学位論文要旨



No 114502
著者(漢字) 花島,律子
著者(英字)
著者(カナ) ハナジマ,リツコ
標題(和) 磁気二発刺激によるヒト大脳運動野内抑制機構の解析と神経疾患への応用
標題(洋)
報告番号 114502
報告番号 甲14502
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1422号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 杉下,守弘
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 中村,耕三
内容要旨

 近年、ヒトの大脳運動野の抑制性介在ニューロンの作用による皮質内抑制機構を調べる方法として、運動野磁気二発刺激法が提唱されている(Kujirai et al.1993)。この方法では、閾値以下の条件刺激を閾値以上の試験刺激に1-5ms先行させて運動野を刺激すると、試験刺激のみの時と比較して対側上肢筋の反応の振幅が減弱し抑制効果が得られる。この効果の性質を分析するために以下の実験を行った。まず、運動野内のどのような介在ニューロンがこの効果に関わっているか検討するために、異なる種類の興奮性介在ニューロンによって生じるとされているI1-waveとI3-waveに対する抑制効果に違いがあるか調べた。次に各種の神経疾患患者にこの検査法を応用し、どのような病態により本検査が変化するかを分析した。

[I.]I-waveの種類による大脳運動野磁気二発刺激による抑制効果の違い対象

 正常ボランティア9名(男性8名、女性1名、年齢29-42歳)

方法

 右第一背側骨間筋(FDI)の反応を単一運動単位と表面筋電図により記録した。単一運動単位の検討では、刺激後の時間毎による発火頻度をヒストグラム(Post-stimulus time histogram:PSTH)により表示した。各々の被検者で、違った興奮性介在ニューロン群により発生するI1-waveとI3-waveを誘発できる刺激方法(部位、電流の方向)をまず決定し、I1、I3-waveをそれぞれに対して以下の二発刺激の実験を行った。

 磁気二発刺激法は、二台の磁気刺激装置をBistim moduleで接続して、条件刺激と試験刺激を同一のコイルより与えた。実験の一部では、連続した二発の刺激の電流の向きを反対に流す装置も使用した。条件刺激は被検筋を弱収縮した時の閾値よりも5%弱い強度(-5%)とした。試験刺激は、単一運動単位の場合には20-30%の発火確率が得られる強度とし、表面筋電図の場合には、0.2から0.4mVの大きさの反応が得られる強度とした。実験の一部では条件刺激の強度を-5%、-10%、-15%と変化させた。刺激間隔は、単一運動単位では4msと10ms、表面筋電図の記録の時には1から20msとした。試験刺激のみのコンディションと、いくつかの刺激間隔で条件刺激を与えたコンディションをランダムに混ぜて施行し、データーの解析は後から行った。各刺激間隔毎に試験刺激のみの時と条件刺激を加えたときの反応の大きさの比率(size ratio)を計算しt検定を行った。また、それぞれのの条件刺激と試験刺激の組み合わせ毎にsize ratioを被検者全員で平均した値を求めて、横軸を刺激間隔としたtime courseのグラフを作成し条件の違いによる差異は分散分析で検定を行った。条件刺激と試験刺激の組み合わせは以下の4種類とした。1.試験刺激と条件刺激の両方ともI3-waveが誘発される方向にした場合(I3-I3)。2.条件刺激はI1-wave、試験刺激はI3-waveが導出する方向にした場合(I1-I3)。3.両方ともI1-waveが誘発される方向にした場合(I1-I1)。4.条件刺激をI3-wave、試験刺激はI1-waveを出す方向にした場合(I3-I1)。

結果

 1.)単一運動単位;刺激間隔4msの場合、試験刺激により誘発されたI3-waveのpeakは、I3-I3では条件刺激により著明に抑制された。I1-I3でも中等度抑制された。一方、I1-I1とI3-I1ではI1-waveのpeakは抑制されなかった。条件刺激の強度を弱くすると、I3-I3での抑制効果は減少した。電気刺激により誘発されたD-waveのpeakは、条件刺激により抑制されなかった。

 2.)表面筋電図;I3-waveによる反応は、-5%の条件刺激を先行させると、I3-I3では刺激間隔1-20msで抑制効果がみられ、I1-I3では刺激間隔6ms迄に抑制効果がみられた。I1-waveの反応は、I1-I1とI3-I1のどちらの条件刺激でも有意な抑制効果はみられなかった。条件刺激の強度を変化させると、I3-I3ではどの強度の条件刺激によっても抑制効果がみられ、強度が弱くなると抑制効果は減弱した。I1-I3では-5%の条件刺激の場合でのみ抑制効果がみられた。条件刺激の強度の絶対値がほぼ同じであるI3-I3での-20%とI1-I3での-5%の条件刺激を比較すると、抑制効果は同程度であった。I1-I1とI3-I1では、どの強度でも有意な抑制は見られなかった。

 以上、単一運動単位と表面筋電図の両実験では、一致する結果が得られた。

考察

 I3-waveとのI1-waveの反応に対する磁気二発刺激法での抑制効果には違いがあることが示された。I3-waveの反応には、いずれの方向の条件刺激によっても抑制効果がみられ、条件刺激の強度の絶対値が同じなら同程度の抑制効果が得られた。即ち、抑制効果に関与する介在ニューロンには方向性はなく、刺激強度が大きいほど大きな効果が得られると考えられた。従来の報告では1-5msの短い抑制効果があったが、I3-waveの反応には20msも続く抑制が誘発された。動物実験ではGABAの抑制は数10ms以上続くとされていて、この抑制効果にGABA系の抑制性介在ニューロンが関与しているという仮説と矛盾しない所見である。一方、I1-waveの反応はどの条件でも抑制はされなかった。この理由として、1.I3-waveに関与している介在ニューロンのみ抑制性の影響を受ける可能性。2.I3-waveはI1-waveよりも錐体細胞を発火させるまでに多くの介在ニューロンを介するために皮質内の興奮状態を反映しやすいという可能性の2つが挙げられる。以上、I3-waveのみを検討することにより、促通効果なしに抑制効果を長く導出することが可能であった。また、大脳運動野の違った興奮性介在ニューロンにより誘発されると考えられているI1-waveとI3-waveに対する、抑制性介在ニューロンの効果に差異を認識することは、疾患における抑制効果の変化を検討する上で重要なことである。これらの結果をふまえ、神経疾患での検討を行った。

[II.]神経疾患での大脳運動野磁気2発刺激の抑制効果の検討対象

 1)正常被験者20例(男性19例、女性1例、24-72歳)

 2)不随意運動をしめす患者

 a).ミオクロヌースてんかん患者7例、b).舞踏運動を呈する患者14例、c.)基底核の限局性の病変により持続の長い筋放電を呈する不随意運動が出現した患者3例(被殻および淡蒼球)、d.)特発性痙性斜頚患者6例、e.)本態性振戦患者7例

 3)脳血管障害による限局性の病変をもつ患者

 a.)感覚系の病変6例、b.)補足運動野病変1例

 4.)脊髄小脳変性症7例

方法

 FDI又は胸鎖乳突筋(SCM)の表面筋電図を記録し、先に述べたのと同様の方法により大脳運動野二発刺激検査を行った。不随意運動を呈する患者では、一定量の随意収縮を続けることが困難であることと、安静時の反応にはI1とI3-waveの両者が関与していて、安静時の反応では上述の抑制効果を受けるI3-waveの動向が分析が出来るために、全ての検査は被検筋を安静にした状態で行った。条件刺激は-5%の強度、試験刺激は約0.3mVの大きさの反応が得られる強度とした。抑制効果が得られなかった場合には、条件刺激の強度を変化させて効果が得られないことを確認した。刺激間隔は1から20msとした。被験者ごとの抑制効果の指標として、刺激間隔1から5msでのsize ratioの平均値[average size ratio(1-5)]を用いた。

結果

 1)正常被験者;FDIでは、正常者20例中19例で、刺激間隔1-5msで有意な抑制効果が見られた。average size ratio(1-5)の平均(±SE)は、0.38±0.13であった。磁気刺激によりD-waveが誘発される1例では抑制効果は得られなかった。同じ条件刺激はH波及び大脳電気刺激による反応は抑制しなかった。SCMの場合にも刺激間隔1-5msで抑制効果がみられた。刺激間隔1-5msでのaverage size ratioの平均(±SE)は、安静状態では0.59±0.07であり、弱収縮時では0.64±0.04であった。

 2)不随意運動を呈する患者

 a.)ミオクロヌースてんかん;全例で抑制効果がみられずaverage size ratio(1-5)の平均(±SE)は0.91±0.17と正常者より有意に大きかった。

 b.)基底核病変により不随意運動が出現した患者;3例とも抑制効果が消失していた。[average size ratio(1-5)は、1.76、1.40、1.15]

 c.)特発性痙性斜頚;SCMを被検筋とすると有意な抑制効果はみられず、average size ratio(1-5)の平均(±SE)は0.86±0.06であった。症状の見られないFDIでは正常被験者と同様の抑制効果がみられた。

 d.)舞踏運動;全例において有意な抑制効果が得られ、ハンチントン病でも抑制効果がみられた。average size ratio(1-5)の平均(±SE)は、舞踏病全例では0.47±0.11、ハンチントン病では0.48±0.13であった。

 e.)本態性振戦;振戦を呈したFDIとSCMの両方で正常被験者と同様の抑制効果がみられた。

 3)脳血管障害;感覚野の病変例では抑制効果が正常と有意な差がなく、補足運動野の病変がみられた1例では、抑制効果が消失していた。[average size ratio(1-5)は1.05]

 4)脊髄小脳変性症;全例で正常者と同様の抑制効果が得られた。

考察

 正常者では磁気二発刺激法により、皮質レベルの効果と考えられる抑制がみられた。SCMを被検筋にしても、FDIと同様の抑制効果が得られた。

 この抑制効果は、皮質内の抑制性介在ニューロンの障害により皮質興奮性が増加しているとされるミオクローヌスてんかんでは減弱していた。また、運動野への入力の異常により二次的に運動野の興奮性が変化した場合にも、この抑制効果が減弱した。この入力として被殻、淡蒼球等の基底核及び補足運動野からの入力が考えられた。これに対し、感覚野および小脳からの入力の関与は少ないと示唆された。また、不随意運動の中でも、ジストニア及び斜頚や、基底核の限局病変による持続の長い不随意運動を呈する患者では抑制効果が減弱し、舞踏病では正常であった。また、末梢性の異常による機序が大きいと考えられる本態性振戦では正常であった。このことから、本抑制効果の変化の違いには、不随意運動の発生機序の違いが反映されていると考えられた。以上、磁気二発刺激を用いることにより、ヒトの上肢および頚筋の運動野の抑制性介在ニューロンの機能分析が行えること、また本法を適応することにより運動障害の発生機序の一部に迫れることが示唆された。

総括

 以上より、第I部では磁気二発刺激法での抑制効果に運動野内の成分により効果の受け方が異なることを示し、第II部ではどのような病態がこの抑制効果に関与しているか神経疾患での検討を行い、今後運動障害の検査法の一つとしてその障害の発生機序の解明に役立つ可能性を示した。

審査要旨

 本研究はヒトの運動野内の興奮性の調節機構を、正常者及び神経疾患の患者において、磁気二発刺激法を用いて検討を行っている。磁気二発刺激法で見られる抑制効果は、ヒトの運動野皮質内での抑制機構を反映していると考えられている。この効果が皮質内のどのような成分による波形に対して生じるのか検討するために、異なる種類の介在ニューロンにより生じるとされるI1-waveとI3-waveの反応に対する効果が異なるかどうか検討した。更に、不随意運動を示す種々の神経疾患患者に磁気二発刺激法を応用して、どのような病態が皮質内の抑制効果に影響をあたえるか検討して、以下の結果を得ている。

 1.正常被験者においてI1-waveかI3-waveのどちらか一方を導出する条件をつくり、磁気二発刺激法を行った。閾値以下の強度の条件刺激を、閾値以上の試験刺激に1-10ms先行して二発連続して運動野を刺激した。記録はsingle motor unitと表面筋電図で行った。刺激間隔毎に試験刺激のみの時と条件刺激を加えたときの反応の大きさの比率を検討した。条件刺激と試験刺激の組み合わせは以下の4種類で行った。1.試験刺激と条件刺激の両方ともI3-waveが誘発する場合(I3-I3)。2.条件刺激はI1-wave、試験刺激はI3-waveが導出する場合(I1-I3)。3.両方ともI1-waveが誘発する場合(I1-I1)。4.条件刺激をI3-wave、試験刺激はI1-waveを誘発する場合(I3-I1)。この結果、I3-I3では条件刺激によりI3-waveの反応の大きさは著明に抑制され、抑制は20msまで持続した。I1-I3でも中等度抑制され、条件刺激の強度の絶対値がほぼ同じである場合には、I3-I3とI1-I3では抑制効果は同程度であった。一方、I1-I1とI3-I1ではI1-waveのpeakは抑制されなかった。以上より、I3-waveとI1-waveの反応に対する磁気二発刺激法での抑制効果には差が存在することが明らかになった。I3-waveに対してのみ抑制効果が生じ、I3-waveに関与する介在ニューロンが本抑制効果を受けると考えられた。いずれの方向の条件刺激によっても、条件刺激の強度が同じならI3-waveに対する抑制効果は同程度であった。即ち、抑制効果に関与する介在ニューロンは刺激の方向性には関係なく、刺激強度に依存して興奮すると考えられた。また、従来の方法での抑制効果の持続は5msであったが、I3-waveのみの反応には20msも続いていた。いくつかのI-waveが複合した反応ではなくI3-waveのみの反応を用いることにより、抑制効果を長く導出することが可能となり抑制効果の検討に適した方法と考えられた。

 2.磁気二発刺激法の抑制効果を神経疾患で検討した。手指筋または胸鎖乳突筋において記録し安静状態で実験した。不随意運動を呈する患者としてミオクロヌースてんかん、特発性痙性斜頚、舞踏運動、本態性振戦、および脳感覚野の病変補足運動野の病変血管障害の患者と脊髄小脳変性症の患者を対象とした。結果は、皮質内の抑制性介在ニューロンの障害により皮質興奮性が増加しているとされるミオクローヌスてんかんでは抑制が減弱していた。このほか、運動野への入力の異常により二次的に運動野の興奮性が変化した場合でも、この抑制効果が減弱した。この入力として被殻、淡蒼球等の基底核及び補足運動野からの入力が重要であった。これに対し、感覚野および小脳からの入力の関与は少ないと示唆された。また、不随意運動の中でも、ジストニア及び斜頚や、基底核の限局病変による持続の長い不随意運動を呈する患者では抑制効果が減弱し、舞踏病では正常であった。一方、脊髄レベルの発生機序が推定されている本態性振戦では正常であった。このことから、本抑制効果の変化の違いには、不随意運動の発生機序の違いが反映されていると考えられた。以上、病変部位により本抑制効果に対する影響が異なることが示された。また、磁気二発刺激を用いることにより、不随意運動の発生機序の一部に迫れることが示唆された。

 以上、まず磁気二発刺激法での抑制効果に対して運動野内の成分により効果の受け方が異なることを示した。さらにどのような病態がこの抑制効果に関与しているか神経疾患での検討を行い、今後本法が不随意運動の発生機序の解明に役立つ可能性を示した。これらは今後の神経科学の研究の発展に寄与するものと考えられ、学位の授与に値するものと考える。

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