本研究はBリンパ球の抗原レセプター複合体(BCR複合体)において、細胞膜上の免疫グロブリンと会合しているCD79 分子がBリンパ球の活性化に持つ意義を明らかにするため、マウスCD79 に対するモノクローナル抗体5クローンを作成し、それらをin vitroで用いた場合のB細胞に与える影響と、in vivoで使用した場合のB細胞の動態と免疫学的寛容の誘導、およびpro-B細胞におけるCD79 の細胞膜上での発現について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. マウスB細胞株WEHI-231から精製したCD79 /CD79 複合体をハムスターに免疫し、鼠径部リンパ節から精製したリンパ球を変異形質細胞株と細胞融合し、5つの抗CD79 抗体産生ハイブリドーマ株の樹立に成功した。これらの抗体はCD79 の細胞外エピトープを認識し、Western Blotおよび免疫沈降に使用可能であり、また生細胞と反応し、免疫染色やシグナル伝達が可能な研究上有益な抗体であった。 2. B細胞に及ぼす抗CD79 抗体のin vitroでの効果について検討したところ、チロシンのリン酸化、細胞内Ca++の上昇、BCRのダウンモジュレーションが起こることが示された。非常に特徴的な現象として、抗CD79 抗体による刺激はWEHI-231 B細胞の細胞周期を強力にG1期で停止させることが明らかになった。Fc RIIとIgGFcの結合を阻害する2.4G2の存在下ではHM79抗体の細胞周期停止作用は若干弱くなるが、ヤギ抗マウスIgM抗体に較べ強い細胞周期停止作用を維持していた。CD79 の架橋は細胞膜上IgMの架橋とは異なったシグナル伝達系を活性化させ、細胞周期を停止させる可能性が示唆された。 3. 抗CD79 抗体をBalb/cマウスに投与すると、骨髄・脾臓のBリンパ球の抗原リセプターはほぼ同じカイネティックスでダウンモジュレーションを起こし、抗体投与翌日には前値の30%に減少したのち増加に転じ、投与12日後に前値に回復することが示された。両臓器ともに 鎖陽性Bリンパ球は抗体投与後1日目から減少がみられた。抗体投与24時間目の脾臓の組織所見(Tunel法)ではアポトーシスの所見が認められた。 4. マウスに抗CD79 抗体投与後にTNP-KLHを免疫し、TNPに対する抗体産生を検討したところ、抗体投与翌日にTNP-KLHを1回だけ免疫した場合、その2週後の抗TNP抗体価は正常ハムスターIgGを投与したコントロール群に較べ明瞭な抑制が認められ、抗CD79 抗体は体液性免疫を抑制することが示された。 5. 抗CD79 抗体を用いたフローサイトメトリーによる解析で、 鎖の遺伝子再構成が終了していないpro-B細胞株、および正常マウス骨髄のpro-B細胞においてもCD79 が膜上に発現していることを明らかにした。pro-B細胞株38B9の膜タンパクをビオチン標識し、抗CD79 抗体で免疫沈降を行ない非還元・還元2次元SDS/PAGEを行った実験、および抗CD79 抗体および抗CD79 抗体によるWestern blotの結果から、pro-B細胞上ではCD79 は一部がCD79 とヘテロダイマーを形成し、残りはモノマーとして存在し、それらが非共有結合で複数の膜タンパク(100kD,90-60kD,30kD,<30kD)と複合体を形成していることが示された。 6. 抗CD79 抗体をマウスに投与すると骨髄中のpro-B細胞を含んだ幼若B細胞は抗体投与翌日から増加が認められ、pro-B細胞膜上のCD79 分子が細胞増殖促進的に作用している可能性が示唆された。 以上、本論文は5つのマウス抗CD79 抗体を作成し、それらを用いたin vivoおよびin vitroの実験結果から、CD79 の架橋が細胞膜上IgMの架橋とは異なったシグナル伝達系を活性化させる可能性、およびpro-B細胞におけるCD79 の細胞膜上発現を明らかにした。本研究はこれまで未知の領域の多かったB細胞のCD79 を介するシグナル伝達系、およびB細胞初期分化におけるCD79 の機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと認められる。 |