立した。受身EAEはこのMOG35-55特異的T細胞株の静脈内移入により誘導した。

結果:

 1.対照のB6マウスではactive EAEの臨床症状は単相性で、きわめてmildであった。一方NK1.1抗体であらかじめNK1.1陽性細胞を除いたマウスでは、約1週間続く1st episodeから約1週間の間隔をおいてより重篤な2nd episodeがみられた。(Fig.1)

 2.NK細胞、NK-T細胞ともにNK1.1を発現するので、以上の実験では、両者を区別して解析することができなかった。そこでNK-T細胞を欠損する2-microglobulinノックアウトマウス(B6 background)を用いてactive EAEを誘導し、実験を行った。対照ではきわめてmildな単相性のEAEが観察されたが、NK-TノックアウトマウスではwildtypeB6マウスと同様のEAEがみられた(NK1.1抗体投与を受けたマウスは)致死性EAEを発現した(Fig.2)この結果は、NK細胞がNK-T細胞やCD8T細胞に依存することなく、調節機能を発揮することを意味した。

 3.passive EAEにおいても、抗NK1.1抗体投与により臨床症状の顕在化がみられた。精製した対照抗体、または抗NK1.1抗体を静脈内投与したB6マウスにMOG35-55特異的T細胞株を3x106個尾静脈より移入した。この実験では対照群にはEAEは誘導されなかったが、抗NK1.1抗体を注射した群では明らかなEAEの発症を認めた。さらにT細胞、B細胞、NK-T細胞を欠損するRAG-2ノックアウト・マウスを使って同じ実験を行った。対照群(Fig.3a)に比べてNK1.1抗体を投与したマウス(Fig.3b)では、EAE症状の発現が強く、マウスはすべて死亡した。この結果は、passive EAEにおいてNK細胞はT細胞、B細胞やNK-T細胞に依存せず独立した調節細胞として機能することを意味している。つぎにNK細胞の免疫調節作用をより直接的に証明するために、NK細胞の移入による治療効果を検討した。Fig.3dは抗NK1.1抗体を注射したRAG-2ノックアウト・マウスに抗NK1.1抗体を注射したRAG-2ノックアウト・マウスの脾臓細胞を移入してから、MOG35-55特異的T cell lineを移入した結果である。Fig.3cは、抗NK1.1抗体を注射したマウスに正常RAG-2ノックアウト・マウスの脾臓細胞を移入してからT cell lineを移入した結果である。NK細胞をreconstituteされた群では、EAEは完全に抑制された。このことは、NK細胞の移入によりEAEが抑制されることを意味している。

考察:

 EAEの調節機構についてこれまでT-T interactionの役割が証明され、様々な系で解明が進んでいる。一方、よりprimitiveなNK細胞や好中球など、いわゆるinnate(natural)immunityに関与する細胞とT細胞の相互作用についてはほとんどわかっていない。今回のB6マウスを用いた実験結果は、NK1.1抗原を発現する細胞(NK細胞とNK-T細胞)が自己免疫病の調節性細胞として働くことを意味した。さらにCD1分子を欠損し、CD1依存性のNK-T細胞を欠損する2-microglobulin欠損マウスにおいても抗NK1.1抗体の効果がみられたことから、NK細胞単独でも充分な免疫調節機能のあることを証明した。多発性硬化症などの自己免疫疾病でNK活性の低下が報告されていること、NK活性増強効果を示す薬剤(リノマイド)がEAEの抑制効果のあることなどを考え合わせると、NK細胞の自己免疫病における役割は想像以上に大きい可能性がある。

結論:

 NK細胞の自己免疫性脳脊髄炎に対する調節機能が明らかになった。

Figure 1.Effect of anti-NK1.1 mAb on MOG35-55 induced EAE in wild-type B6 mice.Mice were immunized two times with the MOG35-55 for EAE induction.They were intravenously injected with PBS,500 g of control mAb(M-11;A),or 500 g of anti-NK1.1 mAb(PK136;B)1 d before first immunization with the MOG peptide.Clinical score of individual mice at each observation time point is shown by different marks.This is a representative of two experiments with similar results.The result of pretreatment with PBS did not differ significantly from that with control mAb.Figure 2.Effect of anti-NK1.1 mAb on MOG35-55 induced EAE in 2m-/- mice.The mice were immunitzed two times with MOG35-55 peptide for EAE induction.On the day before first immunization,control mAb(A)or anti-NK1.1 mAb(B)was intravenously injected.This is a representative of three experiments with similar results.Figure 3.Effect of NK cell deletion on passive EAE in RAG-2-/- mice and the treatment with spleen cells. 5×105 of activated ZB-1 line cells were intravenously transferred into(A)RAG-2-/- mice pretreated on day -1 with control mAb(A)or with anti-NK1.1 mAb(B,C,and D).The mice were injected with 500 ng PT after cell transfer. Although mice in B did not receive any further manipulation,2×107 of spleen cells from RAG-2-/- mice were intravenously transerred to mice in C on day 2 and the same number of spleen cells from RAG-2-/- mice which had been pretreated with anti-NK1.1 mAb on day -1,were intravenously transferred to mice in D.This is a representative of two experiments with similar results.
審査要旨

 本研究は自己免疫病の代表的な動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)において、NK細胞が、EAEを抑制的に調節することを証明するため、雌C57BL/6J(B6)マウスおよびB6バックグランドのNK-T細胞欠損マウスにミエリン・オリゴデンドロサイト・グリコプロテイン(MOG)の35-55残基に相当する合成ペプチドを用いて、EAEの誘導を試みた。EAEの免疫調節におけるNK細胞の役割の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.対照のB6マウスではactive EAEの臨床症状は単相性で、きわめてmildであった。一方NK1.1抗体であらかじめNK1.1陽性細胞を除いたマウスでは、約1週間続く1st episodeから約1週間の間隔をおいてより重篤な2nd episodeがみられた。

 2.NK-T細胞を欠損する2-microglobulinノックアウトマウス(B6 background)を用いてEAEの誘導実験を行った。対照ではきわめてmildな単相性のEAEが観察されたが、NK-Tノックアウトマウスではwild type B6マウスと同様の発症がみられた。一方抗NK1.1抗体投与を受けたマウスは致死性EAEを発現した。この結果は、NK細胞がNK-T細胞やCD8T細胞に依存することなく、調節機能を発揮することを意味している。

 3.passive EAEにおいても、抗NK1.1抗体投与により臨床症状の顕在化がみられた。対照抗体、または抗NK1.1抗体を静脈内投与したB6マウスにMOG35-55特異的T細胞株を3x106個尾静脈より移入した。実験では対照群にはEAEは誘導されなかったが、抗NK1.1抗体を注射した群では明らかなEAEの発症を認めた。さらにT細胞、B細胞、NK-T細胞を欠損するRAG-2ノックアウト・マウスを使って同じ実験を行った。対照群に比べてNK1.1抗体を投与したマウスでは、EAE症状の発現が強く、マウスはすべて死亡した。この結果は、passive EAEにおいてNK細胞はT細胞、B細胞やNK-T細胞に依存せず独立した調節細胞として機能することを意味している。つぎにNK細胞の免疫調節作用をより直接的に証明するために、NK細胞の移入による治療効果を検討した。抗NK1.1抗体を注射したRAG-2ノックアウト・マウスに無処置RAG-2ノックアウト・マウスの脾臓細胞を移入してから、MOG35-55特異的T cell lineを移入する実験を行った。NK細胞をreconstituteされた群では、EAEは完全に抑制された。このことは、NK細胞の移入によりEAEが抑制されることを意味している。

 以上、本論文はNK1.1抗原を発現する細胞が自己免疫病の調節性細胞として働くことを示している。さらにCD1分子を欠損し、CD1依存性のNK-T細胞を欠損する2-microglobulin欠損マウスにおいても抗NK1.1抗体の効果がみられたことから、NK細胞単独でも充分な免疫調節機能のあることを証明した。本研究はこれまで自己免疫病において、ほとんど焦点の当てられていなかったNK細胞が、多発性硬化症などの自己免疫疾病で、想像以上に大きい役割を果している可能性を示したものである。自己免疫病の病因解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク