学位論文要旨



No 114507
著者(漢字) 佐田,政隆
著者(英字) Sata,Masataka
著者(カナ) サタ,マサタカ
標題(和) 血管内皮上のファスリガンドによる白血球血管外浸潤の調節
標題(洋) Regulation of leukocyte extravasataion by Fas ligand expression on the vascular endothelium
報告番号 114507
報告番号 甲14507
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1427号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 小塚,裕
内容要旨

 血管内腔を覆う内皮細胞は、血管のホメオスターシスを保持するうえで様々な生理的機能を有する。そのひとつとして白血球の異常な浸潤をactiveに制御していることが提唱されてきたがその詳細な機序は不明であった。ファスリガンド(FasL)は細胞表面に発現するdeath factorでFas受容体を有する標的細胞にアポトーシスを誘導する。Fas受容体は多くの細胞で発現されているのに対しFasL発現は細胞傷害性T細胞やナチュラルキラー細胞に限られる。最近、FasLは角膜や精巣といった「免疫特権」(移植後拒絶を受けにくい)組織に発現されていることが報告され、これらの組織ではFasLが浸潤してきた炎症細胞にアポトーシスを誘導し免疫反応を回避することが示された。本論文では、血管内皮上にFasLが発現されていることを報告し、白血球血管外浸潤を調節するうえでのFasLの役割について考察する。

(1)培養血管内皮細胞によるFasLの発現ならびにその調節

 FasLが培養ヒト血管内皮細胞表面上に発現されていることは、抗FasL抗体を用いたフローサイトメトリーにて観察された。FasLは臍帯静脈、大血管、ならびに皮膚微小血管由来のどの内皮細胞にも一様に発現されていた。炎症性サイトカインTNF処理(6時問,25ng/ml)により内皮上のFasL発現は著明に低下した。TNFによる用量依存性FasL発現低下はウエスタンブロッティング法においても確認された。共培養法において、内皮細胞が、ヒトFas受容体を発現するmastocytoma細胞(P815huFas)にアポトーシスを誘導することから、内皮細胞上のFasLが機能的であることが示された。内皮細胞のP815huFas細胞に対するcytotoxicityは、中和作用をもつ抗FasL抗体によってブロックされた。また、内皮細胞をTNFで前処置するとFasLの低下に伴ってcytotoxicityも減少した。

(2)血管内皮FasLの発現調節ならびにその生理的意義

 家兎耳中心動脈を用いた免疫染色法により、血管内皮上にFasLが同定された。TNFを中心動脈へ局所投与すると、30時間後において内皮細胞FasLの発現低下ならびに接着分子の発現亢進、ならびにT細胞、単球の血管中膜への浸潤が認められた。従来は、白血球のextravasationの過程で接着分子発現の役割のみが重要視されてきたが、我々はFasLの発現低下に注目した。アデノウイルスベクターを用いて事前にFasLを内皮細胞にconstitutiveに発現させておくと、TNF処理後接着分子は発現亢進しているものの炎症性細胞の浸潤は著明に抑制された。TNF処理6時間後のTUNEL(TdT-mediated dUTP nick end labeling)染色により、FasLを発現した血管内皮に付着した白血球はアポトーシスをおこしていることが明らかとなった。一方、コントロールアデノウィルスで前処置した血管では、TNF処理後単核球のアポトーシスは認められなかった。以上の結果より、血管内皮上のFasLは、アポトーシスを誘導することで、通常は不適切な白血球浸潤をactiveに制御していると考えられる。また、感染、創傷等に際しては、炎症細胞から放出されるTNFを介して内皮上のFasLは発現低下し、炎症細胞の適切な血管外浸潤を促進しているものと推察される。

(3)FasLによる新生内膜形成防止

 我々は、このようなFasLの機能を細胞増殖性血管疾患の遺伝子治療へ応用することを検討している。アデノウイルスベクターを用いたFasL遺伝子導入により、血管平滑筋細胞表面上にFasLが発現されることがフローサイトメトリーにより確認された。また、FasLを発現した血管平滑筋細胞は、Fas受容体を豊富に有することが確認された平滑筋細胞ならびにリンパ球にアポトーシスを誘導した。バルーン傷害後のラットの頚動脈にFasL遺伝子を導入したところ、FasLが平滑筋細胞上に発現され周辺の平滑筋細胞にアポトーシスを誘導することが確認された。傷害後14日の解析では、FasL遺伝子を導入した動脈では新生内膜の形成が強力に抑さえられた。新生内膜形成抑制に必要なアデノウイルス量は非常に低量(1x106pfu)で、いままでに同様な効果が報告されている他のアデノウイルスベクターの必要量の1/1000であった。これは、FasLを発現した細胞がいわゆるby-stander effectで周辺の多くの細胞にアポトーシスを誘導するためであると考えられる。

(4)FasLによる細胞性免疫反応の抑制

 アデノウイルスベクターはその高い遺伝子導入効率のため遺伝子治療の臨床応用手段として有望であることが動物実験で示されている。ところが、ヒトの大部分がアデノウイルスに対して免疫性を獲得しており、宿主によるT細胞性免疫反応により遺伝子を導入された細胞が破壊され、遺伝子導入の効率、存続期間の低下をもたらす。FasL遺伝子をバルーン傷害後の血管に発現させたところ、T細胞の浸潤が、LacZ投与群に比較して減弱していた。Naiveなラットにアデノウイルスベクターを静脈内投与することにより免疫を獲得させた後、コントロールLacZアデノウイルスを投与すると著明なTリンパ球の浸潤が観察されLacZ遺伝子の発現は認められなかった。ところが、LacZベクターがFasLベクターと同時に投与されるとTリンパ球の浸潤が抑えられLacZ遺伝子の発現がrestoreされた。これは導入されたFasLがLacZ発現細胞に対してtransとして働き、細胞性免疫反応を抑制し細胞破壊を防止したためであると考えられる。

 FasLの全身投与は、主に肝毒性のため致死的効果をもつことが示されている。我々は局所的にFasLアデノウイルスを投与し、感染後直ちに余剰ウイルスを吸引除去し、全身へのウイルス播種を極力防止した。その結果、肝臓をはじめとする他臓器での病理学的異常所見や血中トランスアミナーゼの上昇は認められなかった。また、新生内膜形成を抑制するのに必要なFasLアデノウイルス量は致死量の6000分の1と極めて少量であった。平滑筋特異的プロモーターを用いて全身毒性の軽減を図る等の改良により、今後FasL遺伝子は増殖性血管病変の遺伝子治療法として有望と思われる。

(5)Fas/FasLを介した、酸化LDLによる内皮細胞のアポトーシス

 LDL(低比重リポ蛋白)は動脈硬化症の最大危険因子であり、その酸化産物は血管内皮細胞にさまざまな病理学的生物活性をもつ。そのひとつとしてアポトーシスの誘導が近年報告されたが、その詳細な機序は不明であった。

 酸化LDLがヒト血管内皮細胞にアポトーシスを誘導することは、形態学的観察、TUNEL染色後のフローサイトメトリー、MTTテストで確認された。中和作用のある抗FasL抗体を酸化LDLと同時に投与するとアポトーシスが抑制されること、ならびにFas,FasL欠損マウスの大動脈臓器培養では酸化LDLによる内皮細胞アポトーシスが減弱していることから、酸化LDL処理により内皮細胞上のFasLが内皮細胞上のFas受容体に作用してアポトーシスを誘導することが示された。内皮細胞上にFas受容体発現は確認されるものの、通常、内皮細胞はFas受容体を介するアポトーシスに抵抗性であり、アゴニスト作用のある抗Fas抗体は内皮細胞にアポトーシスを誘導しなかった。ところが、内因性FasLが中和抗体で中和されている条件下で、アゴニスト作用のある抗Fas抗体は酸化LDL処理後の内皮細胞にアポトーシスを誘導した。以上の結果より、酸化LDLは、Fas受容体下流のアポトーシス情報伝達系に作用して、Fasを介するアポトーシスに対する内皮細胞の感受性を亢進していると判断される。

(6)酸化LDLによる細胞内caspase阻害分子FLIPの発現低下

 Fas受容体がFasLにより活性化されると、細胞内のcaspaseと呼ばれる一連の蛋白分解酵素が活性化され、アポトーシスに伴う諸変化が遂行されることが近年解明された。FLIPは、Fas受容体に直結したcaspaseであるFLICEの内因性の阻害分子であり、その発現レベル減少が、T細胞のFasを介するアポトーシスに対する感受性亢進に関わっていることが示された。ヒト内皮細胞中のFLIPメッセンジャーRNAおよび蛋白レベルは酸化LDLにより低下し、内皮細胞のアポトーシス量と負の相関を示した。さらにはFLIP発現プラスミドを内皮細胞にトランスフェクションしたところ、リゾフォスファチジルコリン(酸化LDLの主要成分)によるアポトーシス量が減少した。以上の結果より、酸化LDLによる内皮細胞内のFLIPレベル減少は、Fasを介するアポトーシスに対する内皮細胞の感受性亢進に重要な役割を果していると推測される。

(7)動脈硬化と内皮FasLの関係

 現時点では、動脈硬化形成における血管内皮上のFasL/Fas系の役割を評価することは困難である。正常の免疫刺激の不在下での不適切な白血球浸潤を抑制する点で、血管内皮上のFasLは抗動脈硬化作用があると言える。一方、酸化脂質存在下でFasL/Fas系は血管内皮細胞のアポトーシスを誘導する。内皮傷害は不適切な炎症反応の引き金になるため、酸化LDLによる内皮細胞のFasを介するアポトーシスへの感受性亢進作用は、高脂血症患者における動脈硬化の病因に寄与していると考えられる。したがって、内皮細胞のFas、FasL、ならびにアポトーシス伝達系の制御に関する今後の研究は、動脈硬化病変巣で認められる炎症細胞の蓄積の病態生理を解明するためのおおいに貢献するものと思われる。

審査要旨

 本研究は、Death Factorであるファスリガンド(FasL)が血管内皮に発現されていることを明らかにし、生理的ならびに病的条件下におけるその役割の解析をこころみたものであり、下記の結果を得ている。

 1.FasLが培養ヒト血管内皮細胞表面上に発現されていることは、抗FasL抗体を用いたフローサイトメトリーにて観察された。炎症性サイトカインTNF処理により内皮上のFasL発現は著明に低下し、そのcytotoxicityの減少を伴った。また、家兎耳中心動脈を用いた免疫染色法により、血管内皮上にFasLが同定された。TNFを中心動脈へ局所投与すると、内皮細胞FasLの発現低下ならびに接着分子の発現亢進、ならびにT細胞、単球の血管中膜への浸潤が認められた。アデノウイルスベクターを用いて事前にFasLを内皮細胞にconstitutiveに発現させておくと、TNF処理後接着分子は発現亢進しているものの炎症性細胞の浸潤は著明に抑制された。TNF処理6時間後のTUNEL(TdT-mediated dUTP nick end labeling)染色により、FasLを発現した血管内皮に付着した白血球はアポトーシスをおこしていることが明らかとなった。血管内皮上のFasLは、アポトーシスを誘導することで、通常は不適切な白血球浸潤をactiveに制御していると考えられる。また、感染、創傷等に際しては、炎症細胞から放出されるTNFを介して内皮上のFasLは発現低下し、炎症細胞の適切な血管外浸潤を促進しているものと推察される。

 2.アデノウイルスベクターを用いたFasL遺伝子導入により、血管平滑筋細胞表面上にFasLが発現されることがフローサイトメトリーにより確認された。また、FasLを発現した血管平滑筋細胞は、共培養した平滑筋細胞ならびにリンパ球にアポトーシスを誘導した。バルーン傷害後のラットの頚動脈にFasL遺伝子を導入したところ、FasLが平滑筋細胞上に発現され周辺の平滑筋細胞にアポトーシスを誘導することが確認された。傷害後14日の解析では、FasL遺伝子を導入した動脈では新生内膜の形成が強力に抑えられた。新生内膜形成抑制に必要なアデノウイルス量は非常に低量(1x106pfu)で、いままでに同様な効果が報告されている他のアデノウイルスベクターの必要量の1/1000であった。これは、FasLを発現した細胞がいわゆるby-stander effectで周辺の多くの細胞にアポトーシスを誘導するためであると考えられる。Naiveなラットにアデノウイルスベクターを静脈内投与することにより免疫を獲得させた後、コントロールLacZアデノウイルスを投与すると著明なTリンパ球の浸潤が観察されLacZ遺伝子の発現は認められなかった。ところが、LacZベクターがFasLベクターと同時に投与されるとTリンパ球の浸潤が抑えられLacZ遺伝子の発現がrestoreされた。これは導入されたFasLがLacZ発現細胞に対してtransとして働き、細胞性免疫反応を抑制し細胞破壊を防止したためであると考えられる。

 3.酸化LDLによるヒト血管内皮細胞のアポトーシスは、中和作用のある抗FasL抗体により抑制されること、ならびにFas,FasL欠損マウスの大動脈臓器培養では酸化LDLによる内皮細胞アポトーシスが減弱していることから、酸化LDL処理により内皮細胞上のFasLが内皮細胞上のFas受容体に作用してアポトーシスを誘導することが示された。内皮細胞上にFas受容体発現は確認されるものの、通常、内皮細胞はFas受容体を介するアポトーシスに抵抗性を示し、アゴニスト作用のある抗Fas抗体は内皮細胞にアポトーシスを誘導しなかった。ところが、内因性FasLが中和抗体で中和されている条件下で、アゴニスト作用のある抗Fas抗体は酸化LDL処理後の内皮細胞にアポトーシスを誘導した。以上の結果より、酸化LDLは、Fas受容体下流のアポトーシス情報伝達系に作用して、Fasを介するアポトーシスに対する内皮細胞の感受性を亢進していると判断される。また、この感受性の亢進は、内因性のcaspase阻害分子であるFLIPの発現レベル減少と相関を示した。さらにはFLIP発現プラスミドを内皮細胞にトランスフェクションしたところ、リゾフォスファチジルコリン(酸化LDLの主要成分)によるアポトーシス量が減少した。酸化LDLによる内皮細胞内のFLIPレベル減少は、Fasを介するアポトーシスに対する内皮細胞の感受性亢進に重要な役割を果していると推測された。

 以上、本論文は、内皮細胞上にFasLが発現されていることを報告し、その生理的意義ならびに酸化LDLによる内皮細胞のアポトーシスにおける役割を明らかにした。本研究は、炎症細胞の血管外浸潤に関する新しい概念を提唱すると同時に、動脈硬化病巣で認められる炎症細胞蓄積の病態生理を解明するためにおおいに貢献するものと考えられ、学位の授与に値すると思われる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54714