学位論文要旨



No 114512
著者(漢字) 長堀,俊史
著者(英字)
著者(カナ) ナガホリ,トシフミ
標題(和) Interferon-による肺胞上皮細胞c-Met/HGF receptor発現および遊走能増強効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 114512
報告番号 甲14512
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1432号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 土屋,尚之
内容要旨

 特発性間質性肺炎をはじめとする間質性肺炎は、従来、肺胞間質の線維化が主病変と考えられてきた。しかし、近年、肺胞間質だけでなく、肺胞内線維化の機序が余後を決定づける重要な病態として注目されつつある。肺胞内炎が引き起こされると、主に1型肺胞上皮細胞が損傷を受け脱落する。2型肺胞上皮細胞は増殖、遊走して障害により生じた間隙を修復する。この修復が不十分だと、活性化線維芽細胞が肺胞腔内に侵入し不可逆的な肺胞腔内線維化をひきおこす。線維芽細胞の侵入前に肺胞上皮障害を修復させることは有効な治療法と考えられる。

 肝細胞増殖因子(Hepatocyte Growth Factor:HGF)は、増殖促進因子としてのみならず、運動促進因子や形態形成因子としてその受容体であるc-Met蛋白と結合することにより肝細胞に限らず様々な上皮細胞に作用することが報告されている。肺においては、HGFはin vitroで肺胞2型上皮細胞のDNA合成を促進することが報告されている。また、間質性肺疾患患者において、気管支肺胞洗浄液及び血清中HGF濃度が上昇していることが報告されている。さらにbleomycinによるマウス肺障害において、HGFをbleomycin投与と同時、もしくは遅延性に腹腔内投与することにより、肺胞内線維化を抑制することが近年報告したが、完全な抑制効果を得るには至らなかった。急性肺障害時に受容体であるc-Met蛋白の発現抑制が指摘されており、2型肺胞上皮細胞上のc-Met蛋白の発現を増強することが重要であると考えられる。

 そこで、まず、私は、各種サイトカインがA549肺胞2型上皮細胞c-MetmRNA発現に対しどのような影響をおよぼすかを調べるため、生理的濃度のIL-1,IL-1,IL-4,IL-8,IL-10,GM-CSF,PDGF,TNF,TGF,IFNにより12時間刺激した後c-MetmRNAをNorthern blot法により解析した。IFNによる刺激でのみc-MetmRNAの発現が明らかに増強された。このIFNによるc-MetmRNA増強効果が特異的なものでることを中和抗体による阻止実験で確認した。最適な刺激濃度を調べるため、IFNの刺激濃度10,30,100,300,1000U/mlと変化させて12時間刺激をおこなった。c-MetmRNA増強効果は300U/mlで最大に達した。300U/mlの濃度で刺激時間を変え、効果が最大となる刺激時間を検討したところ刺激後6時間から増強効果が出現し、12時間で最大となり、24時間まで続いた。

 IFNの作用機序を解明するため、転写活性に与える影響について12時間の刺激後にNuclearrun-on assayをおこなった。c-met遺伝子の転写活性はIFN刺激により明らかに上昇した。次にIFNがc-MetmRNAのstabilityに対して延長効果を持つかどうかを検討した。IFNにより12時間刺激した後、10g/mlのActinomycinDを加え、それ以後の転写活性を阻害して減衰していく過程を解析した。ActD添加後40、80、120分後にmRNAを抽出し、Northern blot法により解析した結果、IFNはc-MetmRNA stabiliyを増強させないことがわかった。

 A549細胞をIFN(300U/ml)により24時間および48時間刺激した後Western blot法により解析した結果、IFN刺激によりc-Met蛋白の発現も増強されることが確認された。

 更にHGFの運動促進因子としての肺胞2型上皮細胞に対する作用について検討した。まずHGFが実際にA549細胞に対して運動促進作用をもつかどうかをBoyden chamber法により確認した。HGFにより有意にA549細胞の遊走活性が誘導された。中和抗体による阻止実験をおこない、HGFlngに対し1gの中和抗体により有意な抑制効果が得られ、特異的な作用であることが示された。この作用がchemotaxisによるのかchemokinesisによるのかチェッカーボード解析で検討したところ、chemotaxis作用はあるがchemokinesis作用はないことが示された。

 サイトカインによりA549細胞に24時間刺激を加えた後で、HGFによる遊走能が増強されるかを検討した。刺激にもちいたサイトカインの濃度はc-Met発現に与える影響を検討した場合とすべて同様であり、IFN300U/mlによる刺激の場合のみ有意に遊走能が増強された。中和抗体による阻止実験をおこなったところ、抑制効果がみられ、IFNによる特異的な効果であることが確認された。さらにIFNの濃度とHGFによるA549細胞遊走能増強効果の関係を検討したところ、300U/mlの濃度で最大の遊走能増強効果が得られることがわかった。また、他のサイトカインはIFNの作用に影響を与えなかった。

 以上の結果はHGFの肺胞障害抑制作用に対してIFNを加えて投与することが有効であることを示唆するものであり、肺線維症に対する新たな治療法を提起するものであると考える。

審査要旨

 肝細胞増殖因子(HGF)は2型肺胞上皮細胞上に存在する受容体蛋白c-Metと結合することにより肺胞内線維化を抑制することが報告されているが、急性肺胞障害時にはc-Met発現低下が報告されており、このためHGFの効果が不十分になる可能性がある。本研究は、ヒト2型肺胞上皮細胞腫瘍化cell lineであるA549細胞を用いて、各種サイトカインがc-Metの発現を増強し得るかどうかの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.通常実験において活性を持つことが報告されている濃度のIL-1 ,IL-1 ,IL-4,IL-8,IL-10,GM-CSF,PDGF,TNF,TGF,IFNにより12時間刺激した後c-MetmRNAをNorthern blot法により解析したところ、IFNでのみc-MetmRNAの発現が増強された。中和抗体による阻止実験によりこの効果はIFNによる特異的効果であることが確認された。効果が最大になる条件を検討したところ、300U/ml,12時間の刺激で最もc-MetmRNA発現が増強された。

 2.IFNの作用機序を解析するため、IFN300U/mlにより12時間刺激した後にNuclearrun-on assayを行ったところ、c-met遺伝子の転写活性上昇を認めた。一方、同様にIFNで刺激後、ActinomycinDにより転写活性を阻害し、c-MetmRNAの減衰過程をNorthern blot法により解析したところ、IFNはc-MetmRNAのstability増強効果はないことがわかった。

 3.A549細胞をIFN(300U/ml)により24時間および48時間刺激した後Western blot法により解析した結果、IFN刺激によりc-Met蛋白の発現も増強されることが確認された。

 4.HGFが実際にA549細胞に対して運動促進作用を持つかどうかをBoyden chamber法により確認した。HGFにより有意にA549細胞の遊走活性が誘導された。中和抗体による阻止実験からHGFによる特異的作用であることが確認された。チェッカーボード解析によりこのHGFによる運動促進作用はchemotaxis作用であることが判明した。

 5.サイトカインによりA549細胞に24時間刺激を加えた後でHGFによる遊走能が増強されるかを検討したところ、IFN300U/mlによる刺激の場合のみ有意に増強された。中和抗体による阻止実験からこれはIFNによる特異的な効果であることが確認された。さらにIFNの濃度とHGFによるA549細胞遊走能増強効果の関係を解析したところ、300U/mlの濃度で最大の増強効果を示した。また、他のサイトカインはIFNの作用に影響を与えなかった。

 以上、本論文はIFNによりA549ヒト2型肺胞上皮細胞上c-Met/HGF receptor発現が増強され、また、実際にHGFによる遊走能も増強することを明らかにした。本研究は肺線維症の新たな可能性を示唆するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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