単一ニューロンの活動にコードされる刺激分類情報の情報量の経時的解析 これら82個のニューロンについて、その発火パターンがおおまかな情報(顔(サルとヒト)か図形かの分類や、サルかヒトかの分類)をコードしているか、さらに表情や個体を分類する(より詳細な)情報もコードしているかどうかを調べるため、ニューロン活動にコードされる情報量を計算した。ここでいう情報量とは、呈示した複数の視覚刺激をニューロンの発火によってどのぐらいの確かさで分類しうるか、の値であり、次の式で定式化した(式1)。
I(S;R);相互情報量
S; 刺激sのセット
R; 神経活動rのセット
P(s|r);神経活動がrの時の刺激クラスsの条件付確率
P(s);刺激sのアプリオリな確率
〈 〉r;全神経活動の平均
時間をくぎって経時的に情報量を計算することにより、各々の区間での刺激分類に関する確かさから、情報量の経時的変化を求めた。すなわち、刺激呈示から509ミリ秒までの間の情報量を各視覚刺激に対する反応の50ミリ秒間のスパイク数を用いて8ミリ秒毎に計算し、情報量が時間とともにどのように変化していくかを解析した。この際、刺激画像の8種類の分類について、情報量を算出した。8種類の分類のうち4つは「おおまかな分類情報」とし、顔(サルとヒト)対図形、サル対それ以外、ヒト対それ以外、サル対ヒト、とした。残りの4つは「詳細な分類情報」とし、サルの個体、サルの表情、ヒトの個体、ヒトの表情、とした。また、それぞれの分類に応じて(例えば顔か図形かによって)ニューロンのスパイク数が有意に異なるかどうかも経時的にカイ二乗検定により検定し(Kitazawaら、1998)、その情報の有意性を判定した(有意水準0.05)。刺激呈示開始時から初めて有意であると判定されるまでの時間を潜時とした。おおまかな分類情報は、刺激グループの組み合わせであるので、4つの分類のうちの複数が有意となることがあった。各々は独立した情報ではないので、ピーク時の情報量が最大になるものをおおまかな分類情報とした。詳細な分類情報については、4つがそれぞれ独立であるので、そのような選別は行わなかった。
図1に示したニューロンの情報量解析の結果を図2に示す。このニューロンは、5つの有意な分類情報をコードしていた。それらの情報のうち、顔か図形かを分類する情報量の時間的変化(太線)はニューロン反応の立ち上がりの一過性の増大とよく対応していた。それに対して、サルの表情(太点線)や個体(細点線)を分類する情報量やヒトの個体(破線)や表情(細線)を分類する情報量は、立ち上がりの一過性反応の後に上昇することがわかった。このニューロンは、まずおおまかな分類情報(顔対図形)をコードし、それに続いて詳細な分類情報(サル表情、ヒト個体、ヒト表情、サル個体)をコードすると考えられた。
図2 刺激分類情報の情報量の経時的変化図1に示したニューロンについて有意であった分類情報を示す(「顔vs.図形」(太線)、「サル個体」(細点線)、「サル表情」(太点線)、「ヒト個体」(破線)、「ヒト表情」(細線))。各々の情報について、初めて有意と判定された区間を白抜きの矢頭で示す。灰色のヒストグラムは、すべての刺激に対するニューロンの50ミリ秒間の平均発火頻度を、8ミリ秒毎に求めたものである。ニューロン反応のヒストグラムの有意レベルは、右縦軸の右側の矢頭で示す(刺激呈示前154ミリ秒間の発火を自発放電とみなして、その平均値と標準偏差の2倍の和を有意レベルとした)。刺激呈示期間(350ミリ秒)を横軸下の太い横線で示す。 同様の解析を82個の側頭葉ニューロンについて行った結果、68個のニューロン(83%)が8つの分類情報のうちのいずれかをコードしていた。うち、33個のニューロン(49%)がおおまかな分類あるいは詳細な分類のどちらかの情報をコードしていた。一方、残りの35個のニューロン(51%)はおおまかな分類と詳細な分類の両方の情報を複合してコードしていた。
さらにこの複合分類情報をコードしていた35個のニューロンについて、おおまかな分類と詳細な分類の潜時の比較を検討した。その結果、詳細な分類情報の潜時がおおまかな分類情報の潜時に有意に遅れていた(平均約53ミリ秒)。従って、詳細な分類情報はおおまかな分類情報に遅れてコードされることが明らかとなった。
また、ニューロンの反応の潜時とおおまかな分類情報の潜時を比較した結果、両者にはほとんど差がなく(平均8ミリ秒)、おおまかな分類情報はニューロンの反応の立ち上がりの部分からコードされると思われた。
おおまかな分類が詳細な分類に先行するというこの傾向は、有意な情報をコードしていた全68個のニューロンでも確かめられた。それら全ニューロンについては、詳細な分類がおおまかな分類に約40ミリ秒遅れてコードされることが示された。
これら顔に関する情報をコードしていたニューロンの解剖学的位置について調べたところ、主に上側頭溝の下壁と下部側頭葉回に分布しており、上側頭溝の上壁には少数しか確認できなかった。また、コードしている情報の違いによってニューロンの分布に片寄りは認められなかった。