本研究ではCacinoembryonic antigen遺伝子のプロモーター(CEAプロモーター)により自殺遺伝子である大腸菌のシトシンデアミナーゼ遺伝子(Cytosine Deaminase;CD)を発現するアデノウイルスベクター(CEAプロモーター/CDと略す)でCEAプロモーター/CDをCEA発現細胞に導入し、さらに、プロドラッグとして5-FCを投与することにより胃癌培養細胞株とCEA産生胃癌(MKN45)腹膜播種ヌードマウスを用いてCEA産生胃癌に対する遺伝子治療の基礎的研究を行った。下記の結果を得ている。 1.非特異的なCAGプロモーターによってlacZ遺伝子を発現する組み換えアデノウイルス(AdCAlacZ)を感染させるとすべての細胞で同様にlacZ遺伝子は発現したが、AdCEAlacZ感染でCEA産生量依存的にlacZ遺伝子は発現することから、CEAプロモーターがCEA産生細胞特異的に働くことが明らかになった。 2.細胞内及び培養液中とも、AdCEACD感染でCEA産生量依存的にCDが発現によって5-FCが5-FUに変換された。 3.AdCEACD感染+5-FC添加によりCEA産生株で特異的な殺細胞効果がみられた。また、自殺遺伝子を導入された細胞が10%程度存在すれば80%の細胞が死滅することより、CD/5FCの系で強力なbystander効果のあることが明らかになった。しかも、このbystander効果には細胞接着は必要なかった(neighbor cell killing効果)。 4.AdCEAlacZをMKN45胃癌の皮下腫瘍及び腹膜播種ヌードマウスの腹腔内に投与することによって、in vivoにおいても組み換えアデノウイルスが効果的、しかも特異的にlacZ遺伝子を発現することがわかった。 5.非特異的CAGプロモーターによって自殺遺伝子(CD)を発現する組み換えアデノウイルス(AdCACD)を感染させるとマウスの多数臓器でCD遺伝子が発現したが、AdCEACDを感染させるとCEA産生腫瘍のみでCD遺伝子の発現がみられた。 6.ヒト胃癌腹膜播種マウスにAdCEACDと5-FCを腹腔内投与すると、未治療群と比べて著明な腫瘍縮小効果、低い血中CEA値及び長期生存が得られた。また、副作用もAdCACD治療群より著しく低いことが認められた。 以上、本論文は腫瘍特異的CEAプロモーターを持つアデノウイルスベクターにより自殺遺伝子である大腸菌のシトシンデアミナーゼ遺伝子を発現させ、プロドラッグである5-FCの投与を利用し、in vitroおよびin vivoにてCEA産生胃癌の特異的治療の基礎研究を明らかにした。この癌細胞で特異的に発現させて癌を縮小させる方法は、従来の治療法とは全く異なる原理に基づくものであり、従来の治療で助からない癌患者の治療に役立つ可能性があり、学位の授与に価するものと考えられる。 |