本研究では、マウス卵巣におけるFas-FasL系の発現とその卵胞閉鎖形成における役割を検討し、以下の結果を得ている。 I.正常マウス卵巣でのFas/FasL系の発現と卵胞閉鎖形成における役割 1.Fasは卵母細胞や過排卵及び発育、成熟した卵胞の顆粒膜細胞に発現し、FasLは顆粒膜細胞に比較的限局して発現していることが認められた。マウスにPMSGを投与后、両分子の発現の動態を観察したところ、Fas mRNAはPMSG刺激後2日目までは発現していたが、以後は次第に減弱した。これに対応して、FasL mRNAは1日目に最も強く発現し、5日目にはほとんど消失した。また、4、5日目には卵母細胞におけるDNA断片化が認められた。これらの所見からPMSGつまりゴナドトロピンの刺激で、Fas/FasL系の発現が調節され、卵胞閉鎖が進行する事が示された。 2.Fas/FasL系の卵胞閉鎖形成における役割を解明するために、FasL cDNAを有する組み換えバキュロウイルスをSf9細胞に感染させ、Sf9-FasL細胞ベクターを樹立した。FasLを発現している顆粒膜細胞あるいはSf9-FasL細胞と透明帯除去卵あるいは透明帯付着卵との相互作用反応をin vitroでとり行い、卵のアポトーシスの進行をTUNEL法で観察したところ、顆粒膜細胞あるいはSf9-FasL細胞は卵のアポトーシスを誘導することが示された。これらin vitroの実験系での所見は、マウスの卵巣で顆粒膜細胞のFasL分子が卵細胞のFasレセプターを介して、アポトーシスを誘導しうる事を示している。 II.異常(lpr)マウス卵巣におけるFasの発現と卵胞閉鎖形成不全 1.MRL/lprマウスの卵母細胞や過排卵および発育、成熟した卵胞の顆粒膜細胞におけるFasタンパク質レベルでの発現は、MRL/+マウスのそれより低いことが認められた。つまり、MRL/lprマウスではFas蛋白の生合成不全が起きている事が示された。 2.Sf9-FasL細胞とMRL/+及びMRL/lprマウス由来の透明帯除去卵との相互作用反応をin vitroで行い、卵のアポトーシスの進行をTUNEL法で観察したところ、Sf9-FasL細胞はMRL/+マウスの卵のアポトーシスを誘導したが、MRL/lprマウスの卵のアポトーシスは誘導出来なかった。 さらに、in vivoでMRL/+及びMRL/lprマウスの腹腔内に抗Fas単クローン抗体を注射し、これらのマウスの卵巣および肝臓におけるアポトーシスの進行をTUNEL、DNA断片化測定法により検討したところ、MRL/+マウスの大部分の卵母細胞、一部の顆粒膜細胞及び大部分の肝細胞にアポトーシス陽性の所見が認められたが、MRL/lprマウスの卵巣、肝臓ではほとんど陰性に近い所見であった。 3.20週齢のMRL/lprマウスの卵巣の重量、サイズ及び卵胞数はMRL/+マウスのそれらに比べて顕著に増加し、卵巣腫脹(肥大)が起ることを見い出した。これはアポトーシスからまぬがけれたリンパ球の浸潤によるものではなくて、MRL/lprマウス卵巣構成細胞自身におけるFasのdeath domain欠如のためcaspase cascadeの作動不全を来たし、卵胞閉鎖が惹起されず、卵胞数の著増によるものである事が推察された。 以上、本研究では、マウスの卵巣におけるFasの発現は卵母細胞、過排卵及び一部顆粒膜細胞に、FasLは顆粒膜細胞に発現し、顆粒膜細胞上のFasLは卵母細胞や顆粒膜細胞上のFasレセプターを介し、オートクリン、パラクリン的に作用して、アポトーシスを誘導し、卵胞閉鎖を推進している分子機構を解明したと考える。本論文はFas/FasL系を介する卵胞閉鎖形成機序の役割の解明に重要な貢献をしたと考え、学位の授与に値するものと認定した。 |