学位論文要旨



No 114490
著者(漢字) 佐藤,充治
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ミツハル
標題(和) I型インターフェロン産生におけるIRFファミリー転写因子の機能解析
標題(洋) Functional analysis of IRF family transcriptional factors in the induction of type I interferon genes
報告番号 114490
報告番号 甲14490
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1410号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 助教授 小林,一三
 東京大学 助教授 谷,憲三朗
 東京大学 助教授 正井,久雄
内容要旨

 I型インターフェロン(I型IFN)はウイルス感染によって一過性に産生されるサイトカインで、ウイルス増殖抑制作用や細胞増殖抑制作用をはじめとする多様な生理活性を持つ。IFNの産生は転写のレベルで調節されていることが知られており、多くの研究によって、ウイルス感染に応答してIFN遺伝子の発現を引き起こすために必要なプロモーター領域(ウイルス応答領域)が同定された。IRF-1(interferon regulatory factor-1)はI型IFNのウイルス応答領域に見られる配列に結合する因子として同定され、後に転写活性化因子として機能することが明かとなった。しかし、IRF-1を欠損するマウスの繊維芽細胞においてもウイルス感染時におけるI型IFN遺伝子の転写が野生型のものとほとんど変わらない程度でみられることから、ウイルス感染におけるI型IFNの転写制御には別の転写因子が重要であると考えられた。そこで私は転写因子p48に着目することにした。p48はI型IFNの刺激によって細胞内に形成される転写因子複合体ISGF3(interferon stimulated gene factor-3)の構成因子の一つで、IFN刺激によって誘導されるいくつかの遺伝子(IFN誘導遺伝子)の発現調節に非常に重要な役割を持つことが知られている。当研究室において、リコンビナント蛋白を用いた実験から、p48がIFN-遺伝子のウイルス応答領域内の配列に結合することが見いだされたことから、p48を欠損させたマウス由来の繊維芽細胞におけるI型IFNの発現誘導について検討した。その結果、ウイルスによるIFN-の発現はそれほど大きな影響を受けないが、IFN-の発現誘導は極めて低くなることが見いだされた。同様の結果がp48と同じくISGF3の構成因子であるStat1を欠損させた細胞、あるいはI型IFN受容体を欠損させた細胞においても得られたことから、IFN-の発現にはI型IFN受容体への刺激が必要であると結論された。一方で、IFN-とは対照的にIFN-の発現誘導が上記の遺伝子欠損細胞においてはそれほど大きな影響を受けなかったことから、ウイルスによって誘導されたIFN-が受容体を刺激することがIFN-の発現にとって重要なのではないかと考えられた。そこでIFN-遺伝子を欠損するマウスを作出し、そこから得られた繊維芽細胞を用いてウイルス感染によるIFN-の発現を調べてみたところ、予想どおりIFN-の発現が著しく減少することが明かとなった。以上の結果から、IFN-はI型IFN受容体からの刺激に依存する経路によって、またIFN-はこの経路に依存しない別の経路によって誘導されることが明かとなった。

 次に、受容体からの経路に依存しないIFN-の発現誘導機構を調べる目的で、I型IFN受容体欠損細胞におけるIFN-の発現を、種々の阻害剤の存在下で検討した。その結果、IFN-の発現誘導は蛋白合成を必要とはしないが、蛋白のリン酸化を必要とするような経路によって担われていることが明かとなった。このことから私はIFN-の転写を調節する因子は、ウイルス感染以前に細胞内に存在し、ウイルス感染後にリン酸化を伴う修飾反応によって活性化されるようなものであると考えた。この条件を満たす因子として私はIRF-3に着目することにした。IRF-3は多くの組織でその発現が恒常的にみられ、また、IFN誘導遺伝子の一つであるISG15のプロモーター配列に結合して転写を活性化する機能のあることが明かとなっていた。

 まず、RT-PCR法によって得られたIRF-3のcDNAとエピトープタグとの融合蛋白を高発現する細胞を調製した。この細胞にウイルスを感染させ、IRF-3の細胞内局在を蛍光抗体染色によって調べたところ、IRF-3がウイルス感染によって細胞質から核内へと移行することが見いだされた。また、核内に移行したIRF-3のSDS-PAGE上での移動度がわずかに遅れることから、IRF-3がリン酸化による修飾を受けているのではないかと考えられた。実際、脱リン酸化酵素による前処理によってIRF-3の移動度が細胞質で見られるものと同じ位量にまで変化することから、IRF-3がウイルス感染によってリン酸化による修飾を受けることが示された。またウイルス感染後の細胞から得られた核抽出液を用いたゲルシフトアッセイにより、IRF-3がIFN-のプロモーター配列に結合することが示された。さらにIRF-3を高発現させることによってウイルス感染時におけるIFN-の発現量が増加することも明かとなった。そこでIRF-3を欠損する細胞の作製を試みることにした。胚性幹細胞(ES細胞)における二度の遺伝子ターゲティングの結果、両方の遺伝子座を破壊したESクローンを得ることに成功した。得られた細胞を用いてウイルス感染時におけるIFN-の発現誘導を調べたところ、野生型の細胞においてはIFN-の発現が確認されたのに対し、IRF-3欠損細胞においてはほとんど発現の誘導が確認されなかった。以上の結果からウイルス感染時におけるIFN-の発現を担う因子はIRF-3であると結論した。

 IFN-の産生にはI型IFN受容体への刺激によって活性化される経路が必要であることが前述の実験により明かとなったが、IFN-のプロモーターに直接作用する転写因子に関しては明らかではなかった。p48を含むISGF3はその候補としてもっとも考えやすいものであるが、IFNで細胞を処理するだけではウイルス感染時に見られるようなIFN-の発現誘導が起こらないこと、ISGF3の消長のパターンが必ずしもIFN-の発現パターンと一致しないことなどから、IFN-の発現誘導はISGF3そのものではなく、ISGF3によって誘導されるような何らかの因子が発現誘導を担っているのではないかと考えられた。

 IRF-7は現在ヒトで9種類知られているIRFファミリーの中ではIRF-3にもっとも高い相同性を持つ因子である。まず、この分子のIFNによる誘導を調べてみたところ、IFNの刺激によって非常によく誘導されることが明かとなり、さらにこの誘導にはp48が必須であることが明かとなった。この結果から、IRF-7がIFN受容体の刺激によって誘導され、IFN-の発現を担う分子であると予想されたので、IRF-3の場合と同様にRT-PCRによって得られたcDNAを用いてIRF-7を発現させるためのベクターを作製した。これを用いてp48欠損細胞にIRF-7を高発現させたところ、著しく低下していたウイルス感染時のIFN-の発現量が、野生型の細胞で見られるレベルにまで回復することが明かとなった。さらにIRF-3と同様、IRF-7がウイルス感染によってリン酸化を伴い、核内へ移行することが示された。以上のことからI型IFN受容体からの刺激によって誘導されるIRF-7のウイルスによる活性化がIFN-の発現調節を担っていると結論された。

審査要旨

 本研究はウイルス感染によって誘導されるI型IFNの発現機構において、転写因子IRFがいかなる機能を持つかについて解析を行ったものである。IRF分子には複数のものが知られているが、遺伝子欠損マウスより得られた細胞系を用いることで、下記に示すようなIRF分子の個別の機能を明らかにしている。

 1.IRF分子の一つであるp48、あるいはI型IFN受容体を欠損させた細胞を用いた解析により、ともにI型IFNとして知られているIFN-とIFN-が異なる機構により誘導されることを明らかにした。すなわち、IFN-はその発現誘導にIFN受容体からのシグナル経路を必要とするのに対し、IFN-はこれとは異なる経路によって誘導されることを示した。また、p48は細胞がIFNに応答するために必要な分子であると考えられていたが、IFNの産生そのものに重要な機能を持つことが本研究によって初めて明らかにされた。

 2.IFN-の発現誘導にはIFN受容体からのシグナルが必要であるが、IFN-の発現はこのシグナルには依存せずに誘導されることから、IFN-の初期産生がIFN-の発現誘導に重要であるというモデルを提唱した。このモデルを検証するため、IFN-を欠損させたマウスを作製し、そこから得られた繊維芽細胞においてはウイルスによるIFN-の誘導が著減することを明らかにした。

 3.IFN-の発現誘導を担う分子としてIRF-3に着目し、これを高発現させた細胞を用いてIRF-3がウイルス感染によってリン酸化を受け、細胞質から核内へ移行することを示した。また、IRF-3が転写のコアクチベーターであるCBP/p300とともにIFN-のプロモーター領域に結合することをゲルシフトアッセイによって示した。さらにIRF-3の高発現によってIFN-の発現量が増加することを示した。さらに、ES細胞の段階でIRF-3を欠損する細胞の作出にも成功し、IRF-3がウイルス感染によるIFN-の発現誘導に必要であることを明らかにした。

 4.IRF-3とC末端に高い相補性を持つIRF-7が、IFN受容体からの刺激によってその発現が強く誘導されることを見いだした。またこの誘導がp48に依存することを明らかにした。さらにIRF-7がウイルス感染によって細胞質から核内へ移行すること、核内に移行したIRF-7がリン酸化を受けていることを初めて示した。

 5.p48欠損細胞にIRF-7を強制発現させることで、低下していたIFN-の発現が回復することを示した。このように、IFN受容体からのシグナル経路が最終的にIRF-7の活性化を引き起こし、IFN-の発現へとつながることを明らかにした。

 以上、本論文においては、IRFファミリー分子の遺伝子欠損細胞を用いた解析により、p48、IRF-3、IRF-7それぞれのIRF分子の持つ個々の機能を明らかにした。本研究によってウイルス感染時におけるI型IFNの発現誘導とその制御の分子機構が明らかとなった。その成果はウイルス感染に対する生体防御機構の解明に重要な貢献をするものと思われる。よって学位の授与に値するものと考えられる。

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