学位論文要旨



No 114528
著者(漢字) 小川,幸代
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,サチヨ
標題(和) パラポックスウィルスに見られるVEGF類似蛋白質の解析
標題(洋) Analysis of VEGF-like protein in the genome of parapoxvirus
報告番号 114528
報告番号 甲14528
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1448号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 中畑,龍俊
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
内容要旨 1)はじめに

 血管内皮細胞増殖因子(VEGF)は内皮細胞に限局して発現する受容体型チロシンキナーゼ、Flt-1,KDR/Flk-1レセプターを介して内皮細胞の増殖、血管新生、血管透過性こう進に関与すると考えられている。近年、哺乳類のVEGFに相同性のあるポリペプチドをコードする遺伝子がパラポックスウィルス属のオーフウィルスのゲノム内に見い出された。

 羊、山羊、時には人などに感染するオーフウィルスの感染病巣では皮膚の毛細血管内皮細胞の増殖が見られ、その病巣の進展にはこのVEGF類似蛋白質の関与も考えられる。

 今回、我々はオーフウィルス由来のVEGF類似蛋白質を精製し(VEGF-Eと呼ぶ)VEGFファミリーの新しい蛋白質として、結合レセプターの特異性とその生物学的活性について検討を行った。

2)VEGF-Eの構造

 最近、VEGFに関連のある遺伝子が次々と同定され、機能解析が行われている。これまで、VEGFファミリーには、胎盤の維持に関与するとされるPIGF,リンパ管の発達や形成に関与するとされるVEGF-CとVEGF-D、まだ機能の詳細は不明と思われるVEGF-Bが知られている。VEGF-Eと上記のVEGFファミリーのリガンドとを比較してみると、これらのリガンドでは8つのシステインがすべて保存されており、そのシステインにより、ループ1,ループ2,ループ3に分けられた共通した構造をとっている。VEGF-EはVEGF165やVEGF189に見られるような塩基性領域を欠いたVEGF121に最も近い構造で、アミノ酸レベルで約25%の相同性を示した。

3)VEGF-Eの精製

 VEGF-Eをバキュロウイルス系にて大量発現させたところ、VEGF-Eは分泌型蛋白質でウサギのVEGF-Eに対する抗体で特異的に検出された。VEGF-Eは44kDaの蛋白質で、還元剤を用いた検討から22kDaの2つのサブユニットがホモダイマーを形成していることが明らかとなった。

 次にVEGF-Eが大量に発現した培養液の上清を用い、VEGF-EをSPカラムにて精製した。VEGF-Eが描出された事をVEGF-Eに対する特異抗体を用いてウエスタンブロッティングで確認し、同時にVEGF-Eがバルクの蛋白と分離できた事を銀染色にて確認した。

4)VEGF-Eの生物学的活性

 次にこうして精製されたVEGF-Eの生物学的活性として、まず内皮細胞増殖活性を調べた。人臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)とラット肝類洞壁内皮細胞(NP cell)を増殖因子のない状態、VEGF存在下、VEGF-E存在下に各々4日間培養した。VEGF-EはVEGF121と構造上最も相同性が高いが、どちらの内皮細胞でも、VEGF-Eは濃度依存的に増殖活性と形態変化が見られその活性はVEGF165とほぼ同等レベルだった。

 次に血管透過性こう進活性を調べるため、モルモットを用いてMiles assayを行った。VEGF-Eは濃度依存的かつVEGF165とほぼ同等レベルで血管透過性を刺激した。

5)VEGF-Eの結合レセプターと、レセプターの自己リン酸化及シグナル伝達

 次にVEGF-Eが結合するレセプターを調べるため、125I-VEGF165をKDR/Flk-1,Flt-1を各々強発現させたNIH3T3細胞と一緒にインキュベートし、そこに非放射性VEGF165あるいはVEGF-Eを添加し、特異的結合に対する競合を調べた。非放射性VEGF-Eは125I-VEGF165のKDR/Flk-1への結合を競合的に阻害したが、その程度は非放射性VEGF165とほぼ同じ程度だった。

 一方、非放射性VEGF165125I-VEGF165のFlt-1への結合を競合したが、非放射性VEGF-Eは1000倍添加しても競合しなかった。

 さらに、VEGF-Eを放射性ヨードラベルし同様に競合実験を行った。これらの結果からもVEGF-EはVEGF165と同じ親和性(Kd330pM)でKDR/Flk-1には結合できるが、Flt-1には結合しないことが強く示唆された。

 VEGF-EがKDR/Flk-1レセプターのみに結合し活性化する事をさらに裏づけるものとして、レセプターの自己リン酸化を調べた。KDR/Flk-1又はFlt-1を強発現したNIH3T3細胞をリガンドで5分間刺激した細胞可溶化液をKDR/Flk-1抗体またはFlt-1抗体で免疫沈降した。各々の免疫沈降物を抗リン酸化チロシン抗体と抗KDR/Flk-1抗体、抗リン酸化チロシン抗体と抗Flt-1抗体でウエスタンブロットした。KDR強発現3T3細胞ではVEGF,VEGF-Eで刺激するとKDRレセプターの自己リン酸化が230kDaに見られた。Flt-1強発現3T3細胞ではVEGF刺激でFlt-1レセプターの自己リン酸化が180kDaに認められたが、VEGF-Eでは認められなかった。

 これらの結果から、VEGF-Eは内皮細胞特異的に発現するVEGFレセプターのうちKDRに特異的に結合し活性化することが明らかになった。

 さらに、NP細胞をVEGF-Eにて刺激し時間経過を追って見ると、VEGF-EはVEGFと同様、KDR/Flk-1からPLC、MAPキナーゼを介する細胞内シグナル伝達系を刺激する事が示された。

6)VEGF-Eの他のレセプターへの結合の検討

 VEGF-Eはアミノ酸レベルでPDGFと15%の相同性を示すので、VEGF-EがPDGFレセプターやFGFレセプターのリン酸化を刺激するかどうか検討を行った。NIH3T3細胞に各々PDGF,bFGF,VEGF-Eを加え4日間培養した。PDGF-B/BとbFGFはNIH3T3細胞に発現しているPDGF,FGFレセプターの自己リン酸化を刺激し細胞増殖や形態変化を示すが、VEGF-Eは増殖因子のないのと同じくこれらの活性が認められなかった。

 なお、Flt-4レセプターを強発現させたNIH3T3細胞を用いて、VEGF-EがFlt-4レセプターのリン酸化を刺激しない事も確認した。

 近年、VEGF165がエクソン7のヘパリン結合ドメインにより130kDa細胞表面分子(neuropilin 1)へ結合することで,VEGF165のKDRへの結合力を高め、VEGF165の化学走性活性を強める事が報告された。そこで、VEGF-Eが130kDa細胞表面分子(neuropilin 1)に結合するかどうかの検討を行うため,125I-VEGF165をHUVECの細胞表面分子とDSSにてcrosslinkingさせた会合物に対し,非放射性VEGF165またはVEGF-Eを加え競合実験を行った。非放射性VEGF-Eは125I-VEGF165とKDR/Flk-1の会合物に対し競合するが、125I-VEGF165と130kDa細胞表面分子(neuropilin 1)との会合物には競合しなかった。これらの結果からVEGF-Eが130kDa細胞表面分子(neuropilin 1)へ結合しなくても、VEGF165同様KDR/Flk-1に特異的に結合し生物学的活性を持つことがわかった。

7)VEGF-Eの個体レベルでの血管新生assay

 最後に種々のリガンドをマトリゲルに添加した後、マウスの側腹部の皮下に注入し4日後にゲルをとりだし個体レベルでの血管新生を調べた。肉眼的に、VEGF165またはVEGF-Eを含むマトリゲルでは、PBSだけ含むマトリゲルの対照群に比べ血管が豊富であった。実体顕微鏡でVEGF-Eを含むマトリゲルを観察すると、既存の拡張した血管から多くの新生毛細血管がマトリゲルへ侵入していた。ゲルの切片でも、PBSだけ含むマトリゲルの対照群では血管は見られなかったが、VEGF165またはVEGF-Eを含むマトリゲルでは拡張した血管、新生毛細血管などが認められた。従って、VEGF-EはVEGFに匹敵する血管新生の活性をもつことが個体レベルでも確認できた。

8)結論と考察

 本研究では、新しいVEGFファミリー蛋白質と考えられるオーフウィルス由来VEGF(VEGF-E)について、その結合レセプターと生物学的活性を検討した。

 今回の研究で得られた知見としては、

 1 VEGF-EはVEGFとアミノ酸で19-25%しか相同性がないが,VEGF165と同じ位高い親和性でKDR/Flk-1に結合する。

 2 これまで知られているVEGFファミリーの他のタイプと異なり、VEGF-EはFlt-1への結合も、Flt-1からのシグナル伝達も行わない。

 3 VEGF-Eはヘパリン結合ドメインを持っていないが、内皮細胞の増殖刺激活性と血管透過性活性は強力な血管新生/血管透過性因子であるVEGF165とほぼ同じ程度であった。これらの点で、今までのVEGFファミリーにない新しい蛋白質であり興味深い。

 今まで報告されているVEGFとKDR/Flk-1との結合部位はVEGF-Eにはあてはまらず、他に異なる結合部位が示唆され、今後mutagenesisによる解析を行っていく予定である。

 また最近、パラポックスウィルスのゲノム内にIL-10遺伝子が同定され脊椎動物のゲノムに相同性が高くウィルスが脊椎動物のゲノムから獲得したと考えられる。VEGF-Eも脊椎動物のゲノムに由来している可能性がありin vivoで胎生期または大人になってある時期、ある特異的組織で発現している可能性もある。ノックアウトマウスを用いた解析ではKDR/Flk-1は、胎生期初期の血管構築と血球形成に重要だと報告されており、VEGF-EがVEGFと協調してこれらのプロセスの一部を調節する因子である可能性が考えられる。

審査要旨

 本研究は、人畜共通感染症であるオーフウィルスのゲノム内に見い出された、哺乳類VEGFに相同性のあるポリペプチドを発現させ機能解析をしたものであり、下記の結果を得ている。

 1)VEGF-EはVEGF165に見られる塩基性領域とよばれるヘパリン結合ドメインを欠いたVEGF121に最も近い構造でアミノ酸レベルで約25%の相同性を示した。

 2)VEGF-Eをバキュロウイルス系にて大量発現させたところ、VEGF-Eは44kDaの分泌型蛋白質で22kDaの2つのサブユニットがホモダイマーを形成していた。VEGF-Eが大量に発現した培養液の上清をSPカラム(cation exchange column)にて精製したところ、10mM NaCl, pH6.0 phosphate bufferの条件下にVEGF-Eは2-5の分画で描出されることをVEGF-Eに対する特異抗体にてWestrern-blottingで確認し、またVEGF-Eがbulkの蛋白と分離できたことを銀染色にて確認した。

 3)次にこうして精製されたVEGF-Eの生物学的活性として、まず内皮細胞増殖活性を調べた。VEGF-EはVEGF121と構造上最も相同性が高いが、濃度依存的に内皮細胞増殖活性と形態変化が見られ、その活性はVEGF165とほぼ同じ位強い活性を持っていることが判明した。

 4)血管透過性こう進活性を調べるため、Miles assayを行った。VEGF-Eは濃度依存的にそしてVEGF165とほぼ同等レベルで血管透過性を刺激した。

 これらの結果より、VEGF-Eはヘパリン結合ドメインを持っていないが、内皮細胞の増殖と血管透過性活性は強力な血管新生/血管透過性因子であるVEGF165とほぼ同じ程度である事が判明した。

 5)次にVEGF-Eが結合するレセプターを調べるため,125IラベルしたVEGF165または125IラベルしたVEGF-EをKDR/Flk-1,Flt-1を各々強発現させたNIH3T3細胞と一緒にインキュベートし、そこに非放射性VEGFまたはVEGF-Eを投与し、特異的な結合に対する競合実験を行った。VEGF-EはVEGF165とほぼ同じ親和性(Kd330pM/Kd300pM)でKDR/Flk-1に結合できるが、Flt-1には結合しないことが強く示唆された。さらにレセプターの自己リン酸化を調べたところ、VEGF-Eが内皮細胞特異的に発現しているレセプターのうちKDR特異的に結合し活性化することが明らかになった。

 また、ラットの肝類洞壁内皮細胞を用いてVEGF-Eにて刺激し時間経過を追って見ると、VEGF-EはVEGFと同様に、5分をピークとするKDR/Flk-1からPLC、MAPキナーゼを介する細胞内シグナル伝達を行う事が示された。

 VEGF-EはVEGFとアミノ酸で19-25%しか相同性がないのにVEGF165と同じ位高い親和性でKDR/Flk-1に結合するが、VEGF-EはVEGFファミリーの他のタイプと異なり、Flt-1への結合も、Flt-1からのシグナル伝達も行わない事が判明した。

 6)これらの内皮細胞での生物学的活性に他のレセプターの関与がないかどうか検討した。VEGF-EはNIH3T3細胞に発現しているPDGF,FGFレセプターの自己リン酸化をおこさず、細胞増殖や形態変化を示さなかった。

 なお、VEGF-Eは、Flt-4レセプターの自己リン酸化を介したシグナル伝達を行わないことも確認した。

 125I-VEGF165をHUVECの細胞表面とDSSにてcrosslinkingさせた会合物に対し、非放射性VEGFまたはVEGF-Eを加え競合実験を行った。非放射性VEGF-Eは125I-VEGF165とKDR/Flk-1の会合物に対し競合するが、125I-VEGF165と130kDa細胞表面分子(neuropilin1)との会合物には競合しなかった。これらの結果からVEGF-Eが130kDa細胞表面分子(neuropilin1)へ結合しなくても,VEGF165同様KDR/Flk-1に特異的に結合し生物学的活性を持つことがわかった。

 7)種々のリガンドをマトリゲルに添加した後、マウスの側腹部の皮下に注入し、4日後にゲルをとりだしin vivoでの血管新生活性を調べた。肉眼的にも、VEGF-Eを含むマトリゲルは血管に富んでおり、実体顕微鏡で観察すると既存の拡張した血管から多くの新生毛細血管がマトリゲル内へ侵潤していた。ゲルの切片をヘマトキシリン/エオジン染色したところ、VEGF-Eを含むマトリゲルでは拡張した血管、新生毛細血管などがみられ、VEGF-Eで誘導された病理像はオーフウィルスの感染病巣に似ていた。VEGF-EはVEGFに匹敵する血管新生活性をもつことがin vivoでも確認できた。

 以上、本論文は新しいVEGFファミリー蛋白質と考えられるオーフウィルス由来VEGF(VEGF-E)について、その結合レセプターと生物学的活性を検討した。本研究は、VEGF-Eが人畜共通感染症であるオーフウィルスの感染病巣の進展に関与していると考えられその病態解明につながると思われ、また、VEGF-Eは脊椎動物のゲノムに由来している可能性があり、in vivoで胎生期または大人になってある時期、ある特異的組織で発現しているとも考えられ、今後重要な貢献をなすと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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