学位論文要旨



No 114496
著者(漢字) 高,秀峰
著者(英字)
著者(カナ) ガオ,シュウフェン
標題(和) 尿中硫酸抱合胆汁酸測定法の開発
標題(洋)
報告番号 114496
報告番号 甲14496
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1416号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 幕内,雅敏
内容要旨

 肝臓は人体中で最も大きな臓器であり、様々な代謝機能を持っている。これらの機能は生体内の様々な物質の合成と分解、転化と輸送、貯蔵と放出、分泌と排泄などの物質代謝の調節と密接な関連がある。このような肝臓のある代謝機能を着目して、肝臓機能の測定法を設計することができる。

 胆汁酸(Bile acid)は胆汁の一つの主要成分であり、コレステロール(Cholesterol)の分解産物で、肝臓内で合成される。正常時には、胆汁酸は、閉鎖した腸肝循環中に存在し、他の循環血液中にほとんど存在しないが、肝胆道系疾患によって肝内或いは肝外に胆汁がうっ滞した時に血液中に漏出する。また、一部肝細胞障害による取り込み障害から、血液中の胆汁酸濃度が高くなることもある。血液中の胆汁酸濃度は肝胆の機能と密接な関連がある生体成分で、肝胆機能を直接反映する重要な指標である。

 胆汁酸の硫酸抱合については、1967年にPalmerが14C-Lithocholic acidを人に経口投与した後に胆嚢内の胆汁中に、Glycolithocholic acid sulfateとTaurolithocholic acid sulfateが存在することを確認した。それ以来、肝胆道疾患における硫酸抱合胆汁酸の代謝及びその意義が注目されてきた。胆汁酸は、硫酸抱合されると、その水溶性が著しく増加し、腎臓からの胆汁酸排出率(clearance)が数倍から数百倍に上昇し、尿中に容易に排出される。肝胆道系疾患の場合、血清中の胆汁酸濃度の増加と共に、尿中の硫酸抱合胆汁酸も増加する。従って、尿中の硫酸抱合胆汁酸は臨床的に肝胆道機能と密接に関連すると考えられる。尿中の硫酸抱合胆汁酸を測定することができれば、尿によって肝胆機能検査が可能になると考えられる。これは臨床分野で重要な意義がある。

 従来、これを測定するために、ガスクロマトグラフィー(Gas chromatography:GC)やガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-mass spectroscopy:GC-MS)が用いられて来た。さらに、これらを簡略化して高速液体クロマトグラフィー(High performance liquid chromatog-raphy:HPLC)或いは酵素蛍光法で測定する方法も報告されている。しかし、これらの方法では、あらかじめ生体試料から胆汁酸を抽出し、硫酸抱合胆汁酸を分画した後、化学的手法により、硫酸エステルを加水分解して、脱硫酸化する過程が必要である。このように何段階にも渡る煩雑な前処理と時間や技術を要する状況ため、硫酸抱合胆汁酸は現在十分に臨床の現場で肝胆機能の指標として利用されるには至っていない。

 近年、田附らがPseudomonas testosteroniから硫酸抱合胆汁酸の3-硫酸エステルを加水分解するスルファターゼ(Bile acid sulfate sulfatase:BSS)を単離した。この酵素を用いることにより、硫酸抱合胆汁酸の硫酸基を酵素反応で選択的に加水分解することが可能になった。

 そこで、本研究では、従来化学的処理に頼っていた硫酸エステルの加水分解をBSSを用いることにより、効率よく選択的に行い、簡便、迅速かつ高感度な尿中の硫酸抱合胆汁酸の測定法を開発することを目的とした。

 硫酸抱合胆汁酸は尿中に10M以下しか存在しないので、高感度な測定システムの開発が要求される。従って、本研究はまず固定化酵素を用いたフローインジェクション分析(Flow injection analysis:FIA)システムと高感度なルミノール化学発光法を組み合わせて、簡便、迅速なFIA化学発光測定システムの構築を試みた。

 測定原理を以下の如んである。測定対象である硫酸抱合胆汁酸がBSSによって脱硫酸化されると、3-Hydroxysteroidを生成する。この生成した3-Hydroxysteroidが-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(-Hydroxysteroid dehydrogenase:-HSD)と補酵素NAD+及び電子伝達体である1-メトキシフィナジンメトスルフェト(1-Methoxy-phenazinium methosulfate:1-MPMS)の存在下で過酸化水素を生成する。生成した過酸化水素はペルオキシダーゼ(From arthromyces ramosus:ARP)に触媒されてルミノールと反応して発光する。その発光強度により硫酸抱合胆汁酸を定量することができる。

 測定システムはペリスタルティックポンプ、インジェクター、光電子増倍管と発光検出器及びレコーダーからなる。本システムは二つの流路から構成される。一つの流路は硫酸抱合胆汁酸を酵素反応に導くキャリア液である。もう一つの流路はARPとルミノール発光試薬を導入するための流路である。標準試料であるグリコリトコリクアシド3-スルフェト(Glycolithocholic acid 3-sulfate:GLCA-S)をシステムに注入すると、キャリア液中に存在するNAD+と1-MPMSがBSSと-HSDの存在下で一連の反応を起こし、過酸化水素が生成する。生成した過酸化水素がルミノール発光試薬と混合され、発光セルで、発光反応が起き、この発光強度が光電子増倍管で検出される。

 20lのGLCA-Sを測定した場合、0.1-12Mの範囲でGLCA-Sの濃度が発光強度との間に直線的な関係が得られた。その相関係数は0.999であった。本方法の分析速度は30検体/hで、各測定値の相対標準偏差(RSD)は2.2%以下であった。

 硫酸抱合胆汁酸を加水分解するBSSを用いたので、尿検体を酸処理する必要はなかった。しかし、尿検体中に多量の代謝物質が共存しており、特に多数の還元性物質が、ルミノールの発光反応に影響を与える。従って、本測定システムでは、尿試料を測定するために、胆汁酸を抽出するという前処理を行う必要があった。臨床応用にはより簡単な測定法が必要とされるので、次に分光光度法に基づいたFIA測定システムの開発を試みた。即ち、H2O2-Luminolの発光反応に還元性物質の影響を避けるために、新規な発色試薬水溶性テトラゾリウム塩(Water soluble tetrazolium blue:WST-5)を利用して、固定化酵素を用いたFIA分光光度測定システムを構築した。

 測定原理を以下説明する。硫酸抱合胆汁酸がBSSと-HSDの酵素反応によって脱硫酸化され、NADHが生成する。生成したNADHがジアホラーゼに触媒され、WST-5発色試薬と反応し、水溶性のジホルマザンを生成する(最大吸収波長が550nmである)。その吸光度を測定することにより、尿中の硫酸抱合胆汁酸を定量することができる。

 システムは、4チャンネルペリスタルティックポンプ、インジェクター、10方切り替えバルブ、固定化酵素リアクター、ブランクカラム、分光光度計及び記録計により構成されている。尿試料中の色素により吸収の影響を除去するために、10方切り替えバルブをシステムに導入し、サンプルを固定化酵素BSS/-HSDリアクターとブランクカラムに交互に通過させ、測定を行った。こうすることにより、二つのカラムを交互に洗浄することもできる。

 尿試料はインジェクターに注入されると、NAD+を含むキャリア溶液中に導入される。尿試料はキャリア溶液と混合し、固定化BSS/-HSDリアクター内に運ばれ、酵素反応が起こる。生成したNADHは、WST-5発色試薬と混合され、次の固定化ジアホラーゼリアクター中に入り、ジアホラーゼの触媒作用の下で,WST-5発色試薬と反応し、青い水溶性ジホルマザンを生成する。このジホルマザンは分光検出器のフローセルを通り、550nmの波長で測定される。次に、ブランクカラムに切り換え、同じ操作で、尿試料を導入し、試料のブランクを検出する。それぞれのピークの差を検出することにより、硫酸抱合胆汁酸の濃度を定量することができる。

 70lの試料を注入した場合、GLCA-Sを標準試料として1-75Mの範囲で吸光度と試料濃度の間に直線的な関係が得られた。その相関係数は0.999であった。分析速度は15検体/hであった。また尿検体にGLCA-Sを添加して測定を行ったところ、添加回収率は91-108%であった標準。試料と尿試料を繰り返して8-50回測定して得られた相対標準偏差は1%-5.4%以下であった。尿試料の測定結果を従来法と比較して良い相関性が得られた(y=1.048x+1.168,r=0.990,n=32)。以上の実験結果から、本方法は臨床方面に十分に応用できると考えられる。

 本法の利点を以下に述べる。

 1.新規な発色試薬WST-5試薬を使用することにより、従来困難であった連続測定が可能なFIA測定システムを構築することができた。WST-5は、テトラゾリウム塩から合成したものであるが、発色反応で生成したホルマザンが高水溶性である。従って、生成したホルマザンがFIAシステムのチューブ及びフローセルに付着しない。その他、WST-5試薬はNADHに対する発色感度が従来のテトラゾリウム塩よりよく、体液成分による妨害も少ない。尿試料を前処理せず、尿中の硫酸抱合胆汁酸を測定することができた。

 2.高価、不安定な酵素を固定化することにより、連続測定が可能になった。

 3.FIA法は、分析速度が早く、再現性が良く、操作が簡単で、試薬及び試料の使用量が少ない等の特長を持つ。また、リアクター内で酵素反応により生成した物質を自動的に排出するので、酵素反応が効率良く進む。従来の煩雑で困難であった尿中の硫酸抱合胆汁酸を半自動に連続分析できるようになった。

 以上、硫酸抱合胆汁酸測定法の開発から実際に尿検体の測定まで行った。本研究では目的とした尿中硫酸抱合胆汁酸の迅速、簡便かつ高感度な測定法を構築した。この方法に基づいて新規な臨床検査用尿中硫酸抱合胆汁酸迅速測定装置を開発することが可能である。これを開発することにより、肝胆道系疾患の病態を把握、病院の日常テスト及び患者の長期的なモニタリング、経過の観察に役立つ方法を提供することができる。尿試料の前処理を必要としないので、多数検体の連続測定の要求されている臨床検査に適用できる。また、非侵襲臨床検査法として新生児先天性胆道閉鎖症および生後1ヶ月以内の新生児肝炎を採血することなく、尿の採取だけで診断できるので、新生児の臨床検査における有効な手段と成り得る。

審査要旨

 本研究は肝胆機能の重要な指標である尿中の硫酸抱合胆汁酸を測定するため、新種の酵素である硫酸抱合胆汁酸スルファターゼ(bile acid sulfate sulfatase:BSS)を利用して、簡便、迅速で、選択的かつ高感度な尿中硫酸抱合胆汁酸の測定法の開発を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.新種の酵素BSSを高感度なルミノール化学発光検出系に組み込み、FIA化学発光システムを構築した。この分析システムを利用して、1Mから20Mまでの硫酸抱合胆汁酸を検出できることが示された。これより、尿中の硫酸抱合胆汁酸の測定に対して、本FIA化学発光システムが十分な感度を持つことが示された。

 2.BSSと-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(-hydroxy steroid dehydrogenase:-HSD)を同時に固定化して、新規なBSS/-HSD固定化酵素リアクターを開発した。そして、この酵素リアクターをFIA化学発光システムに組み込み、尿中硫酸抱合胆汁酸を迅速に測定するFIA化学発光法を確立した。20lの(GLCA-S)を測定した場合、0.1-12Mの範囲でGLCA-S濃度と発光強度との間に良い直線的な関係が得られた(r>0.999)。本方法を用いて1時間に30検体を測定することができ、各測定値の相対標準偏差(RSD)は2.2%以下であった。本発光法は十分な感度を持ち、操作が従来より簡便であり、さらに、酵素を固定化することによって、繰返して経済的に測定できることが示された。また硫酸抱合胆汁酸を加水分解するBSSを利用したことによって、化学的手法により硫酸エステルを長時間加水分解し硫酸基を外すという煩雑な操作が不要となった。以上の結果を踏まえて、尿中硫酸抱合胆汁酸を測定する自動分析装置の試作を成功した。

 3.新規な発色試薬である水溶性テトラゾリウム塩(water soluble tetrazolium blue:WST-5)を用いて尿中硫酸抱合胆汁酸のFIA/固定化酵素分光光度システムを構築した。尿試料を前処理せず尿中硫酸抱合胆汁酸を直接測定することによって、1時間で15個の検体を定量することができた。これで手分析より分析効率を8倍ほど高めた。70lの試料を注入した場合、GLCA-Sを標準試料として1-75Mの範囲で吸光度と試料濃度の間に直線的な関係が得られた(r>0.999)。また尿検体にGLCA-Sを添加して測定を行ったところ、添加回収率は91-108%であった。試料と尿試料を繰り返して8-50回測定して得られた相対標準偏差は1-5.4%であった。尿試料の測定結果を従来法と比較したところ、良い相関性があることが示された(r=0.990,n=32)。

 以上、本論文は固定化酵素を用いた2種類のFIAシステムを構築することによって、尿中硫酸抱合胆汁酸を迅速、簡便かつ高感度に測定できることを明らかにした。本研究は、肝胆道系疾患の病態の把握や病院での日常的な臨床検査、及び患者の長期的なモニタリングや経過の観察に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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