I.緒言 脳血流製剤N-isopropyl-p-[123I]iodoamphetamine(123I-IMP)の静注のみで、簡便に脳血流画像を得られるSPECTは臨床に広く普及し、患者の病態把握に有用な情報を提供してきた。従来の解析法である関心領域設定法(ROI法)は、正常群と疾患群の間でROI値に有意差があるのか評価する方法であるが、ROIを個人間で正確な位置に設定することは容易ではない。これは、脳形態には個人差があり、さらにSPECT画像のみでは正確な脳回の同定も困難であることを原因としている。これを克服するために、画像上の解剖学的な個人差を補正し、「標準脳」という一つの形に一致させる方法がある。標準脳では画素ごとの演算が可能となり、統計量画像の作成によって全脳の客観的な評価ができる。痴呆性疾患においては、MRI等で同定される病変に先行して、SPECT画像上に病理変化を反映する血流低下パターンが得られるが、これを標準脳上で客観的に評価し、相互に比較できれば、鑑別診断に有用な情報が得られると考えられる。今回、PET脳賦活試験用に開発され、統計量画像の作成が可能であるStatistical Parametric Mapping’95(SPM’95)を、痴呆の脳SPECT画像における血流低下領域の検出に応用することを発案した。本研究の目的は、標準脳を用いた統計量画像作製法を脳血流SPECT画像に適用するための検討を行うこと、痴呆を呈する疾患毎に特徴的な血流低下パターンを検出できるかどうか検証すること、それらを鑑別診断のために標準脳上で相互に比較することである。さらに患者個人の脳機能低下を、標準脳上で評価する可能性についても検討を加えた。 II.対象と方法 対象は、臨床的に診断されたアルツハイマー型痴呆(SDAT)、進行性核上性麻痺(PSP)、び漫性レビー小体病(DLBD)、ピック病の合計40例と正常対照群10例である。SDAT群については、改訂長谷川式簡易痴呆スケールの点数によって、10点から20点までの軽度〜中等度痴呆群と9点以下の高度痴呆群に分類した。 SPECT装置と放射性医薬品は、3検出器回転型ガンマカメラGCA9300A/HGと123I-IMPである。123I-IMP 222Mbqを静注後25分から約30分間の撮像を行った。再構成されたSPECT横断像を画像解析ソフトウェアDr.View Ver.4.0に転送し、最大画素値の40%以上の値を持つ領域を脳実質に相当するとして輪郭を決めた場合とそのままのSPECT横断像を用いた場合を比較した。ここで40%という値は、16cm径円筒型プールファントムの直径を、最もよく再現する値として得た。 これらのSPECT画像をTalairachの標準脳に一致させるための解剖学的標準化には、SPM’95の線形変換、非線形変換を用いた。変換後には、SPECT画像とテンプレート画像を比較して、解剖学的対応を確認した。さらに、正常群、軽度〜中等度SDAT群、高度SDAT群における解剖学的標準化後に残存した脳輪郭の誤差を測定した。平滑化は、画像とガウス関数との重畳積分によって行った。画素値の補正には、全脳放射能が一定になるように、SPM’95上で共分散分析を用いた。 次に、正常群に対する軽度〜中等度SDAT群の脳血流低下と軽度〜中等度SDAT群に対する高度SDAT群の脳血流低下を得るため、画素ごとにSPM’95により検定し、多重比較を補正したt値を算出した。このt値をZ変換し、危険率1%にあたるZ値を閾値として、有意な脳血流低下領域を得た。他の痴呆群の血流低下についても、同様に標準脳上に統計量画像として得た。 SDAT群の血流低下については、全脳放射能を一定とする規格化と小脳放射能による規格化を比較した。規格化には小脳上においたROI値を用いた。 患者個人のSPECT画像における血流低下領域は、全脳放射能による規格化後、正常群の両側5%に相当する低下領域とした。 III.結果 解剖学的標準化では40%の閾値によって脳実質外集積を除去した場合にテンプレート画像と正しく対応した。その誤差は正常群では2mm以下であるのに対して、痴呆が重症であるほど増大する傾向が見られた。 軽度〜中等度SDAT群の血流低下領域は帯状回後部、両側側頭葉と頭頂葉であった。軽度〜中等度SDAT群からみた高度SDAT群の血流低下領域は右海馬と前脳基底部であった。以上は、対小脳比画像による解析でも同様の結果として得られた。PSP群の血流低下領域は、両側の中前頭回を中心とする両側前頭葉から帯状回前部に広汎に広がっていた。DLBD群の血流低下領域は両側側頭葉、頭頂葉から視覚領を含む後頭葉に広がっていた。前頭葉型ピック病群の血流低下領域は両側の前頭葉であるが、PSP群とは、内側部上前頭回に強い血流低下があり、帯状回前部には血流低下域が見られない点が異なっていた。側頭葉型ピック病群の有意な血流低下は検出されなかった。 各疾患の患者一例ごとの血流低下領域は、上記に示した各疾患群の血流低下領域によく一致していた。 IV.考察1.方法論について SPECT画像を標準脳に変換するための最適条件は、脳実質外集積を除去したSPECT画像に対してSPM’95用いた場合であった。これはSPECT画像が、散乱成分などを多く含んでおり、PETのテンプレート画像とは画質が異なるためであると考えられた。さらに痴呆による脳血流低下が強いほど、解剖学的標準化の精度は低下すると考えられ、変換後のSPECT画像がテンプレート画像と一致しているかを、平滑化処理の前に確認する必要があると考えられた。 SPMでは正常脳PET画像の形態的なvariationを、標準脳との誤差が約2-3mm以下になるまで補正することが可能であり、SPECTでも正常群では同様の精度で補正できた。補正の際の移動ベクトル量からは、痴呆に伴う軽度の脳萎縮はnormal variationの範囲内に吸収されると考えられるが、誤差の増大がみられ、さらに痴呆が進行するにしたがい解剖学的標準化後に見られる誤差は大きくなる傾向があった。これは輪郭決定が一定の閾値に基づているためと考えられた。平滑化よって誤差は軽減されるが、こうした精度を確認することによって、血流低下の評価に妥当な統計量画像を得られることが確認できた。 SPECT画像のROI値に関しては、局所放射能が放射性医薬品の投与量や脳への集積率によって容易に変化するため、全脳放射能に対する相対値を用いるのが一般的である。しかし、び漫性の血流変化を検出しにくくなる可能性があるため、病理変化が少ない小脳によって規格化した画像を作成したが、新たな血流低下領域は検出されなかった。また、全脳平均による放射能の規格化は、大脳皮質の画素値の変動計数を最小にできるので、最も客観的な方法であると考えることができる。 2.疾患別検討アルツハイマー型痴呆 軽度〜中等度SDAT群における側頭葉、頭頂葉と帯状回後部の血流低下は、これまでPETにて明らかにされてきた機能低下領域と良く一致している。帯状回後部の血流低下はSPECT画像においても、SDATの鑑別点として有用となる可能性がある。 海馬の血流低下がどの段階で生じるのかは明らかでなく、前脳基底部に関する画像上の報告もない。アルツハイマー型痴呆と強く関連しているアセチルコリン作働系の前脳基底部と海馬に高度SDAT群で脳血流低下が検出されたことは、前脳基底部や右海馬の血流低下が、側頭葉、頭頂葉、帯状回後部よりも痴呆が進行してから現れる可能性を示唆している。 進行性核上性麻痺 PSPにおいて両側前頭葉から帯状回前部にかけて広汎に血流低下を示すZ値の強度分布画像を得た。これはPETにて明らかにされてきた機能低下領域と良く一致しており、PSPにおける機能低下領域の広がりとその程度を、脳血流SPECTにても同定できたと考えられる。 び漫性レビー小体病 SDAT例では後頭葉視覚領は血流が保たれるのに対し、DLBD群では同部位に血流低下が示された点で違いが明らかになった。病理学的に診断されたDLBD症例における、後頭葉視覚領を中心とするブドウ糖代謝低下の報告と今回の結果は一致しており、SPECTでもDLBDの機能低下部位を十分に検出できる可能性がある。 ピック病 前頭葉型ピック病とアルツハイマー型痴呆の血流低下領域を比較したところ、標準脳上で共通する血流低下領域はなく、前頭葉型ピック病とアルツハイマー型痴呆はSPECTでも十分に鑑別できると考えられた。PSP群の血流低下領域とは、帯状回前部に血流低下が検出できない点で違っており、これが鑑別の参考となる可能性がある。 側頭葉型ピック病では有意な血流低下領域が検出されなかったが、これは病変の左右差など、多様性のためであると考えられた。 3.患者個人のSPECT画像における血流低下領域の自動判別 今回、正常対照群と比較することによって、各患者の血流低下領域を判定し、それぞれの痴呆に特徴的なパターンを見いだすことができた。こうした血流低下パターンの自動判別は診断支援システムとして活用できる可能性がある。 V.結語 本研究では、痴呆患者の脳血流SPECT画像から、標準脳上に脳血流低下領域を統計量画像として得ることを試みた。SPECT画像の加工など補足されるべき方法や、適用の限界、得られた結果の妥当性、今後の発展性についても検討した。従来の解析方法よりも客観的に検出された領域を、標準脳上で相互に比較できることから、今後この方法はSPECT画像の解析法として、大きな位置を占めてくると考えられる。 |