本研究は、T細胞分化におけるチロシンキナーゼlckの役割を解析するため、未熟胸腺細胞に特異的発現のみられるlck近位プロモーターに結合する転写因子の同定と解析を行い、下記の結果を得ている。 1.lck近位プロモーターを強く発現している胸腺腫細胞株LSTRAの核抽出液を用いたゲルシフト法により、転写開始点上流-365〜-328領域のGC塩基配列に富む領域に結合するB因子の存在が検出された。また阻害実験から、B因子はGCに富む配列を認識するが、IkarosやSp1をその構成成分として含まないこと、CD3 エンハンサー配列( A)に結合する別の転写因子が含まれることを明かにした。 2.抗ペプチド抗体を用いた阻害実験により、 A配列に結合するZincフィンガータンパク質F2がB因子に含まれることを証明した。 3.F2を過剰発現させたBa/F3細胞において、B因子結合部位を導入したレポータープラスミドの発現が上昇することから、F2がマウスlck近位プロモーターの転写活性の調節に関与する転写因子である可能性が示唆された。 4.F2の発現はmRNAやタンパク質レベルにおいて組織特異性は見られなかったことから、lck近位プロモーターの組織特異的発現がF2により制御されている可能性は低いと考えられた。 以上、本論文は、胸腺におけるT細胞分化過程を制御する因子を解析するために、未熟胸腺細胞特異的に発現の見られるチロシンキナーゼlck近位プロモーターに着目、その領域に特異的に結合するB因子の構成因子としてF2タンパク質が含まれることを証明した。F2の発現様式や転写活性化能から見て、F2自身がlck近位プロモーターの転写制御に重要な役割を果たしている可能性は低いと考えられるが、今後のさらなる解析が待たれる。 シグナル伝達分子の立場からT細胞分化にアプローチし、複雑な転写制御機構を明らかにしていく上で、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。 |