本研究は一過性前脳虚血による遅発性神経細胞死において海馬CA1神経細胞の選択的な脆弱性を説明する分子機序を明らかにするため、培養cortical神経細胞およびグリア細胞を用いて、この脆弱性とcalcineurinあるいはproteasomeの関係を明らかにすることを試みたものてあり、下記の結果を得ている。 1.グリア細胞あるいは神経細胞にretrovirusあるいはadenovirusを用いてmurine calcineruin catalytic subunit A を導入発現させ、細胞死侵襲に対する感受性を評価した。グリア細胞あるいは神経細胞でcalcineurinのconstitutiveな高発現により、低濃度、短時間calcium ionophoreを用いたsublethalな侵襲によりアポトーシスが誘導されることが明かとなった。さらに、calcineurinを強制発現させると、グリア細胞、神経細胞でアポトーシスが誘導されることがわかった。これらのアポトーシスに際して、caspase-3活性の上昇が認められた。これらの結果は、calcineurin高発現によりグリア細胞あるいは神経細胞の細胞死侵襲に対する脆弱性が増加することを示している。 2. グリア細胞あるいは神経細胞にproteasomeの阻害剤であるZ-LLLal,PSI,或いはlactacystinを加えると、proteasome活性は濃度依存性に低下することが確認された。その際、caspase-3活性が経時的に上昇し、アポトーシスが誘導されることがわかった。 3.proteasomeの阻害剤で誘導されたポトーシスの過程で、mitochondria膜に存在しているBcl-2 familyタンパク質であるBcl-2,Bcl-xL,Bax,Bad,Bakの発現の増減は認められなかった。グリア細胞ではproteasomeの阻害剤を加えた6時間後から細胞質にcytochrome-cが増加、12時間後からmitochondria membrane potentialが低下した。poly-ubiquitinに対する抗体を用いた免疫沈降実験で、cytochrome-cがubiquitinationと共沈することが明らかになった。proteasome活性が低下したことによりubiquitin-conjugated cytochrome-cが蓄積し、さらにはfree cytochrome-cが蓄積し、これがその下流のcaspaseの活性化の引き金になっている可能性が推測された。 4.calcineurinを強制発現すると、proteasome活性はcalcineurinの発現依存的に低下した。また、cyclosporinAによる前処理によってproteasome活性は増加することが明らかになり、proteasomeがcalcineurinにより何らかの制御を受けていることが示唆された。 以上本論文は、神経およびグリア細胞において、calcineurinのconstitutiveな高発現によりsublethalな侵襲に対する脆弱性が増加し、強制発現によりアポトーシスが誘導されることを示している。その機序については、calcineurin高発現によるproteasome活性の低下が原因の1つと推測された。proteasome機能低下状態では、cytochrome-cの分解が阻害され、細胞質にcytochrome-cが蓄積し、それが引き金となってその下流のcaspaseが活性化され、アポトーシスが誘導されるもという経路が働く可能性が考えられる。これらの結果は、海馬CA1細胞が細胞死誘導性の侵襲に対して感受性が高いことの分子的理解に役立つ、基礎的な知見を提供するものであり、学位の授与に値するものと認められる。 |