学位論文要旨



No 114491
著者(漢字) 山田,亜津子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,アツコ
標題(和) チロシンキナーゼLck遺伝子の近位プロモーターによる未熟胸腺細胞特異的な発現調節機構lck近位プロモーターに結合する転写因子の同定
標題(洋)
報告番号 114491
報告番号 甲14491
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1411号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 横田,崇
 東京大学 客員教授 伊庭,英夫
内容要旨

 p56lckはsrcファミリーに属する分子量56kDaの非受容体型のチロシンキナーゼであり、TCR(T cell receptor)のシグナル伝達や胸腺でのDN(CD4-CD8- double negative)からDP(CD4+CD8+ double positive)への分化におけるプレTCRのシグナル伝達にp56lckが極めて重要な役割を果たしていることが明らかになっている。lck遺伝子の発現はリンパ球系細胞特にT細胞において強く、lck遺伝子の転写は転写開始点のすぐ上流に存在する近位(proximal)プロモーターと転写開始点より10kb以上上流に位置している遠位(distal)プロモーターの2つの独立したプロモーターにより制御されている。遠位プロモーターからのp56lckの転写は胸腺細胞と末梢のT細胞の両方に発現しておりB細胞においてはp56lckの発現は遠位プロモーターからの転写に依存する。一方、近位プロモーターからのp56lckの転写は胸腺特異的に起こり、その発現は胸腺の未熟なT細胞において高く末梢のT細胞へと成熟するにしたがって減少する。lck近位プロモーターを用いて胸腺特異的に活性化型lck遺伝子または不活性化型lck遺伝子を導入したトランスジェニックマウスの解析によるとp56lckの発現量を増加または減少させたどちらの場合でもT細胞分化は障害され、胸腺細胞分化においてp56lckの発現量は適切な量に厳密に制御されていることが明らかにされた。これらの結果からp56lckの発現量の調節に近位プロモーターからの胸腺特異的なp56lckの転写が関与しており、近位プロモーターからの転写は遠位プロモーターとは全く独立の制御機構が存在する可能性が考えられた。マウスlck近位プロモーターの発現調節機構については欠失変異型のマウスlck近位プロモーターのトランスジェニックマウスを用いて解析されており近位プロモーターの胸腺特異的発現には転写開始点上流-584〜-240領域が必須であることが示されている。この領域にはゲルシフト法による解析により核内タンパク質が結合する部位が3ケ所存在することが明らかにされた。その中でも転写開始点上流-365〜-328領域のGC塩基配列に富む領域に結合する"B因子"とよばれる複合体の発現が近位プロモーターの発現と相関することが報告されている。本研究ではこのB因子に着目し、マウスlck近位プロモーターの組織特異的な発現機構にB因子がどのような役割を担っているかを解析した。マウスlckを強く発現している胸腺腫細胞株LSTRAの核抽出液を用いたゲルシフト法により、B因子複合体形成を再現し、B因子の結合部位がGC塩基配列に富む領域であることからGC塩基配列に富む既知の配列でその複合体形成を阻害できるか検討した。そしてCD3エンハンサー配列によりB因子複合体形成が阻害できたことからCD3エンハンサーに結合する転写因子群について検討を進め、IkarosとともにCD3エンハンサーに結合する核内タンパク質として同定されたZincフィンガータンパク質F2がB因子の構成因子であることを明らかにした。Ba/F3細胞ではF2の発現によってB因子複合体が増加し、lck近位プロモーターのレポーター遺伝子の転写活性が上昇することからF2がマウスlck近位プロモーターの転写活性の調節に関わる転写因子である可能性が示唆された。しかしF2の発現は各組織に広範囲にみられ、F2の発現だけではlck近位プロモーターの組織特異的な発現が制御されているとは考えにくく、F2と相互作用しあう他の転写因子やlck近位プロモーターに結合するB因子以外の複合体が組織特異的な発現を決定している可能性が考えられた。

審査要旨

 本研究は、T細胞分化におけるチロシンキナーゼlckの役割を解析するため、未熟胸腺細胞に特異的発現のみられるlck近位プロモーターに結合する転写因子の同定と解析を行い、下記の結果を得ている。

 1.lck近位プロモーターを強く発現している胸腺腫細胞株LSTRAの核抽出液を用いたゲルシフト法により、転写開始点上流-365〜-328領域のGC塩基配列に富む領域に結合するB因子の存在が検出された。また阻害実験から、B因子はGCに富む配列を認識するが、IkarosやSp1をその構成成分として含まないこと、CD3エンハンサー配列(A)に結合する別の転写因子が含まれることを明かにした。

 2.抗ペプチド抗体を用いた阻害実験により、A配列に結合するZincフィンガータンパク質F2がB因子に含まれることを証明した。

 3.F2を過剰発現させたBa/F3細胞において、B因子結合部位を導入したレポータープラスミドの発現が上昇することから、F2がマウスlck近位プロモーターの転写活性の調節に関与する転写因子である可能性が示唆された。

 4.F2の発現はmRNAやタンパク質レベルにおいて組織特異性は見られなかったことから、lck近位プロモーターの組織特異的発現がF2により制御されている可能性は低いと考えられた。

 以上、本論文は、胸腺におけるT細胞分化過程を制御する因子を解析するために、未熟胸腺細胞特異的に発現の見られるチロシンキナーゼlck近位プロモーターに着目、その領域に特異的に結合するB因子の構成因子としてF2タンパク質が含まれることを証明した。F2の発現様式や転写活性化能から見て、F2自身がlck近位プロモーターの転写制御に重要な役割を果たしている可能性は低いと考えられるが、今後のさらなる解析が待たれる。

 シグナル伝達分子の立場からT細胞分化にアプローチし、複雑な転写制御機構を明らかにしていく上で、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク