本研究は、人畜共通感染症であるオーフウィルスのゲノム内に見い出された、哺乳類VEGFに相同性のあるポリペプチドを発現させ機能解析をしたものであり、下記の結果を得ている。 1)VEGF-EはVEGF165に見られる塩基性領域とよばれるヘパリン結合ドメインを欠いたVEGF121に最も近い構造でアミノ酸レベルで約25%の相同性を示した。 2)VEGF-Eをバキュロウイルス系にて大量発現させたところ、VEGF-Eは44kDaの分泌型蛋白質で22kDaの2つのサブユニットがホモダイマーを形成していた。VEGF-Eが大量に発現した培養液の上清をSPカラム(cation exchange column)にて精製したところ、10mM NaCl, pH6.0 phosphate bufferの条件下にVEGF-Eは2-5の分画で描出されることをVEGF-Eに対する特異抗体にてWestrern-blottingで確認し、またVEGF-Eがbulkの蛋白と分離できたことを銀染色にて確認した。 3)次にこうして精製されたVEGF-Eの生物学的活性として、まず内皮細胞増殖活性を調べた。VEGF-EはVEGF121と構造上最も相同性が高いが、濃度依存的に内皮細胞増殖活性と形態変化が見られ、その活性はVEGF165とほぼ同じ位強い活性を持っていることが判明した。 4)血管透過性こう進活性を調べるため、Miles assayを行った。VEGF-Eは濃度依存的にそしてVEGF165とほぼ同等レベルで血管透過性を刺激した。 これらの結果より、VEGF-Eはヘパリン結合ドメインを持っていないが、内皮細胞の増殖と血管透過性活性は強力な血管新生/血管透過性因子であるVEGF165とほぼ同じ程度である事が判明した。 5)次にVEGF-Eが結合するレセプターを調べるため,125IラベルしたVEGF165または125IラベルしたVEGF-EをKDR/Flk-1,Flt-1を各々強発現させたNIH3T3細胞と一緒にインキュベートし、そこに非放射性VEGFまたはVEGF-Eを投与し、特異的な結合に対する競合実験を行った。VEGF-EはVEGF165とほぼ同じ親和性(Kd330pM/Kd300pM)でKDR/Flk-1に結合できるが、Flt-1には結合しないことが強く示唆された。さらにレセプターの自己リン酸化を調べたところ、VEGF-Eが内皮細胞特異的に発現しているレセプターのうちKDR特異的に結合し活性化することが明らかになった。 また、ラットの肝類洞壁内皮細胞を用いてVEGF-Eにて刺激し時間経過を追って見ると、VEGF-EはVEGFと同様に、5分をピークとするKDR/Flk-1からPLC、MAPキナーゼを介する細胞内シグナル伝達を行う事が示された。 VEGF-EはVEGFとアミノ酸で19-25%しか相同性がないのにVEGF165と同じ位高い親和性でKDR/Flk-1に結合するが、VEGF-EはVEGFファミリーの他のタイプと異なり、Flt-1への結合も、Flt-1からのシグナル伝達も行わない事が判明した。 6)これらの内皮細胞での生物学的活性に他のレセプターの関与がないかどうか検討した。VEGF-EはNIH3T3細胞に発現しているPDGF,FGFレセプターの自己リン酸化をおこさず、細胞増殖や形態変化を示さなかった。 なお、VEGF-Eは、Flt-4レセプターの自己リン酸化を介したシグナル伝達を行わないことも確認した。 125I-VEGF165をHUVECの細胞表面とDSSにてcrosslinkingさせた会合物に対し、非放射性VEGFまたはVEGF-Eを加え競合実験を行った。非放射性VEGF-Eは125I-VEGF165とKDR/Flk-1の会合物に対し競合するが、125I-VEGF165と130kDa細胞表面分子(neuropilin1)との会合物には競合しなかった。これらの結果からVEGF-Eが130kDa細胞表面分子(neuropilin1)へ結合しなくても,VEGF165同様KDR/Flk-1に特異的に結合し生物学的活性を持つことがわかった。 7)種々のリガンドをマトリゲルに添加した後、マウスの側腹部の皮下に注入し、4日後にゲルをとりだしin vivoでの血管新生活性を調べた。肉眼的にも、VEGF-Eを含むマトリゲルは血管に富んでおり、実体顕微鏡で観察すると既存の拡張した血管から多くの新生毛細血管がマトリゲル内へ侵潤していた。ゲルの切片をヘマトキシリン/エオジン染色したところ、VEGF-Eを含むマトリゲルでは拡張した血管、新生毛細血管などがみられ、VEGF-Eで誘導された病理像はオーフウィルスの感染病巣に似ていた。VEGF-EはVEGFに匹敵する血管新生活性をもつことがin vivoでも確認できた。 以上、本論文は新しいVEGFファミリー蛋白質と考えられるオーフウィルス由来VEGF(VEGF-E)について、その結合レセプターと生物学的活性を検討した。本研究は、VEGF-Eが人畜共通感染症であるオーフウィルスの感染病巣の進展に関与していると考えられその病態解明につながると思われ、また、VEGF-Eは脊椎動物のゲノムに由来している可能性があり、in vivoで胎生期または大人になってある時期、ある特異的組織で発現しているとも考えられ、今後重要な貢献をなすと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。 |