学位論文要旨



No 114520
著者(漢字) 鹿子木,将夫
著者(英字)
著者(カナ) カコキ,マサオ
標題(和) ラット腎におけるエンドセリンB型受容体刺激による一酸化窒素遊離能におよぼす高血圧、糖尿病、高脂血症の影響
標題(洋) Effects of hypertension,diabetes mellitus and hypercholesterolemia on endothelin type B receptor-mediated nitric oxide release from rat kidney
報告番号 114520
報告番号 甲14520
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1440号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 山田,信博
 東京大学 講師 亀山,周二
 東京大学 講師 木村,健二郎
内容要旨 【背景および目的】

 エンドセリン(ET)は血管内皮細胞のETB受容体に作用してNOを遊離させ、血管拡張性に働く。一方、ETは血管平滑筋細胞のETB受容体にも作用して、血管収縮性に働く。それゆえETB受容体刺激は血管緊張に対して2方向性に作用しうると考えられる。本研究ではラットの高血圧、糖尿病、および高脂血症モデルにおいて、ETB受容体刺激による血管抵抗とNO遊離速度の変化がどのように修飾されるかを単離潅流腎を用いて検討した。

【方法】

 6週齢のDahl食塩感受性(S)ラット(n=7)およびDahl食塩抵抗性(R)ラット(n=8)に8週間8%食塩食を負荷したもの、8週齢のWKYおよびSHRにストレプトゾトシン(STZ;35mg/kg)を静脈内投与し4週間vehicleあるいはアンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬であるイミダプリル(IMD;10mg/kg/日)を浸透圧ミニポンプで皮下投与した糖尿病ラットおよびそれらの対照ラット(いずれの群もn=6)、12週齢のSprague-Dawleyラットに12週間の4%コレステロール食(HC;n=5)および0.3%コレステロール食(NC;n=5)を負荷したものを実験に用いた。

 これらのラットの右腎を95%O2-5%CO2で飽和し37℃に保ったKrebs-Henseleit緩衝液で5mL/分の速度で単離潅流し、ETB刺激薬であるBQ-3020による静脈潅流液中のNO濃度を腎動脈潅流圧(RPP)と同時に既報のIuminol-H2O2化学発光法で測定した(Kikuchi K et al.J Biol Chem.1993;268:23106-23110)。すなわち、腎静脈からの流出液を2mL/分、発光試薬(2mM H2O2,18mM Iuminol,2mM K2CO3,150mM desferrioxamine)を0.5mL/分の速度で混合し、化学発光検出装置(PU-980CL,日本分光)にて化学発光の強度を測定した。Calibrationは、酸化ヘモグロビン法で予め濃度を決定したNOガスあるいはそれと同等のシグナルを発する西洋山葵ペルオキシダーゼを用いて行った。高脂血症ラットにおいてはET-1に対するRPPとNOの反応も調べた。

 またこれらと同様の条件下のラットの腎臓をPLP液で潅流固定した後、内皮型NO合成酵素(eNOS)抗体(Transduction Laboratories)、およびETB受容体抗体(免疫生物研究所)に対する免疫反応性を組織化学的に検討した。Dahlラットにおいては血漿中のET-1濃度をRIAにて測定した。

【結果】

 SラットではRラットに比し収縮期血圧が有意に高く(R141±3vs.S238±11mmHg,p<0.01)、血漿中のET-1濃度も高値であった(R2.5±0.3vs.S 4.0±0.2pg/mL,p<0.05)。糖尿病ラットにおいてはそれぞれの対照ラットに比して血糖値が有意に高値であった(WKY5.7±0.1vs.WKY-STZ 20.2±0.9mM;p<0.01)が、IMD投与は血糖値に影響を与えなかった(WKY-STZ-IMD 18.7±1.8mM;WKY-STZに比しp=NS)。高脂血症ラットにおいては対照ラットに比して血清コレステロール濃度が有意に高値であった(NC1.8±0.1vs.HC7.8±0.2mM,p<0.01)。

 単離潅流腎においては、10-10M以下の低濃度のBQ-3020の投与ではRラット腎では有意に潅流圧が低下したのに対し、Sラット腎では潅流圧が上昇した(10-10M:R-10.3±0.6%vs.S+11.2±1.5%,p<0.01)。10-9M以上の高濃度ではRラットでも潅流圧を上昇させたが、その増加はSラットに比し軽度であった(10-8M:R+30.3±0.6%vs.S+61.2±1.5%,p<0.01)。BQ-3020によりNO遊離は用量依存性に増加したが、その程度はSラットで有意に減弱していた(10-10M:R+10.7±0.7vs.S+3.1±0.4fmol/min/g腎,p<0.01)。また10-10M以下の低濃度のBQ-3020の投与では対照ラット腎で有意に潅流圧が低下したのに対し、糖尿病ラット腎では逆に潅流圧の上昇が見られた(10-10M:WKY-9.9±3.7%vs.WKY-STZ+6.4±3.8%,p<0.01)。また、10-9M以上の高濃度における潅流圧の上昇は、糖尿病ラットで増強していた(10-8M:WKY-9.9±3.7%vs.WKY-STZ+6.4±3.8%,p<0.01)。BQ-3020によりNO遊離は用量依存性に増加したが、その程度は糖尿病ラットで有意に減弱していた(10-10M:WKY+12.7±2.5vs.WKY-STZ+5.1±0.5fmol/min/g腎,p<0.01)。この結果はWKY、SHRとも同様であったが、糖尿病によるBQ-3020に対する反応性の変化はSHRにおいてさらに顕著となる傾向が見られた。これらの変化はIMD投与により有意に回復した(10-10M:WKY-STZ-IMD-9.9±3.7%,+12.7±2.5fmol/min/g腎,共にWKY-STZに比しp<0.01)。

 また10-10M以下の低濃度では対照ラット腎では有意に潅流圧が低下したのに対し、高脂血症ラット腎では逆に潅流圧の上昇が見られた(10-10M:-13.7±0.8%vs.+21.0±8.4%,p<0.01)。BQ-3020によりNO遊離は用量依存性に増加したが、その程度は高脂血症ラットで有意に減弱していた(10-10M:+14.0±0.8vs.+2.7±0.4fmol/min/g腎,p<0.01)。高脂血症ラットにおいてET-1に対するRPPとNOの変化を検討したところ、10-11M以下の低濃度では対照ラット腎では有意に潅流圧が低下したのに対し、高脂血症ラット腎では逆に潅流圧の上昇が見られた。またET-1によりNO遊離は用量依存性に増加したが、その程度は高脂血症ラットで有意に減弱していた。

 対照ラットにおけるBQ-3020による血管反応の2相性の変化がETB受容体刺激によるのかを確認するために、まずETB受容体遮断薬であるBQ-788(10-8M)の存在下でBQ-3020投与の実験を行った。その結果、BQ-3020の低濃度投与による腎血管の拡張だけでなく、高濃度投与による血管収縮もほぼ完全に抑えられ、NO遊離もほぼ完全に抑制された。またETA受容体遮断薬であるBQ-123(10-6M)は、BQ-3020による潅流圧やNO遊離量の変化に殆ど影響を与えなかった。

 次にSおよびRラットの腎におけるeNOSの免疫反応性を検討した。腎小葉間動脈の血管内皮のeNOSの染色強度を0から3の4段階にスコア化し、ラット毎に平均し、染色強度を群間比較した。SラットではRラットに比し、腎小葉間動脈の血管内皮のeNOSの染色強度は明らかに減弱していた(R1.8±0.1vs.S1.2±0.2,p<0.01)。糖尿病WKY、糖尿病SHR、および高脂血症ラットにおけるeNOSの免疫反応性を、それぞれの対照ラットと比較したが、糖尿病あるいは高脂血症によるeNOSの発現の明らかな変化は見られなかった(WKY1.8±0.1vs.WKY-STZ1.8±0.1;NC1.9±0.2vs.HC1.9±0.2;ともにp=NS)。また、対照SHRでは対照WKYに比し、eNOSの発現は有意に増強していた(SHR2.1±0.1;WKYに比しp<0.05)。糖尿病ラットにおいてIMD投与はeNOSの発現に影響を与えなかった(WKY-STZ-IMD 1.9±0.2;WKY-STZに比しp=NS)。

 次に高血圧、糖尿病、および高脂血症ラットの腎におけるETB受容体の免疫反応性を検討した。ETB受容体の免疫反応性は、血管内皮だけでなく、血管平滑筋細胞にも存在し、また遠位尿細管や集合管にも存在した。腎小葉間動脈において血管内皮のETB受容体の免疫反応性が血管平滑筋のそれに比して強いものの割合をラット毎に平均し、群間比較したところ、SラットではRラットに比し、また糖尿病ラットや高脂血症ラットでも対照ラットに比し、血管内皮のETB受容体の発現は血管平滑筋のそれに比して有意に減弱していた(血管内皮のETB受容体より血管平滑筋のETB受容体の免疫反応性が高い血管断面の割合:R63±6%vs.S13±3%;WKY93±2%vs.WKY-STZ 71±4%;NC91±3%vs.HC24±6%;ともにp<0.01)。糖尿病ラットにおいてIMDはこの変化を有意に回復させた(WKY-STZ-IMD 93±2%;WKY-STZに比しp<0.01)。

【考察】

 (1)健常ラットの腎血管では低濃度のETB作動薬は血管拡張性に、高濃度では血管収縮性に作用したが、NO遊離は用量依存性に増加させた。このBQ-3020の作用はいずれもETB受容体拮抗薬で消失し、一方ETA受容体拮抗薬では影響を受けなかったことより、ETB受容体刺激は生体内でも2相性の血管作用があると考えられる。

 (2)Dahl食塩感受性高血圧ラット、糖尿病ラットおよび高脂血症ラット腎ではETB作動薬によるNO遊離が減少し、血管拡張作用が減弱していた。用量反応性の検討から、生理的濃度のETはおそらくは血管拡張性に働くが、これらの病態モデルではその濃度でも血管収縮をきたすと考えられる。さらにこれらの病態ではET産生が亢進していることが知られているので、この血管収縮作用が増強する可能性がある。

 (3)糖尿病ラット腎ではACE阻害薬であるIMD投与によりETB作動薬によるNO遊離および血管拡張作用が回復した。詳細な機序は不明だが、アンジオテンシンIIはPKCの活性化を介してETB受容体のダウンレギュレーションを起こすことが知られている。従ってIMDの作用はアンジオテンシンIIの減少によると考えられる。

 (4)腎におけるeNOSの発現は、Dahl食塩感受性高血圧ラットでともに減少していたが、糖尿病ラットおよび高脂血症ラットでは有意な変化はなかった。DahlラットにおけるeNOSの減少は高血圧性の内皮障害の結果と考えられるが、糖尿病および高脂血症ではeNOSが減少していなかったにもかかわらず、BQ-3020によるNO遊離は減少していた。これはETB受容体のダウンレギュレーション以外にeNOSの活性化の低下やNOの遊離障害も関与しているかも知れない。既に高脂血症では酸化LDLの増加や、糖尿病ではadvanced glycated endproduct(AGE)の増加、あるいはNADPHの減少によりNOの作用が減少することが知られているからである。

 (5)腎血管内皮におけるETB受容体の発現は、Dahl食塩感受性高血圧ラット、糖尿病ラット、および高脂血症ラットで血管平滑筋のそれに比してともに減少していた。この結果、BQ-3020は内皮からのNO遊離作用が減弱するばかりでなく、血管平滑筋に作用して直接的に血管を収縮させた可能性が高い。ETB受容体のダウンレギュレーションにはこれらのラットにおけるET産生の増加が関与していると考えられる。

【結論】

 動脈硬化症の原因疾患である高血圧、糖尿病、高脂血症の各モデルラットの腎血管では、ETB受容体刺激によるNO遊離の減弱と血管内皮上のETB受容体の相対的減少とを伴い、本症における血管機能の異常に関与している可能性があると考えられた。

審査要旨

 本研究は、動脈硬化症において腎および全身循環動態に重要な役割を演じていると考えられるエンドセリン-1(ET-1)の血管作用の特徴を明らかにするため、動脈硬化症の危険因子である高血圧症、糖尿病、および高脂血症のモデルラットおよび正常ラットにおいて、ETB受容体刺激による血管抵抗とNO遊離速度の変化がどのように修飾されるかを単離潅流腎を用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.Dahl食塩感受性(S)ラットではDahl食塩抵抗性(R)ラットに比し収縮期血圧が有意に高く、血漿中のET-1濃度も高値であった。糖尿病ラットにおいてはそれぞれの対照ラットに比して血糖値が有意に高値であったが、ACE阻害薬であるイミダプリル(IMD)投与は血糖値に影響を与えなかった。高脂血症ラットにおいては対照ラットに比して血清コレステロール濃度が有意に高値であった。

 2.単離潅流腎においては、10-10M以下の低濃度のETB受容体刺激薬BQ-3020の投与ではRラット腎では有意に潅流圧が低下したのに対し、Sラット腎では潅流圧が上昇した。10-9M以上の高濃度ではRラットでも潅流圧を上昇させたが、その増加はSラットに比し軽度であった。BQ-3020によりNO遊離は用量依存性に増加したが、その程度はSラットで有意に減弱していた。また10-10M以下の低濃度のBQ-3020の投与では対照ラット腎で有意に潅流圧が低下したのに対し、糖尿病ラット腎では逆に潅流圧の上昇が見られた。また、10-9M以上の高濃度における潅流圧の上昇は、糖尿病ラットで増強していた。BQ-3020によりNO遊離は用量依存性に増加したが、その程度は糖尿病ラットで有意に減弱していた。この結果はWKY、SHRとも同様であったが、糖尿病によるBQ-3020に対する反応性の変化はSHRにおいてさらに顕著となる傾向が見られた。これらの変化はIMD投与により有意に回復した。また10-10M以下の低濃度では対照ラット腎では有意に潅流圧が低下したのに対し、高脂血症ラット腎では逆に潅流圧の上昇が見られた。BQ-3020によりNO遊離は用量依存性に増加したが、その程度は高脂血症ラットで有意に減弱していた。高脂血症ラットにおいてET-1に対する潅流圧とNOの変化を検討したところ、10-11M以下の低濃度では対照ラット腎では有意に潅流圧が低下したのに対し、高脂血症ラット腎では逆に潅流圧の上昇が見られた。またET-1によりNO遊離は用量依存性に増加したが、その程度は高脂血症ラットで有意に減弱していた。

 3.対照ラットにおけるBQ-3020による血管反応の2相性の変化がETB受容体刺激によるのかを確認するために、まずETB受容体遮断薬であるBQ-788(10-8M)の存在下でBQ-3020投与の実験を行った。その結果、BQ-3020の低濃度投与による腎血管の拡張だけでなく、高濃度投与による血管収縮もほぼ完全に抑えられ、NO遊離もほぼ完全に抑制された。またETA受容体遮断薬であるBQ-123(10-6M)は、BQ-3020による潅流圧やNO遊離量の変化に殆ど影響を与えなかった。

 4.次にSおよびRラットの腎における内皮型NOS(eNOS)の免疫反応性を検討した。腎小葉間動脈の血管内皮のeNOSの染色強度を0から3の4段階にスコア化し、ラット毎に平均し、染色強度を群間比較した。SラットではRラットに比し、腎小葉間動脈の血管内皮のeNOSの染色強度は明らかに減弱していた。糖尿病WKY、糖尿病SHR、および高脂血症ラットにおけるeNOSの免疫反応性を、それぞれの対照ラットと比較したが、糖尿病あるいは高脂血症によるeNOSの発現の明らかな変化は見られなかった。また、対照SHRでは対照WKYに比し、eNOSの発現は有意に増強していた。糖尿病ラットにおいてIMD投与はeNOSの発現に影響を与えなかった。

 5.次に高血圧症、糖尿病、および高脂血症ラットの腎におけるETB受容体の免疫反応性を検討した。ETB受容体の免疫反応性は、血管内皮だけでなく、血管平滑筋細胞にも存在し、また遠位尿細管や集合管にも存在した。腎小葉間動脈において血管内皮のETB受容体の免疫反応性が血管平滑筋のそれに比して強いものの割合をラット毎に平均し、群間比較したところ、SラットではRラットに比し、また糖尿病ラットや高脂血症ラットでも対照ラットに比し、血管内皮のETB受容体の発現は血管平滑筋のそれに比して有意に減弱していた。糖尿病ラットにおいてIMDはこの変化を有意に回復させた。

 以上、本論文は動脈硬化症の原因疾患である高血圧症、糖尿病、高脂血症の各モデルラットの腎血管において、ETB受容体刺激によるNO遊離の減弱と血管内皮上のETB受容体の相対的減少が存在することを明らかにした。本研究は、これらの疾患に見られる血管機能異常の機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ学位の授与に値するものと考えられる。

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