本研究は人工心臓開発で重要な役割を果たす生体計測系において、駆動源(モータ)の情報(モータ電流およびモータ回転数)から血液ポンプの動作状況(ポンプの流入出差圧およびポンプ拍出量)を推定する方法を構築するために、人工心臓血液ポンプ部分の数値モデル化を行うことを試みたものであり、波動型人工心臓という新しいポンプを用いた人工心臓について上述の解析を行い下記の結果を得ている。 1.波動型人工心臓のポンプ部分である波動ポンプは非常に複雑な構造をもち、その運動形式も複雑なポンプである。このポンプをその構造からシリンダーポンプを用いてモデル化した。この際円板とハウジングの間に隙間がありポンプ内に逆流が存在するという波動ポンプの特性を考慮した上で、次のような定常流下での波動ポンプのモデルを導出した。 ここで、Tm:モータトルク、Vo:有効ポンプ体積、P:ポンプ流入出差圧、Cf:回転摩擦定数、Cd:流路抵抗定数、N:モータ回転数、 :流体粘度、Sc:ポンプクリアランス係数、Ki:モータトルク係数、I:モータ電流、Kr:モータ回転数係数である。 2.波動ポンプを接続した模擬循環回路を用いて、モータ回転数と後負荷を変化させてポンプ特性の計測を行い、(1),(2-1),(2-2),(3)式中の定数を以下のように算出した。 次に算出されたこれらの定数を用いて、(3)式よりモータ駆動電流Iと回転数Nからモータ軸トルクTmを算出し、(1)式を用いて流入出差圧Pを推定した。さらにこれを(2-1),(2-2)式に当てはめポンプ拍出量Qを推定した。この際ポンプ特性の計測には、38℃において血液と同等の粘度をもつグリセリン水溶液を用いた。 この結果ヘマトクリット値7%から42%に相当する範囲の粘度において、流入出差圧は相関係数0.985、標準偏差8.16mmHgで良く一致した。また、拍出量に関しては相関係数0.956、標準偏差0.547L/minと数値的には満足な相関が得られた。 3.さらに実測拍出量と推定拍出量との差から逆流量がある場合と無い場合に分けて推定を行った。この結果、逆流が無い場合、流入出差圧は相関係数0.991、標準偏差3.27mmHg、拍出量は相関係数0.997、標準偏差0.13L/minで推定が可能であった。また逆流がある場合は同様に、流入出差圧は相関係数0.979、標準偏差4.88mmHg、拍出量は相関係数0.979、標準偏差0.300L/minで推定が可能であった。以上より逆流の有無について場合分けを行った場合は、拍出量については相関係数が向上、標準偏差が低下し、圧については数値的には大きな変化は見られなかったが、ばらつきの減少が見られた。 4.成ヤギに波動型人工心臓装着し、自然心臓を細動状態にすることによって、完全人工心臓として作動させ定常流下で駆動させた際のポンプ拍出量と動静脈差圧の推定を行った。さらに胸腔内に埋め込んだ場合についても実験を行った。また埋め込んだ場合は左房圧を0〜20mmHgとする制御を行った。これらの動物実験については逆流があるものとして推定を行った。 流入出差圧については平均誤差1.97mmHg標準偏差1.79mmHgで推定が行え、また拍出量については平均誤差0.21L/min,標準偏差0.30L/minで推定が行えた。左房圧制御を行った埋込実験では、駆動条件を変化させた場合、流入出差圧については平均誤差1.01mmHg標準偏差3.07mmHg、また拍出量の推定については平均誤差0.0481L/min,標準偏差0.451L/minで推定が可能であった。同様にadrenaline 1mgを静注し血管抵抗を変化させた場合は、流入出差圧については平均誤差0.917mmHg標準偏差7.72mmHgで、また拍出量の推定については平均誤差0.198L/min,標準偏差0.498L/minで推定が可能であった。 5.以上の実験より構築したモデルがポンプ構造を十分に表現できていることがわかった。またこのような手法を用いてポンプ解析を行うことにより、開発途上の構造が未知のポンプの開発が効率的に行える可能性が示された。 以上、本論文は人工心臓の血液ポンプの開発において、ポンプのモデル構築を行いその結果を模擬循環回路および動物実験にて検証することに成功した。また波動型人工心臓については定常流下においてモータ電流およびモータ回転数からポンプの流入出差圧およびポンプ拍出量を推定する方法を確立した。本研究は構造が未知のポンプ開発おいて、これまで試行錯誤的に進めるしかなかったポンプ設計法に新しい手法を提案し、血液ポンプの設計開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 |