学位論文要旨



No 114526
著者(漢字) 熊野,恵城
著者(英字)
著者(カナ) クマノ,ケイキ
標題(和) Notchシグナルの造血における役割
標題(洋)
報告番号 114526
報告番号 甲14526
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1446号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨

 造血幹細胞は、自己複製能(self-renewal)により、自己と同じ細胞を維持し、同時に多分化能(multipotentiality)により各lineageの血液細胞を産生することで、生体内における造血を維持している。造血幹細胞が、どのlineageの前駆細胞へと分化していくかは、確率的であるとされているが、造血幹細胞の生存と増殖には、様々なサイトカインや、幹細胞をとりまく微小環境が必要である。骨髄微小環境を形成するストローマ細胞と、造血幹細胞との相互作用をつかさどる分子の一つとして、Notch familyが含まれると考えられている。Notchは、さまざまな細胞の分化能、あるいは分化状態を制御することによって、細胞系譜の選択にかかわっていると推測されている。骨髄の未分化な細胞と考えられるCD34+lin-、あるいは、さらに分化した状態であるCD34+lin+の細胞において、Notch familyの一つであるNotch1の発現が認められること、NotchのLigandの一つである、Jagged1がストローマ細胞で発現していることなどより、造血系においてもNotchシグナルが働いている可能性が示唆される。また造血幹細胞は、いわゆる非対称性分裂をすると考えられ、神経系においてはこのような働きは、Notchによってつかさどられており、このことからもNotchシグナルの関与が示唆される。以上の事実をふまえ、今回私はNotchシグナルの造血における役割について以下のごとく検討した。

 マウス、およびヒトのcell lineを用いたノーザンブロットにより、種々のlineageにおいてNotch1、およびNotch2が発現していることを示した。

 Notchは、細胞外領域をほとんど取り除いたり、あるいは細胞内領域のみを発現させることにより、ligand非依存性の活性化型Notch(activated Notch)となることがしられているが、この活性化型Notchを用い以下の実験を行った。myeloid系の分化モデルとして、マウス骨髄系前駆細胞株である32DのG-CSFによる好中球への分化を、erythroid系の分化モデルとしてマウスフレンド赤白血病細胞株F5-5の、DMSO及びactivinによるヘモグロビン産生細胞への分化を用い、活性化型Notch1を、32D,F5-5に発現させそれらの分化に対する影響を調べた。その結果、活性化型Notch1により、それらの分化は抑制されることを示された。

 さらにNotchシグナルにより分化シグナルがどのレベルでブロックされているかを調べるため、上記の32DおよびF5-5を用いて、myeloid系およびerythroid系のそれぞれに特異的な転写因子の発現を、半定量RT-PCRによりコントロール細胞(空ベクター導入細胞)とaNotch1発現細胞とで比較した。myeloid specificな転写因子としては、C/EBP,C/EBP,PU.1,AML1b,c-myb,GATA-2について調べた。C/EBP,C/EBP,PU.1,AML1bは、コントロール細胞、aNotch1発現細胞ともにG-CSFによる分化刺激により発現が増加していた。またc-mybは発現量は明らかな変化は認められなかった。これに対しGATA-2は、コントロール細胞では分化刺激により発現が減少したのに対し、aNotch1導入細胞では、発現が維持されていた。erythroid specificな転写因子としては、SCL,GATA-1,GATA-2,NF-E2(p45),MafK(p18),EKLF,c-mybについて調べた。SCL,NF-E2,EKLFはコントロール細胞、aNotch1発現細胞とも発現は増加していた。GATA-1,MafKは、両者とも分化刺激の前後で発現量は変化しなかった。c-mybに関しては、両者とも分化刺激により発現は減少した。しかしGATA-2に関しては、分化刺激によりコントロール細胞で発現が減少したのに対し、aNotch1を発現したものでは、発現が維持されていた。以上より、myeloid系、erythroid系ともに分化刺激の前後でaNotch1の発現細胞において、GATA-2の発現が維持されており、活性化型Notch1による分化抑制効果がGATA-2を介するものである可能性が示された。

 ES細胞のin vitroでの血液分化系においては、1次コロニーでは、コロニーの数、種類においてコントロールES細胞(空ベクター導入細胞)との間に有意な差は認められなかった。しかし混合コロニーを形成する細胞をreplatingすることにより2次コロニーを形成させると、aNotch1を発現させたもののみが、再び混合コロニーを形成することができた。aNotch1を発現させたものでは、2回目、3回目のreplatingでも混合コロニーの形成が認められた。このことにより、NotchシグナルによりCFU-Mixレベルの未分化な細胞が維持されていると考えられた。

 以上よりNotch1が種々のlineageにおいて分化の抑制を行うことにより造血を制御している可能性が示された。

審査要旨

 本研究は造血幹細胞の増殖及び分化の分子レベルでの制御機構を明らかにするため、神経系などで分化の制御に携わっているとされるNotchシグナルの造血系での役割を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.マウス、およびヒトのcell lineを用いたノーザンブロットにより、種々のlineageにおいてNotch1、およびNotch2が発現していることが確認され、造血系において機能している可能性が示された。

 2.Notchは、細胞外領域をほとんど取り除いたり、あるいは細胞内領域のみを発現させることにより、ligand非依存性の活性化型Notch(activated Notch)となることがしられているが、この活性化型Notchを発現させることにより、マウス骨髄系前駆細胞株である32DのG-CSFによる好中球への分化およびマウスフレンド赤白血病細胞株F5-5の、DMSO及びactivinによるヘモグロビン産生細胞への分化は抑制されることが示された。

 3.Notchシグナルにより分化シグナルがどのレベルでブロックされているかを調べるため、上記の32DおよびF5-5を用いて、myeloid系およびerythroid系のそれぞれに特異的な転写因子の発現を、半定量RT-PCRによりコントロール細胞(空ベクター導入細胞)とaNotch1発現細胞とで比較した。myeloid specificな転写因子としては、C/EBP,C/EBP,PU.1,AML1b,c-myb,GATA-2について調べたが、C/EBP,C/EBP,PU.1,AML1bは、コントロール細胞、aNotch1発現細胞ともにG-CSFによる分化刺激により発現が増加し、c-mybは発現量は明らかな変化は認められなかった。これに対しGATA-2は、コントロール細胞では分化刺激により発現が減少したのに対し、aNotch1導入細胞では、発現が維持されていた。erythroid specificな転写因子としてSCL,GATA-1,GATA-2,NF-E2(p45),MafK(p18),EKLF,c-mybについて調べたが、SCL,NF-E2,EKLFはコントロール細胞、aNotch1発現細胞とも発現は増加し、GATA-1,MafKは、両者とも分化刺激の前後で発現量は変化しなかった。c-mybに関しては、両者とも分化刺激により発現は減少した。しかしGATA-2に関しては、分化刺激によりコントロール細胞で発現が減少したのに対し、aNotch1を発現したものでは、発現が維持されていた。以上より、myeloid系、erythroid系ともに分化刺激の前後でaNotch1の発現細胞において、GATA-2の発現が維持されており、活性化型Notch1による分化抑制効果がGATA-2を介するものである可能性が示された。

 4.ES細胞のin vitroでの血液分化系においては、1次コロニーでは、コロニーの数、種類においてコントロールES細胞(空ベクター導入細胞)との間に有意な差は認められなかった。しかし混合コロニーを形成する細胞をreplatingすることにより2次コロニーを形成させると、aNotch1を発現させたもののみが、再び混合コロニーを形成することができた。aNotch1を発現させたものでは、2回目、3回目のreplatingでも混合コロニーの形成が認められた。このことにより、NotchシグナルによりCFU-Mixレベルの未分化な細胞が維持されていると考えられた。

 以上、本論文は、32D,F5-5を用いたmyeloid系、erythroid系の分化モデルにおいて分化抑制効果が認められたこと、及びES細胞のn vitroでの血液分化系においてCFU-Mixレベルの未分化な細胞が維持されることによりNotch1が種々のlineageにおいて分化の抑制を行うことにより造血を制御し、またその分化抑制効果はGATA-2を介するものである可能性を示した。造血幹細胞の分化・増殖の分子レベルでの制御の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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