学位論文要旨



No 114500
著者(漢字) 米田,孝一
著者(英字)
著者(カナ) ヨネダ,コウイチ
標題(和) 機能的MRIによる視覚性再生の脳機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 114500
報告番号 甲14500
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1420号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 桐谷,滋
 東京大学 講師 鈴木,一郎
内容要旨

 視覚性再生は、被験者が覚えた図形を描くことで評価される。このような図形を描く検査法として、ウェクスラー記憶検査の下位検査である視覚性再生検査やベントン視覚記銘検査が臨床的に広く用いられている。しかし、視覚性再生の脳機構については明らかにされていない。本研究は機能的磁気共鳴画像(functional MRI;以下機能的MRI)を用いて視覚性再生の脳機構を解明することを目的とした。

 被験者は22歳から26歳の右利きの健常男性10名である。各被験者は、実験についての十分な説明を受け、自らの意志で実験に参加することを了解し、書面よる同意を得た。神経学的な既往歴はなく、視力は正常、あるいは、矯正視力正常であった。課題はコンピュータ制御され、視覚刺激はビデオプロジェクターによって撮像室内のスクリーンに投影された。被験者はMRIのスキャナーに横たわった状態で、頭部に45度の角度で設置された鏡を通してスクリーンを見ることができる。本課題の刺激としてウェクスラー記憶検査の下位検査である視覚性再生から3題を採用した。被験者は10秒間で図形を覚え、その直後に思い出して20秒間鉛筆で紙の上に描いた。対照課題として被験者は菱形を描30秒間描き続けた。本課題と対照課題は交互に3回行われた。

 MRIの装置にはGE社Signa Horizon1.5 Tellaを用いた。機能的MRIはグラディエントエコーによるエコープラナー法(EPI)によって脳全体を覆うような矢状断18枚を撮像した:フリップ角=90度、繰り返し時間(TR)=4s、エコー時間(TE)=50ms,撮像視野(FOV)=24×24cm,スライス厚=8mm,スライスギャップ=0mm、ピクセルマトリックス=64×64、撮像時間3分12秒)。EPIの撮像終了後、解剖学的な情報を得るために3D画像を撮像した(T1強調画像、TR=8.6ms、TE=1.6ms、NEX=2、FOV=24×24cm、スライス厚=1.3mm スライス厚=0mm、ピクセルマトリックス=256×256)。

 画像処理及び統計解析はソフトウェアSPM96を用いて行った。頭部の位置のずれを補正した後、各被験者の画像を標準脳に成形変換した。ボクセル単位で視覚性再生条件と統制描画条件のMRI信号の増減をt検定し(p<0.001で一次検定、p<0.05で多重比較)、これをZscoreに変換した。この検定は各被験者一人一人についての個人分析と全被験者を一つにまとめた集団分析を行った。集団分析では全被験者の各条件に対する平均画像を作成して統計処理を行った。

 各被験者は正しく課題を遂行することができた。脳の賦活については、視覚性再生を行っているときと統制描画を行っているときを比較した結果、10人の被験者のうち8人以上で有意な賦活が見られた領域を以下に示す。両側上頭頂小葉(Brodmann Area;BA7):10/10人、両側下頭頂小葉(BA40):8/10人、両側上後頭回(BA19):9/10人、左上・中前頭回(BA6):9/10人。両側で有意な賦活が認められたいずれの領域もZscoreの左右差は認められなかった。これらの領域は集団分析においても有意であった。

 記憶に基づいた手の運動をするときに左上頭頂小葉(BA7)が賦活し(Lacquanti et al.,1997)、心像による再生を行うときには上頭頂小葉(BA7)が賦活する(Roland and Guyas,1995)と報告されていることから、本研究で見られた両側上頭頂小葉(BA7)のうち、左上頭頂小葉は視覚情報に基づいた描画をすることで賦活されたと考えられる。

 視覚情報のうち位置情報を思い出すときに右下頭頂小葉(BA40)が賦活することが報告されている(Moscovitch et al.,1995)。本研究において用いた刺激は、線や形の組み合わせで成り立っており、どこにどの形があるかという位置情報も必要とされる。そのような位置情報に関する賦活が本研究でとらえられたと考えられる。

 Damasio(1989)は、視覚情報の認識と想起には脳の後方領域の感覚連合野にある関連情報が呼び起こされるという説を提唱した。Corbetta et al.(1991)は両側上後頭回(BA19)が形の認知に関わることを示唆し、D’esposito et al.(1997)は視覚的なものを思い浮かべる場合に両側上後頭回が関与することを報告している。本研究で見られた両側上後頭回(BA19)の賦活もDamasio(1989)の説を支持するものであり、両側上後頭回(BA19)が形を思い出すことに関係があることが示唆される。

 上/中前頭回(BA6)は運動前野であり、上頭頂小葉(BA7)から視覚と体性感覚の情報を受け取っている(Goldman-Rakic,1988)。覚えた図形を思い出して描くときには、記憶されている視覚情報が運動前野に伝えられて運動野による手の運動を誘導する必要があると考えられる。一方、菱形を描くときには記憶に基づいた視覚情報は必要とされず、運動前野による運動野の誘導は生じないと考えられる。本研究における運動前野の賦活は視覚記憶に基づいた手の運動を誘導する機能を反映したと考えられる。

 両側の頭頂葉の損傷で視覚性再生の障害を呈したことを報告している症例研究は見あたらない。しかし、両側の頭頂葉と両側の上後頭回の損傷で視覚性再生の障害が生ずるものと考えられる。

審査要旨

 本研究は記憶障害の評価で臨床的に広く用いられているウェクスラー記憶検査のうち、視覚性再生に関与する脳の部位を明らかにする目的で機能的磁気共鳴画像(機能的MRI)による実験を行い次の結果を得ている。

 視覚性再生では記憶の他に手を動かすという運動、図を描くのに必要な構成も関与するので、図形を思い出して描いたときの脳の賦活から菱形を描いたときの脳の賦活を引き算することによって運動と構成による賦活を差し引き、思い出すということに関与する部位を明らかにした。その部位は両側上頭頂小葉(Brodmann Area7)、両側下頭頂小葉(Brodmann Area40)、両側上後頭回(Brodmann Area19)、左上/中前頭回(Brodmann Area6)であった。これらの部位が視覚情報を思い出して描くときに重要な部位であることを明らかにした。

 上述の結果は、これまで脳機構が明らかではなかったウェクスラー記憶検査の視覚性再生に関与する脳機構を明らかにしている。本研究で得た結果は臨床的な神経心理学の検査方針に新たな提案を投げかけるものであり、学位の授与に値する研究と言える。

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