本研究は、近年疑問視されている放射線防護上の確率的影響に対する仮定を再検討するために、C57BL/6Jマウスに照射を行い、胸腺リンパ腫を誘発させ、その重篤度を経時的に病理組織学的に評価することによって、重篤度の線量依存性を実験的に検証することを試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.実験に供した616匹のマウスの内、胸腺リンパ腫を発症した154匹のマウスを観察した結果、雌雄ともに従来の確率的影響の仮定と同じく、胸腺リンパ腫の発生率の線量依存性が示された。また、発生率には雌雄差が認められ、雌の胸腺リンパ腫発生率が雄よりも有意に高い(p<0.05)ことが示された。発生率の線量反応の仕方にも雌雄差があることが示された。 2.胸腺リンパ腫の最小潜伏期には線量依存性、雌雄差は認められず、初回照射後50日から75日に発症していることが示された。また、胸腺リンパ腫の発生は線量に関わらず、初回照射後150日までにその80%が発症していることが示された。 3.胸腺リンパ腫の発症において時期的な違いが線量間で認められないにも関わらず、どの観察日に発症した胸腺リンパ腫も、線量の高い群の重篤度がより高いことが示された。これは、従来の放射線防護上の仮定である、確率的影響の重篤度には線量依存性が認められない、に相反する結果である。また、腫瘍の経時的解剖により線量の高い群での胸腺リンパ腫の進行が線量の低い群に比べて速いことが示された。今回用いた線量の範囲内においては、ガン化に至るまでの過程に対する放射線の影響は同じで、ガンの進行に関する放射線の影響が異なることが考えられる。重篤度に雌雄差は認められなかった。 4.ブアン固定、パラフィン包埋したマウス胸腺リンパ腫組織でも染色可能となるp53免疫組織染色の手法を考案した。線量の増加とともにp53陽性個体割合、およびp53染色程度が増加し、p53陽性反応量に線量依存性があることが示された。p53陽性個体割合、p53染色程度ともに雌雄差は認められなかった。また、初期の胸腺リンパ腫に対して、p53は陽性反応を示さなかった。 5.経時的にマウスを屠殺し観察することによって、胸腺リンパ腫の発症時期、腫瘍の転移など進行の実態、腫瘍の重篤度の経日変化など貴重な情報を得ることができることが示された。いずれの臓器および組織においても日令の増加とともに、胸腺リンパ腫の進行が確認された。また、肝臓、リンパ節などに比べて、脾臓、肺で胸腺リンパ腫細胞の進行が早く認められ、胸腺リンパ腫は、肝臓、リンパ節よりも脾臓、肺に早く進展することが示された。 以上、本論文は、C57BL/6Jマウスの照射後、経時的な病理組織学的検査によって、胸腺リンパ腫の発症時期、発生率、悪性度の進展などを詳細に追跡した研究であり、確率的影響の従来の仮定に反して、放射線誘発胸腺リンパ腫の重篤度の線量依存性を明らかにした。多数の個体を使用し経時的に細かく調査しており、放射線誘発ガンの放射線防護上の評価に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |