学位論文要旨



No 114509
著者(漢字) 杉下,和郎
著者(英字)
著者(カナ) スギシタ,カズロウ
標題(和) サイトカインの陰性変力作用の細胞内機構 : interleukin-6とtumor necrosis factor-の比較
標題(洋)
報告番号 114509
報告番号 甲14509
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1429号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 松島,網治
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 講師 小室,一成
内容要旨

 サイトカインは発見当初、炎症や免疫といった領域での細胞間情報伝達作用が注目されていたが、その後の研究成果によりその他の臓器や細胞に対しても重要な作用を示すことが明らかになってきた。例えば、多くのサイトカインが血管内皮細胞に作用して一酸化窒素(NO)の産生を亢進し、血管平滑筋を弛緩させることはすでによく知られているところである。一方、心筋細胞に対しては、interleukin-6(IL-6)、tumor necrosis factor-(TNF-)などのサイトカインが心筋収縮抑制作用を呈することも明らかになっており、臨床的にさまざまな心疾患でみられるIL-6やTNF-の血清値上昇との関連が注目されている。これらのサイトカインの心筋抑制作用に関してはさまざまな実験動物モデルを用いた検討がなされているが、その作用機序はサイトカインの種類によっても違う可能性があり、特にTNF-の心筋抑制作用がNOを介するか否かなど、その細胞内情報伝達機序に関してはいまだ明らかとは言えない。あるいは、使用した実験動物モデルによる違いの関与も否定できないが、単一のモデルにおいて複数のサイトカインの心筋抑制作用を比較した研究は今までほとんど報告されていない。他方、TNF-の細胞内情報伝達路として近年sphingomyelin経路が注目されるようになってきた。そこで本研究においては、成モルモット単離心室筋細胞という単一の実験系を用いて、IL-6の陰性変力作用とTNF-のそれとを比較し、NOやsphingomyelin経路の役割を検討した。

 本研究においてまず、成モルモット単離心室筋細胞をfield stimulationによって収縮させ、蛍光色素indo-1を用いて測定した細胞内カルシウム濃度(〔Ca2+i)とvideo motion detectorで観察した細胞収縮とを同時記録した。また、whole cell patch clamp法を用いて測定したL型カルシウムチャネル電流(ICa)と上記方法による細胞収縮とを同時記録した。さらに、sphingomyelin経路の最終産物であるsphingosine(Sph)の心組織内濃度をHPLC法を用いて測定した。

 IL-6(1000U/mL)投与により、収縮期最大〔Ca2+i比(0.43±0.01->0.40±0.01,n=5,P<0.05)および細胞収縮の振幅(7.5±0.9->6.2±0.5m,n=5,P<0.05)は5分以内に有意に減弱した。NOの関与の有無を検討するため、NO合成酵素阻害薬であるL-NMMA(10mol/L)を前投与したところ、IL-6の陰性変力作用はブロックされた(収縮期最大〔Ca2+i比:0.40±0.03->0.40±0.03,n=5,NS;細胞収縮の振幅:7.4±0.6->7.4±0.6m,n=5,NS)。以上の結果により、IL-6はNOを介して〔Ca2+iを減弱し、細胞収縮を抑制する可能性が考えられた。voltage clamp下においても、IL-6投与により細胞収縮の振幅は有意に減弱した(5.8±1.3->3.4±0.7m,n=5,P<0.05)が、ICaには有意な変化がみられなかった(0.9±0.1->0.9±0.1nA,n=4,NS)ことから、IL-6のL型カルシウムチャネルに対する効果は有意ではないと考えられた。一方、isoproterenol(20nmol/L)前投与により刺激した細胞にIL-6を投与したところ、ICa(2.8±0.5->2.0±0.3nA,n=5,P<0.05)も細胞収縮の振幅(10.4±2.4->7.5±1.9m,n=5,P<0.05)も5分以内に有意に減弱した。この効果はNOやムスカリン受容体を刺激するcarbacholなどで観察されるいわゆる「accentuated antagonism(刺激された細胞のICaを減弱する効果)」と類似していた。

 TNF-(500U/mL)投与によっても収縮期最大〔Ca2+i比(0.42±0.02->0.39±0.02,n=5,P<0.05)および細胞収縮の振幅(6.7±0.7->5.8±0.7mm,n=5,P<0.05)は5分以内に有意に減弱した。またvoltage clamp下においても、TNF-投与により細胞収縮の振幅は有意に減弱した(5.8±1.3->3.4±0.7m,n=5,P<0.05)が、ICaには有意な変化がみられなかった(1.1±0.3->1.1±0.2nA,n=4,NS)。以上の結果により、IL-6と同様、TNF-もL型カルシウムチャネルには有意な影響を与えずに、〔Ca2+iを減弱し細胞収縮を抑制する可能性が考えられた。さらに、isoproterenol(20nmol/L)前投与した細胞にTNF-を投与したところ、ICa(2.9±0.9->2.3±0.7nA,n=4,P<0.05)も細胞収縮の振幅(7.0±1.4->5.5±1.3m,n=4,P<0.05)も5分以内に有意に減弱したことも、IL-6と同様であった。しかしながら、L-NMMA(10mol/L)を前投与した細胞にTNF-を投与したところ、収縮期最大〔Ca2+i比(0.41±0.03->0.37±0.03,n=5,P<0.05)および細胞収縮の振幅(7.0±1.4->5.5±1.3m,n=5,NS)は5分以内に有意に減弱した。したがって、TNF-の陰性変力作用はNOを介さない可能性が考えられた。そこで、血球細胞などにおいてTNF-による活性化が注目されているsphingomyelin経路に関して検討した。HPLC法を用いて測定した摘出灌流心組織中Sph濃度はTNF-(500U/mL)投与により有意に上昇した(3.9±0.3->6.6±1.4nmol/g wet weight,n=3,P<0.05)。この増加分に相当すると考えられる低濃度(5mol/L)のSphを心筋細胞に投与すると、TNF-(500U/mL)と同様、ICaには有意な影響を及ぼさずに(1.1±0.2->1.0±0.2nA,n=4,NS)、収縮期最大〔Ca2+i比(0.42±0.01->0.39±0.01,n=4,P<0.05)および細胞収縮の振幅(6.5±0.5->5.0±0.9m,n=4,P<0.05)を5分以内に有意に減弱した。Sphの前駆体であるceramide(20mol/L)の陰性変力作用(収縮期最大〔Ca2+i比:投与前の93.7±2.1%,n=5,P<0.05)は同濃度のSphのそれ(収縮期最大〔Ca2+i比:投与前の28.5±5.7%,n=5,P<0.001)に比べ著明に弱く、また、Sph合成を抑制するceramidase阻害薬であるn-oleoylethanolamine(50mol/L)を前投与することによってTNF-の心筋抑制作用はブロックされた(収縮期最大〔Ca2+i比:0.41±0.03->0.42±0.04,n=4,NS)。したがって、TNF-はsphingomyelin経路、特にSphを介して陰性変力作用を呈するの可能性が考えられた。

 以上に述べた本研究の結果により、IL-6の陰性変力作用はNOを介するが、TNF-のそれはSphを介する可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究は心不全を始めとした様々な心疾患において重要な役割を果たしていると考えられているサイトカインの陰性変力作用の細胞内機構を明らかにするために、成モルモット単離心室筋細胞という単一の実験系を用いて、代表的サイトカインであるinterleukin-6(IL-6)とtumor necrosis factor (TNF-)が心筋細胞の興奮収縮連関に与える影響を比較検討することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.IL-6(1000U/mL)およびTNF-(500U/mL)はともに心筋細胞収縮および収縮期最大細胞内カルシウム濃度(〔Ca2+i)比を有意に減弱させたが、L型カルシウムチャネル電流(ICa)には有意な変化を与えなかった。このことから、両サイトカインは細胞膜上のL型カルシウムチャネルに作用するのではなく、細胞内カルシウム貯蔵である筋小胞体からのカルシウムイオン放出を抑制する可能性が示唆された。

 2.しかし、事前に低濃度(2nmol/L)のisoproterenolで刺激をしておいた細胞に両サイトカインを投与したところ、刺激によって一旦増強していたICaもが有意に減弱(いわゆる「accentuated antagonism」)し、両サイトカインが一定の条件下ではL型カルシウムチャネルに抑制的に作用する可能性が示された。

 3.一酸化窒素(NO)合成酵素阻害薬を前投与した細胞にIL-6を投与したところその陰性変力作用はブロックされ、さらにNOの前駆体を大量投与すると再び陰性変力作用が顕在化した。一方、TNF-の陰性変力作用はNO合成酵素阻害薬ではブロック出来なかったことから、IL-6の陰性変力作用はNO依存性、TNF-のそれはNO非依存性である可能性が考えられた。

 4.心組織内sphingosine(Sph)濃度はTNF-投与によって有意に上昇した。この心組織内濃度の上昇分に相当すると思われる5mol/LのSph投与は細胞収縮および収縮期最大〔Ca2+i比を有意に減弱したがICaには有意な変化を与えず、TNF-の陰性変力作用と同様であった。またSphの前駆体であるceramideの陰性変力作用はSphのそれよりきわめて弱く、Sph合成酵素ceramidaseに対する阻害薬を前投与することによってTNF-の陰性変力作用がブロックされたことにより、TNF-の陰性変力作用はSph依存性である可能性が示された。

 以上、本論文は成モルモット単離心室筋細胞の興奮収縮連関に関する検討において、IL-6とTNF-の陰性変力作用の細胞内機構が異なる、つまり前者はNO依存性であり、後者はSph依存性である可能性を示した。本研究は、これまで細胞レベルでは行われていなかったサイトカインの陰性変力作用の単一モデルにおける比較検討を行い、多くの心疾患において重要な役割を果たしていると考えられているIL-6とTNF-の作用機序における相違点の解明に重要な貢献をなし、学位の授与に値するものと考えられる。

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