学位論文要旨



No 114511
著者(漢字) 森,保道
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ヤスミチ
標題(和) 日本人における肥満関連遺伝子の検討 : PPAR遺伝子Pro12Ala多型およびMC4R遺伝子変異の同定
標題(洋)
報告番号 114511
報告番号 甲14511
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1431号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 助教授 山田,信博
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
内容要旨 第1部PPAR遺伝子 Pro12Ala多型の検討

 肥満は、タイプ2糖尿病、高血圧、虚血性心疾患、呼吸器疾患などの種々の疾患の誘因となる。肥満によって、これらの疾患が生じる機序を考慮する上で、脂肪組織の絶対量のみならず、体脂肪の分布が重要である。peroxisome proliferator-activated receptor gamma(PPAR)は、脂肪細胞の分化を調節する核内転写因子型受容体である。PPARは、インスリン抵抗性改善剤であるチアゾリジン系薬剤の分子標的でもある。ヒトPPAR1、2の2つのアイソフォームを有し、2アイソフォームに特異的なエクソンB内のコドン12がプロリン(Pro)からアラニン(Ala)に置換する遺伝子多型(PPAR Pro12Ala多型)が同定されている。PPAR遺伝子のPro12Ala多型はヒト肥満やインスリン感受性に影響する可能性があり、Pro12Ala多型の影響を、肥満度、体脂肪分布、インスリン感受性について検討した。対象は日本人男性215人。年齢は21-65才、平均51.0±8.9才。BMIは17.1-41.0kg/m2,平均24.4±3.3kg/m2。75g経口糖負荷試験を施行し、151人が正常型、64人がimpaired glucose tolerance(IGT)を示した。血糖値、血清インスリン値、総コレステロール値、中性脂肪値を測定。身長、体重、ウェスト・ヒップ比、血圧を測定。臍部レベルの腹部CTを施行し、内臓脂肪面積、皮下脂肪面積を測定。homeostasis model assessment(HOMA)モデルに基づき、インスリン抵抗性指数(=空腹時インスリン×空腹時血糖値/405mU/10×L2)を算出した。制限酵素BstU-1を用いたPCR-RFLP法により、Pro12Ala多型を同定した。203人のPro12ホモ接合体、11人のPro12/Ala12ヘテロ接合体、1人のAla12ホモ接合体を同定した。日本人男性での変異アリル頻度は0.03と推定される。解析は203人のPro12ホモ接合体(以下正常群)と12人のAla12アリル保有者(以下有変異群)の2群で比較した。有変異群、正常群のBMI(平均±標準偏差)はそれぞれ24.0±3.0kg/m2、24.4±3.3kg/m2、W/H比はそれぞれ0.87±0.07、0.88±0.05でいずれも有意差を認めなかった。皮下脂肪面積はそれぞれ12642±1653mm2、13106±6765mm2、内蔵脂肪面積はそれぞれ8211±4418mm2、8711±3988mm2、V/S比はそれぞれ0.64±0.20、0.71±0.27と体脂肪分布にも有意差を認めなかった。有変異群、正常群の空腹時インスリン値は6.5±2.9mU/ml、6.5±3.2mU/ml、HOMAモデルによるインスリン抵抗性指数は1.77±0.74、1.67±0.85とそれぞれ有意差は認められなかった。有変異群と正常群での空腹時血清コレステロール値、中性脂肪、収縮期血圧、拡張期血圧には有意差を認めなかった。本検討はPPARのPro12Alaが体脂肪分布に及ぼす影響を検討した最初の検討であるが、皮下脂肪面積、内蔵脂肪面積、およびV/S比で評価した体脂肪分布には有意の影響は認められなかった。日本人男性においては、Pro12Ala多型は体脂肪の量および分布への影響は小さいと考えられる。Beamerらは、Pro12Ala多型の影響をBMIの異なる2つの白人集団で検討し、やせたコホートに比して肥満のコホートではPro12Ala多型と関連する肥満傾向がより顕著であることを示した。また、多型と肥満の関連は男性に比して女性でより顕著であった。従って、PPARのPro12Ala多型の影響の評価には、対象集団の肥満度、遺伝的背景、環境要因、性差を考慮に入れる必要があると考えられる。

第2部MC4R(melanocortin 4 receptor)遺伝子変異の同定

 MC4Rはmelanocoritn receptor familyの一員で、主に中枢神経系の視床下部に発現している。1997年MC4R遺伝子欠損マウスが肥満を生じることが報告され、摂食、エネルギー調節系において不可欠な因子であることが示された。ヒト肥満におけるMC4Rの役割を解析するため、日本人高度肥満者例を対象としてMC4R遺伝子をPCR-SSCP法にて解析した。肥満外来に通院している44症例(肥満群)と非肥満非糖尿病者44例(正常群)を対象とした。肥満群44例のゲノムDNAを用いて、MC4R遺伝子の蛋白翻訳領域全域をPCR-SSCP法にて解析した。SSCPの条件として、10%グリセロールを含むゲル、含まないゲルの2種類のゲルを使用し、それぞれを室温と4℃の2条件で泳動した。

 同定した多型については、PCR産物の制限酵素断片多型(PCR-RFLP法)を用いて対照群でスクリーニングを行った。PCR-SSCPにて3つの移動度の異なるPCR産物が認められ、塩基配列決定により以下の遺伝子変異を同定した。

 1)塩基番号12C→T、コドン4Ser→Ser、2)塩基番号16C→T、コドン6His→Tyr、H6Y変異、3)塩基番号307A→G、コドン103Ile→Val、I103V変異。肥満群に1例のHis/Tyrヘテロを同定したが、正常群には変異は同定されなかった。H6Y変異を有する症例は26才男性。身長166.5cm体重105kg、最大既往体重141kg(BMI51.2)の高度肥満例であった。Ile103アリル頻度はいずれも2/88=2.2%であった。Ile103Val変異については、英国白人での検討で報告された変異と同一であった。英国白人においては、2つの遺伝子型の症例間で、肥満度と耐糖能に差は認められていない。His6Tyr変異は新規の変異であり、ヘテロ変異を有する症例は若年発症の高度肥満者である。事実、MC4Rのフレームシフト変異ヘテロによる肥満症が、2家系報告されている。MC4RのN端はglycosylationの修飾部位を有しており、H6Y変異によって受容体機能が障害され、肥満をきたす可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究は日本人における肥満発症の遺伝的素因を明らかにするため、2つの候補遺伝子の検討を行ったものである。脂肪細胞の分化調節に関与するperoxisome proliferator-activated receptor 2(PPAR2)のPro12Ala多型につき、肥満度、体脂肪分布、インスリン感受性との関連の検討を試みた。また、食欲調節に関与するメラノコルチン4受容体(melanocortin 4 receptor,MC4R)遺伝子について、高度肥満者を対象に遺伝子変異の同定を試み、以下の結果を得ている。

 1.糖尿病を有さない日本人男性215例を対象に、PCR-RFLP法により、PPAR2 Pro12Ala多型を検出した。変異ヘテロ11例、変異ホモ1例を同定し、日本人男性における変異アリル頻度は、0.03であることを示した。

 2.Pro12Ala多型を有する12例と、正常ホモ203例において、body mass indexによる肥満度、および臍部レベルでのCT像による皮下脂肪面積(S)、内臓脂肪面積(V)を比較したところ、body mass index,S,V,また体脂肪の分布の指標であるV/S比のいずれにも有意差を認めず、Pro12Ala多型が日本人男性においては肥満度、体脂肪分布に影響する主要な遺伝因子である可能性が低いことを示した。

 3.Pro12Ala多型を有する12例と、正常ホモ203例においてHOMA(homeostasis model assessment)モデルに基づいたインスリン抵抗性指数を比較したところ、有意差を認めず、Pro12Ala多型が日本人男性においてインスリン感受性に影響する主要な遺伝因子である可能性が低いことを示した。

 4.日本人高度肥満44例を対象として、MC4R遺伝子の蛋白翻訳領域全域をPCR-SSCP法により解析したところ、1つのサイレント変異と2つのミスセンス変異を同定した。

 5.MC4R遺伝子の12番塩基のC→Tサイレント変異ヘテロを1例同定した。

 6.新規のコドン6のHis→Tyr変異(His6Tyr変異)ヘテロを1例同定した。症例は、若年発症の高度肥満例であった。正常対象44例にはHis6Tyr変異は同定されず、この変異が、肥満と関連する変異である可能性を示した。

 7.英国人において既報のIle103Val変異を、日本人においても同定した。英国人同様、Valアリルが優勢なアリルであり、Ile103アリル頻度は2.2%で、肥満例と正常例の2群間でアリル頻度に差のないことを示した。

 以上、本論文は日本人において、PPAR2Pro12Ala多型が、肥満度、体脂肪分布、インスリン感受性に影響する主要な遺伝因子である可能性が低いことを明らかとし、また若年発症高度肥満例にMC4R遺伝子の新規の遺伝子変異His6Tyr変異を同定した。本研究は、日本人における肥満の遺伝的素因の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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