学位論文要旨



No 114493
著者(漢字) 王,崇任
著者(英字)
著者(カナ) ワン,チョロンリン
標題(和) 細胞表面にCD4分子を発現せず血中に可溶性CD4を持つ変異マウスにおける遅延型過敏反応の抑制
標題(洋) Role of soluble CD4 in suppression of delayed-type hypersensitivity response in membrane-bound CD4 loosing mice
報告番号 114493
報告番号 甲14493
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1413号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 小島,荘明
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 講師 瀧,伸介
内容要旨 <序論>

 CD4分子は55kDaの糖蛋白で、細胞膜外部分は四つの免疫グロブリン様構造を持っている。CD4は第一ドメインと第二ドメインを介して主要組織適合性抗原(MHC)クラスII分子の定常部分に結合し、T細胞-抗原提示細胞相互作用に際して、T細胞レセプターとMHCクラスIIが反応する際の細胞接着を補強する。さらに、CD4の細胞質部分は細胞質内のLckチロシンキナーゼと結合し、末梢T細胞の活性化シグナルに関与している。このようにCD4分子は機能的に異なるT細胞サブセットのマーカーとしてばかりでなく、末梢T細胞活性化と胸腺におけるT細胞系細胞の分化に重要な役割を果たしている。

 エイズや伝染性単核症のような感染症、リューマチ性関節炎等の疾患では、T細胞膜表面のCD4分子が分泌されて血清中に存在することが知られている。さらに、CD8、CD25等のT細胞表面分子もCD4と同様に血清中に分泌されることも知られており、これら分子の血清中濃度は病勢を反映していることも考えられている。これら可溶性分子の機能については不明であるが、感染症、自己免疫疾患等、免疫機能が直接関与する疾患の患者血清中にこのような可溶性T細胞表面分子の存在が見られることから、これらの可溶性分子が免疫機能の抑制に関与していることは充分考えられる。

 ウイルス感染防衛や自己免疫疾患の成立には細胞性免疫は重要な機能を果たしている。遅延型過敏(DTH)反応はこのような細胞性免疫反応を生体で測定する方法の一つである。これは抗原特異的Th1細胞を介する反応であると理解されており、サイトカインやケモカインが関与し、血管の透過性が亢進し、マクロフアージとリンパ球が局所に遊走して起こる組織反応である。

 最近、私達の研究室でCD4分子を細胞表面上に発現せず血中に可溶性CD4を持つC57BR/cdJ由来の変異マウス(CD4Lマウス)を発見した。このマウスでは、ゲノムCD4遺伝子に変異があり、そのためCD4分子の膜貫通部位をコードするCD4mRNAエキソンVIIIが欠落し、細胞表面にCD4が発現されず、可溶性CD4分子(sCD4)が分泌されることがわかった。CD4Lマウスの免疫機能に対するsCD4の影響を調べるために、まず、C57BL/6マウスと交配し、C57BL/6バックグラウンドを持つCD4Lマウスを作製し、C57BL/6マウス由来のCD4ノックアウト(CD4KO)マウスとこのCD4Lマウスの免疫反応を比較した。細胞性免疫反応の指標であるDTH反応を調べた結果、CD4KOマウスの反応に比べてCD4Lマウスは、反応が著しく減弱していた。またCD4LマウスのDTH反応の減弱はIFNの産生がsCD4によって阻害されることが原因であることが明らかになった。

<結果>1。CD4Lマウスにおけるメチル化ウシ血清アルブミン(mBSA)に対するDTH反応の減弱

 マウス腹部両側皮内にmBSAとFreund完全アジッバント(FCA)のエマルジョンを投与し、一週後、感作マウスの左後肢足蹠にmBSAを皮内注射し、右後肢足蹠に生理食塩水を皮内注射した。注射後24、48、72時間の足蹠腫脹を測定した。CD4LマウスのDTH反応は正常マウスの反応に比べて著しく減少していた。一方、CD4KOマウスでは正常マウスと同程度の反応が見られた。

2。抗CD4抗体によるCD4LマウスのDTH反応の回復

 CD4Lマウス腹腔内にmBSAによる抗原感作の二日前からDTH反応を惹起した日まで九日間に抗CD4抗体を七回投与した。この抗CD4抗体の注射後CD4Lマウス血清中のsCD4は完全に検出できなくなった。抗CD4抗体を投与したCD4LマウスのDTH反応は正常マウスの反応と同程度にまで回復した。

3。sCD4を分泌する細胞を入れたdiffusion chamberを腹腔内に埋め込むことによるCD4KOマウスのDTH反応の抑制。

 CD4KOマウス腹腔内にsCD4を分泌する細胞を入れたdiffusion chamberを移植した。一週間後、血清中sCD4濃度がCD4Lマウスの血清中sCD4と同程度に達した時、このマウスをmBSAを用いて感作した。sCD4を分泌する細胞を含んでいるdiffusion chamberを移植したマウスのDTH反応は明らかに抑制された。一方、vectorのみを入れた対照細胞を含んでいるdiffusion chamberを移植したマウスのDTH反応には変化は見られなかった。

4。CD4Lマウスリンパ節細胞のIFN産生の低下

 マウス足蹠にmBSAをFCAと共に投与し、一週間後に膝窩リンパ節を取り出し、その細胞をin vitroでmBSA抗原を用いて刺激し、IFN産生を測定した。CD4Lマウスリンパ節細胞のIFN産生量は正常マウスの産生量より著しく低下していることがわかった。CD4KOマウスを用いて、同様にしてIFN産生を測定したところ、正常マウスとほぼ同程度のIFN産生が見られた。

5。抗CD4抗体投与により回復したCD4LマウスDTH反応の抗IFN抗体による抑制

 上に述べたように抗CD4抗体を投与してsCD4を除去することによって、CD4LマウスのDTH反応は回復した。そこで、このDTH反応におけるIFNの役割を検討する目的で、CD4Lマウス腹腔内に抗CD4と抗IFN抗体の両方を投与してDTH反応を見た。抗IFN抗体はマウスの抗原感作の日からDTH反応を惹起した日を含めて、一週間に五回投与した。この抗IFN抗体投与は抗CD4抗体によって回復したDTH反応を著しく減弱させた。

6。抗CD4抗体投与によるCD4Lマウスリンパ節細胞のIFN産生の増強

 抗CD4抗体投与によってCD4LマウスのDTH反応の回復を見た実験と同じスケジュールによって抗CD4抗体を投与し、このマウスをmBSAを用いて一週間抗原感作した後、膝窩リンパ節細胞のmBSA抗原に対するin vitro IFN産生を測定した。この結果、抗CD4抗体を投与したマウスのIFN産生量は明かに増加した。一方、対照免疫グロブリンを用いた群ではIFN産生量に変化はなかった。

7。sCD4を分泌する細胞を含んでいるdiffusion chamberを移植したCD4KOマウスリンパ節細胞のIFN産生の抑制

 CD4KOマウス腹腔内にsCD4を分泌する細胞を含んでいるdiffusion chamberを移植し、一週間後、血清中sCD4濃度がCD4Lマウスのそれとほぼ同程度(100U/ml)に達した時、mBSAを用いて抗原感作した。一週間後、膝窩リンパ節細胞をmBSA抗原で刺激し、IFN産生を測定したところ、sCD4を分泌する細胞を含むchamberを移植したマウスのリンパ節細胞のIFN産生量は著しく減少していることがわかった。一方、vectorのみを入れた対照細胞を含むchamberを移植したマウスのリンパ節細胞のIFN産生量は高い値に保たれていた。

<考察>

 CD4LマウスのmBSAに対するDTH反応は著しく減少していることが確認された。これに反して、CD4KOマウスは正常マウスと同程度のDTH反応が見られた。CD4KOマウスはLeishmania majorの抗原に対しても正常マウスと同等のDTH反応を示すことが報告されている。抗CD4抗体投与によるCD4LマウスDTH反応の回復とsCD4の導入によるCD4KOマウスのDTH反応の阻害という結果からCD4LマウスではsCD4によってDTH反応が抑制されていることが明らかになった。IFNはDTH反応の感作と惹起に重要な役割を果たしていると考えられている。抗IFN抗体投与は抗CD4抗体処理によって回復したCD4LマウスのDTH反応を抑制した。さらに、CD4KOマウス及びCD4Lマウスのリンパ節細胞のIFN産生はDTH反応の程度と相関していることがわかった。これらの結果はCD4LマウスのDTH反応低下はsCD4によるIFN産生の減少に起因することを示している。CD4LマウスのsCD4は少量ではあるがMHCクラスIIに結合することがFACS解析によって示された。このことはsCD4がMHCクラスIIに結合することよってdouble negative T細胞,CD8T細胞やNKT細胞の活性化を抑制する可能性が考えられる。CD4LマウスはDTH反応の機構を生体内で解析するための動物モデルとして用い得るものと考えられる。

審査要旨

 本研究はCD4分子を細胞表面上に発現せず血中に可溶性CD4(sCD4)を持つ変異マウス(CD4Lマウス)についての解析を試みたものであり、CD4Lマウスの免疫機能に対するsCD4の影響について検討を行っており、下記の結果を得ている。

 1.C57BL/6マウスと交配し、C57BL/6バックグラウンドを持つCD4Lマウスを作製し、C57BL/6マウス由来のCD4ノックアウト(CD4KO)マウスとこのCD4Lマウスの免疫反応を比較した。

 2.細胞性免疫反応の指標であるmBSAに対する遅延型過敏反応(DTH反応)を調べた結果,CD4LマウスのDTH反応は野生型マウスの反応に比べて著しく減少していた。CD4KOマウスでは正常マウスと同程度の反応が見られた。一方、CD4Lマウスリンパ節細胞のmBSAに対するIFN産生量は野生型マウスの産生量より著しく低下していた。CD4KOマウスは野生型マウスとほぼ同程度のIFN産生量が見られた。

 3.抗CD4抗体を投与してsCD4を除去することによって、CD4LマウスのDTH反応は回復した。その上に、抗IFN抗体投与は抗CD4抗体によって回復したDTH反応を著しく減弱させた。抗CD4抗体投与によってDTH反応の回復を見た実験と同じスケジュールによって抗CD4抗体を投与したCD4LマウスのIFN産生量は明かに増加した。

 4.sCD4を分泌する細胞を含んでいるdiffusion chamberを移植したCD4KOマウスのDTH反応は明らかに抑制された。一方、sCD4を分泌する細胞を含むdiffusion chamberを移植したCD4KOマウスのリンパ節細胞のIFN産生量は著しく減少していることがわかった。

 5.CD4LマウスのsCD4はMHCクラスIIに結合することがFACS解析によって示された。このことはsCD4がMHCクラスIIに結合することよってdouble negative T細胞,CD8T細胞やNKT細胞の活性化を抑制する可能性が考えられる。

 以上、CD4LマウスではsCD4によってDTH反応が抑制されていることが明らかになった。さらに、CD4KOマウス及びCD4Lマウスのリンパ節細胞のIFN産生量はDTH反応の程度と相関していることがわかった。CD4LマウスのDTH反応低下はsCD4によるIFN産生量の減少に起因することを示している。エイズやleishmaniasisのような感染症、リューマチ性関節炎等の疾患では、sCD4分子が分泌されて血清中に存在することが知られているが、そのsCD4の機能については不明である。本研究におけるCD4LマウスはsCD4によるDTH反応の抑制を明かにするモデルマウスになる可能性を示しており、進行期エイズ患者におけるのDTH反応低下のメカニズムの一つを解明に貢献を成すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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