学位論文要旨



No 114514
著者(漢字) 小山,真理子
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,マリコ
標題(和) マウスCD79に対する抗体の作製とそのin vitro、in vivoにおける活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 114514
報告番号 甲14514
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1434号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨 1.研究の背景と目的

 Bリンパ球の細胞膜上には免疫グロブリン分子(surface immunoglobulin、以下sIg)が発現している。sIgは抗原に対するリセプターの働きをするが、抗原結合刺激はsIgに会合するCD79、CD79と呼ばれる2つの膜タンパクを介して細胞質内に伝達される。このsIgとCD79、CD79の複合体は抗原リセプター複合体(BCR複合体)と呼ばれ、B細胞の活性化において根幹的役割を果たしている。

 私はこれまでCD79、CD79の構造および機能に興味を持って研究を行ってきたが、CD79、CD79を介した刺激がB細胞の活性化に持つ意義を詳細に解析するためには、CD79またはCD79の細胞外エピトープを認識し細胞内にシグナルを伝達出来るモノクローナル抗体を樹立することが必要と考えた。マウスCD79、CD79のペプチドに対するモノクローナル抗体が作製されているが、これらは生細胞とは反応せず機能的解析には使用できなかった。そこで、私はCD79またはCD79に対する抗体を作製することから実験を開始し、結果的に5つの抗CD79抗体を樹立することに成功した。本論文では、それらをin vitroで用いた場合のB細胞に与える影響についての研究成果と、in vivoで使用した場合のB細胞の動態と免疫学的寛容の誘導、および今回の実験で明らかになったpro-B細胞におけるCD79の細胞膜上での発現とその生理学的意義について述べる。

2.結果と考察I)抗CD79抗体の作成とB細胞に対する作用の検討(1)抗CD79抗体の作製

 マウスB細胞株WEHI-231から精製したCD79/CD79複合体をアルメニアハムスターに免疫した。鼠径リンパ節からリンパ球を調整し、形質細胞株Sp2/0-AG14と細胞融合させた結果、5つの抗CD79抗体(ハムスターIgGクラス)産生ハイブリドーマ株を樹立することができた。これらの抗体(HM79-1、HM79-2、HM79-11、HM79-12、HM79-16)はWestern Blot(HM79-2を除く)およびCD79、CD79 cDNA遺伝子導入株を用いたFACS解析の結果からCD79に対する特異的な抗体であることが確認できた。また、表面免疫蛍光染色でB細胞株およびCD79 cDNA遺伝子導入株に明るい反応が認められたことからCD79の細胞外エピトープを認識する抗体であることが明らかになった。これらの抗体はWestern Blot(HM79-2を除く)および免疫沈降に使用可能であるばかりでなく、生細胞と反応し、免疫染色やシグナル伝達が可能で研究上有益な抗体である。

(2)抗CD79抗体のin vitroでの作用

 B細胞に及ぼす抗CD79抗体のin vitroでの効果について検討したところ、チロシンのリン酸化はモノクローナル抗IgM抗体(Bet-2)と同等であった。細胞内Ca++は、二次抗体を用いて強くCD79を架橋した場合には上昇がみとめられたが、抗CD79抗体単独では変化が認められず、その効果は抗IgM抗体に較べて微弱であった。sIgのダウンモジュレーションに及ぼす効果は抗IgM抗体より強力で、モノクローナル抗IgD抗体(11.26)単独で、または11.26とヤギ抗マウスIgM抗体を併用した場合と同等であった。脾臓成熟Bリンパ球のsIgのダウンモジュレーションはIgDがIgMよりも大きな役割を演じ、抗CD79抗体はIgMおよびIgDに会合するCD79分子を刺激するため強いダウンモジュレーションを起こすものと考えられた。抗CD79抗体のin vitroでの効果で非常に特徴的であったのはWEHI-231 B細胞の細胞周期を強力にG1期で停止させることであった。FcRIIとIgG Fcの結合を阻害する2.4G2の存在下ではHM79抗体の細胞周期停止作用は若干弱くなるが、ヤギ抗マウスIgM抗体に較べ強い細胞周期停止作用を維持していた。WEHI-231は未熟B細胞であり細胞膜上にIgDは発現していないので、抗CD79抗体による表面IgDへの刺激の影響は除外できる。またヤギ抗マウスIgM抗体は、静止期B細胞の増殖を起こさせるが、抗CD79抗体は細胞増殖を誘導しなかった。B細胞において細胞周期の停止に主にどのような分子が関与しているのかはまだ明らかではないが、CD79の架橋は細胞膜上IgMの架橋とは異なったシグナル伝達系を活性化させ、細胞周期を停止させる可能性が示唆された。

(3)抗CD79抗体のin vivoでの作用

 in vitroの実験結果から抗CD79抗体をin vivoで使用した場合、次のような現象が起こる可能性が考えられた。

 (1):Bリンパ球の細胞周期を停止させアポトーシスを誘導する。

 (2):(1)の機序および抗原リセプターのダウンモジュレーションを起こすことにより抗原認識を阻害し、体液性免疫の阻害剤として作用する。

 上記に関しての検討をおこなうため、抗CD79抗体をBalb/cマウスに投与したところ、骨髄・脾臓のBリンパ球の抗原リセプターはほぼ同じカイネティックスでダウンモジュレーションを起こし、抗体投与翌日には前値の30%に減少したのち増加に転じ、投与12日後に前値に回復した。両臓器ともに鎖陽性Bリンパ球は抗体投与後1日目から減少がみられた。抗体投与24時間目の脾臓の組織所見(Tunel法)ではアポトーシスの所見が認められ、Bリンパ球数の減少は抗CD79抗体によるアポトーシスが原因と考えられた。骨髄組織でもTunel法による解析を行ったが陽性細胞は認められなかった。豊富に存在する貪食細胞により死細胞がすみやかに処理されるためと思われる。しかし鎖陽性Bリンパ球数の変化は両臓器で異なっており、骨髄では抗CD79抗体投与後1日目で最低となったのに対し、脾臓では12日目で最低となった。脾臓では抗体投与翌日ですでにアポトーシスが認められるが鎖陽性Bリンパ球数が徐々に減少を続ける機序として、骨髄で新生したBリンパ球が脾臓に移動するのに日数を要するためと推測された。次に、抗CD79抗体が体液性免疫の抑制剤としての機能を有するか否かを検討する目的で、抗CD79抗体投与後にTNP-KLHを免疫し、TNPに対する抗体産生を検討した。抗体投与翌日にTNP-KLHを1回だけ免疫した場合、その2週後の抗TNP抗体価は正常ハムスターIgGを投与したコントロール群に較べ明瞭な抑制が認められ、抗CD79抗体は体液性免疫を抑制することが明らかになった。しかしながら、TNP-KLHで再免疫した場合には抗CD79抗体投与群においても抗TNP抗体産生が見られ、免疫寛容は成立していなかった。

II)pro-Bリンパ球でのCD79の膜発現

 従来、CD79は表面免疫グロブリン陽性のB細胞および鎖陽性の後期pre-B細胞にのみ膜発現されると考えられていた。ところが、ビオチン標識した抗CD79抗体(HM79-16)と細胞株を反応させ、PE-streptavidinで発色させフローサイトメトリーでCD79の膜発現を解析した結果、鎖の遺伝子再構成が終了していないpro-B細胞株においてもCD79の膜発現が認められた。正常マウス骨髄のpro-B細胞でも本抗体を用いたフローサイトメトリーによる解析で、細胞膜上にCD79が発現していることが明らかとなった。pro-B細胞株のうちCD79の膜発現量が最も多かった38B9の膜タンパクをビオチン標識し、抗CD79抗体で免疫沈降を行ない非還元・還元2次元SDS/PAGEを行うと対角線上に6個のタンパクが、対角線下に2個のタンパクが免疫沈降された。抗CD79抗体および抗CD79抗体によるWestern blotの結果と照合させた結果、pro-B細胞上ではCD79は一部がCD79とヘテロダイマーを形成し、残りはモノマーとして存在し、それらが非共有結合で対角線上に見るれる膜タンパク(100kD,90-60kD,30kD,<30kD)と複合体を形成しているものと考えられた。抗CD79抗体をマウスに投与すると骨髄中のpro-B細胞を含んだ幼若B細胞は抗体投与翌日から増加がみられた。この時点では骨髄の成熟B細胞は激しく減少し、脾臓においてはアポトーシスを認めていることとは対照的な現象であり、pro-B細胞膜上のCD79分子が細胞増殖促進的に作用している可能性を示唆するものである。また、Nagataらは、HM79-16をRAG2 knock-outマウスに投与し、pro-B細胞がpre-B細胞へと分化することをin vivoで示しており、CD79がpro-B細胞の分化を誘導することが明らかになった。CD79を介する刺激は成熟B細胞では細胞周期を停止させアポトーシスを誘導するのに対し、pro-B細胞においては分化・増殖を誘導する方向に作用することは極めて興味深い現象であり、今後本抗体を用いてさらに解析をすすめていきたい。

審査要旨

 本研究はBリンパ球の抗原レセプター複合体(BCR複合体)において、細胞膜上の免疫グロブリンと会合しているCD79分子がBリンパ球の活性化に持つ意義を明らかにするため、マウスCD79に対するモノクローナル抗体5クローンを作成し、それらをin vitroで用いた場合のB細胞に与える影響と、in vivoで使用した場合のB細胞の動態と免疫学的寛容の誘導、およびpro-B細胞におけるCD79の細胞膜上での発現について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1. マウスB細胞株WEHI-231から精製したCD79/CD79複合体をハムスターに免疫し、鼠径部リンパ節から精製したリンパ球を変異形質細胞株と細胞融合し、5つの抗CD79抗体産生ハイブリドーマ株の樹立に成功した。これらの抗体はCD79の細胞外エピトープを認識し、Western Blotおよび免疫沈降に使用可能であり、また生細胞と反応し、免疫染色やシグナル伝達が可能な研究上有益な抗体であった。

 2. B細胞に及ぼす抗CD79抗体のin vitroでの効果について検討したところ、チロシンのリン酸化、細胞内Ca++の上昇、BCRのダウンモジュレーションが起こることが示された。非常に特徴的な現象として、抗CD79抗体による刺激はWEHI-231 B細胞の細胞周期を強力にG1期で停止させることが明らかになった。FcRIIとIgGFcの結合を阻害する2.4G2の存在下ではHM79抗体の細胞周期停止作用は若干弱くなるが、ヤギ抗マウスIgM抗体に較べ強い細胞周期停止作用を維持していた。CD79の架橋は細胞膜上IgMの架橋とは異なったシグナル伝達系を活性化させ、細胞周期を停止させる可能性が示唆された。

 3. 抗CD79抗体をBalb/cマウスに投与すると、骨髄・脾臓のBリンパ球の抗原リセプターはほぼ同じカイネティックスでダウンモジュレーションを起こし、抗体投与翌日には前値の30%に減少したのち増加に転じ、投与12日後に前値に回復することが示された。両臓器ともに鎖陽性Bリンパ球は抗体投与後1日目から減少がみられた。抗体投与24時間目の脾臓の組織所見(Tunel法)ではアポトーシスの所見が認められた。

 4. マウスに抗CD79抗体投与後にTNP-KLHを免疫し、TNPに対する抗体産生を検討したところ、抗体投与翌日にTNP-KLHを1回だけ免疫した場合、その2週後の抗TNP抗体価は正常ハムスターIgGを投与したコントロール群に較べ明瞭な抑制が認められ、抗CD79抗体は体液性免疫を抑制することが示された。

 5. 抗CD79抗体を用いたフローサイトメトリーによる解析で、鎖の遺伝子再構成が終了していないpro-B細胞株、および正常マウス骨髄のpro-B細胞においてもCD79が膜上に発現していることを明らかにした。pro-B細胞株38B9の膜タンパクをビオチン標識し、抗CD79抗体で免疫沈降を行ない非還元・還元2次元SDS/PAGEを行った実験、および抗CD79抗体および抗CD79抗体によるWestern blotの結果から、pro-B細胞上ではCD79は一部がCD79とヘテロダイマーを形成し、残りはモノマーとして存在し、それらが非共有結合で複数の膜タンパク(100kD,90-60kD,30kD,<30kD)と複合体を形成していることが示された。

 6. 抗CD79抗体をマウスに投与すると骨髄中のpro-B細胞を含んだ幼若B細胞は抗体投与翌日から増加が認められ、pro-B細胞膜上のCD79分子が細胞増殖促進的に作用している可能性が示唆された。

 以上、本論文は5つのマウス抗CD79抗体を作成し、それらを用いたin vivoおよびin vitroの実験結果から、CD79の架橋が細胞膜上IgMの架橋とは異なったシグナル伝達系を活性化させる可能性、およびpro-B細胞におけるCD79の細胞膜上発現を明らかにした。本研究はこれまで未知の領域の多かったB細胞のCD79を介するシグナル伝達系、およびB細胞初期分化におけるCD79の機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと認められる。

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