学位論文要旨



No 114492
著者(漢字) 許,継平
著者(英字)
著者(カナ) シュ,ジピン
標題(和) 卵胞閉鎖形成機序におけるFas-Fas ligand系の発現とその役割
標題(洋) Expression and role of Fas-Fas ligand system in ovarian follicular atresia
報告番号 114492
報告番号 甲14492
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1412号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 助教授 堤,治
 東京大学 助教授 田中,信之
 東京大学 講師 丹下,剛
内容要旨

 哺乳類の卵巣では、卵胞閉鎖形成は必須な機序であり、大部分の卵胞がホルモン等で制御されながら、アポトーシスにより退行、閉鎖に至ると考えられてきたが、その分子機構はいまだ十分に解明されていない。一方、Fas-Fas ligand(L)系はいろいろな組織に発現し、生体の恒常性の維持、とくに免疫系で活性化したT細胞の制御や免疫的聖域組織とされてきた精巣、眼等で重要な働きをしていることが注目されてきた。本論文では、マウス卵巣におけるFas-FasL系の発現とその卵胞閉鎖形成における役割を検討した。まず、Fasは卵母細胞や過排卵及び一部顆粒膜細胞に発現し、FasLは顆粒膜細胞に発現していることを同定し、Fas-FasLの発現量はPMSG(ゴナドトロピン)処理により顕著に変化することを明らかにした。また、FasL cDNAを有する組み換えバキュロウイルスをSf9細胞に感染させ、Sf9-FasL細胞ベクターを作製した。Sf9-FasLおよび顆粒膜細胞はin vitroで卵のアポトーシスを誘導した。Fasの発現異常が認められるMRL/lprマウスでは卵、卵胞および卵巣の正常Fas蛋白質レベルでの発現はMRL/+のそれより非常に減少していた。In vivoで抗Fas抗体(Ab)を投与するとMRL/+マウス卵巣、および、in vitroでSf9-FasL細胞の刺激によりMRL/+マウス卵のアポトーシスを誘導したが、MRL/lprマウス卵巣と卵のアポトーシスは起こらなかった。MRL/lprマウスの卵巣はFasの発現とその機能異常のため、多くの卵胞は閉鎖に至らず卵胞数の増大による卵巣腫脹(肥大)を来すことがわかった。かくして、Fas-FasL系はゴナドトロピンの影響下で、その発現量はおそらく性周期と関連して制御されながら、顆粒膜細胞上のFasLは卵母細胞や顆粒膜細胞上のFasレセプターを介して、卵胞構成細胞のアポトーシスを誘導し、卵胞閉鎖形成機序における直接的な作用をしていると考えた(Guo et al.,1994,1997;Mori et al.,1997;Xu et al.,1997,1998)。

I.正常マウス卵巣でのFas/FasL系の発現と卵胞閉鎖形成における役割1.RT/PCR-Southern blotとin situ hybridization法による卵巣におけるFas-FasL mRNAレベルでの発現の同定とPMSG処理によるその変動

 B6C3F1マウスの卵巣、精巣、胸腺、顆粒膜細胞、卵母細胞及び過排卵から、Guanidine isothiocyanate法でtotal RNAを採取し、同量のtotal RNAから、Fas/FasLの開始コドンを含むforward primer、終始コドンを含むreverse primer、及びoligomer probeを用いてRT/PCR-Southern blot hybridizationを行った。Fasは卵巣、卵母細胞、過排卵に発現し、FasLは卵巣、顆粒膜細胞に発現していることを同定した。さらに、senseおよびantisense Digを標識したFas/FasL RNA probeを用いてin situ hybridization法でFas/FasL mRNAの局在を調べたところ、Fasは卵母細胞及び発育、成熟した卵胞の顆粒膜細胞に発現し、FasLは顆粒膜細胞に比較的限局して発現していることを確認した。

 PMSGを投与すると、Fas mRNAはPMSG刺激後2日目までは発現していたが、以後は次第に減弱した。これに対応して、FasL mRNAは1日目に最も強く発現し、5日目にはほとんど消失した。また、4、5日目には卵母細胞におけるDNA断片化が認められた。これらの所見はPMSGつまりゴナドトロピンの刺激で、Fas/FasL系の発現が調節され、卵胞閉鎖が進行すると考えた。

2.IIF、免疫沈降法による卵巣におけるFas/FasL蛋白質レベルでの発現の測定

 抗Fas/FasL Abを用いてIIF法で調べたところ、in situ bybridization法での観察結果と対応して、Fasは未成熟卵胞の卵母細胞のみに発現し、発育卵胞になってくると卵母細胞と顆粒膜細胞の両方に発現し、FasLは卵胞の顆粒膜細胞に限局してその発現を確認した。さらに、抗Fas Abを用いたWestern blot法により卵巣から45KDa、抗FasL Abでの免疫沈降法により顆粒膜細胞から40KDaの単一バンドを同定した。

3.Fas/FasL系の卵胞閉鎖形成における機能の解析

 Fas/FasL系の卵胞閉鎖形成における役割を解明するために、FasLを発現している顆粒膜細胞と透明帯除去卵あるいは透明帯付着卵との相互作用反応を観察するin vitroの実験系を作製し、卵のアポトーシスの進行をTUNEL法で測定した。顆粒膜細胞は透明帯除去卵のアポトーシスを誘導したが、透明帯付着卵のアポトーシスは誘導出来なかった。さらに、FasL蛋白が直接Fasを発現している卵のアポトーシスの誘導の可能性を検討するために、FasL cDNAを有する組み換えバキュロウイルスをSf9細胞に感染させ、Sf9-FasL細胞ベクターを樹立した。Sf9-FasL細胞と透明帯除去卵との相互作用反応をin vitroでとり行い、卵のアポトーシスの進行をTUNEL法で観察したところ、Sf9-FasL細胞は卵のアポトーシスを誘導したが、対照としてのSf9-1393細胞では出来なかった。これらin vitroの実験系での所見は、顆粒膜細胞のFasL分子が卵細胞のFasレセプターを介して、アポトーシスを誘導していることを検証したと考える。

II.異常(lpr)マウス卵巣におけるFasの発現と卵胞閉鎖形成不全1.正常MRL/+及び異常MRL/lprマウス卵巣におけるFasの発現の比較検討

 Digを標識したantisense full-length Fas RNA probeを用いて、in situ hybridization法によりMRL/+及びMRL/lprマウス卵巣におけるFas mRNAの発現を調べたところ、MRL/lprマウスの卵母細胞および一部の顆粒膜細胞に、MRL/+マウスの卵巣細胞と同様にFas mRNAの発現を認めた。ところが、抗Fas Abを用いたIIF法で、MRL/+及びMRL/lprマウスの卵胞、卵のFas蛋白質レベルでの発現を調べたところ、MRL/+マウスの卵胞と卵は強く蛍光染色されたが、MRL/lprマウスのそれらは非常に弱く染色された。このIIF法での観察結果と対応して、Western blot法でも、MRL/+マウスの卵巣由来のlysateには濃い45KDaのbandが認められたが、MRL/lprマウスの卵巣由来のそれには薄いbandしか認められなかった。つまり、MRL/lprマウスではFas蛋白の生成不全が起きていることが示唆された。

2.MRL/lprマウス卵巣におけるFasの機能の検討

 Sf9-FasL細胞とMRL/+及びMRL/lprマウス由来の透明帯除去卵との相互作用反応をin vitroで行い、卵のアポトーシスの進行をTUNEL法で観察したところ、Sf9-FasL細胞はMRL/+マウスの卵のアポトーシスを誘導したが、MRL/lprマウスの卵のアポトーシスは誘導出来なかった。

 さらに、in vivoでMRL/+及びMRL/lprマウスの腹腔内に抗Fas Abを注射し、これらのマウスの卵巣および肝臓のアポトーシスをTUNEL、DNA fragmentation法により検討したところ、MRL/+マウスの大部分の卵母細胞、一部の顆粒膜細胞及び大部分の肝細胞にアポトーシス陽性の所見が認められたが、MRL/lprマウスの卵巣、肝臓ではほとんど陰性に近い所見であった。

3.老齢化MRL/+及びMRL/lprマウス卵巣の組織学的比較検討

 20週齢のMRL/lprマウスの卵巣の重量、サイズ及び卵胞数はMRL/+マウスのそれらに比べて顕著に増加し、卵巣腫脹(肥大)が起ることを見い出した。これはアポトーシスからまぬがけれたリンパ球の浸潤によるものではなくて、MRL/lprマウス卵巣構成細胞自身におけるFas death domain欠如によるcaspase cascadeの作動不全のため卵胞閉鎖が惹起されず、卵胞数の著増を来したためであると考えた。

 III.本論文では、マウスの卵巣におけるFasの発現は卵母細胞、過排卵及び一部顆粒膜細胞に、FasLは顆粒膜細胞に発現し、顆粒膜細胞上のFasLは卵母細胞や顆粒膜細胞上のFasレセプターを介し、オートクリン、パラクリン的に作用して、アポトーシスを誘導し、卵胞閉鎖を推進している分子機構を解明した。

審査要旨

 本研究では、マウス卵巣におけるFas-FasL系の発現とその卵胞閉鎖形成における役割を検討し、以下の結果を得ている。

I.正常マウス卵巣でのFas/FasL系の発現と卵胞閉鎖形成における役割

 1.Fasは卵母細胞や過排卵及び発育、成熟した卵胞の顆粒膜細胞に発現し、FasLは顆粒膜細胞に比較的限局して発現していることが認められた。マウスにPMSGを投与后、両分子の発現の動態を観察したところ、Fas mRNAはPMSG刺激後2日目までは発現していたが、以後は次第に減弱した。これに対応して、FasL mRNAは1日目に最も強く発現し、5日目にはほとんど消失した。また、4、5日目には卵母細胞におけるDNA断片化が認められた。これらの所見からPMSGつまりゴナドトロピンの刺激で、Fas/FasL系の発現が調節され、卵胞閉鎖が進行する事が示された。

 2.Fas/FasL系の卵胞閉鎖形成における役割を解明するために、FasL cDNAを有する組み換えバキュロウイルスをSf9細胞に感染させ、Sf9-FasL細胞ベクターを樹立した。FasLを発現している顆粒膜細胞あるいはSf9-FasL細胞と透明帯除去卵あるいは透明帯付着卵との相互作用反応をin vitroでとり行い、卵のアポトーシスの進行をTUNEL法で観察したところ、顆粒膜細胞あるいはSf9-FasL細胞は卵のアポトーシスを誘導することが示された。これらin vitroの実験系での所見は、マウスの卵巣で顆粒膜細胞のFasL分子が卵細胞のFasレセプターを介して、アポトーシスを誘導しうる事を示している。

II.異常(lpr)マウス卵巣におけるFasの発現と卵胞閉鎖形成不全

 1.MRL/lprマウスの卵母細胞や過排卵および発育、成熟した卵胞の顆粒膜細胞におけるFasタンパク質レベルでの発現は、MRL/+マウスのそれより低いことが認められた。つまり、MRL/lprマウスではFas蛋白の生合成不全が起きている事が示された。

 2.Sf9-FasL細胞とMRL/+及びMRL/lprマウス由来の透明帯除去卵との相互作用反応をin vitroで行い、卵のアポトーシスの進行をTUNEL法で観察したところ、Sf9-FasL細胞はMRL/+マウスの卵のアポトーシスを誘導したが、MRL/lprマウスの卵のアポトーシスは誘導出来なかった。

 さらに、in vivoでMRL/+及びMRL/lprマウスの腹腔内に抗Fas単クローン抗体を注射し、これらのマウスの卵巣および肝臓におけるアポトーシスの進行をTUNEL、DNA断片化測定法により検討したところ、MRL/+マウスの大部分の卵母細胞、一部の顆粒膜細胞及び大部分の肝細胞にアポトーシス陽性の所見が認められたが、MRL/lprマウスの卵巣、肝臓ではほとんど陰性に近い所見であった。

 3.20週齢のMRL/lprマウスの卵巣の重量、サイズ及び卵胞数はMRL/+マウスのそれらに比べて顕著に増加し、卵巣腫脹(肥大)が起ることを見い出した。これはアポトーシスからまぬがけれたリンパ球の浸潤によるものではなくて、MRL/lprマウス卵巣構成細胞自身におけるFasのdeath domain欠如のためcaspase cascadeの作動不全を来たし、卵胞閉鎖が惹起されず、卵胞数の著増によるものである事が推察された。

 以上、本研究では、マウスの卵巣におけるFasの発現は卵母細胞、過排卵及び一部顆粒膜細胞に、FasLは顆粒膜細胞に発現し、顆粒膜細胞上のFasLは卵母細胞や顆粒膜細胞上のFasレセプターを介し、オートクリン、パラクリン的に作用して、アポトーシスを誘導し、卵胞閉鎖を推進している分子機構を解明したと考える。本論文はFas/FasL系を介する卵胞閉鎖形成機序の役割の解明に重要な貢献をしたと考え、学位の授与に値するものと認定した。

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