学位論文要旨



No 114503
著者(漢字) 秋,建華
著者(英字)
著者(カナ) クイ,ジアンファ
標題(和) 神経細胞及びグリア細胞死におけるcalcineurinとproteasomeの関与
標題(洋)
報告番号 114503
報告番号 甲14503
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1423号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 郭,伸
内容要旨

 腫瘍性病変を除く中枢神経系疾患の多くは神経細胞が何らかの原因により細胞死をおこし脱落することがその病態の本質であり、海馬神経細胞における一過性前脳虚血による遅発性神経細胞死に代表されるような神経細胞に特有の細胞死が存在することが示唆されている。中でもこの海馬CA1神経細胞は、虚血、てんかん、変性疾患に際して、きわめて脆弱であり、その脆弱性には何らかの固有の分子機序が関与していることが示唆される。これまでの報告では、一過性前脳虚血後conjugated ubiquitinが蓄積し、free ubiquitinが低下することがわかっており、虚血後にubiquitin/proteasomeタンパク質分解経路が障害されていることを示している。また、proteasomeの活性が海馬CA1神経細胞の方が、CA3神経細胞より低い。また、神経細胞特に海馬CA1神経細胞ではcalcineurinが高発現していることが知られているが、海馬におけるその生理的な役割については解明されていない。一方、免疫抑制剤でありcalcineurinの阻害剤であるFK506やcyclosporinAが虚血およびglutamateによる神経細胞死を抑制する事実が知られており、我々はこれら2つの事実から、海馬CA1細胞での細胞死侵襲に対する脆弱性はCaNの高発現或いはubiquitin/proteasomeタンパク質分解経路の障害に起因しているとの仮説を立て、それを検証することを本研究の目的とした。

方法と結果:(calcineurin高発現による細胞死感受性の増加とアポトーシスの誘導)

 グリア細胞あるいは神経細胞にretrovirusあるいはadenovirusを用いてmurine calcineruin catalytic subunit A を導入発現させ、細胞死侵襲に対する感受性を評価した。

 グリア細胞あるいは神経細胞でcalcineurinのconstitutiveな高発現により、低濃度、短時間calciumionophoreを用いたsublethalな侵襲によりアポトーシスが誘導されることが明かとなった。

 これらのアポトーシスに際して、caspase-3活性の上昇、EGTAによるアポトーシスの抑制が認められた。

 calcineurinを強制発現させると、グリア、神経細胞でアポトーシスが誘導されることがわかった。

(proteasome阻害剤によるアポトーシスの誘導)

 T98G,U87,U251グリア細胞及び神経細胞のprimary cultureにproteasomeの阻害剤であるZ-LLLalを加え、LLVY-MCAを用いて、そのproteasome活性を測定したところ、proteasome活性は濃度依存性に低下することが確認された。

 グリア細胞ではproteasomeの阻害剤を加えた12時間後に細胞死が始まり、24時間後に細胞死は20-46%に達し、神経細胞では24時間後に細胞死が始まり、48時間後では約90%に達した。Hoechst33258と電顕を用いて、形態学的にアポトーシスであることを確認した。

 caspase-3の活性をDEVD-MCAを用いてそれぞれを測定した。グリア細胞ではproteasomeの阻害剤を加えた12時間後から、caspase-3活性が上昇し、最大約30倍に至った。神経細胞でもcaspase-3活性が上昇し、48時間後にcontrolの約5倍に達した。

 mitochondria膜に存在しているBcl-2 familyタンパク質がこのアポトーシスに関与するか否かをWestern blot法を用いて、Bcl-2,Bcl-xL,Bax,Bad,Bakの発現レベルで検討した。いずれのタンパク質もこのアポトーシスの過程で発現の増減は認められなかった。

 mitochondria membrane potential依存性に細胞内に流入できるJC-1 dyeを用いてmitochondria membrane potentialを調べたところ、グリア細胞では12時間後から24時間後に、50%以上細胞のmitochondria membrane potentialが低下した。更にcytochrome-cを測定したところ、6時間後から細胞質にcytochrome-cが増加した。poly-ubiquitinに対する抗体を用いたimmunoprecipitationでcytochrome-cがubiquitinationを受けて共沈していることが明らかになった。

(calcineurinの高発現によるproteasome活性の抑制)

 calcineurinを強制発現し、proteasome活性を定量した。proteasome活性はcalcineurinの発現依存性に低下し、また、cyclosporin Aによる前処理によって増加することが明らかになり、proteasomeがcalcineurinにより何らかの制御を受けていることが明らかになった。

(まとめ)

 神経細胞およびグリア細胞において、calcineurinのconstitutiveな高発現により、sublethalな侵襲に対する脆弱性が増加し、また、強制発現によりアポトーシスが誘導されることがわかった。このことより、海馬CA1細胞が細胞死誘導性の侵襲に対して感受性が高いのはCA1細胞で特異的にcalcineurinの発現が高いことが原因の一つと考えられる。また、その機序については、calcineurin高発現によるproteasome活性の低下状態が原因の1つであると考えられる。proteasome機能低下状態では、cytochrome-cの分解が阻害され、細胞質にcytochrome-cが蓄積することが引き金となってその下流のcaspaseが活性化することよって、アポトーシスが誘導されるものと考えられる。

審査要旨

 本研究は一過性前脳虚血による遅発性神経細胞死において海馬CA1神経細胞の選択的な脆弱性を説明する分子機序を明らかにするため、培養cortical神経細胞およびグリア細胞を用いて、この脆弱性とcalcineurinあるいはproteasomeの関係を明らかにすることを試みたものてあり、下記の結果を得ている。

 1.グリア細胞あるいは神経細胞にretrovirusあるいはadenovirusを用いてmurine calcineruin catalytic subunit A を導入発現させ、細胞死侵襲に対する感受性を評価した。グリア細胞あるいは神経細胞でcalcineurinのconstitutiveな高発現により、低濃度、短時間calcium ionophoreを用いたsublethalな侵襲によりアポトーシスが誘導されることが明かとなった。さらに、calcineurinを強制発現させると、グリア細胞、神経細胞でアポトーシスが誘導されることがわかった。これらのアポトーシスに際して、caspase-3活性の上昇が認められた。これらの結果は、calcineurin高発現によりグリア細胞あるいは神経細胞の細胞死侵襲に対する脆弱性が増加することを示している。

 2. グリア細胞あるいは神経細胞にproteasomeの阻害剤であるZ-LLLal,PSI,或いはlactacystinを加えると、proteasome活性は濃度依存性に低下することが確認された。その際、caspase-3活性が経時的に上昇し、アポトーシスが誘導されることがわかった。

 3.proteasomeの阻害剤で誘導されたポトーシスの過程で、mitochondria膜に存在しているBcl-2 familyタンパク質であるBcl-2,Bcl-xL,Bax,Bad,Bakの発現の増減は認められなかった。グリア細胞ではproteasomeの阻害剤を加えた6時間後から細胞質にcytochrome-cが増加、12時間後からmitochondria membrane potentialが低下した。poly-ubiquitinに対する抗体を用いた免疫沈降実験で、cytochrome-cがubiquitinationと共沈することが明らかになった。proteasome活性が低下したことによりubiquitin-conjugated cytochrome-cが蓄積し、さらにはfree cytochrome-cが蓄積し、これがその下流のcaspaseの活性化の引き金になっている可能性が推測された。

 4.calcineurinを強制発現すると、proteasome活性はcalcineurinの発現依存的に低下した。また、cyclosporinAによる前処理によってproteasome活性は増加することが明らかになり、proteasomeがcalcineurinにより何らかの制御を受けていることが示唆された。

 以上本論文は、神経およびグリア細胞において、calcineurinのconstitutiveな高発現によりsublethalな侵襲に対する脆弱性が増加し、強制発現によりアポトーシスが誘導されることを示している。その機序については、calcineurin高発現によるproteasome活性の低下が原因の1つと推測された。proteasome機能低下状態では、cytochrome-cの分解が阻害され、細胞質にcytochrome-cが蓄積し、それが引き金となってその下流のcaspaseが活性化され、アポトーシスが誘導されるもという経路が働く可能性が考えられる。これらの結果は、海馬CA1細胞が細胞死誘導性の侵襲に対して感受性が高いことの分子的理解に役立つ、基礎的な知見を提供するものであり、学位の授与に値するものと認められる。

UTokyo Repositoryリンク