本研究は日本人における肥満発症の遺伝的素因を明らかにするため、2つの候補遺伝子の検討を行ったものである。脂肪細胞の分化調節に関与するperoxisome proliferator-activated receptor 2(PPAR 2)のPro12Ala多型につき、肥満度、体脂肪分布、インスリン感受性との関連の検討を試みた。また、食欲調節に関与するメラノコルチン4受容体(melanocortin 4 receptor,MC4R)遺伝子について、高度肥満者を対象に遺伝子変異の同定を試み、以下の結果を得ている。 1.糖尿病を有さない日本人男性215例を対象に、PCR-RFLP法により、PPAR 2 Pro12Ala多型を検出した。変異ヘテロ11例、変異ホモ1例を同定し、日本人男性における変異アリル頻度は、0.03であることを示した。 2.Pro12Ala多型を有する12例と、正常ホモ203例において、body mass indexによる肥満度、および臍部レベルでのCT像による皮下脂肪面積(S)、内臓脂肪面積(V)を比較したところ、body mass index,S,V,また体脂肪の分布の指標であるV/S比のいずれにも有意差を認めず、Pro12Ala多型が日本人男性においては肥満度、体脂肪分布に影響する主要な遺伝因子である可能性が低いことを示した。 3.Pro12Ala多型を有する12例と、正常ホモ203例においてHOMA(homeostasis model assessment)モデルに基づいたインスリン抵抗性指数を比較したところ、有意差を認めず、Pro12Ala多型が日本人男性においてインスリン感受性に影響する主要な遺伝因子である可能性が低いことを示した。 4.日本人高度肥満44例を対象として、MC4R遺伝子の蛋白翻訳領域全域をPCR-SSCP法により解析したところ、1つのサイレント変異と2つのミスセンス変異を同定した。 5.MC4R遺伝子の12番塩基のC→Tサイレント変異ヘテロを1例同定した。 6.新規のコドン6のHis→Tyr変異(His6Tyr変異)ヘテロを1例同定した。症例は、若年発症の高度肥満例であった。正常対象44例にはHis6Tyr変異は同定されず、この変異が、肥満と関連する変異である可能性を示した。 7.英国人において既報のIle103Val変異を、日本人においても同定した。英国人同様、Valアリルが優勢なアリルであり、Ile103アリル頻度は2.2%で、肥満例と正常例の2群間でアリル頻度に差のないことを示した。 以上、本論文は日本人において、PPAR 2Pro12Ala多型が、肥満度、体脂肪分布、インスリン感受性に影響する主要な遺伝因子である可能性が低いことを明らかとし、また若年発症高度肥満例にMC4R遺伝子の新規の遺伝子変異His6Tyr変異を同定した。本研究は、日本人における肥満の遺伝的素因の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 |